第40話 ロディ、戦う
池のほとりに出ると、そこには絶景が広がっていた。
雪に覆われたほとりは輝くように白く、風は全くなく水面は鏡のように澄み渡り、冷えた空気は湿度が低く遠くまで見渡せる。周りにある木々はまるで池を守るかのように静かに囲んでいる。森の中にこんなきれいな場所があったのかと驚くくらいだ。
「何度か来ているけど、こんなきれいな姿は初めて。」
ナコリナがその光景を見て感動したようにつぶやく。
「冬の雪の翌日、しかも風のない日じゃないと見れない景色だろうね。すごいタイミングで来れた俺たちはラッキーだよ。」
「そうね、でもすでに先客がいたみたいよ。」
ナコリナはそう言って足元を指さす。
ロディがそこを見ると、白い雪の上に誰かの足跡が残っている。自分たちが来る前にすでにここを訪れた人がいるのだ。今は姿が見えないのですでに移動したのだろう。
「足跡は一人で、かなり大きい靴だわ。大きな男の人が一人で来たってことね。」
大男がここに来て景色を眺める。なんだか不思議な感じだ。ロディはつぶやく。
「誰だろう。」
何の気なしに言った言葉だったが、この言葉は劇的な変化をもたらすきっかけとなった。
「俺だよ。」
瞬間、悪寒が走る。
聞き覚えのある声、だが、この場で聞きたくもない声であった。
二人は後ろを振り向き、声の主を確認した。
そこには大きな男が、今来た道をふさぐように一人で立っていた。そしてロディは、その男の名前を知っている。
ロディは口にするのも嫌な男の名を口にする。
「ダントン・・・」
その男はダントンだった。
ロディにとっては全く会いたくない相手だ。が、目の前にいるのは紛れもない事実。
(奴がなぜここにいる?)
ロディは警戒して身構える。ダントンからは不吉な予感しか感じなかった。
彼はにやにやと笑いながら二人を見ている。
「全く、来るのが遅せえよ。凍傷になったらどうしてくれるんだ。」
「待ってた?俺たちをか?」
「待ってたのはロディ、お前だけだ。うまそうな女を連れて来るとは思わなかったがな。」
「なに!?」
ロディは横のナコリナに目を向けた。彼女も戸惑いの表情を浮かべている。
「まあ用事が済んだら後でそっちのご褒美を頂くとしよう。」
ダントンは下卑た言葉と、さらに纏わりつくような下卑た視線をナコリナに投げかける。
「失礼ね。あんた何言ってんの。私は物じゃないわよ。」
ナコリナは自分に向けられた猥雑な感情に嫌悪感を抱きながら、精一杯反論する。
「おお、怖い怖い。けど気の強い女は好きだぜぇ。」
少しも怖くなさそうな態度でナコリナに返すダントン。
(まずい。ダントンのペースで会話が進んでいる。少し時間を稼いで立て直さなくては。)
「俺に何の用だ?」
ロディはダントンに問い返す。
ダントンは、ずっとナコリナに向けていた視線をロディに戻した。
「おっと、悪いな。肝心の要件を言うのを忘れていた。ま、簡単に言うとな、・・・・
ロディ、お前には死んでもらうぜ。」
その言葉で、ロディの体に一気に緊張感が走った。ナコリナの息をのむ声が聞こえる。
ロディは、彼が現れた時点でなんとなくそういう雰囲気を感じ取っていたので、「何故?」よりも「やはり」という気持ちが強かった。
「俺を殺すだって?なぜ俺を狙う。」
ロディは身構えながらダントンに向かって問う。
ダントンが自分を目のかたきにしているのは知っていたが、わざわざ待ち伏せしてまで殺そうとするには何か理由があるはず。
理由を言うかどうかは分からないが、あえて聞いてみた。
「元々お前は気にくわなかったが、今回ギルド長が望んだんだよ。『ロディを殺せ』ってな。」
すると、ダントンは拍子抜けするほどあっさりと答えた。おそらく負けることはないと思っているから口が軽くなっているのだろう。
「何、ギルド長が?」
「ヤツから、『ロディを殺せ。街ではまずい。ここで待っていれば俺が命令して向かわせるからそこで始末しろ。』って言われてよ。しっかし、待っても待ってもなかなか来ねえんだから参ったぜ。」
ダントンの言葉にロディは驚いた。ロディの死を望んでいるのはデルモスだった。そして今回の不可思議な命令も、ロディを殺すための口実だった。
しかし、ロディはやはり不思議だった。デルモスには決して気に入られてはいなかったが、殺されるほど嫌っているとも思えない。だが命令されたとダントンは言う。彼がウソを言っているとは思えない。何か自分の知らない理由があるのだろか?
「ま、とにかく気の食わねえお前を心置きなくブチ殺せるぜ。後始末はギルド長が誤魔化してくれるだろうしな。」
ダントンは射殺すような視線でロディを睨む。完全に殺人を楽しむ者の目だった。
「ロディ、どうなってるのこれ。なぜギルド長がロディを・・・?」
ナコリナがロディに問う声が怯えを含んでいる。無理もない。ナコリナは全く理解できていないはずだ。
「巻き込んじゃってゴメン。俺にもなぜかわからないんだ。けど、今そんなことを言ってる場合じゃない。」
ナコリナは巻き込まれただけだ。絶対に無事に返さなくてはならない。たとえ自分がどうなろうとも。
ロディは決意と共に前に進み出た。
ロディは腰の剣を抜いてダントンに向け、そしてナコリナに強い意志を込めて言った。
「ナコリナ、君を必ず守る。必ず無事に街に返す。」
「ロディ・・・」
事の成り行きに戸惑っていたナコリナだったが、ロディの言葉により自分も覚悟を決めたのか、腰の杖を取り出した。
「ダントンをぶっ飛ばすんでしょ。私も加勢するわ。」
「ナコリナ・・」
「ロディが負けちゃったら私も無事じゃいられないみたいだし、一緒に戦いましょ。」
「・・・わかった。後衛を頼む。」
「了解。」
ロディとナコリナは、それぞれ剣と杖を構えた。
「会話は終わったようだな。じゃあ俺も仕事をするかな。」
ダントンは余裕の表情で腰の大剣を取って構える。
その大剣は全長がロディと同じくらいに長く、それでいて分厚い。かなりの重量があるようだが、ダントンはそれを感じさせないように軽く取回している。
(さすが「大剛力」ギフトだ。ものすごい力だ。)
ロディはダントンのギフトの力を垣間見て、脅威を感じていた。あのギフトでBランクにまでになっている。生半可な事じゃ勝てないだろう。
ロディとナコリナは二人ともDランク。1対2とはいえ、かなり分が悪い。
逃げる選択肢も、ダントンは道をふさいで立っているので出来ないだろう。
(とにかく負けない戦いをするしかない。そうして隙を見て逃げ出す。最悪ナコリナだけでも逃がす。それしかない。)
ロディはもう一つの可能性を考えたが、思いとどまった。
それは”自分の魔法”を使うこと。自分の高威力の魔法を使えば、ダントンといえども何とかなりそうだ。
しかし魔法を使うと自分のギフトのことがバレる可能性が高くなる。
躊躇したロディは、結局魔法を最後の手段として取っておくことにした。
「ファイヤーアロー!」
先制攻撃はナコリナだった。
物理的な剣士には魔法をぶつけることがセオリーだ。矢の形をした炎が真っすぐに飛ぶ。
ダントンは身構えたまま矢が近づくまで待っていたが、着弾する寸前に身をかわして魔法をよけた。
(!速い)
ロディはダントンの回避速度に目を見張った。魔法を使ったようには見えないが、身体強化より速く感じる。「大剛力」ギフトにそういったスキルが含まれているのかもしれない。
ナコリナは矢継ぎ早にファイヤーアローを放つが、すべて避けられて当たらない。
「よし、こっちからも行くか。」
しばらくよけ続けていたダントンは、いきなり横の動きから縦の動きに変えて、ロディに向かって一直線に突っ込んでいく。
しかしロディも注意していたので、慌てず足を踏ん張りダントンを受け止める。
ガキンッ!!
激しい金属音が鳴り、ロディとダントンの剣が交差する。そのままダントンの勢いで前に進み、ロディは2mほどずり下がった。が何とか止まった。
「ほぅ。止めたか。なかなか身体強化出来てるじゃねえか。」
ロディは何とか飛ばされずに耐えたが、それで精一杯だった。一方のダントンにはまだ余裕がある。いや、遊んでいるという感覚がぴったりなくらいの力加減だ。
「そりゃどうも。」
ロディは余裕を見せるかのように笑った。
次の瞬間、ロディは後ろに跳びずさる。
と同時にダントンに向かってナコリナのエアカッターが放たれていた。見事な連系だった。
(よし、当たる!)
そう思った瞬間、「カキンッ」という音でエアカッターがはじかれた。
「なに!」
不思議なことに金属音っとともにダントンはエアカッターをはじいたのだ。
「ウソ!なんではじかれるの?」
ナコリナも驚いている。
当のダントンは、やれやれといった感じでエアカッターが当たった場所を手で払う。
「フーッ、あぶねえあぶねえ。いいタイミングだったな。硬化しなきゃ、ちっとケガしてたところだぜ。」
ダントンは体を金属のように硬くして魔法を回避していた。これも「大剛力」ギフトの一部のようだ。
「くそっ、」
力は明らかに向こうに分がある。魔法も通用しない。
(どうする。どうすればヤツに勝てる?)
ロディは頭をフル回転したが、解決策を見いだせない。
「さて、ウォーミングアップは終わりだ。ちょっと本気出させてもらうぜ。」
ダントンの目が怪しく光る。
戦いは第2段階に入った。




