第38話 ロディ、心ゆくまで
二人はまたも先日と同じところまで逃げ延び、後ろから追ってこないのを確認してから座り込んだ。
「も・・もう、・・・あの池には・・行かない。」
息も絶え絶えにエマが宣言する。
「スーッ、ハーッ・・・俺も、・・・スーッ、ハーッ・・・誘われても断固拒否する。」
深呼吸しながらロディも賛同する。
二人はもうレインフロッグの大群はこりごりだった。
しかし2度あることは3度あるという。はたして二人の運命は・・・?
「でもこれじゃ行こうと思っていた岩場に行けないわ。」
しばらくして落ち着いてきたエマが残念そうにつぶやく。
目当ての岩場は池の向こうにあるそうだ。だがあの状態の池には近づきたくないし、遠回りだと時間がかかってしまい日が暮れてしまう。
どうしようかとしばらく思案していたエマが、ひらめいたように手をたたいた。
「そうだ、サンドウォールよ!」
「え?次はエアカッターだろ」
「そうじゃなくって、お兄ちゃんがつくったサンドウォールにエアカッターを打ち込めばいいのよ。」
「なるほど、そうか。」
ロディのサンドウォールは石のように硬い。それに後で消すことも出来るので後片付けも簡単だ。幸いその場所はここから近い。
「そうと決まれば、元の場所に行きましょう。」
「OK。だけど、もう少し休憩してからにしよう。」
「・・・賛成。」
二人が移動を開始したのは、それからおよそ20分後だった。
◇◇◇◇
≪お試し魔法 エアカッター編≫
二人は先ほどのサンドウォールの場所にやってきた。
壁がまだ健在。どうやら耐久性も高いようだ。
「最初に私が壁にエアカッターを打ってみるから。」
「大丈夫か?魔力は足りてるか?」
ロディが心配する。
「私、風属性が得意だから平気よ。それにエアカッターはほとんど見えないから比較対象が必要でしょ。」
確かにエアカッターは圧縮された空気を放つ魔法だからとても見えにくい。空気密度の違いで光が屈折するためわずかに見えなくはないが、それでもわかりづらいことに変わりはない。
また、ファイヤーボールやウォーターボールのように空中で静止させることはできない。元が空気なのですぐ拡散してしまうからだ。
エマは、ロディの作った壁から10mくらい離れた所に立ち、右手を左肩近くに持ってきて「エアカッター!」と唱え手を勢いよく右横に振る。すると、かすかに見える三日月状の空気の塊が壁に向かって飛び、激突する。壁のかけらがパラパラと下に落ちていった。
二人が近寄ってみると、深さ数mmで長さ20cmほどの溝が壁に水平に刻まれていた。
「この傷の具合から見ると、この壁は、岩より少し強度が低いくらいね。それでもすごい硬さなんだけど。」
エマが以前エアカッターを放った時と比べて、傷が少し深い程度らしい。
「じゃ、次はお兄ちゃんね。」
「よし。」
ロディはエマと同じ位置に立ち、同じように右手を左胸の上くらいに持ってくる。
そして、
「エアカッター!」
と唱えて腕を横に振る。
ビュッ、という音がしたかと思うとほぼ同時にズバーーーンという音と共に壁が爆発したように土埃のようなものに覆われた。
「「え!?」」
驚く二人に、小さく砕かれた石粒が襲い掛かる。二人はとっさに腕で顔をガードした。
土埃と石粒がおさまって、二人が恐る恐る壁を見ると、そこにはバカでかい溝が刻まれていた。
それは溝というよりえぐれたような傷で、壁の左右の端から端まで刻まれていた。そしてそれはもう少しで反対側に貫通するくらい深く、壁の上部が折れ落ちる一歩手前のようだった。
「すごいだろうとは思っていたけど、ここまで威力があるなんて」
エマはあきれると同時に感心したように壁の傷を眺めている。
「この魔法なら、Cランク魔物でも一撃だろうな。」
ロディはエアカッターを使って魔物を倒すことを想像する。これだけの威力があれば、ロディの言う通り、一撃で倒せるだろう。
「そうね。けど、お兄ちゃんは人前で魔法を使うのは絶対禁止だから。」
「・・・はい。」
ここまで威力が違えば、ごまかすことなんて絶対できないだろう。この魔法を使えばロディの秘密は必ずばれてしまう。
「でもこんなにすごい魔法が使えるなら、絶体絶命って時にはすごく心強いと思うわ。最後の最後、『秘密の必殺技』って感じで。」
「『必殺技』か、いいね、それ。」
「でしょ。」
エマがエヘンと胸をそらず。
魔法使用禁止と言われ、ともすればネガティブに考えてしまいそうな状況でも、エマの明るい言葉で気持ちが切り替わる。そういうことでも、ロディにとってエマは何事にも代えがたい妹なのだ。
「じゃ、お兄ちゃん、何度か壁に向かってエアカッターを撃ってみて。」
「ようし、やるぞ。」
「エアカッター!」
ビュッ、ズバーーーン
ロディのエアカッターは、先ほどと寸分たがわず同じところに当たり、壁は上下真っ二つに折れて、上部は地面に落下した。
ロディは続けてエアカッターを2回連続で撃ち込む。さっきとは違う壁に向かって撃ち込まれたエアカッターは、同じ光景を再現するかのように同じ位置に当たり、壁は上下に折れ落ちた。
「ストーーーップ。」
「え、なになに?」
次の魔法を撃とうと構えていたロディは、エマの制止の声を聴いて急停止する。
「お兄ちゃん、全く同じところに撃ち込めるの?」
「うん、出来るみたいだ。」
「それ、最初からなんて出来ない技術よ。」
エアカッターはそのスピードが速いため、10m離れた場所から全く同じ位置に着弾させるのは熟練を要する。ロディにそれが出来るのは、どうやら魔力制御のおかげらしい。
「それに最初の時に気づいてたけど、エアカッターのスピードがかなり速い。少なくとも私の2倍。」
ロディのエアカッターは、ビュッ、という風切音のすぐ後に着弾の音がする。たしかにエマのエアカッターは撃った後着弾まで少し間があった。間違いなくロディのエアカッターは速いだろう。
「エアカッターって、縦方向にも撃てるよね。」
「イメージすれば大丈夫。」
「ちなみにあまり聞きたくないんだけど、・・・・何回撃てそう?」
「うーんと、・・・・・・・100回以上はいけそう。」
「・・・もういいわ。お兄ちゃんが異常なのはわかった。」
エマはそう言うと、置いてあった荷物を持ちあげた。
「魔法も大体試すことが出来たから、そろそろ帰りましょ。」
「あ、ちょっと待って。まだ帰りたくない。」
「え?」
ロディが珍しくわがままを言ったので、エマが驚いた。
「お兄ちゃん、どうして?」
「だってさ、人前で魔法禁止だから、これから魔法を使う機会はそう無いだろうし、今のうちにたくさん魔法を使っておきたいな、なんて。」
ロディが少年のように恥ずかしそうに笑う。エマは兄のそんな姿をほとんど見たことがなかった。
ロディは幼いころからエマの親代わりになり、頑張って、気を張って、我慢して、そうして生活してきた。そのためロディは歳にしてはやや大人びた印象がある。
なので、今回のように自分の要望を表に出して、甘えるような表情になるのは珍しい。やはり魔法を使えるようになったことは、ロディにとって例えようのないくらい嬉しいことだったのだろう。はしゃぎたい、という気持ちをどうしても抑えきれない、そんな気持ちが顔に出ていた。
エマはそんなロディを見て、自分も嬉しくなった。兄が心から楽しんでいる。ならば私はそれを邪魔することはしたくない。
「エマ、いいかな?」
「・・・わかった。お兄ちゃんが心ゆくまで魔法を使って。」
「やったー、ありがとうエマ。」
「ただし!」
「ただし?」
「ファイヤーボールはダメ。」
「分かった。」
ロディはそれから魔法を使い続けた。壁を作ったり、風で壊たり、はたまた水をぶつけたり、魔法で様々なことをためして”遊んだ”。
ロディは魔法を打ち続けている間、ずっと笑っていた。本当に楽しそうな笑顔だ。
その兄の屈託のない笑顔を見ながら、エマも自然と笑顔になっていた。
ロディの『魔法遊び』は、夕暮れ近くまで続いたのだった。




