第32話 ロディ、暗澹たる気持ちになる
冒険者ギルドの雰囲気は日に日に悪くなっていた。
原因は当然、ギルド長のデルモスだ。
彼の振る舞いは一言でいえば”横暴”で、自分の意向に逆らうと容赦なく怒鳴りつけ、反論には一切聞く耳を持たない。
予算はたびたび縮小され、それに比例するかのように冒険者が町を離れていく。冒険者が少なくなればギルドの収入が少なくなる。そうすると「なぜ収入が減っているのか。お前らの責任だ。」とギルド長は論拠もなく吠えまくる。
反比例して増えているのは、冒険者や職員の不満と「ギルド長機密費」という名目の”使途不明金”だ。これではギルドを健全に運営していくのも難しい。
冒険者ギルドは、もはや数か月前の全ギルド長時代の面影は無くなっているに等しかった。
さらにもう一つ増えているものがあった。Bクラス冒険者ダントンの傍若無人ぶりだ。
「どうしてライツさんが亡くなったのか、もう少し詳しい状況を教えてください。」
「さっき言ったじゃねえか。魔物と戦闘して死んだって。」
「戦ったのは場所はどのあたりですか。」
「さあなあ。森に迷っちまったから場所まで分からねえなあ。」
先ほどから事情聴取しているのは受付嬢のリーセと、冒険者のダントンである。ダントンは「黄金の翼」というパーティのリーダーをしている。
リーセとの話の内容はパーティーメンバーの一人が戻ってこないことに関してで、ダントンが「魔物と戦って死んだ」と報告していた。
「彼の遺品やギルドカードはありますか。」
「逃げて来たんで、拾えなかったな。」
「どんな魔物に襲われたんですか・」
「・・・オークだな。」
「Bランク冒険者のパーティがオークに負けるとは思えませんが。」
「疲れてたし不意打ちされたんだよ。・・・・ったく、うるせえな。もう報告は済んだから帰らせてもらうぜ。」
ダントンは話を強引に終わらせ、ギルドカウンターに背を向けた。
「あ、待ってください。まだ終わってません。」
リーセの引きとめる声に振り向きもせず、ダントンはギルドを出ていった。後ろに子分の二人がついていくのが見える。リーセはそれを眺めながらため息をついた。
「黄金の翼」の新人の死亡または行方不明件数があまりに多すぎるのだ。
「黄金の翼」は基本3名(ダントンと取り巻きの二人)で、あとは臨時で雇ったり新人などを加えたりしている。そしてパーティに加入した臨時雇いまたは新人冒険がで、この半年ですでに5人が亡くなる、もしくは行方不明になっている。
冒険者は危険が付き物とはいえ、ほかのパーティに比べても頭抜けている。それにダントン達は魔物に襲われた割にはいつも無傷のため、本当に魔物に襲われたのかはなはだ疑わしい。なのでダントン達がパーティメンバーの死亡や行方不明に関して怪しいのは明らかだ。
しかしギルドは彼らを調査することはなかった。
第一に証拠がないのだ。勝てない魔物と戦った場合は逃げるのは普通で、誰もそれを責められない。そして生き残った者たちの証言がすべて『事実』として記録される。
第二に、ギルド長の許可が出ないためだ。証拠を見つけるための調査を行おうと提案しても、『ダントンのようなBランク冒険者を調査するだと!バカも休み休み言え。』と怒鳴られて却下されている。
最近ダントンとデルモスのつながりがあるのは明らかで、それにかこつけてダントンの横暴に拍車がかかっている。
犠牲者を減らすために、新人に注意を促してダントンと行動をさせないようにすることも考えられたが、これも事実上不可能だった。冒険者は基本自己責任のため、ギルド側がとやかく口を出すことではない。それに新人冒険者がダントンのようなBランク冒険者に「パーティに加入しろ。」と言われれば断るのも難しい。
そして彼らの幾人かは戻ってこない。
(このままじゃいけないわね。早く手を打たないとこの街のギルドが崩壊してしまうわ。)
リーセは解決策を見出すべく、思案を続けるのだった。
ある日ロディはギルド長室に呼び出された。
ギルド長は椅子にふんぞり返って、ロディを見据えながら言った。
「お前、魔法陣製作士なんだそうだな。」
「はい。」
「ギルドが依頼した魔法陣を作っているのは本当か。」
「その通りです。」
「じゃあ、これからはタダで魔法陣を作ってギルドに渡せ。いいな。」
「・・・は?どうしてですか」
ロディは突然言われた理不尽な要求に、怒るよりも唖然とした。
「どうしてだと。なぜ職員に余計な金を払わねばならんのだ。給料を払っているんだからそれでありがたく魔法陣も一緒に作れ。」
「それはお断りします。」
「なんだと!」
ギルド長は断られるとは思っていなかったらしく驚いて椅子から立ち上がった。
「貴様、俺に逆らうのか。平民の分際で!」
ギルド長は怒り心頭の表情でロディを指さして怒鳴った。が、いくら怒鳴られてもロディはそれを受け入れることはできなかった。なぜなら、
「ギルド長はご存じありませんか?国の法律で、魔法陣製作士に魔法陣をタダで製作してはいけないことになっています。」
「なに!?」
デルモスには予想外の反論だったらしく、驚いた表情をロディに向ける。
ロディは、この話をギルド長が知らないことに内心あきれながら、理由を説明した。
「魔法陣には種類によってその最低価格が国によって定められています。悪質、強引な取引によって陣士が損をしないためです。これを破ればギルド長が国の法を犯すことになります。なのでタダでは渡せません。」
デルモスは慌ててそばのザンスを見る。ザンスも首を横に振った。
事実、国は魔法陣を保護すると同時に、魔法陣製作士も手厚く保護するようにしていた。まさに今回と同様、権力などによる強要で魔法陣製作士が不利益を被らないように、魔法陣の最低取引価格を決めており、それを順守するよう違反した場合の罰則も取り決めていたのだ。
デルモスは、自分が罪になると分かって振り上げた手を下ろさざるを得なかった。
「・・ならもうお前に魔法陣の依頼は出さん。他から見つけてくる。」
「ですが、私は専属なので、このギルドには最低価格で魔法陣を下ろしています。ほかの陣士に頼めば、おそらく購入価格が高くなると思います。」
「なんだと!」
魔法陣の市場価格は、若干の上下はあるが最低価格より2割程度高値になっている。そのため外注すると逆に割高になってしまう。なのでこれまで通り専属のロディに魔法陣を作ってもらう方が安上がりなのだ。
デルモスは怒りに満ちた目でロディを睨んだ。自分の思い通りにならないことに対する身勝手な怒りだ。
「もういい!帰れ!」
完全に逆ギレの怒鳴り声を聞いて、ロディは一礼してギルド長室を後にした。
廊下を歩きながらロディは考える。
(思い付きであれこれとやっているんだろうな。物事を知らなさすぎるし、考えがなさすぎる。本当にこのギルド長の下ではギルドが混乱する未来しか見えない。これからどうなるんだろう。)
つい数か月前までは厳しいながらもやりがいのある職場だったギルドが、いまや息苦しい場所へと変貌してしまった。
リーセと同様、ロディも暗澹たる思いで考え込むのだった。




