第7話 ロディ、魔法陣の講義を受ける 1
「まず、皆さんも知っていることザマスが、魔法陣とは古代文明が現在に残した遺産ザマス。そしてその原理、理論はいまだに解明されていないザマス。
そして現在使用できるとわかっている魔法陣は全部で88個しかないザマス。遺跡から新たな魔法陣が発見されれば増えることはあるザマスが、ここ100年その報告がなく、増えていないザマス。」
魔法陣は、現在の文明が作り出したものではない。古代文明が発明し使用していたロストテクノロジーで、その文明が滅んでしまい、魔法陣の仕組みや魔法発動の理論などは伝えられずにすでに失われている。
現在使われている魔法陣は、わずかに残った書物や石碑、建造物に描かれたものなど、古代文明で使われていた魔法陣をそのまま使っているに過ぎない。
おそらく現在知られている魔法は過去使用された魔法の一部でしかないのだろう。古代には、まだ未発見の魔法が多く使われていただろう。
現在でも、新たな魔法陣の発見や、魔法陣の仕組みを解明するため、国や民間の様々な機関で、その努力は行われているが、現時点ではその研究が実を結んでいるとはいいがたい。
現在発見されて使用可能な88個の魔法陣を、国は重要な遺産として保護している。
エリザベス講師は持ってきたカバンから鍵のかかった箱を大事そうに取り出した。そして鍵を開けて中のものを取り出す、それは分厚い表表紙に様々な色で模様が施された、豪華な装丁の本だった。
「この本は『魔法陣全集』ザマス。この本に88個の魔法陣全てが記載されているザマス。魔法陣製作士は、この本の魔法陣を唯一のお手本として、この魔法陣を描き写すことが仕事になるザマス。」
国は88の魔法陣を集めて『魔法陣全集』を作成し、魔法陣の”オリジナル”として規定し、すべての魔法陣はこのオリジナルを模写することと定めている。魔法陣を製作する者にとっても、魔法陣を管理する国にとっても、その本は重要なものなのだ。
「この本は普通には買えないザマス。『魔法陣製作士』の試験に合格して免許を取得したときに、国からもらえるザマス。この本は所有者が決められていて一度登録すると他人は見ることが出来ないザマス。そしてもしこの本をなくしても新しい本は買えないザマス。」
魔法陣は国が管理していて、正式な魔法陣の本は一般には手に入らないらしい。それほどまでに管理しているものだ。
「皆さんが目指す『魔法陣製作士』制度の重要性を語るには、その制度がつくられるきっかけとなったある重大な事件のことを知る必要があるザマス。これは受講生には必ず教えることになっているザマス。この事件を知ることで、なぜ魔法陣は国が管理しているか、なぜ魔法陣製作士制度が出来たのか、理解しやすくなるザマス。」
この”重大な事件”のことをロディは噂程度には聞いていたが、きちんと教えられたことはなかった。なのでロディはザマス・・もとい、エリザベス講師の言葉に集中した。
エリザベス講師は、過去に発生した事件のあらましを受講生に語った。
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かつてまだ「魔法陣製作士」の制度が無い時代には、誰でも魔法陣を描くことが出来、それが市場で売買されていた。しかしそのうち粗悪な魔法陣も製作されることになり、魔法陣が正確でない、また魔法陣が書かれている『魔紙』の品質が悪い、などの理由で全く発動しない魔法陣が市場に出回ることも多かった。
今から150年ほど前、高名な宮廷魔法師の名前で「新しい魔法」の魔方陣が貴族中心に大量に出回った。その新しい魔法とは『収納』魔法。長年の研究の結果ついに解明された魔法陣で、小屋一つ分くらいの容量が入る空間を使える、という触れ込みだった。
『収納』魔法はまさに夢のような魔法だ。使えるようになれば日常生活以外にも商売や秘密書類の保管など様々な用途が考えられる。
当然のごとくこの魔法陣は貴族を中心に我先にと買い求められ、瞬く間に出回った。そしてすぐに混乱に陥った。その魔方陣は作動しなかった。つまり”不良品”の魔法陣だったのだ。
魔法陣を購入した貴族は当然のごとく怒り、どうしてくれるんだと”製作者”とされる魔法師に詰め寄った。しかしその魔法師は魔法陣の作成は認めたが「防犯用に作ったダミーが盗まれて悪用された」と販売に関して自分の関与を認めなかった。だが一部貴族はそれを信じず、その魔法師を”詐欺師”と呼んで糾弾した。これに魔法師と仲間の宮廷魔法師達が猛反発し、そのため貴族と魔法師達の対立にまで発展した。
この問題は最終的には貴族たちが矛を収める代わりに、製作したとされる魔法師は宮廷及び王都を追放処分となることで終息した。
この事件は後にその魔法師の名をとって『グライムス魔法陣事件』と呼ばれるようになった。
この事件の真相は結局闇のままだが、この事件のあと国は再びこのようなことが起こらないように、また同時に巷の粗悪な魔法陣問題も解決すべく、魔法陣の製作や改変等を法で管理、規制するようにした。また『魔法陣を劣化させることなく、正確な魔法陣を後世に継承させる』ことを目的とした「魔法陣製作士」制度をつくり免許を持った者しか魔法陣を制作できないことにした。これが魔法陣製作士の始まりだった。
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「なので今でも「魔法陣の改変」は絶対禁止ザマス。これは魔法陣製作士が必ず守るべき誓約ザマス。みなさんも肝に銘じるザマスよ。」
ザマス講師、いや、エリザベス?講師は、強い口調で受講生にくぎを刺した。魔法陣製作士にとって、魔法陣の改変は最重要の禁則事項なのだ。
(なるほど。そういうことだったのか。)
ロディはその説明に納得していた。
続いてエリザマス講師(・・あれ?)は、実際の魔法陣の製作方法の講義を行った。まず教えてもらったのはインクと紙の製作方法だった。
魔法陣を描くには、専用の「魔法陣インク」と、「魔紙」が必要となる。
魔法陣インクは、森にいるアオイロスズメバチの毒液と、通称インク草と呼ばれる清らかな水辺に咲くインクレチアという植物の黒い花びら、それに雪山の中腹に生息するユキゴケなどをメインに、その他数種類の素材を混ぜ合わせて作る。
魔紙は、魔物であるトレントなどの魔力のある木を水にさらして細かくつぶしてから漉き取って薄い紙状にし、乾燥させた後にさらに魔紙液に浸すことで出来る。魔紙液はインクの材料のうちの一部部材で作ることが出来るので、インクが作れる部材があれば魔紙液も作れる。魔紙液に浸すことでインクと紙がなじみやすくなり魔法陣が紙に定着するのだ。
「魔法陣インクと魔紙の作り方は試験に出るザマスよ。なので間違いなく覚えておくザマス。たまに実技試験の一つとして魔法インクを作らせることもあるザマス。一度作っておくことも必要ザマス。」
(え、それはマズい。)
ロディは心の中で嘆いた。
魔法陣製作でインクと紙を個人で材料すべてを集めて製作するのはとても大変なため、普通は街の部材屋でインクと紙を購入して魔法陣を製作する。市販のインクと紙は王都にある製造工房で集中的に生産されており、そこから国全体に流通されている。しかしそれでもかなり高額のため、当然魔法陣も高額だ。
しかし試験のために何度か作らなきゃいけない。高価な材料はどうするか、あとで考えなきゃな、とロディは思った。
エリザマス講師は、その魔法陣インクと紙の由来についても講義してくれた。
古代文明の魔法陣インクと魔紙をなぜ今も作ることが出来るのか。それは、作り方を口伝で伝えていた部族が奇跡的に残っていたからだ。
その部族では先祖からの重要な遺産として、インクと紙の製法ほかに、「着火」や「水球」などのごく簡単な魔法陣のいくつかも同時に伝承されており、日常生活でも魔法を使っていたという。
古代文明が滅び、その後長い年月をかけて再び人類が新たな文明が生まれ、発展、伸張していく中で、その魔法陣を伝承していた部族が発見されるに至り、彼らの魔法陣技術を取り入れた人類はその恩恵を受けて飛躍的に発展することになった。
彼らがいなければ魔法はとうの昔に滅びていただろうし、現在の文明はまだはるかに発展が遅れていたのは間違いない。その部族は自らを「コロンビア族」と名乗っていた、と記録されている。
しかし、コロンビア族発見から数年後に大事件が起こる。そのコロンビア族が忽然と姿を消したのだ。村を訪ねて行った者が見たのは、きれいに整頓され、しかし誰一人としていない村だった。
彼らが姿を消した理由は分からない。ただ村の状況や、親しい者に「古くからの言い伝えにより、我々はあなたたちの元から離れなければならないだろう」と語っていたことから、彼ら自ら隠れることを選んだものと推測されている。
その後消えた彼らを探そうとした冒険者や国は数知れないが、現在に至るまで彼らは再発見されていない。一部では「魔法陣を伝えるために遣わされた神の使徒だったのではないか」とまことしやかにささやかれているらしい。
(コロンビア族。なんて不思議な部族なんだ。僕も将来、いろんなところを旅して、コロンビア族を再発見できたら嬉しいな。)
ロディの未来への空想が膨らんだが、講義中のため慌てて頭を振り払って講義に集中するのだった。




