第56話 ロディ、転移魔法陣でダンジョンを後にする
無事にボスを討伐・・・ではなく、テイムしたロディたちは、ボス部屋を出た。
ロディの左肩には、小さくなったヒュージスライムのヒューがちょこんと乗っている。
まるでここが指定席であると主張するかのように佇むヒュー。
そしてその姿を、後ろからエマやナコリナがちらちらと眺めてはこそこそキャイキャイと会話していた。どうやら2人とも小さくてかわいいスライムを気に入ったようだ。
「師匠。近道でやってきたって言ってましたよね。帰る道も近道を使えるんですか?」
ロディが問うと、フェイは大きく頷いた。
「もちろんじゃ。近道とは、1階と10階とをつなぐ転移魔法陣じゃ。」
「転移魔法陣!?」
転移?そんな魔法陣聞いたことない。
5人(と1体)が驚きつつも、フェイの進む方についていく。
壁の目前に来たフェイが、なにやら魔法を使っている。すると壁面の一部が崩れ去り、地面が直径5mくらいの円形の空間がそこにあった。
そして地面には魔法陣が描かれていた。これがフェイの言う「転移魔法陣」なのだろう。
転移魔法陣を見たロディたちは驚きと戸惑いを隠せない。それもそのはず。転移ができる魔法陣など噂になったこともないし、魔法陣全集にも当然載っていない。
「ほ、本当に転移できるんですか。」
「そうじゃよ。事実ワシは転移してこの階までやって来ておるしのぅ。」
フェイ曰く。ある時にフェイがこのダンジョンを攻略した際、この階層をいろいろと探っていたら、偶然この転移魔法陣を見つけたそうだ。先ほどのように壁が作られていて普通には見つからなかったらしい。
普段は他の冒険者に見つからないように隠しているそうだ。
「とにかく、まずは1階に移動するぞい。早く乗らんと置いて行ってしまうぞい。」
そう言うとフェイはすたすたと魔法陣の上に移動した。慌ててロディたちも、ややおびえながら移動して、全員が魔法陣の上に乗った。
全員が魔法陣に乗り、フェイが壁を再度作り出して外から魔法陣を隠すと、足元の魔法陣が光り出した。
「お、おい、魔法陣が光だしたぞ。」
「これで本当に転移できるの?」
不安げなテオたちの声をよそに、フェイは平然としている。みんなの慌てる様子が面白いのだろうか、その顔には少しの笑みをたたえていた。
魔法陣の光は次第に強く輝いてくる。それにつれ、皆の不安も強くなっている。
そして、
フワッ
ロディがわずかな浮遊感を感じた時、魔法陣の光は消えた。
いや、元いた10階ではない。周りの空間がさっきよりも広く、景色が違う。足元に魔法陣はあるが、少し模様が違うように感じる。
「・・・転移、したの?」
「そうじゃ。ここはもう1階じゃ。」
エマが不安げにつぶやくと、フェイは頷きながら言った。
どうやら、転移は一瞬だったらしい。そしてここは1階だという。
フェイが先導して道を進み、後に5人がついてあるく。5人ともキョロキョロとして周りを確かめながら。
「あ、ここの道・・・」
周りを伺っていたエマが、気づいたように言った。
「見覚えがあるわ。ここは1階のあの道だわ、間違いない。」
エマの言葉にテオもレミアも
「本当だ、1階だ。」
「ほんとに戻ってきたのだ。」
と、口々に同意する。頻繁にダンジョンに入っていた3人が言うのだから間違いないだろう。
ロディたち一行は本当に転移してダンジョン1階に戻ってきたのだ。
ダンジョンの出口に進みながら、ロディはフェイをほめたたえた。
「師匠、すごいです。転移魔法陣を見つけるなんて、大発見じゃないですか。」
「ワシも見つけた時は驚いたもんじゃ。こんな魔法陣もあったのか、とな。」
「これで師匠の名声も高まりますね。」
ロディたちは興奮して言うが、フェイは何やら微妙な表情で笑うだけだった。それに違和感を感じ、ロディは重ねて聞いた。
「?どうしたんです師匠。こんなすごい発見をしていたというのに・・・。」
「まあ、発見はすごい事じゃが・・・」
フェイはの言葉は歯切れが悪い。それにフェイはなんだか物悲しそうな表情をしていた。
「今のところ、公表するつもりは無いんじゃ。」
「え?」
フェイの言葉にロディはまたも驚いた。
「どうしてです、こんな魔法史上に残りそうな発見なのに・・・。」
「それなんじゃがな。」
フェイはおもむろにロディを見つめながら言った。
「実は転移の魔法陣はな、あの場所でしか使えないんじゃ。」
「え?」
「魔法陣を書き写して他の場所で転移できるかを試してみても、転移どころか、全く魔法陣が発動しなかったんじゃ。魔法陣を見つけた時は有頂天じゃったが、使えない魔法陣ではどうにもならんでな。」
フェイはロディに語った。
魔法陣をいろいろな状況で試してみても、全くうんともすんとも言わなかった。どうやらこの魔法陣は厳密な条件があり、転移できる場所が魔法陣の中で指定されていて、別の場所では作動しないようになっているらしいことが分かった。
それを解明しようと試みたが、魔法陣はかなり複雑であり、またこれまでの研究成果からは、その魔法陣を改変して動作出来るようにすることは不可能に近かった。
結局、フェイは途中で研究をあきらめたという。
「つまりは、あれは、あの場所でしか動作しない、限定の魔法陣なのじゃよ。その内容が魔法陣に組み込まれておるようじゃ。
汎用性のない魔法陣など単に『発見した』という名声だけがついてくるだけで、世の中には何の役にも立たん。」
「でも、それを研究し続ける人たちが居れば、いずれ解明されるのでは。」
「期待できんかったんじゃよ。魔法陣研究所の実態を知っておるからのぅ。」
「・・・」
フェイの言葉にロディは二の句が告げなかった。
過去にフェイは王宮の魔法陣研究所に所属していたことがあったが、そこは利権と政治でがんじがらめになった、腐敗した組織だった。
「魔法陣研究所に報告でもしてみよ。おそらく、このダンジョンはすぐに封鎖、そして二度と解放されることは無かろう。魔法陣の謎が解明されるのであればそれでもいいが、それは万に一つも期待出来んのじゃ。」
だから報告することはない、とフェイは断言した。
ロディは非常に残念だった。新しい魔法陣があるのに使えない。研究も出来ない。そんな状況を悔しく思った。
「ま、しかしじゃ。それほど暗くなることはない。ワシも完全にあきらめたわけではない。いずれ転移魔法陣の研究を再開するかもしれん。」
「え?」
「それは他でもない。おぬしとの研究で、魔法陣の役割の一部が解明されてきたからじゃ。これから得られた知識を用いて、再度転移魔法陣を見直せば、何かわかってくるかもしれん。」
そう言ってフェイはロディをゆっくりと振り向いた。
「ロディ、おぬしのおかげじゃ。おぬしに会って以来、魔法陣の仕組みの一端を知ることができ、そして何よりも研究への情熱があふれるくらいに満ちてきておる。良き弟子に出会った。感謝するぞ。」
フェイはそう言ってカカと笑うと、顔を前に向けた。
いつになくロディをほめたことで、気恥ずかしくなったのであろうか。フェイは少し歩みを速めてロディの前に出た。気のせいか、フェイの横顔が少し赤い。
ロディもそれを見て、いつものフェイに戻ったことを安心したかのように、笑顔でそのあとについていくのだった。
◇◇◇
「アンタは何やってんだい!」
フェイの屋敷に戻った一行を待ち受けていたのは、エリーとロスゼマだった。
街にいるはずのフェイが忽然と居なくなり、どうにもいやな予感を感じていた2人は、帰ってきたフェイを問いただして事の顛末を聞くと、烈火のごとく怒りをあらわにしたのだった。
「ボス戦でさらに条件付きで戦わせるなんて、ロディたちを殺す気かい!!」
怒りの剣幕でまくし立てるロスゼマの目の前には、正座したフェイがいる。無論、彼女がそうさせたのだ。
「あ、いや、ワシがついていれば安全じゃと思うて・・・。」
「勝手なこと言うんじゃないよ。ボス戦自体もアンタの無理やりな提案だったのに、さらに無理を押し付けて。しかも私たちが居ない場所で勝手に!あんたにそんな権利があるのかい!」
ロスゼマの勢いにフェイは小さくうなだれている。そしてエリーはと言うと、説教はロスゼマに任せて静かに紅茶を飲んでいるのだが、目は明らかに怒っていた。
「アンタの勝手なふるまいは今に始まったわけじゃないけど、まだ懲りないのかい。弟子を危険にさらすのが師匠の役目かい。」
「じゃ、じゃが、やはり危険を乗り越えんと成長しないと思うから、ワシがその成長のおぜん立てをしようと・・・。」
「だからって直前に条件を付けるなんて、それまでロディたちが準備してきたことが無になっちまうんだよ。そんなこと、やっていいわけないんだよ。」
「・・・はい。」
「まったく、アンタは昔っから・・・・・・」
ロスゼマの怒りはいつまでも収まらず、滔々とフェイに苦言をまくし立て続ける。
それを静かに見守るエリーと、おろおろして口出しできないロディたち。
この時のロスゼマの説教は、3時間続いたという。
説教が終わった後、フェイの足が痺れてまったく動けなかったのは言うまでもない。




