へっついさんの縁結び
工場の夜勤を終えて、部屋に帰ったらそのまま眠っていたらしい。
流し台の上にあるガラス戸が開けっぱなしで、アパートの通路をどたどたと子どもが歩く足音が響いてうるさい。
「……学校休みだっけ?今日」
ぼんやりとした頭で起き上がり、ガラス戸を閉めようと手をのばすと、その手をひんやりした大きな手につかまれた。
「よしぼう、みっけた」
つかまれた手をにぎる先を見つめれば、真っ白で大きな顔。額に黒い円がぼんやりとふたつある、これは、お公家さんの眉毛だ。マロ眉だ。
人ではないもののように直感的に感じ、得体の知れないものに手を掴まれていることに恐怖を覚えた。
「………ひぃっ!」
「よしぼう、やせた?」
ぎりぎりと手を握られている。
「誰だよ?!」
寝起きで頭が働いていないが、こんな知り合いはいないし、俺の名前は「よしぼう」なんて一文字もかすってもいない。
「へっついさん、わすれたの?」
「知らないよ!誰だよへっついさんって!」
働かない脳みそをフル回転させて、この見知らぬやばいものから逃げようと大声を出した。しかし、握られた手はびくともしない。
「へっついさんだよ?おぼえてるでしょ?」
「知らないよ!」
「だって、ここに、おふだ、あるよ?へっついさんのこと、しらないの?」
「お札?ああ、田舎のばあちゃんが野菜と一緒に送ってくれたヤツ?台所に貼っておけって言われたから貼ってるけど」
「へっついさんだよ!」
「だから、誰だよ!!」
力任せに手を振り払おうとしたが、マロ眉の相手の力はそれ以上で、まったく動かない。ちくしょう、なんだよこいつ。本気で蛇口をひねって、水をかけようかと思っていると、急に泣き出した。
「よしぼう、どこぉ〜?!」
「知らねえよ!」
「よしぼぉ〜ぉ」
大きな顔の真ん中にある真っ黒い目から、ぼろぼろぼろぼろと涙が出てきた。泣き声を上げながら、口を開くが、おはぐろでもしているのか、口の中は真っ黒だった。
「おふだ、ここだけなの?おふだがあるところによしぼういるって、おもっ、う、うえええー!!」
「うわっ、うるさいっ!」
手をつかまれたままに、号泣が始まり、俺は片手だけ耳にあてる。なんでアパートの通路を歩いてきた見知らぬものに手をつかまれたまま、目の前で泣かれなければならないのか。
抗議の意味をこめて、目つき悪く相手をにらめば、涙が顔に染み込んでいくのが見えた。
「え?何、これ」
「へっついさん、どこにいけばいいかわからない!」
「いや、なんで涙が顔にしみこむの?」
「へっついさんだもの!」
会話にならない。うんざりとした気持ちで自称へっついさんを見つめるが、やっぱりなんなんだか分からない。
とりあえずは、相手の話に乗ってみよう。
「へっついさん?よしぼうって、誰?」
「たくみくんのこども」
初めて会話が成立した。意思疎通ができないものではないらしい。それだけでもだいぶ安心できる。
「そのよしぼうは、札があるところにいるのか?」
「うん。いなくなるまえに、よしぼうにくっつけたの」
「へっついさんは、なんでここにお札があるって、わかったんだ?」
「えーとね。よしぼうがこのへんにいるって聞いたから、たくみくんにくっついて近くまできたの。それでお札のあるところを探したら、ここに来たの」
「……うーん。へっついさんは、近いところにあるお札ならどこにあるのか分かるのか?」
「うん!へっついさんだからね!」
得意げに顔を上に向けるが、俺の手は離そうとしない。
「じゃあ、そこに行けばいいんじゃないの?とりあえず、ここじゃないから」
「へっついさん、おなかすいた!」
「へ?」
「ごはん、食べたい!」
「えぇ〜……」
にっこりと口を三日月型にした自称へっついさんは、そのまま窓からにゅるんっと液体化して部屋の中へ入ってきてしまった。
「うわっ!気持ち悪い!」
「へっついさん、ご飯炊くの、じょうずだよ!」
「え?冷凍ご飯あるけど」
「れいとう……?」
「うん。電子レンジでチンすれば」
「れいとう……」
僕の手を離すと、へっついさんはそのまま流し台の前にしゃがみこんだ。あ、灰色の着物だ。袴もはいてる。
気になったので、着物に手を伸ばして触ろうとすると、急にへっついさんは床に伏せて泣き始めた。
「火でごはん炊かないの〜?なんでぇ〜?」
「え、炊飯ジャーが壊れたから」
「すいはんじゃーも、火をつかわないじゃない〜」
「……確かに」
ぐすぐすとへっついさんが泣いている。
えー、面倒くさい。
とりあえず、騒がれると困るので、泣き止ませることにした。
膝を抱えて床に座っていると、砂場で作った山のように見える。ちょこんと頭にお団子をのせたみたいな髪型が面白いけど。
黒いから海苔で巻いたおにぎりか。
おにぎり……へっついさんが何かに似ている気がする。なんだっけ?
遠くにある記憶を引き寄せようとしたが、その前に、へっついさんはガスコンロを見つけて大喜びしてしまった。
「ごはん!炊けるよ!ごはん!ごはん!」
「うん、炊けるけど、ごはんがないんだ。米は買ってなくて」
「じゃあ、ほかのものをつくる!へっついさんお腹すいた!」
バッサバッサと袴に空気をふくませて、台所でジャンプし始めた!やめろ!埃がたつ!
仕方がないので、片手鍋とインスタントラーメンを出してやる。鍋に水を入れて火にかけようとすると、へっついさんにまた手をつかまれた。今度はなんだよ。
「ここ!きたない!きれいにして!」
一瞬でマロ眉ののんびりした顔が鬼のようになった。
「ひっ!」
「火をつかうのにこんなによごしてるの、ダメ!きれいにして!」
「わわわわかった!わかったから手を離してくれ!」
俺が首を縦に振ると、へっついさんは素直に手を離した。そして、近くにあったキッチン用洗剤とキッチンペーパーを差し出してきた。
「ん!」
「わ、わかった!わかった!」
素直にへっついさんから両方とも受け取ると、洗剤を吹きかけてからキッチンペーパーで拭き取った。その後は、コップ洗いに使ったメラニンスポンジでごしごしとこすった。
少し夢中になってこすっていると、今までにない綺麗なガスコンロになった。
「ふぅ〜っ」
達成感を持ってへっついさんを振り返ると、またマロ眉の顔に戻っていた。
インスタントラーメンは、美味かった。
へっついさんが「やさい!やさい!」と騒ぐので、冷蔵庫にあった野菜をかき集めて鍋に入れたのがよかった。
へっついさんと半分こして食べたけれど、久しぶりの調理したてのものは、腹の底にまであたたかいものが染みこんだ気分だった。
「久しぶりに飯を作ったよ」
「ごはんはつくらないと食べられないよ?」
「最近、スーパーで値引きされている弁当ばっかり食べてたから。暑いと火を使うの面倒だし。涼しくなったら、なんだか作るの面倒だし」
「へっついさん、ごはんつくって食べるのすきだよ!」
「そういえば、へっついさんはつくってないじゃん」
「ううん!ちゃんとお手伝いしたよ!」
「そうなの?」
「うん!おいしくなぁれ、おいしくなぁれって、ちゃんとお手伝いしたよ!」
「そうなのかなぁ……」
「うん!」
なんだか腑に落ちなかったが、美味しかったからいいか。
その後が大変だった。
「よしぼうを探すから、いっしょに来て!」
「なんでだよ!」
「へっついさん、お札のところに行きたい!でも、あぶないの!」
「危なくないから!」
「あぶないの!大きなガラス窓のついた固いものにぶつかっちゃう!」
「それはあぶない!」
へっついさんは、信号機も横断歩道も何もわかっていないことが分かった。よく見たら袴にタイヤの痕がついていた。
なんだか分からないけれど、お腹があたたまって少し元気になってしまったので、少しだけへっついさんに付き合ってみることにした。
そこまではまだよかった。
「あれはなぁに?!」
「あ、ねこ!ねこだよ、ねこ!」
「おばあちゃん、こんにちは!」
見えたもの全部に興味を示すのは、やめてほしい。アパートやマンションが多く、道沿いには店が並んでいるけれど、お互いに知り合いでもないそういう街で、あちこちに声を掛けないで欲しい。不審者に思われたらどうする。
「へっついさん!知らない人だから!話しかけちゃダメ!」
「ええ〜?さっき食べたやさい、ここからきたよね?」
「え?あぁ、まあ、確かにこの店から買ったけど」
「じゃあ知ってる人!」
えっへんと胸をはるへっついさんは、草履を履いているから台所で並んだ時と変わりない俺の顔の下ぐらいの身長だ。そんなに大きくないのに、さっきの鬼のような顔になった時、ものすごく大きく見えた。見間違えたのかなとこの時は思っていた。
へっついさんが道に飛び出さないように、手を繋いで歩いていると、いい匂いがしてきた。たぶん、そこに見える中華屋さんから流れてくる匂いだろう。
さっき、インスタントラーメンを食べたばかりだったが、うまそうな匂いにお腹が減る。
「うまそうだなぁ。昼過ぎだから、そろそろ店じまいかなぁ」
いつもならこの時間に起き出して、夜勤前に買っておいたスーパーの弁当を朝飯として食べ始めている頃だった。昼勤務の時は近くの食堂に行っていたが、最近は夜勤が続いているから余計に中華屋さんの匂いがうまそうに感じた。
せっかくだから、食べに入ってみようか。
へっついさんに中華屋さんに行ってみないかと言おうと隣を見ると、へっついさんが真っ黒い目をまん丸にして、その中華屋さんを凝視していた。
「へっついさん?」
「みつけた。よしぼう、あそこにいる」
「え?中華屋さんにひとりで子どもがいるの?」
「うん。お札、ある」
へっついさんは俺と手を繋いだまま、ずんずんと歩き出し、迷うことなく"中華"と白抜きされた赤いのれんをくぐった。
「へっついさん?!へっついさんだぁ!!」
「よしぼう!よしぼう!やっとみつけた!よしぼう!」
強面の坊主頭で、大きな体のおっさんがへっついさんと手を取り合って、きゃっきゃしている。
おい、よしぼうはもう"坊"じゃないだろ、これ。
「へっついさん、せっかく来てくれたんだから僕の作ったごはんを食べて行ってよ!」
「ぼく……?」
「へっついさん、よしぼうのつくったごはん、食べたい!」
「じゃあ、お連れさんも一緒にどうぞ!さあさあ、テーブルの方に座ってください!あ、メニューはこちらです!」
にこにこと席をすすめてくるよしぼうに、これだけは聞かなければと、勇気を出した。
「よしぼうって、何ですか?」
「ああ、僕の名前がよしゆきなんです。オヤジがたくみで、食堂の主人をやってたんです。それで、常連のお客さんたちから、僕、よしぼうって言われてたんですよ。はははっ!もう何十年も前です」
「なるほど」
「あ!へっついさん!オヤジにはここに来るって言ってきたの?」
「ううん。たくみくんは、いま、まりんちゃんたちとゆーえんちにいってる。へっついさん、よしぼうに会いたくて、たくみくんに黙ってついてきたの」
「えー?!義兄さんたちのところにオヤジ来てるの?珍しい……」
「たくみくん、よしぼうのところに行かないっていってたから、へっついさんが来たの。それなら、たくみくんここにくるから」
「参ったなぁ。オヤジが来たらボロクソに言われそうだな。まぁ、今の僕の料理を食べてもらうしかないな!ありがとう!へっついさん!」
鋭い目をきらっと光らせて、よしゆきさんは厨房へと戻って行った。
えーと。つまり。
「へっついさんは、たくみさんのお家にいるんだけど、そこの息子さんのよしゆきさんの店にたくみさんを連れて来たくて、ここを探していの?」
「うん!へっついさん、しってるから!たくみくんが、ばちーんってよしぼうをたたいてから、よしぼういなくなっちゃったの。
でもね、たくみくんはよしぼうのごはんが食べたいのに、食べたいっていえないの!
だからね、へっついさんがたくみくんにごはんを食べさせてあげるの!」
「ふ、ふーん?そうなんだぁ」
ゆるいへっついさんの喋り方に釣られて、俺もなんだかゆるい口調になってしまった。
いまいち分からなかったので、注文のついでによしゆきさんに聞いてみた。
「あぁ、オヤジは地元で有名な食堂やってましてね。僕はそこの後継ぎだったんですが、フランス料理をやりたいから継がない、こんなちんけな田舎の料理なんか作りたくないって。酷いことを言って、家を出ちゃったんです。
それで、まあ、結局、オヤジと同じような店を今はやってるんですけど。オヤジとは仲直りできてないんです。
義兄さんたちが近くに越して来たんで、今はやり取りがあるんですけど…オヤジとはまだ一度も会ってなくて」
まいったなぁと手拭いを巻いた頭をかきながら、よしゆきさんは嬉しそうだった。
「まあ、へっついさんを連れてきてくれて、ありがとうございます!お礼にご馳走しますんで、たくさん食べていってください!」
にかっと口を大きくあけて笑うよしゆきさんの後ろにある厨房の壁には、俺のところにあるお札と同じものが見えた。
よしゆきさんのごはんは、文句なしに美味しかった。店のバイトだろう女の子が次々にテーブルに料理を運んでくる。
「エビチリうまっ!レバー柔らかっ!」
「ちゃーはん、おいしいよ!」
「ラーメンの汁を残さず飲んじゃった…」
「へっついさんもらーめん食べる!」
「はい、餃子です。どうぞ。あと、ラーメンはどれにしますか?味噌ラーメン、塩ラーメン、醤油ラーメンがありますよ」
「えーとえーと、みそ!」
穏やかな午後の陽射しがさしこむ中華屋さんのテーブルで、俺とへっついさんは、ひたすら美味しいおいしいと言いながら、よしゆきさんの作ったごはんを食べていた。
スーパーの弁当も悪くはないけど、やはり出来立てを食べられる中華屋さんの味は別格だ。
昼営業の時間も終わり近くで、俺たちのほかには、二人組の男性客がいるだけだった。
「へっついさん、俺、ちょっとお手洗いにいってくるね」
「ぎょーざ食べていい?」
「一個だけ残して欲しいかなぁ」
「うんっわかったぁ!」
返事した途端に餃子食べてるぞ。へっついさんは、よく食べるなぁ。
真っ黒い口を開けて、次々に食べていく。口に入れるたびに、真っ黒い目が幸せそうに弧を描く。本当に美味しいと見ていても分かる顔だった。
トイレで用を済ませて席に戻ろうとした時、二人組の男性客のひとりが、頭に手を伸ばすと髪の毛を引き抜くのが見えた。白髪でも気になったのかと思っていると、その抜いた髪の毛をラーメンの中に落とした。
そのまま箸で何度も麺をすくうと、急に大声を出した。
「うわぁ!なんだこれ!髪が入ってるぞ!」
「おい!こっちにはハエが落ちてる!なんだこの店!おい!あんた、こんな料理出すなよ!」
「いえ、そんなはず」
「ほら!見ろよ、これは髪の毛だろ?あんたの髪じゃないのか?」
「え、そんな!」
バイトの女の子がびっくりして肩を揺らすのを見て、俺は今見たことを言ってやろうと足を一歩踏み出した時。
店の中に煙が満ちた。
煙の満ちた店の奥から、声が響いた。
「おまえら、たべものをそまつにしたな…」
野太い男のような、低くて大きな声だった。
声のした方から、煙を割って出てきたのは、鬼というよりも仁王像のような顔だった。
深い眉間のシワの下には、真っ黒い大きな目。そして、今にも人を喰ってしまいそうな形であいた口は真っ黒で、そこから煙が流れ出ていた。
「ひっ!」
言いがかりをつけた男二人は、一瞬で体をこわばらせた。
口を開いて何かを言おうとするが、言葉になっていない。
「たべものをそまつにする奴は、こうだ!」
仁王像のような口から黒い煙が出ると、あっというまに男たちの口の中に消えていった。
「な、な、な」
「あらためるまで、なおらぬぞ!」
「ひぃっ」
椅子を倒して店から出ようと、男たちは足を動かすが前に進まない。わたわたとしている二人の肩を厨房から出てきたよしゆきさんが掴んだ。
「お客さん、食い逃げですか?警察呼びますよ?」
体の大きな強面のよしゆきさんを見た男たちは、がたがたと震えながらも財布を取り出し、千円札を何枚か出した。よしゆきさんは、バイトの女の子にうなずいてみせると、女の子はレジから小銭を何枚か出して、テーブルの上においた。
「釣りだよ。これ持って帰りな」
よしゆきさんがテーブルを顎で示すと、男たちは急いで小銭をつかんで、そのまま店から走って出て行った。
「……ええ、まさか、へっついさん?」
薄れていく煙の中で、仁王像の顔がマロ眉に変わっていくのを見て、ようやくあれがへっついさんだったと気づいた。
よしゆきさんが何故か嬉しそうに笑っている。俺とバイトの女の子は、なんだか分からず、互いに目を合わせては首を振った。
席に戻って、へっついさんとテーブルで向かい合うと、へっついさんがぶりぷり怒りながら味噌ラーメンを食べ始めた。
「ねぇ、へっついさん、何したの?」
「………あえあ」
「あ、いいよ。食べて」
「むん」
「よしゆきさん……あれ、なんですか?」
呆然としながら、麻婆豆腐を運んできたよしゆきさんに聞いてみた。
「ああ、へっついさんは、かまどの神様なんですよ。だから食べ物を粗末にした奴らにバチを当てたんです」
そこでようやくへっついさんがしゃがみ込んだ時に似ていると思ったものを思い出した。
かまどだ。
田舎のおばあちゃんの家でみた土間にあった土で出来た竈だった。
「ああ、だから、口も真っ黒なんだ…」
「生まれ育ったところでは、かまどの神様を祀ってて。食堂だから、なおさらに大事にしてたら、へっついさんが遊びにくるようになったんです」
「え、へっついさんって、何歳」
「さあ……街道沿いに店出してたって聞いてるんで、江戸時代からいるみたいですよ」
「まさかの100歳越え」
「はははっ!のんびりしてますからねぇ。へっついさん」
「え、バチってなんですか?」
「あついものをたべられなくしたよ!」
味噌ラーメンを食べ終わったへっついさんが、にこにこと笑って答えた。
「え、別にバチってほどじゃあ」
毎日スーパーの弁当を食べていた俺が不思議に思うと、よしゆきさんが真顔になって言った。
「冷たいものしか食べられなくなるんですよ。何を入れても口の中とか、胃の中が火傷するような痛さで。
それで冷たいものだけ食べていると、どんどん胃腸の吸収がダメになっていって。
結構、過酷なバチですよ」
「まさか、よしゆきさん……」
「食べ物を友だちに投げて遊んだ時、バチが当たりました」
まさかの経験者だった。
びっくりした顔のまま、俺はへっついさんがちゃんと残してくれた最後の餃子に箸を伸ばした。
ひと口食べて、やっぱり美味しかったので「うまいなぁ」と言っていると、のれんを持って店内に戻ってきたバイトの女の子がにっこりと笑って頭を下げた。
そのあと、へっついさんを迎えに来たたくみさんが、よしゆきさんの作ったごはんを食べて和解した。
そして、俺はよしゆきさんの店に通う内に、ごはんを食べさせる仕事に就きたいと思い、たくみさんの食堂に弟子入りした。
そして、そして。
バイトの女の子だと思っていた子は、よしゆきさんの娘さんで、二人でたくみさんの食堂を継ぐことになり、今、披露宴のための料理を仕込んでいる。
「へっついさん!それは食べちゃダメ!足りなくなる!」
「へっついさん、あじみしてるのっ」
「ちょっと、ダメだってば!」
「おいしいっ!」
「明日の披露宴には、へっついさんの席もあるんだから!足りなくなるからダメ!」
へっついさんとの付き合いは、まだまだ続いていく。
(終)