第6話「ビギナーズバトルドーム」
第6話「ビギナーズバトルドーム」
「わぁああ!この人たち全部プレイヤーなんだ!」
空前絶後の人口密度となった“モーニンググローリー”の中心で、タクトは感嘆の声をあげた。
彼の言の通り、人の往来に富んだ栄えた町程度の普段の光景と異なり、紛うことなく祭りであった。
諸兄には、コミケのビッグサイトと言えば伝わりやすいであろう。
メインストリートは、両端の建物が二階以上しか視界に入らないほどに、人人人である。
(無論、異種族のアバターを使うプレイヤーもいるため、やや語弊のある言い回しだ)
「そうだ。透と来瑠子も来てるんだっけ?呼んでみようかな…。透ゥゥゥゥ!!来瑠子ォォォォ!!ここだよォォォォ!!」
「…あいつ、なに本名で呼んでんだッ…!」
「ネットリテラシーないなー。アバター名教えておけばよかった」
よく通るタクトの声は、先にログインしていた友人二名のアバターの元にも届いた。
だが、精神的にも、物理的にも合流のハードルは高い。
彼らは聞かなかったことにして、イベント開始時間を待った。
「あれー?遠くにいるのかな?」
「よぉ、天s…いや、同期の“お嬢ちゃん”。さすがにもう“村人の服”は卒業済みか」
「…あ!初日に広場にいた人!?」
「おぅ、覚えてたか。その“守護者”よ。お互い、がんばろうぜ」
「うん!がんばりましょう!」
広場がざわつく。タクトはログイン初日にやらかしたゲリラライブで、有名なプレイヤーになりつつあった。
「あいつ、なに知り合いヅラして俺らの天使ちゃんに気安く話してんだッ」
「初日に一回話しただけのくせになッ」
「知ってっか?あのモヒカン髭面ガーディアン、極振りらしいぜ。パラメーター」
「どれよ?」
「防御力」
「イタタタタター」
「天使ちゃんのプレイスタイルはよ」
「んー…残念だが知らん。フィールドでの目撃情報が極端に少ないんだ」
「まぁ、何にせよ、あたたたかく応援しようぜ」
「たが多いぞ。秘孔狙ってんじゃねぇ」
「あべし!」
「つーか、応援ってことはお前、不参加なのか。なんで広場来てるんだ?」
「直に見たくてなー。ルーキーたちをさ」
「俺を含めてか」
「お前はいい。…お!優勝候補が来なすった」
「ん?…あぁ、リットンか」
二人のプレイヤーの見つめる先、広場に軽快な足取りで入ってきたのは茶色のウルフカットの小柄な少女。
その表情は勝気で自信に満ち満ちていた。
「そう、“スタンピート”リットン。あの“メルクリウス”のプレイスタイルを丁寧に模倣してるらしい。キャラメイクから戦術から何からな」
「楽しいのか?それ」
「楽しいんじゃないか?結局は本人の勝手だ。つまらなきゃいつでも辞めりゃいいんだ」
「違いない。ゲームなんだしな」
「対抗馬はあいつだろうな。“ソルジャー”の異名を持つ男、ブライアン。さっき広場で見かけた」
「『俺の武道はマスケットを凌ぐ』とかツイートしてたやつか。リアル格闘家だから動きもやっぱ違ぇのな。体術において右に出る者なしって感じか」
「ダークホースはあいつかな?広告塔()のイケメン」
「ぶはははは!そりゃねぇだろ!あいつ、プレイ時間3ケタもいってないって噂だぞ」
「ははは…ッッ!?」
「ん?どうした?本人いたか?」
「…いや……あいつ…ッ…“Reincarnation”に来てたのか」
忌々し気に指差す先にいたのは、壁を背に周囲を見回す軍服の女プレイヤー。
その瞳は鋭く、胡乱で、爛々と輝いていた。
「?…なんだ?有名なプレイヤーか?」
「…有名では、ないな。…あいつには関わらない方がいいぞ」
「……?」
「ベアトリーチェ…ッッ」
“モーニンググローリー”の上空を低高度で飛び、広場を見降ろす巨大な飛行船。
内部には円卓を構える広いホールがあった。
黒いロングコートをたなびかせた長身の青年の視線の先、二人のプレイヤーがいた。
一人は、退屈気に窓の外を眺める淵の広い帽子と純白のドレスに身を包んだ妙齢の女。
一人は、テーブルに置かれた参加者データを一枚一枚丁寧に目通しする大柄な牧師の竜人。
「よく来たな。廃人ども」
「うーわー、せっかく招待に応じたのに、この言い草ー」
「まぁ、間違ってはおりませんな」
“ベジタリアン”ティラーノ。
“幽世の門”イヴ。
“Reincarnation”で名を知らねばモグリと呼ばれる、トッププレイヤーの二角であった。
「まぁ、腐るなよ。っつーか、誉め言葉だろ」
「局長、そろそろ始めませんか」
局長と呼ばれた青年と、トッププレイヤーの二人。
そして青年に促しの言葉を送ったスタイルの良い眼鏡の、同じく黒いコートを羽織った女性。
その他、同じコートを着た幾人かが、円卓の席に着いていた。
彼らは、運営側のアバターである。
「確かに、もう来ないか。始めよ」
「ウェイトウェイトウェイト!待って!あたしも参加するわ!」
円卓中央の転送用ゲートに、新たなプレイヤーが現れた。
燃えるような真紅の髪、巨大なトランクを抱えたウエスタン調の出で立ちが、彼女のトレードマーク。
「これはこれは珍しい…」
「“メルクリウス”、あんたが来るとはねー」
「どういう風の吹き回しだ?去年は1ミリも興味示さなかったろ」
「まーな。今年は別。…ダチが、出んだ」
イベント開始前5分。
集まった全プレイヤーが視認できるように、“モーニンググローリー”の10地点の宙空にナビキャラのエントマちゃんが現れ、ルール説明を始めた。
『ようこそお集まりくださいました!新米プレイヤーと観戦の古参プレイヤーがた!“ビギナーズバトルドーム”を間もなく開催させていただきます!参加資格は事前告知済みですので割愛させていただきます!ルールは簡単!プレイヤー同士がキルポイントを稼ぐPvPのバトルロイヤル!イベント時間は2時間!一人倒したら+1ポイント!一回倒されたら-3ポイント!何回やられても復活できるので、最後まで頑張ってね!』
「ん?-1ポイントじゃないのか?」
「…えげつねぇな」
「あわわわわ!は、始まる!?」
「じゃあ、武運をな」
カウントダウンが始まり、ゼロのコールと共に、町から500人のプレイヤーが消えた。
アバターである“ベアトリーチェ”が転送されていく浮遊感の中、零はそっと目を閉じた。
ある意味、生殺与奪を握られている状況だ。
何かの間違いでこの瞬間ロストすれば、私の命は終わる。
…それならそれで構うまい。
運が悪ければ、巡り合わせが悪ければ、次の瞬間死ぬのは、リアルだって一緒だ。
目を開けて、まだ命があるのなら、それはボーナスゲームさ!
かくして、彼女の望み通り、“モーニンググローリー”とは空間の隔絶されたイベント用バトルフィールドへと、無事に放り出された。
「………」
降り立った次の瞬間、視界の中にある建物の遮蔽へと身を投じて伏せた。
開幕で狙撃される可能性を考慮してのアクションだ。
手鏡を使い、慎重に周囲を窺うと、どうやらこのエリアは廃村らしい。
修繕の手のなくなった荒れた街道が、草花に侵食されている。
開発陣の異常なこだわりなのか、背にしている窓から覗ける室内の光景など、かつての生活感がありありと伝わるほどだ。
さて、それよりも大事な情報がひとつある。
すでに私のテリトリー内に、敵が一人いるのだ。
間抜けにも大声で誰かと通信してるらしい。
ベアトリーチェは、獰猛な笑みを浮かべた。
「…そう。残念だけど運営の忖度とかなくて、バラバラに転送されちゃったみたいんだよ。早く集まって、僕を守ってくれよ。場所は…ん?」
朽ち果てた柵に腰を預けていた青年の視線の先に、軍服を着た女が現れた。
会話を一旦止める。武器はまだ構えない。
「あー、君プレイヤーだよね。僕がわかるでしょ?ちょっと話してるところだからバトルとか待って…」
10メートルは離れていたであろう地に、彼女の姿が土埃を残して消えた。
自分の懐に潜り込んだとわかった時には、正中線に掌を押しつけられていた。
「“寸勁”」
「ちょ…ッッま…!?」
HPが一瞬で0になり、「DEAD」の吹き出しとともに彼は地面へと倒れ伏した。
ベアトリーチェは知る由もなかったが、彼こそ何度も“Reincarnation”の広告で見てきた運営推しのイケメンプレイヤーだ。
そして、“ビギナーズバトルドーム”における、ベアトリーチェの最初の犠牲者であった。
「敵を前に、呑気に話してんじゃねぇよ。ここは戦場だよ?」
彼が話していた相手が協力者であった場合、ここに増援が来る可能性がある。
すぐに離れて、まずはマップを把握しようかな。
1分後、彼のアバターはポリゴンへと還り、ランバム設定された復活地点で再びキャラの形を成し、目を覚ました。
「ひっ!?」
「落ち着いてください、私です。まさか開幕早々を狙われるとは…すいません!」
そこにいたのは、人海戦術で彼の復活地点を探していた、取巻きプレイヤーの一人だった。
「…僕がやられたことを知ってたのか」
「プレイヤーたちの撃破情報は全参加者と観戦者にリアルタイムで速報として流れますので…」
「くッ!…屈辱だ」
「リベンジしましょう。まずは皆を集めます」
『「ベアトリーチェ」が「プリンプリンプリンス」を撃破しました!』
「へぇ、こんな風に撃破情報出るんだなぁ」
「どうせ中盤からはいちいち読む余裕ないだろうけどな」
「開始3分でやられたのかよ、あいつwww」
「…あぁ、広告塔も運がねぇな。あいつに遭っちまったか」
「ちっ!ファーストキル取られた!悔しい!」
「あわわわ…始まってる。まずは隠れないと!」
「ほぉ…。俺も早く戦いたいが、近くに誰もいないな」
各々が思いを胸に、バトルロイヤルの幕はあがった。