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私だけデスゲーム  作者: ゆきは なつき
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第三話「モーニンググローリー」

第三話「モーニンググローリー」


“彼女”がその何人目の目撃者であったかはわからない。

だが少なくとも最後の一人だった。


後に語り草とされる、大陸間を駆け抜けた“願いの流星”。

日没まで間のある黄昏時(たそがれどき)において尚、煌々と存在をあまねく主張していた。


「……ッ!!…スピードが落ちてきてる…?」

初心者の町“モーニンググローリー”、その近郊の平原フィールド奥地、森のアンジョンの裏手から繋がる袋小路の一帯。

一度クリアすれば二度と用のないこんな場所を訪れるのは、初心者…それも効率を求めない物好きくらいだ。

このソロプレイヤー“ニベル”を除いては。


目深に被ったフードをめくり、目を覆う前髪を手で払い、上空へ高速で迫る流星の行方をつぶさに求め、両手を組んだ。

「……」久しく忘れていた現実での風習。

もしも願いが叶うなら、私に…。


高度を下げてきた流星は、ニベルの頭上を抜けて、森へ落ちた。





     *     *     *





深緑を分けて迫る淡い緑のゴブリンたち。

色相が近い故、その体は光の届く中においてさえ視認し辛い。

…が、位置はよくわかる。

こちらを獲物と定め、爛々と光る赫い瞳。


彼我の距離はすでに2メートル。

振るわれる棒状の武器。

マズい!よけろよけろ!わたしのアバター!


金合歓零の意思に反して“ベアトリーチェ”の挙動は緩慢に極まる。

当然だ。アジリティ現在「1」。

この広い“Reincarnation”において最底辺の遅さ。

一撃、二撃、三撃。

成すすべなく連撃され、HPが2割削られた。


「くッ!」

戦闘スキルはなく、武器すらない、無手による反撃。

ゴブリンの一匹に一桁のダメージを与えてひるませるも、戦況は何も変わらず。

迫る絶望。

対峙する三匹の背後から、一回り大柄な筋骨隆々とした同族が参戦してきた。

この初心者向けダンジョンの主と称される、ランダムエンカウントのレアモンスター“ホブゴブリン”。


三匹に動線を開かせ、砲弾の如き突進で迫る。

衝撃。

「ぐァっ!!」

振るわれた腕だか棒だかに薙ぎ払われ、ノックバック効果もあるその攻撃に、

ベアトリーチェの身は泉から離れた茂みの中に舞い、樹の幹に叩きつけられた。


奇しくも弾き飛ばされたおかげで、時間と空間の猶予がわずかに生まれた。

「ッッッ~~~」

ともあれ状況は最悪。

今の一撃だけで最大HPの半分が削られた。

初期ステータスなら即死だったろう。


…そう、即死。

“死んだら死ぬ”のだ、わたしは。

幹の後ろへ這って回り、身を隠すも、震える膝は止まらない。


「ハハッ…!」


絶体絶命の窮地に、思わぬ助けが…そんなものいるか!!

ホブゴブリンの気まぐれで見逃して…ざっけんなァッ!!

眠れる真の力が目覚めて…反吐が出るんだよ!!

主人公の主人公による主人公の為の、そういうご都合主義はよ!!

切り開く道があるとしたら、それは始めっから掌の中にあるものだ。


そう…この世界に立った瞬間から、持ち合わせていたものだけ、だ。


「ヴォオオオッ!」

ホブゴブリンは吠えた。

獲物に恐怖を与え委縮させて叩き潰すために。

視界と進路を遮る木を圧し折ろうと棍棒を振り上げた。


…その前に木は“手前”に折れ、否、千切れ回転しながら飛来し、ホブゴブリンを掠めて背後の2匹を圧し潰した。


前後の脈絡に合わぬイレギュラー。

単純なAIに突き動かされるだけのゴブリンは、その要因への考察などあるはずもなく、無警戒に突撃を敢行。

結果、根元を残しただけの木の背後に立つ者の拳による鉄槌で地面と同化した。


HPが「0」をカウントしてから数秒、3匹のゴブリンはポリゴン状に四散。

残る敵はホブゴブリンただ一匹。

さすがはボスモンスターか。

状況の変化を察してか、即座に突貫せず、次の行動を選んでる。

舌打ちと共に、ベアトリーチェの方が一歩一歩と地を踏みしめて近寄る。

フットワークなどではなく、ベタ足でホブゴブリンの懐まで詰め寄っていく。


あと2メートルを切ったところで、上段から棍棒を叩きつけてきた。

即死の一撃を見上げ、ベアトリーチェは…嗤った。

「ハハッ!」

躱せない…いいや、躱さない!

さっき、他のゴブリンと供に突っ込んできてれば、すでに勝負は決していた。

わたしの敗北でな。


鈍い轟音。


ホブゴブリンの最大技を、一桁のダメージで耐えた。

ベアトリーチェの「今の物理防御」はそれを可能とするのだ。

他の全てを犠牲にして得た硬さである。

そう、彼女はパラメーターを“振り直した”のだ。

この戦闘中に。


「つかまえた」

高威力の技には相応のリキャストタイムがある。

わずか2秒。

お前はこの瞬間に限り、ただのサンドバッグだ!


攻撃を受け終え、即座に“STR(ストレングス)”にほぼ全てを振り直したベアトリーチェは、

ホブゴブリンの正中へと掌を密着させる。

放つのは魔法ではない。

無手で使用可能。かつ、STRの値に比例し、対象との距離に反比例して威力が上昇する。

ほぼ全ジョブでわずかなスキルポイントで無条件で取得できる、そのスキルの名は…。


「“寸勁”ッ!!」


踏みしめた両足の下の大地が爆ぜ、ホブゴブリンはHPを一息で「0」へと失い、膝をついて斃れ、ポリゴンへと還った。

「ハァ……ッ…ハァ…ッ…やったか?」

復活することも、増援もない。

ベアトリーチェの完全勝利であった。

「う…うォおおおおッ!!やった!勝った!生き残ったぞォオオッ!!」


所詮は初心者向けダンジョンのモンスター。

そこそこの経験値とお金、低ランクの中でマシな程度のドロップアイテム。

ましてやレアスキルをいきなり修得する、などということもなかった。

それでいい。ご都合主義は、わたしには要らない。


「おっとと…。パラメーターをバランスよく振り直しとこ。…戦闘中にもできるって気づけなきゃ終わってたな」

…さすがに疲れた。

“リアル”のスタミナも減ってきたし、町に着いたらログアウトしよ。




     *     *     *




「“Reincarnation”…?」

「そ!ゲームだよ!面白いから、拓人も一緒にやろうぜ!」


学校帰りのファミレスで、プリンアラモードをついばんでると、同級生にして幼なじみの華賀美真央(かがみまお)から、突如としてゲームソフトを渡された。

“Reincarnation”。ゲームに疎い“ボク”でもタイトルは日常の中で幾度ともなく耳にしていた。

一応、ハードは姉が持っているのでプレイ環境は整ってる。

「うーん…どうしよっかなぁ」

「大丈夫!ベテランプレイヤーの“あたし”に手取り足取り任せな!来瑠子や透たちにも後で声かけるつもりだ。みんなで遊ぼうぜ!さぁ!さぁ!さぁ!」


そんな流れで、半ば押しつけられるような形で持ち帰った“Reincarnation”を机に置き、ボク…明神拓人(みょうじんたくと)は逡巡していた。

「真央はいつも少し強引だよなぁ。…昔からボクを振り回して」

文句を口にしつつも、表情には悪感情は浮かんではいなかった。

そこには友人への信頼がベースにある。

「ん!物は試し!やってみようかな」


きっと、新しい世界がひらけるかも。




「ようこそ、“Reincarnation”へ。あなたのお名前を教えてください!(注:一部登録NGとなるワードがございます。また、本名や身元が特定できる内容も避けてください)」

「ボクは…“ミュージ・タクト”」

ほぼ本名のアバター名を、拓人は特に深く考えずに打ち込んだ。


「ありがとうございます。それでは、現実にして仮想、仮想にして現実、そんな巡る世界を楽しんでくださいね」

拓人の視界がまばゆい光に包まれ――



ぎゅっと結んでいた目を開けると、活気あふれる街の、広場の真ん中に降り立っていた。


肌を薙ぐ空気、雲が穏やかに流れゆく青空、人々の息遣い。

全てがあまりにもリアルなものであった。

「す…すごい…!これがゲームの世界?…あの人もこの人もみんな、誰かが動かしてるのかな」


キョロキョロと周囲を見回す“タクト”を、周囲もまた微笑ましく注視していた。

この町の名は“モーニンググローリー”。

初心者ご用達の町であり、NPCに混じって往来を行くプレイヤーたちも多くは、タクトよりわずかばかり先輩の初心者ばかりである。

「…くくく。そろそろ驚くぞ」

未だステータス画面すら開かないタクトを見守るプレイヤーの一人が、先刻我が身に起きたことを思い出して呟く。


『ジョブを選択してください☆』

「うわぁああ!?」

広場に敷き詰められたレンガをするりと抜けて、足元から湧いて出たナビキャラ“エントマちゃん”に、タクトは驚き、尻餅をついた。

「…あぁ、びっくりした。なに…?ジョブ?…って何?」

「なんだ“嬢ちゃん”、ゲームは不慣れかな?」

見かねたプレイヤーの一人が声を掛ける。

「ジョブってのは職業だ。どれを選ぶかでこの世界でできることが大きく変わってくる。…まぁステータスだのスキルだのってのを考えるのが難しいなら、好きなもので選んじまうってのもアリだぜ。後で変えられるしな」

「あ、ありがとうございます」

「ちなみに俺は“守護者(ガーディアン)”!…まだレベル1の、この世界では同じ初心者だ。どこかでまた会うかもな」


伝えるだけ伝えたと思ったのか、あるいはナンパ行為認定によるBANを恐れたのか、プレイヤーは去っていった。

アドバイスをもとに、ずらりと列挙されるジョブ欄を真剣に眺め始めたタクト。

…と、その視線が止まり、凝視する者があった。


“バード”


明神拓人には夢がある。シンガーだ。

声に乗せて、万人に想いを届ける、そんな存在に憧れている。

現実の自分にはまだ到底届かない理想の姿。


迷いはなく、タクトは選択を終えた。

ジョブを選んだだけで、突然装備が合わるわけでもなく、ポイントを振るまではステータスも変わるわけでもない。

そのはずだが、“バード”になった瞬間から、タクトの空気は変貌する。

おどおどしていた初心者プレイヤーは、もうそこにはなく、広場の中心をたおやかに一歩ごとに注目を集めていく。

往来から、人々の移動が止まった時、始まった。


それは、生きとし生ける者すべてへと向けた、生命礼賛のエール。

透明感ある瑞々しい歌声は、どこまでもどこまでも響き。

人々の耳朶を震わせ、心へ滑り込んでいく。


初期装備の“村人の服”に身を包んだ素朴な“美少女”のゲリラライブは、昨晩目撃された“願いの流星”とともに、プレイヤー間の語り草となるのだった。



     *     *     *



「ふぅ…やっと、最初の町に着いた。…さすがに道中でユニークモンスターに襲われるようなご都合主義はなかったか」


人知れず森のダンジョンでの死闘を終えたベアトリーチェが、“モーニンググローリー”の門をくぐった。

安堵の息が漏れる。それも無理もないことだ。

“Reincarnation”はゲームとしてのセオリーを、一応は忠実に守ってるらしい。

町の中で戦闘が、特殊なイベントなしに発生することはない。

非戦闘エリアであるため、PKもできない仕様だ。

つまり、ここでベアトリーチェの、零の命が脅かされることはない。


「あぁ、やっぱり多いなぁ、人」

見回せば、人人人。

注視すると、頭上に名前とレベルが表示されるが、NPCにすらレベルが存在するこの世界ではパッと見ではプレイヤーと区別がつきにくい。

まぁ、それは別にいいとして、まずは宿を見つけてログアウトだな。


メインストリートを征くベアトリーチェの視界に、気になる光景が飛び込んでくる。

…いや、目よりも先に、耳がそれを捉えた。

「…歌?…なんか人がどんどん集まっていってるな。なんかのイベントか?」

ある程度広場に近づいた時点で、誰かが歌っていて群衆はその聴衆だとわかるが、合間を縫って中心に行くことはできそうになかった。


「ふぅん、綺麗な声だなぁ。歌ってるのも美少女かなぁ。まぁ、わたしには関係ないか」


ベアトリーチェは踵を返して、広場を離れていく。

「あの、ちょっといいですか?」

その背を呼び止める声があった。

「ん?」

二人組の、初期装備のプレイヤーだった。

「あ…あの…」

「俺たちこの“Reincarnation”来たばっかりなんだけど、聞きたいことがありまして…」

「悪い、わたしも初心者なんだ。他に聞いて」

「えぇ…マジで?」

「マジマジ。じゃあね」


ベアトリーチェを見送る二人は終始訝しんでいた。

「ウソだよな。あの装備、この町で売ってないし、レベル5だし」

「……だよね。それに目つきが、ね」



「よぉし、ログアウトだ!」

宿を借り、“ベアトリーチェ”のアバターをベッドに寝かせる。

こうしてからログアウトしないと全回復しないし、次回プレイ時に“疲労”のバステが付くのだ。




現実世界に帰還したことを、五感が雄弁に金合歓零に告げてくる。

カプセルから這い出た零の視界に、自室が映った。

鏡を覗き込めば、“ベアトリーチェ”ではない、等身大の金合歓零だけがそこにいた。


「…よし!まずは日記書くか!」



6月3日。新しい日々が始まった

モノクロの世界に、色が戻った気分だ。

この感動を、まずは誰に話そうか。

親父か、母さんか、悠太か、ボブ(犬)か…。

…いや、明日学校で、あいつに話してやろう。



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