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私だけデスゲーム  作者: ゆきは なつき
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第一話「さよなら現実、ようこそ地獄」

第一話「さよなら現実、ようこそ地獄」


6月2日、晴れ。何もない一日だった。


…言っておく。これは夏休みの小学生の日記ではない。

高校一年のわたしの、嘘偽りなき一日の所感だ。


子供の頃から憧れ続けた高校生ライフ。

どうしてこうなった、どうしてこうなった。

どうしてどうしてこうなった、どうしてどうしてこうなった。




6月9日。今日も生き残ることができた。

楽しい…愉悦しい…ッッッ!

わたしは今、確かに生きてる!!



     *     *     *



「この学校、テロリストに占拠されないかなぁ」


そんな風に考えてた時期が、わたしにもありました。


教室後方、窓際の席で校庭をぼんやりと見降ろしながら、わたしはアンニュイ系女子高生ロールプレイで悦に浸っていた。

5限の世界史の講義が強烈な眠気を誘う。


ぺらり…。


教科書の最終頁をめくると、あの忌まわしきパンデミックの記載がある。

カリキュラムが3学期までにここまで進むことは、まぁないんだろうな。

当時のわたしはまだ小学生だったな。

名残というか、ファッションとして自分の中で根づいてしまったのか、わたしは今でもマスクを着けたまま日常を過ごしている。

親父かつて曰く、「人類滅亡という言葉をリアルで初めて意識した」。


ともあれしかし、わたしは――


「金合歓!金合歓零(あかしあれい)!!起きてるのか!?」


講師―名前がわからない―に自分の名を呼ばれて、授業に意識を戻された。




夕暮れに差し掛かる放課後の教室。

部活も生徒会も属さないわたしは、けだるいため息を残し、スポルディングバッグを抱えて下駄箱へと向かう。

日々を不毛に過ごしている自覚はあるが、スポーツ歴はなく、かといって、リアルをガチ勢になるほどの向上心はない。


あえて趣味を挙げるなら、ゲームだ。

駅前の雑踏から巨大モニターを仰ぎ見れば、近々大型アップデートが予定されるタイトル“Reincarnation”のCM。

運営が推してる有名イケメンプレイヤーが広告塔となり、新規を誘おうというのだ。

攻略掲示板では知られた話だが、彼は元から運営の身内で、実力はトッププレイヤー連中の足元にも及ばないそうだ。


変遷を続けてきたゲーム業界。

その覇権は凋落したスマホゲーから再びコンシューマーへと移った。

戴冠の後押しとなったのはVR技術の革新的進歩だ。

その一つの完成型といえるのがフルダイブ型MMO-RPG、あの“Reincarnation”だ。

…ちなみにわたしは未プレイ。


理由は三つ。

一つ目は、身バレしたくないから。

“Reincarnation”の稀有な特徴として、プレイヤーの姿を登録時に撮影し、そのままアバターとして反映する仕様なのだ。

二つ目は、後追いが嫌だ。

すでにサービス開始から三年。

初期からやってる古参プレイヤーとの格差はまず埋まるまい。

そして三つ目。これこそが最大の要因といってもいい。

限りなく現実の感覚でありながら、決定的にあの世界には欠落してるのだ。

それは――


「君、ちょっといいかな?」「あん?」

不埒な声掛け事案で思考が中断された。今日はそういう日らしい。

路地裏へ続く道の暗がりから、フードを目深に被った男が手招きをしていた。

…よし、通報しよう。

「待て待て待て、スマホをしまいなさい!私は怪しい者じゃない!」

「どこがだよ。犯罪臭しかしねぇ。…ほら、このマスクの下見なよ。美人と期待したか、残念だったな」

「失敬な、私をJK狙いの痴漢か何かだと?…コレを見たまえ」

ボロン…とまろび出たのものは猥褻物…ではなく、ゲームソフトのパッケージだった。

「“Reincarnation”!なんだ?プレイさせてあげるからおじさんと遊ぼうっての?」

「いちいち犯罪者扱いはよさないか。まぁ、これで遊んでほしいのは当たってるが」


「嫌だよ。今さら」「……ほぅ」

男はそのワードを聞き漏らさなかった。

「興味が、なくはないんだろう?」

「…新人プレイヤーが後から追ってもねぇ」

「特殊なアバターデータとセットと言ったら?」

声量を落とした内容に、零は反応した。

「…内容による」

「奥へ行こうか」


路地裏に少し進んだ先、走ればすぐに大通りに戻れる突き当りのブロック塀前。

零は謎の男と密談に臨んだ。

「で?」

「まず確認するけど、君はあのゲームについてどの程度知ってる?」

「自分の姿、自分の感覚で専用の機材に身体を繋げてフルダイブできるMMO-RPG。サービス開始から3年。実動プレイ人口は300万人を超える怪物タイトル。ジョブの種類の多さとアバターの能力面のカスタマイズ自由度、及びプレイスタイルの幅広さ、“成長”を続ける世界こそが売り。…こんなトコ?」

「お手本のようなレビューだ。…ふむ、合格だ。君にソフトと、アバターを譲ろう」

「その肝心のアバターについて何も聞いてないんだけど」

「まぁちょっとした“チート”が備わっている。詳細は“使ってみればすぐわかる”」

「ふぅん…それだけ?」

「いいや、とても重要な注意点がひと…たったの二つ!一つはその“チート”はゲーム中唯一無二だから、他言無用だ」

「なるほどね。…もうひとつは?」

「……」


男の表情は伺えないが、空気の変化を零は肌で感じ取った。

「…そのアバターでダイブする場合、ゲーム内でプレイ中に“ロスト”すれば、現実の君も…死ぬ!」

「なん…だと…ッ!?」

文字通り、命を賭けたデスゲーム。狂気の沙汰。

零の手が、知らず震える。

「怖いかい?まぁ、それが普通だろう。やめるなら今だよ。別に構わな」

「いやもらってくよ。…“死ななきゃ”いいだけだし…」

「そうか…では、楽しみたまえ」


互いに顔を伏せたまま、二人は別れた。

零の姿が完全に視界からなくなってから、フードが下がると、頭頂部が薄くなり始めた無精髭の男が現れた。

ミステリアスな雰囲気は霧散し、その瞳に…狂気など微塵も宿ってはいない。

悪戯な笑みが口元に浮かんでいた。


零に移譲されたアバターの負う、“死ぬ”と死ぬというリスク…





嘘である。ささやかな、嘘である。





ただし、“チート”の方は真実である。

「まぁ、何の代償もリスクもなく、恩恵だけ享受できるなんて、若い子の為にならないからね」

“最初のロスト”でタチの悪いドッキリだったと気づいた時の彼女が見ものである。


かつてデバッカーであった男は、愉悦と共に帰路へと赴く。



「ハァ…ッ…!ハァ…ッ…!」

息が荒い。足が止まらない。興奮が沸き上がる。

命を賭けたデスゲーム…?おいおい、ヤバすぎるだろ!イカレてる!


嘘とも知らず零は一人、マスクの下で耳まで裂けそうに口唇を割り、瞳を弓なりに歪ませ、帰路へ急いだ。

駅から降り、自転車を駆り、玄関を潜り、ブレザーを脱ぎ捨て、シャワー、夕飯の支度、家族との食事、…諸々を終えて、自室でフルダイブゲーム用機材をセッティングするまでの間の記憶が、ほとんどなかった。

「…親父、母さん、悠太、ボブ(犬)。もしもの時はすまねぇ」

二度と会えなくなるかもしれない。

覚悟を込めてドアに向かって頭を下げ、零は仮想世界へ旅立つ準備を進めた。


「んん?プレイヤーとしての新規登録と、既存のアバター継承は別なのか」

カプセル型のスキャナーに身を投じる。

容姿データの送信が終わると、次はあの怪しい男からもらったアバターデータをチップからダウンロード。

ここまでは問題ない。

花を摘んでリアルのコンディションを整え、コントローラー兼モニター兼諸々であるヘッドギアを被り、ベッドに横たわる。

「いよいよだ。征くか」


五感から自室が消え、零の前にバーチャル空間が現れる。

そこはまだ“Reincarnation”の手前の、チュートリアルの間。

チップの基盤のような回路が床・壁・天井一面に巡る巨大な立方体の中、メガネの二頭身ナビキャラ“エントマちゃん”が浮かんでる。


「ようこそ、“Reincarnation”へ。あなたのお名前を教えてください!(注:一部登録NGとなるワードがございます。また、本名や身元が特定できる内容も避けてください)」

零は腕を組んで逡巡した後、不敵に笑う。


「わたしは…“ベアトリーチェ”だ!」


「ありがとうございます。それでは、現実にして仮想、仮想にして現実、そんな巡る世界を楽しんでくださいね」

零の視界がまばゆい光に包まれた…。

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