644話 一本の楔
アース大陸南部は大陸北部との境に大陸を分断する山脈がある。
今この南部ではオリオン王国(南東一帯)を支配する大国が東に侵略の手を伸ばそうとしている。
それに対抗するように南部東地域の小国群が(領主含む)対抗するように一つに纏まろうとしていた。
東地域
東地域ではここ何日も繰り広げられている光景だ。
「誰が盟主となるのだ。」
「それはうちだろう。東で一番の人口だ。」
「フン、領土ではワシの所だろう。」
「軍事力なら我が国だな。」
「金だろう。金が無ければ何も出来ない。」
そして東地域では一つに纏まる事が出来なかった。同盟という形をとって一応纏まっているが、全て話し合いという事でしか決める事が出来ない体制であった。そのためにオリオンに対して有効対応が取れず後手後手に回る事となってしまっていた。
オリオン王国
「どうするかな。」
「東地域でございますか。」
「おー、デンキ男爵か。東の国々がまとまりそうだからな。幾らか楔を打ち込もうと思ってな。」
「楔でございますか。」
「そうだ、少し気になる領主の情報があってな。その者を釣り上げる。」
「ほーっ、人を釣るのですか。」
「一本釣りだな。」
ある東地域の領地
そこに1人の子供が生まれた。
その子は、1歳で言葉をしゃべり、2歳で本を読み、3歳で野原を駆けまわり、5歳で農地改革を行なっていた。
その領地は、この子供が生まれるまで貧しい農村であった。5歳からの改革によってこの5年でかなり豊かになっていた。
「ロスト。」
「あっ父上。どうしましたか。」
「あー、お前ももう10歳だ。今婚約の話が来ている。」
「・・まだ10歳です。成人まであと5年もあります。それにやる事がまだまだあります。このオスカーニ領を発展させなければ、大領主や国に飲み込まれてしまいます。」
「・・・・」
父であるジョンは、自分の息子であるロストを恐れていた。子として愛情が無い訳ではない。愛しい我が子であることに変わりはない。だが優秀過ぎるのだ。領主としてみてもその辺の一国の王など問題にしない程内政に長けている。この5年で領地の農民たちの収入が3倍になっているのだ。
この事が周りに知れ渡ればこの領地は色々な領主から狙われるだろう。その事を恐れているのであった。
今のオスカーニ家には軍事力がほとんど存在していない。従士や兵を雇うのであれば農地改革をしている為である。農地改革以外にも特産物を作り売っていた。
金も溜まりさあこれからだという時にオリオン王国という強大な敵が現われたのだ。そのために東一帯が同盟を組むという事態になっていたのである。
このオスカーニ領は、村3つの小さな領地であった。やせた土地の為に領地としての広さはそこそこにあるが、麦の栽培には適していない場所であった。他から見向きもされないために小さな領地でも生き残る事が出来たのだが、その場所で生きる者達はかなり過酷であった。
このロスト・オスカーニは転生者であった。前世の記憶を持って生まれた子であったのだ。
ロストの前世の記憶は、このアースでの記憶であった。3000年前の記憶である。この南部が栄え、大いに繁栄していた時代の記憶なのだ。ロストは130歳まで生き大往生して往った。
そして気づくと赤ん坊になっていたのである。
ロストは生まれ変わりに驚いた。まさかあの本のような事が起きるなんて信じられなかった。老後に流行ったファンタジーものの小説である。
ロストは記憶を頼りに村の改革を行なった。そして今でもオリオンがある事に驚き感激したのだ。
ロストの時代、オリオンは神になっていた。
アレクや、カインの生きた時代に辛うじて生まれていたロストはオリオンの豊かさを見る事が出来たのだ。
「父上、婚約の話は何処の貴族からですか。」
「・・・・・・オリオン関係の者だ。」
「父上、それは・・・・」
オスカーニは東の同盟に参加している。オリオン関係の者と婚約すればそれは裏切りである。
「オリオンと結ぶと言う事ですか。」
「ロストと以前に話し合ったな。東の同盟はオリオンに勝つことは出来ないと言っていたな。」
「はい、間違いなく負けるでしょう。アレク王や、カイン将軍に勝てるものはいません。それに国力が違います。纏まっている大国と独自に動いている小国や領主が敵う訳がありません。ドラゴンが羽虫を気にしないのと同じです。少し鬱陶しい程度にしか思わないでしょう。」
「ハハそうだな。」
「オリオンは何故こんな田舎の小さな領地に婚約の話を持って来たのでしょうか。他にもっといい領地はあると思いますけどね。」
父であるジョンはロストの言葉に呆れた。ロストは自己評価がものすごく低いのだ。
どれほどロストのおかげでこの領地が豊かになったのか、農民たちの生活がどれほど豊かになったのかが全く分かっていないのだ。ロストはまだまだですねとしか言わないのだ。どれほど高みを目指しているのかをジョンは怖くて聞けないでいたのだ。
「ロスト、お前の噂を聞いたのであろう。」
「僕の噂ですか。ままさか変態とか言われているんですか。」
「はっ変態だぁそんな事ある訳ないだろう。」
この少しずれたロストは皆から愛されていた。
「父上、東の同盟を抜けると言う事ですね。」
「嗚呼抜ける。ロストの言う通りオリオンには敵わないだろう。私の親戚にも声を掛ける親オリオン派をこの東に作るぞ。」
「そうですか、ならば婚約の話を纏めてください。」
「よいのか。」
「いいですよ、でも結婚は成人まで待ってくださいね。」
「ハハハ分かった。」
ロストはこの婚約を境に歴史の表舞台に躍り出たのだ。
少し豊かになった小さな領地、全く軍事力もない領地にオリオン関係の者が嫁いでくる。他の領主たちは驚き、警戒した。東の同盟を抜けた小さな領地の領主村3つの領地が一つ抜けたところで同盟に影響は普通はないのだ。だがオリオンと関係のある者が嫁ぐとなれば話は変わってくる。下手に手出しができなくなってしまったのだ。東の同盟は対オリオンを意識して組織された同盟であるが、いまだに戦端は開かれていない。出来れば戦いたくないのが本音である。
そんな中で東の同盟に(東地域)に撃ち込まれた楔は同盟を二分するあらそいに発展していくのであった。
オスカーニ領
元の村人口700人が現在は2400人にまでなっている。
村人だけで人口が増えた訳ではない。移住者が増え、3つの村が今は4つの村と一つの町が出来ている。
この新しい町はロストが設計して造られた上下水道完備の区画整理された町である。今は商業施設を作り商人を呼び集めている最中の出来事であった。




