624話 次の標的
アレクに奇襲された部隊は逃げていく。アレクが追撃する様子はない。馬の下敷きになっている部隊長と騎士一人はその場に残っている。ゆっくりと部隊長へ歩み寄るアレク。
部隊長を庇う様に前面で剣を構える騎士。
「やめとけ、死ぬだけだぞ。」
「やめろ。」
「隊長。」
「オリオンの者だな。我らの部隊は壊滅だ。負けだ。」
「ほー中々話の分かる奴じゃないか。へーー珍しいな。」
「フン、頭の固いやつらと一緒にするな。」
「降伏したんだ、殺しはしない。まぁ捕虜だな。」
「仕方あるまい、こんな負け方は初めてだ。」
アレクは上空にいるガレオン号に指示を出し、捕虜2人を素早くガレオン号に乗せる。
「話はあとで聞こう。今は戦闘中なのでな。大人しくしてくれよ。殺したくはないからな。」
「こりゃうちの負けは確定だな。オリオンがこんな強いとはな。」
「情報が全てなんだよ。デニーズ王国はオリオンの情報操作を見破れなかっただけだ。オリオンには優秀な者がいるからな。」
「だろうな。こりゃ全滅するな。」
アレクと部隊長の会話はそれで終わった。
アレクは再び地上に降り走っていた。
次の相手に向かっているのである。今度は正面ではなく後方から奇襲をかける予定だ。その方が敵の指揮官を狙いやすいと考えたからである。
偉い奴ほど後ろにいる。この法則はカイン(戦闘狂)やアレクには当てはめる事は出来ないが概ね正解である。
アレクの予想通りであった。豪華な鎧を着ている者が多くいる。
この部隊は今小休止しているようだ。部隊自体が気が緩んでいる。
アレクは普通に歩きながら部隊に近づいていく。
「止まれ。」
「やぁ、こんにちは。」
「お前どこから来た。獣人には見えないが、人間だよな。」
「人間だ。それもオリオンの者だ。敵襲だよ。」
スパッ。
アレクの剣は見張りの喉を切り裂いていた。声も出せずに殺されていた。もう一人の見張りも「て・」と叫ぶ間に首を落とされていた。
アレクは走り出す。敵の指揮官を目指して走っていた。
簡易なテントがある場所を目指して走る。それに気づいた兵たちがアレクに向かって寄ってくる。
此処でアレクは走りながら魔法を発動していく、人の頭位の大きさの石が空中を移動している。敵兵の密集している場所へと移動しているのである。兵たちは気づいていない。空中を飛んでいる石は人の目線の位置まで降下してくる。それでも気にするものはいない。
「ボム。」
アレクは一言いった瞬間に石は爆発した。石は砕け四方に飛び散っていく。
「ギャーー。」
「手が手が手がない。」
「ギャーーーー。」
爆発した石は近くにいた者ほど被害が大きく。半径20メートルほどにいる者達の戦闘能力を奪っていた。
余程近くか当たり所の悪かったもの以外は死んではいないがかなりの重症である。
簡易テント上空でも一つの爆発があった。テントの布を突き破り、石の玉(破片)が降りそそいだのだ。さすが部隊長と側近たちだ、誰も死んではいなかった。豪華な鎧は強度もあったようだ。
アレクはテントの布を切り裂いて中に入っていく。
死んではいないが鎧を貫通している者もいる。アレクはボムの威力を確認できて上機嫌である。魔物相手に何度か試したが人で試したのは今回が初めて出会った。アレクはこの戦場で色々と試すつもりでいるのである。
一番豪華そうな者を探すと隅で震えている者がいた。
「お前がこの部隊の指揮官か。」
「・・・・・」
答えようとしないこの騎士をアレクは黙って斬り殺していた。
この指揮官はまさか自分が殺されると思っていなかった。自分は指揮官であり高級軍人である為に敵も殺すことはしないと勝手に思っていたのであった。ここが戦場であり、戦争中であることを忘れているのだ。いや忘れてはいないのだが、殺されると言う事を忘れていたのである。
その光景を見ていた者達は慌てた、まさかという顔をしている。
「お前ら馬鹿なのか。今は戦争中であり、敵襲に遭っているのだぞ。殺しに来ているのだ。」
そこでやっと気づいた騎士たちは剣を鞘から抜こうとするがそんな時間を与えるわけがなかった。
アレクの投げるナイフが騎士たちの眉間に突き刺さっていた。
アレクは次の戦場に向かった。
もうここは戦闘能力のない集団になっていた。多くのけが人と指揮官と幹部を失って、もう軍事行動がとれなくなっていたからである。
アレクは次の標的に走っていた。
「俺は走ってばかりだな。この辺も今後の課題だな。」
アレクは寂しさを紛らわすために独り言が多くなっていた。これは精神を安定させるためであった。声に出すことによって考えを纏めているのだ。
今度の標的は川沿いを通るルートをとっている部隊である。
アレクは敵の進軍速度を計算に入れて魔法陣を作成していく。進軍している軍を囲むように魔法陣を配置していく。
「こんな感じかな。」
嬉しそうな表情をしているアレクである。
アレクは魔法陣の発動を念じる。すると魔法陣は光ったがそれは一瞬の事であり、その後魔法陣は消えてしまったがその場所は大きな穴が開き人が落下していく。落下だけであればまだ助かったかもしれない10メートルほどの落とし穴であれば運がよければ死なないからだ。だが今回はそれだけではなかった川沿いであった為に川の水が落とし穴に入ってきたのだ。。落とし穴に落とされて死んだ者とけがをした者といるが頭上から大量の水が降りそそいできたのだ。生き残った者達は必死に逃げ出そうともがいている。一番軽装な兵たちは水が溜まってきても服を脱ぎ溺れないようにしている。
だが騎士たちは重い鎧を着ている為に1人では脱げないのである。
水が溜まっていくとまず騎士たちが死んで往く。重い鎧を着ている事で泳ぐ事も出来ないためである。
5000人の者たちを落とし穴に落とした事で川の水では足りなかった。徐々に水位が上がっていく。その恐怖は伝染していった。諦める者、殺しあう者と出てきたのだ。それは騎士と兵に別れていた。重い鎧でぬかるみ状態となっている為に身動きの取れない騎士たちが多くいた。それをいつも通りに兵に指示を出したのだ。
「おい、鎧を脱ぐ手伝え。」
人の鎧を脱がせる手伝いなどこの非常時にやる者はいない。況しては自分たちもケガをしているのだ。無傷の者などこの非常時に誰一人ないのである。それも上からは大量の水が降りそそいできているのだ。川が枯れるようなことでも起きない限りいずれ死ぬ。
徐々に上がっていく水位に自分の事で精一杯なのだ。
「俺は貴族だぞ。従え。」
「うるさい、死ね。」ブスッ。
至る所で殺し合いが発生していた。この殺しあいで楽に死ねた者はまだ幸せだったかもしれない。悲惨だった者は重い鎧を着ていた騎士たちであった。死の恐怖で狂い死ぬのだ。10センチ水位が上がるたびに死が近寄って来るのである。
「こんな死に方は嫌だ。誰か助けてくれ。」
誰も助ける者はいない。助ける事が出来ないのである。




