620話 妄想夢進中
一人の男がダム村を訪れていた。
この男、獣人である。
ダム村も獣人の村であるが種族が違うのだ。男は狼族であり、ダム村は大型の猫族である。
「狼が何しに来た。」
「村長に会いたい。」
「狼なんかに会わせられるか、帰れ。」
「いいから取り次げ、戦争の事だ。」
「・・・くそっ。待ってろ。」
男は村の中に通され村長の家の中に入っていった。
「フォル村の者が態々ダム村にきたのじゃ。」
「メークイン殿ですか、お久しぶりです。」
「フン、何の用じゃ。」
「オリオンとデニーズの戦争の事です。」
「ダム村はどちらの味方もせん。」
「そうですか、フォル村はオリオンに味方します。」
メークインはフォル村のキリの言葉に驚いている。他の村がどちらかに味方してもフォル村だけは静観すると思っていたからである。
「なぜ、オリオンに味方する。理由があるのだろうな。」
「もちろん有ります。その事でダム村まで来たのですから。」
キリの言葉は大昔の英雄物語から始まり、1時間たってもその物語はまだ終わりを迎えていなかった。
「・・・・・そして狼族の・・・」
「まて、まだその話は長いのか、結論を言ってくれ。」
「これからが一番の山場なんですけどね。まぁまたの機会にしましょう。結論から言えばフォル村の者が鬼族と会ったのです。たまたまですがオリオンは鬼族の者達を保護して村人(領民)として扱ってくれています。」
「鬼族、何で狼族のお前が鬼族の恩を返すのじゃ。」
「そこなんですよ、英雄物語のオリオン一族の中で一人だけ異質な能力を持ったレイン・オリオン。魔物の楽園の支配者であり。古代国家の中で最後まで残っていた国です。」
「まさかと思うが、鬼族も、狼族もその系譜と思っておるのか。」
「当たり前でしょう。」
キリは胸を張りながら誇らしげに答えている。
メークインは大きいなため息を吐いた。「ハーーーー。」狼族は誇り高き一族である。獣人の中でも結束力があり、集団戦において無敵の強さを発揮するのだ。
特に山の中、林の中での戦いではメークイン率いる大型猫族は戦いたくはないと思えるほどであった。猫族は集団戦が得意ではない。単独で力がある為に集団戦には不向きな性格をしているのである。
「キリ、お前はその楽園の系譜だと言う事は知っている。鬼族もそうなのだろう、じゃがなキリそれでも戦争の事だ人が大勢死ぬ、家族も死ぬかもしれんのじゃ楽園の系譜であると言うだけでオリオンに味方するのか。」
「楽園の系譜というだけではない。この戦争オリオンが勝つ。」
「ん、デニーズ王国は10万の兵でオリオンと戦うと言う話じゃぞ。対してオリオンは1万程度の兵と聞くぞ。」
「嗚呼、それは俺も聞いている。しかもオリオンの一万の兵は新兵だと言う。」
「ハァー、それはありえないな。情報がどこか間違っているのじゃな。10万の兵に対して1万の新兵、事前に戦争になる事が分かっていてそんな事をする王などいないのじゃ。」
「俺もそう思う。だが本当らしいな。オリオンの騎士団は戦争に参加しない。新しく組織した新兵の軍が今回参戦すると言う事だ。」
「お主は頭が狂ったのか。お主はオリオンが戦争に勝つと言ったのじゃぞ。新兵1万でどうやって勝つのじゃ。」
「だから英雄物語を聞かせていたのだ。そこれから山場で出てくる神アレクと、大英雄カイン神様の生まれ変わりがいる。」
「はぁ?生まれ変わりじゃとそんなことありえん。」
「俺もそう思った。だがな物語とそっくりなんだ。容姿も残っている姿そのものだ。」
「・・・・・・・本当なのか、カイン様が生まれ変わったのか。」
「間違いない。」
メークインは自然と涙が零れ落ちている。獣人達にとってカインは神であり英雄であり永遠の主君なのである。
獣人の中でカインに味方しない者など一人もいないのだ。
「分かったのじゃ。ダム村もカイン様に味方する。」
キリは一人で頷いている。うんうん。
「でこれからの事なんだが、他の村も味方にしたい。だがもうデニーズに味方すると宣言した村もある。獣人の信義として裏切る事は出来ないだろう。」
「そうじゃな、もし生き残っても裏切者とされ生きてはいけまい。」
「まぁそこは割り切るしかないだろうな。戦士は戦場に出れば目の前の敵を殺すだけだ。それがたとえ親兄弟でも獣人は躊躇しない。」
「生き残った村人たちの保護は面倒見よう。」
「流石話が早いな、多分だが半分の村がデニーズについている。」
「半分じゃと、少ないのう。」
「嗚呼、普通は10万対1万の戦いだ。この地域の8割、いや9話がデニーズに味方し残り1割が中立だろうな。」
「まさか、その伝説を信じた者達が半数もいるのか。」
「そうだ。鬼族の者達が各村を回っている。カイン様にもお目通りも叶った者もいる。」
「真か、カイン様に会いたいのじゃ。会うのじゃ。」
キリは苦笑いを浮かべていた。この状況を予想していたからである。
このダム村のメークインは不思議な力を持っている。過去を見る事が出来るのだ。意識してみる事は出来ないのだが、メークインが眠っているときに夢で見る事が出来るのだ。このメークインも生まれ変わりであるのだ。メークインは過去の記憶など一切ない。力も他の獣人達とあまり変わりはないが、夢の中のメークインは強かった。今の真っ白な毛並みではなく。茶色の毛並みである大型猫族であった。夢の中での猫は素手で人を殴り殺すほどの強さを発揮していた。カイン親衛隊の隊長であった。
それからのメークインはキリの話でカインと会えることを確認していた。
「よいか5日後にカイン様が来るのじゃ。ダム村総出でお迎えするのじゃ。」
「「「「「おーーーー。」」」」
村は大騒ぎとなっていた。カインだけではなく。近くの村の長も同時にやってくる。このあたりで一番大きな村がダム村という事でこの村に集まる事となったのである。
メークインは風呂ギライであったが、それからは毎日風呂に入り、念入りに体を洗っている。
メークインのみる夢が変化していた。それまでは過去の自分の体験を見ていたが、今は妄想の中の自分を見ている。カインと会い、目が合ったその時にひかれあい、恋に落ちて二人で仲良く暮らしているのであった。
妄想がかなり暴走してしまっている。それまではかなり優秀な村長であったメークインであるが、妄想の夢を見るようになってからは、優秀であるが残念な村長となってしまっていた。
「うおおおおーーー、キキキスしたのじゃーーーー。」
メークインが朝起きた第一声であった。




