497話 トート軍壊滅
エステリア領へ進軍するトート領軍、その数2000人を超えていた。これは他の貴族達も排除するためである。
以前から準備していたトート男爵は短い期間で2000という数を揃えることができた。
だがエステリア領に隣接する他の2領の領主は今兵を集めている最中である。多く見積もっても1000人ほどであろう。
「こここれで我がトートの悲願が・・・」
「男爵閣下、明日にはエステリア領に入ります。今日はここで野営でよろしいでしょうか。」
「そうだな、この場所ならば明日夜明けに出れば昼前には港につけるだろう。」
翌日、トート軍はエステリア領に足を踏み入れた。
すると今までの雰囲気と全く違っていることに気づく者は少なかった。一部の者達はエステリア領内に入った所から誰かに見られている感じがしていた。それが誰なのかは分からないが見られている。
トート軍は港まであと少しという所まで来ていた。だがそこにエステリア軍300が待ち構えていたのである。
トート男爵は笑いがこみあげてきていた。2000人に対して300相手にも満たない兵しかいない嬉しくなってきたのだ。
2000と300が対峙している。両軍の前に少年が一人出てくる。
「俺はエステリア領主、マルク・エステリアだ。ここは我が領地である。即刻立ち去れ。さもなくばお前たちは死ぬこととなる。」
マルクの言葉にトート軍の兵たちからは大きな笑い声が聞こえてくる。
「だはははーー、バカかあいつは2000に300で勝てると思っているのか。」
「あははははーーー」
「バカだー、ガハハハハハー。初陣もまだの餓鬼が何を言っているんだ。」
「もしかして笑い殺す作戦では、アハハハハーー、腹がいたいーいひひーー。」
「あははは、そうかも、ひひぃーー。」
統率するトート男爵も笑い転げている。
「エステリアの領主は中々の策士だな。笑い殺す作戦を思いつくとはワシも思いつかない作戦だ。ダハハハ。」
「さよう、クッス、です。くくくっ。」
一方エステリア軍300は表情一つ変えていない。
マルクは一人その場所に立ったまま動いていない。
「戦闘よーーーーい。」
マルクの掛け声でマルクの周りの土から木人兵が現れる。
その数1000体である。
「突撃ーーーーぃ。」
1000体の木人兵がトート軍に突撃していく。
びっくりしたのはトート兵達である。まさか土の中から兵が出てこようとは夢にも思っていなかったのだ。それも1000体もの木人兵である。
トート軍の中には何度かトリスタンとやり合っている兵がいる、木人兵の強さを知っているのだ。
木人と会ったら逃げろ、それは兵たちの間でひそかに決められていた秘め事であった。
「に、逃げろーーー。木人には敵わない。逃げろーー。」
一人の兵の言葉に兵たちは逃げ出す。指揮をしている隊長などは兵を戻そうと躍起になっている。
「戻れーー、逃亡は死罪だ。」
「バカか戻ったら木人の餌食になるだけだ、どのみち死ぬんだよ。」
この兵は軍の隊長の乗る馬に短剣を付きつけ、馬が暴れるようにして逃亡していた。
ヒヒーーーン。
(ドスっ)
バキッ
「ぎゃぁーーーーー。」
落馬した隊長は馬に腕を踏まれのたうち回っている。
そんな混乱もこれからの木人による殺戮の前では可愛い物である。
木人兵たちはトート軍の先頭に到達すると剣で斬りつけていく。一振りで2,3人を斬るほどの大剣である。
逆にトート軍は木人を斬り付けても傷をつける程度であった。
痛みを感じない木人兵は防御する事をしていない、ひたすら剣を振り殺していく。
「ぎゃーー、」
「腕が腕が・・・」
「ギャァーーーー。」
木人とトート軍の激突は一瞬で片が付いていた。
だがトートの悲劇はこれで終わりでは無かった。
逃げ出すトート軍であったが逃げたトート領方面には魔物軍が待ち構えていた。
バラバラで逃げているトート兵たちは魔物軍に殺されていく。
ある者は腕を食い千切られ。またある者は足を食い千切られていく。一瞬で死ねるならば幸せであったであろう。苦しみながら死ぬ事は兵達に取ってこれ以上ないほどの不幸であった。
魔物軍、ウルフ系100、オーガ30、ベア系30の編成であった。
160余りの魔物軍であるために戦闘能力を奪う事を目的としていた。4方に逃げる兵たちを追いかけ一噛みで離れるために即死しないのであった。
エステリア軍300とマルクはこの戦いを何もせずに眺めていた。
マルクはトリスタンと戦わなくてよかったと秘かに思っていた。
「あんな死にかたは絶対に嫌だな。」
ぼそっと漏らしたマルクの一言には、この戦場にいるすべての者達と同じ思いであっただろう。
魔物軍はまだ生きているトート兵を引きずっている。一応連れてきてくれているようだ。
はたから見ると餌を運んでいる様にしか見えないのが怖いとマルクは思う。
木人たちも生きている兵をひとまとめにしている、こちらは死んでいる兵はぶん投げている。生きている兵は蹴飛ばして移動させている。一か所に集めているのだ。
「マルク男爵、どうです凄いでしょう。」
マルクに話しかけたのはトムであった。
「トム殿、これほどの戦闘能力があるとは思いませんでした。」
「でしょう。魔物軍は1万以上います。1000頭だけでもシーマ王国を滅ぼすことが出来るとレイン様は言っていましたよ。」
マルクはその言葉は正確だと確信した。これ程の戦闘能力であればシーマ王国は太刀打ちできないだろう。
シーマ王国の重鎮たちは知っていたのだと確信した。だから自分たちは戦わなかったのだ。負けることが分かっている戦闘など犬死に以外の何物でもないのだ。
況しては名誉ある貴族が何も出来ずに死ぬことは恥である。
「トム殿シーマ王国は魔物軍の強さと木人への事を知っているのでしょうね。」
「そりゃ知っていますよ、木人兵も魔物も昔からいますから研究もされてるでしょう。」
マルクはシーマ王国に多少の罪悪感があった。それは貴族として国を裏切った事への罪悪感であった。
それもシーマが木人の事を魔物の事を知らなかった場合である。国もエステリアを裏切っていたのである。
「まぁそんなもんだよな。みんな自分の都合のいい様に解釈するもんな。」
マルクは気持ちが軽くなる思いであった。貴族義務、領民の安定、当主になり多くの事柄がマルクにのしかかって来ていた。
マルクは簡単に単純に考えるようにした。領地を守る。民を守る。そのために戦う。
「ご当主、トートの生き残りをいかがいたしましょう。」
「あーっと、捕虜としましょう。身代金の払える者は返しましょう、うちには金がありませんからね。」