487話 漁夫の利
クーや王国王都から半日の距離に戦争に適した場所はこの平原しかない。ここはクーヤ王国建国前から幾度となく戦場となっていた。
そこにクーヤ王国軍シーラ派2万・キルト派2万が睨み合っている。対外的に味方であるはずのクーヤ王国軍が今にも戦端を切りそうな程気持ちが高ぶっているようだ。
日ごろから激しいやり取りがなされている二つの派閥であるが、お互いに考える事は同じの様で、エレキ軍は後回しにして先に気に入らない相手を潰してしまおうと考えたのだ。
何しろエレキ軍は1万しかいないのだ、倍の兵を持つ両派閥の軍にしてみれば相手にもならないのだ。
「レスリン様、俺たち戦いに来たんだよな。」
「当たり前だろう、これから戦争だ。」
「じゃぁ何でみんなで弁当食べているんだ。」
「それは今回の戦闘は見学だからだな。」
レスリンたちエレク軍は平原の少し高くなっている丘で両派閥の戦いを見学していた。
「ほら始まるぞ。」
両派閥の戦闘はお互い2万と兵は同じである。実力も同じ程度である事で、作戦も何もない正面からの激突となった。
それはもう只の喧嘩であった。だが武器を持った喧嘩であるために怪我人、死者は多く出ているようだ。
「だめだめだね、あれは。」
「本当にまずい戦いですな。」
「あれでよく国防が出来ていたね。」
「初めての人殺しで狂ったのでしょう。もう見境なしに暴れています。」
両派閥の軍は正面から激突したのはいいが、お互いに初めて人間を殺し興奮状態になってしまった。
上官の命令も聞かずに突進する兵、だが一人ではすぐに疲れてしまう、そこに敵にが現れ斬り殺されていく。その繰り返しをお互いにやっているのである。完全な消耗戦となり戦闘から約3時間が経過しようとしていた。
もうお互いボロボロな状態となっていた。
それから1時間が経過した頃、両陣営は一度自陣まで引いたのであった。
両陣営はもう戦う事は出来ない状態になっていた。
シーラ派 死者9500人、怪我人10400人、怪我なし、100人(戦闘参加せず)
キルト派 使者9700人、怪我人10250人、怪我なし、50人(戦闘参加せず)
その日の夕方、エレキ軍では夕食の支度で忙しかった。
「いやー、一兵も失う事もなく4万の兵を壊滅させたな。」
「レスリン様、エレキ軍は何もしていませんよ。」
「弁当食べただろう。」
「・・・・・」
シーラ派、キルト派両陣営は戦う気のないエレキ軍を見て安心していた。ここまで被害が大きくなり移動する事が出なかったのだ。
その夜、エレキ軍1万は二つに分かれていた。レスリン率いる部隊とガウス率いる部隊である。闇夜に紛れシーラ派、キルト派に夜襲をかける算段をしていたのである。
「いいか声を出すな、息はしていい。」
レスリンは両陣営に夜襲をかけた。エレキ軍のすべてを投入した夜襲である。傷つき、疲れ果てた兵たちは深い眠りに落ちていたその時、音もなくエレキ軍が忍び寄り急所を突かれ死んで往ったのだ。
一人殺せば敵に気づかれる、それは仕方のない事であった。
「てててててきだー。」
「夜襲だーー。」
翌朝そこには大量の死骸があった。
傷を負った兵たちはまともな反撃も出いないままに殺されていた。
両軍で逃げていったものは500人にも満たない数であった。
両陣営で無傷で生き残っている者たちが居る。それは下働きの獣人達であった。
今回の戦闘での特色は獣人達が参加しなかった事であろう。
他国との戦争では矢面に立たされた獣人達であったが今回はまったく事情が違う。クーヤ王国の派閥争いであり、お互いのプライドの激突であった。そこに自分たちの卑下している獣人達を混ぜることはできなかった。プライドが許さなかったのである。
無傷で残っている下働きの獣人達はエレキ軍の前にいる。
「俺たちはエレキ軍だ、これからエレキ軍は王都を落とす。獣人達よ今こそ立ち上がれ、土地を奪われ、故郷を奪われ奴隷のように扱われ虐げてきた者達に報いをくれてやろうぞ。武器を取れ、武器はそこに落ちている。俺についてこい。」
「「「「「おおおおおおーーーーー」」」」」」
両陣営の下働きの獣人達1万を新たに加えてエレキ軍は、その翌日に王都を目指し出立した。
「いやーー、シーラ派もキルト派も金持ちだねーー。
王都からこんなに近いのに何でこんなに金を持ってくるかなー。」
「軍資金が増えましたな。」
「まぁルシア王国に取られないようにしないとね。」
「それは無いでしょう、あそこは金持ちですからそんなはした金取りませんよ。」
「だろうね。でもクーヤ王国では大金だよ。」
そんな二人が喋っているうちに王都が見えてきた。
「レスリン様どこに陣を敷きますか。」
「勿論、門の正面だよ。」
「・・・本気、いや正気ですか。」
「勿論正気だし本気だよ。王都では王都民に見せないといけないからね。これからの支配者が俺達だと分からせないとね。」
エレキ軍1万と新たに加わった獣人達1万、エレキ軍はエレク領兵の皮鎧を身に着けているが元下働きの者達はクーヤ王国軍の鎧を身に着けていた。
これは先日の戦闘で死んだ者達から剝ぎ取った戦利品であった。
身に着けているクーヤ王国軍の鎧は王都の民から見るとエレク軍にクーヤ王国軍が味方している様に見えていたのだ。
王都内は大混乱していた。
クーヤ王国軍が攻めてきたと民たちが誤解しているのである。城から騎士たちが民に説明しても誰も信じない、それは仕方のない事であった。普段から兵たちは最強だと大ぼらを吹き、虚栄を張っていたのである。
今回の戦いでも王都まで逃げてきた者達が少なかったために民たちにバレることが無かった。それが逆に民たちをパニックに陥れていた。
今王都で戦える兵は治安維持の4000と近衛兵1000のみであった。シーラ派、キルト派の者達は両軍が敗れたことを知ると兵を集めるためと称して領地に帰って行ってしまったのである。残っているのは一部の幹部と下っ端たちだけである。
何とも見事な逃げっぷりである。
クーヤ王国の貴族達は王都をそれほど重視していないのだ。それは王に力がない事が主な理由である。王都よりも自分の領地が大事なのである。
王都に残っている者達はクーヤ王を引っ張り出して交渉をさせようとしていた。クーヤ王はそれを断り城の奥に立てこもってしまったのだ。城内はもう統制が取れなくなっていた。王を捕らえてエレキ軍に差し出すとまで話がなされていた。自分たちが助かるために王を生贄にしようと貴族達が押し寄せたていた。
対する王も奥に立てこもり抵抗している。