478話 完勝
キルト王国王都を包囲するように布陣している、反乱軍(マリオン軍)であるがまだ戦端は開かれていない。それは王都防壁を守っている者達が下級民や奴隷の女子ども達であったからである。
反乱軍であればこの防壁を突破する事はたやすいが、無理に突破すればその者達を殺さなければならないのだ。出来れば弱い立場の者達を殺すような事はしたくはないのである。況しては奴隷たちの家族も含まれている可能性もあるのだ。
ゼット・マリオンが一人前面に出てくる。
「王都の民よ我はゼット・マリオンである。今防壁を守る者達よ、食事はとっているのか、水はきちんと飲んでいるのか。」
「「「「「・・・・・・・・」」」」」」
「食事も水も与えてもらっていないのだろう。もう少しの辛抱だ我がお前たちを解放してやる。今お前たちに水を与える。」
ゼットは天高く両手を上げて何やらブツブツと呟いている。
「ァレクさまーはやくーー。」
ゼットが王都民と自軍の兵の見守る中必死に小声で訴えている。それを見ているアレクは平然としている。
1分が経ち、2分が経過したが何も起こらない。段々とざわつき始めたころ空に雲が出来てきた、その雲は王都を覆うように大きくなり今にも雨が降り出しそうな雲であった。
ポツリ、ポツリと水の玉が地上に落ちてきた。
「「「「「「「「「「「おおおおおおーー」」」」」」」」」」」」
段々と激しくなっていく雨は人の喉を潤し、奇跡の目撃者となっていた。
キルト王国軍
「信じられん・・・・」
「・・・奇跡か・・」
「ばかな・」
「か神なのか。」
その雨は激しく優しい雨であった。防壁に肉壁として立っている者達には恵みの雨である。丸一日飲まず食わずでいた子供には限界であった。ある母親は両手を器の様にして雨を貯めていく。その雨は小さな子供の口の中に消えていく。
すると先ほどまで弱っていた子供は少し元気になっていた。
嬉しそうな母親と嬉しそうに笑う子供である。これが戦場の中でなければほほえましい光景であっただろう。
「見たか古より伝わる、マリオンの奥義である。」
「「「「おおおおおおおおお」」」」」
反乱軍からの歓声と共に防壁を守る者達からも歓声が上がっている。
「防壁を守る者達よ。我はお前たちを殺したくはない。その場を動くな。さすればこのフロンティアの神であるドラゴンの加護により守られる。」
「「「「「「「「「「「おおおおおおーー」」」」」」」」」」」」
こそこそと動くアレク、防壁を守る者達に魔法で水の障壁を張っていく、これである程度の攻撃は防げるはずである。
防壁を守るように激しい雨が壁の様になっていく。まるで水が生きているようにうごめいている。
「「「「「うおおーーーーーー」」」」」」
「マリオン軍前しーーーーん。」
ゼットの掛け声とともにゆっくりと堂々とマリオン軍が王都門に向かって前進していく。
防壁の前と上で守る者達はその場を動くことはなかった。
キルト王国正規軍の騎士たちは目の前の奇跡に勝てないと思ってしまった。神が味方する軍に人が勝つ事等出来るはずもないのだ。
ゆっくりと堂々と進んでくるマリオン軍に圧倒され後ずさる騎士たちであった。そして一人が耐えられなくなり逃げ出すともう止める事は出来なかった。
「もももうヤダーーー。」
進軍する王都門の反対側の門へと王都民と兵たちが押し寄せていった。王都から逃げる者達である。
「お前たち逃げるな持ち場に戻れーー。」
指揮者であろう者が大声で怒鳴っているが、誰も聞く者はいない。そして怒鳴り声も逃げる者達によってかき消されていく。指揮者は逃げる兵や民に踏みつぶされて死んでいた。
多くの者達が一斉に逃げた事によって反対側の門は大混乱になっていた。
進軍していたマリオン軍は無人の王都を進んでいく。目指すは王城である。
王城に近づくとさすがに城を守る兵たちがいる。だが奇跡を見た後では精彩を欠いているようであった。
「く、くるぞ。絶対に城へは入れるな、いいな。」
「「「「・・・・・・・・」」」」
キルト軍は城の守りは正規兵のみであった。これは身分制度の関係で城には高位の者しか入れないというキルト独自の制度の為である。
城を守る衛兵や騎士たちは正直なところ戦ったことが一度も無いのであった。命のやり取りをしたことが無いのだ。
これで戦闘など出来るはずもなく、一方的に殺されていく。
「いやだー、」
「もう嫌だー。」
「助けてくれーーー。」
約7000の兵は城の周りに5000を残し城内に2000で突入していく。
全く勝負にもならない戦いであるが、それでも犠牲は出てくる。毒を塗った剣や不意打ちの魔法で農民兵2000も500はやられてしまっている。
それでも着実に城を占拠していく。
「新たに1000を突入させろ。それともう1000を率いて奴隷兵を解放させろ。マリオンに味方するのならば自由を約束するのだ。よいな。」
「はっ。」
城の周りを守る兵を引き抜き勝負に出ていた。
此処で奴隷兵を味方に付ければ完勝となるのだ。
「報告します。城内でキルト貴族の集団を捕獲しました。」
「報告します。奴隷兵2万がマリオンに降りました。」
「ご報告いたします。城内制圧が完了しました。」
「やっとか、ご苦労。」
「はっ。」
ゼットは城に残っているキルト王国貴族を殺すことにしていた。この貴族達はキルト王国の癌である。
キルトのしきたりに縛られている。
ゼットは貴族達が拘束されている部屋へとやってきた。
「この場にいる者は後日処刑とする。」
「・・・・」
ゼットは部屋に入ると処刑を宣言して去っていった。部屋にいた貴族達は唖然としている。
まさかすぐ処刑になるとは思ってもいなかったのである。貴族達は大きな勘違いをしていた。
マリオン軍という名で呼ばれていたために国同士の戦争と勘違いしていたのだ。この戦争はあくまで内乱である。
支配者対非支配者の戦いである。支配者側が負ければ殺されるのは当然である。それを生き残れると思っている方がおかしいのである。
「何だとワシは侯爵だぞー。身代金だろー。」
「伯爵に対する物言いではないぞ。」
「貴族の待遇を要求する。」
等々色々と騒いでいる貴族達であるがゼットが去り扉が閉じられるとその声は聞こえなくなった。
「馬鹿な奴らだな、何が貴族だ。剣一つ振れない者達が・・」
ゼットはキルト王国貴族とオリオン王国の貴族と言われる者達と比べていた。オリオン王国は前王を含め全員が成り上がり者たちである。前王も元は騎士爵である。他の者達は皆元平民や元奴隷迄いるのだ。
オリオンでは貴族の義務を果たさない者は爵位を剥奪されるのだ。貴族は民の為に働かなければならないのである。
「次はキルトの重鎮たちだな。行くぞ。」
「「「はっ。」」」