413話
アーサー・セメントの話を聞いていたアレクは、深い溜息を吐いていた。
「イングリット王国は確かに今は属国となっているが、ローエム帝国の下についたというだけだ。それが何故ローエム帝国の貴族にまでへりくだっているのだ。」
「それは属国の慣例と言いますか。そういう物となっております。」
「だからいけないんだな、いいか、そんな害にしかならない貴族など殺してしまえ。アーサーと言ったな。すべて私が責任をもってやる、今からその者達を始末してこい。」
アーサーはアレクの言葉に固まってしまった。解決をお願いするために声を掛けたのだが、まさか殺せと言うとは予想すらしていなかった。
アーサー・セメントは腕には少しは自信を持っている。ヘナポコ貴族の一人や二人には立つ自信はある、だがアーサーはまだ人を殺した経験が無いのである。
後日、アーサーは初めて人を殺した。
「こんなに簡単なものなのか。」
アーサーは殺した相手を見下ろしながら独り言をつぶやいていた。
命乞いする貴族達、覚悟を決めたアーサーの敵では無かった。だがアーサーにはこれから罰が待ち受けている。イングリット王国はローエム帝国の属国である。それをイングリットの貴族がローエム帝国の貴族を殺してしまったのだ。何かしらの罰がある事は分かっている。
アーサーは堂々と王城へ向かい、王への謁見を申し出た。
貴族の息子であるアーサーが謁見を申し出ても通る訳がない。アーサー自身まさか本当に謁見になるとは思ってもいなかった。
謁見の間
「面を上げよ。アーサー・セメント。」
「はっ、」
「余に謁見するに、事は済んだのであろう。」
「はい?」
「アレクス王から内容は聞いておる。辛い立場でよくやった。」
アーサーは謁見の間で泣いてしまった。これまでの色々を思い出してしまったのである。
謁見の間には多くの貴族達が見ている。そこで泣いてしまったのだ。
だが貴族達はアーサーの事を蔑んだ目では見ていなかった。ローエム帝国の貴族達には苦い思いをさせられているのはセメント家だけでは無かったのである。
イングリット王はアレクより事の流れを聞いていた。セメント家の危機、イングリット王国全体の危機である。属国であるが故の危機である。このままローエム帝国の貴族達の横暴を許せばいずれ国をも飲み込まれてしまう。どうしたらいいのかが分からない。ローエム帝国の属国となり、前より国は栄え繁栄している。国土も倍に広がり良いことづくめである。
だが一つの懸念材料がローエム帝国貴族達であった。貴族達は属国と馬鹿にして好き勝手にしている。ローエム帝国内では家の目があり自由に行動できないのである。属国であれば多少の羽目を外しても多目に見てくれる。ローエム帝国の法も有効である。
戦争でローエム帝国に負け、属国としてだが生き残る事が出来た負い目も有りイングリット王国貴族達もローエム帝国の貴族達の横暴を我慢していたのであった。
「アーサー・セメント。セメント家では長子ではあるが弟もおったな。」
「はい陛下、一人おります。」
「うむ。そこでだアレク王がお主を引き抜けないか打診をしてきた。」
「はっ?」
アーサーは先ほどまで流していた目からの水が一瞬で止まってしまった。すべての思考が何故???何故、なんで?にいったからである。
「アレク王は余とローエム帝国皇帝にアーサーの事を伝えにきてくれたのだ。余と皇帝陛下は先日話をしてな。属国ではなく、完全な家臣となる事になったのだ。もちろんイングリット王国として独立は約束してもらっている。」
それは属国である場合は搾取されるだけの存在であるが、家臣となれば全く違ってくる。ローエム帝国へ毎年きちんと税を納め、皇帝に忠誠を誓い、ローエム帝国の法の元、国としてきちんと独立をすることができるのである。オリオン公国がローエム王国より独立した時に法整備がなされていた。
「そ、それはおめでとうございます。」
「アーサーお前は次期セメント家と引き継ぐ身であろうが出来ればアレク王の元へ行ってもらいたい。」
「それは・・・・」
アーサーはセメント領が好きなのだ。のどかな町、気のいい領民とのんびりした雰囲気がたまらなく好きなのである。
「派閥だ。」
アーサーはこの一言ですべて理解した。
ローエム帝国は多くの国を飲み込みここまで大きくなってきた。それにつけ前皇帝が弱く貴族達のいいように操られていた。マリウスが皇帝になり貴族達も一旦は大人しくなったがまだまだ厄介な存在である。
イングリット王国が帝国の家臣となるとローエム帝国内での派閥争いに加わる事となるのであった。
イングリット王は出来れば派閥争いなどしたくはない。皇帝マリウスへ忠誠を誓いともに大きくなろうと話をしていたのだ。
マリウスには力はあるが貴族の味方は少ない、それはオリオン王国という強力な後ろ盾があり必要としなかったからである。ところがいざ皇帝になると貴族達の指示が必要になっていた。内政を行うにあたり、指示を出しても滞るのであった。帝国内の派閥争いで足の引っ張り合いで皇帝の指示がいつの間にか修正されているのである。
これにはマリウスも怒り、原因の調査もしたのだが皇帝に反感を持つ者ではなく他の貴族を困らせるためにやった事であった。処罰はするがそれでも無くならないのである。トカゲの尻尾切りである。
マリウスは考えた。そこにイングリット王国の事がアレクより伝わり、これ幸いとイングリット王に打診したのだ。イングリット王国とは元々親戚でもある。話はスムーズに進んでいった。
「そこで私ですか、アレクス王に取り入れと。」
「そうだ、だがイングリットの利益は考えなくともよい。アレク王へ忠誠を誓え、それでもしイングリットと争いになったとしても仕方がない事だ。」
イングリット王の言葉は重い、要はイングリット王国の後ろにはアレクがいると思わせたいのだ。今注目を浴びているアーサーがアレクの元に行けば誰でも誤解する。イングリット王はそれを狙っているのである。
ローエム帝国貴族内で力を持つには、今の派閥に入る事はしない。新しい派閥をつくるしかないのである。ローエム帝国にも少ないがマリウスを支持する者達がいる。派閥とも言えない弱小集団である。それをイングリット王国が親マリウス派として帝都で政治争いをすることになったのだ。
「分かりました。最初で最後の勅命をお受けいたします。」
アーサーは、イングリット王国より伯爵位を授かった。セメント家の子爵位とは別であった。イングリット王国内に領地はないが、ローエム帝国内に領地を貰ったのだ。ローエム帝国でも伯爵位を賜り、アーサー大出世である。
それを聞いたアレクはアーサーがアレクの元に訪れた時にSEオリオン王国の伯爵位を授けていた。もちろん領地付きである。
「アーサー・セメント伯爵、これからは私の筆頭秘書官として頑張ってくれ。ローエム帝国もイングリット王国も大変だなー。」




