353話
ダンの町に向かう領主軍の兵たちはやる気がなかった。
無理やり兵として徴兵されたことも有るが、碌な武器もなくただ頭数をそろえただけの軍であった。そこでやる気を起こす事等有る筈がないのである。
その軍を率いる貴族は違った。もうダンの町を領地として取った気でいる。
元ダンの家臣におだてられてその気になりかき集めた兵500人、この辺で兵500人と言えば大軍である。
普通は精々100か200の兵での小競り合いだ。
「ご領主様、もうすぐダンの町が見えてまいります。」
「そうか、はやく占領するようにな。」
この領主、軍を率いているが戦う事を想定すらしていない。兵500の前に皆ひれ伏すと思っているのだ。
本当におめでたい人である。
アレクは戦う気が無くなっていた。それでも何もしない訳にはいかないのだ。
そこで、アレクはアレク隊と空兵隊の中から100人を選び臨時の編成を行なった。
この100人の者達は敵貴族軍の司令官及び幹部たちの捕獲もしくは殺害である。
この作戦の難しさは、兵である農民たちを無事に領地へ帰す事である。間違って殺さないようにするのは技術がいるのである。
翌日近隣貴族軍500がダンの町に接近していた。そこに1隻の小型船が行く手を阻んでいた。
当主は初めて見る空を飛ぶ小型艦に見惚れて小型艦を捕獲せよと無理な指令を家臣たちに出していた。家臣たちは動く事も出来ずにその場で固まっていたが、小型艦の方が着陸してくれたことも有り小型艦に群がっていった。
小型艦からは一人の男が降り立ち敵軍の前に立っていた。
「敵、領主軍に物申す。ダンに攻め入る事は許さん。もし攻め入るようなら殲滅をする。その前に余興を見せてやる。兵たちよよく見ておけよ。」
この小型艦から出てきた男が一方的に話し、敵の豪華な鎧を着ている者へ向かって魔弾を放つ。男が魔弾を放つと、それを合図に艦の中から魔弾が豪華な鎧を着ている者へ向かって放たれていく。
豪華な鎧の者達は次々と馬から落馬していく。
貴族軍の者達は何が起こったのかが分からない。貴族が次々に死んで往く。
魔弾数発を放っただけの戦闘は終わった。
粗方の貴族幹部と領主を殺して終わりにしていた。
「私はアレク艦隊所属、特別隊隊長、モスである。これからお前たちは二つの選択がある。ここで死ぬか、黙って領地に引き返すかだ。」
特別隊のモスのこの言葉は農民兵たちにとって渡りに船のような言葉であった。領地に帰れる言い訳が出来たのだ。
「あーそうだそこに残っている死体も持っていけ。」
貴族軍はそのまま来た道を引き返していった。
この同じような事をあと2度繰り返した特別隊は任務を終えた。
アレクはこのモスを隊長とする100人の隊員たちを正式な隊に昇格してのだ。アレク遊撃隊が設立された。
アレクはこの遊撃隊に近隣の領地に行き敵対か降伏かを選択させるように指示を出した。
近隣の領地と言っても土地が余っているこの地域はかなり離れている。だがアレク艦隊には全く問題がない。何しろ空飛ぶ船が有るのだ。
各領主たちは皆空飛ぶ船に驚き、恐怖した。近隣で逆らう領主は誰もいなかった。
領主と幹部を殺された3つの貴族領の者達も素直に従ったほどである。
アレクは父である、ハロルドに呼び出されていた。
「お前はまた何をやっているのだ。」
ハロルドの怒りも分かる。孫の結婚の為にフロンティア大陸に来ただけであり。戦争などやるつもりなどなかったのだ。
「父上、この報告書をみてください。」
アレクの渡した報告書はアース大陸、タンドラ大陸の人口増加の予想図と食料不足による餓死者の予想図であった。
ハロルドは黙ってその書類を読んでいく。
読み終わったハロルドは深いため息をついている。
「アレク、この事を知っている者は誰だ。」「カイン兄と父上だけです。」
「そうか、まぁカインは深く考えていないだろうな。」
アレクは苦笑いを浮かべている。
「赤子の死亡率の低下と寿命が延びる事での人口増加か。それと平和になったことで死亡する者がいなくなり子沢山の家族が増えたか。何とも言えないな。」
「このままでいくと、100年後には食料危機が起きます。」
「いまから準備するには早すぎるのではないか。」
「父上、私も父上も不死ではありません。いずれ人は死にます。多少人の寿命が延びても永遠には生きられません。フロンティア大陸、それとアース大陸も完全には統一が出来ていません。」
「アレク、こんなに人口は極端に増えていくのか。」
「爆発的に増えていきます。」
アレクの説明は今後100年の人口増加の予想であった。今まで各地で戦争が起こり若い男が死んで往っていた。これが戦地にいかず妻と仲良く家で過ごすことが出来るようになり。子供が一人だったのが二人三人と兄弟が増えていくのだ。それに赤子の死亡率が下がり医療体制が充実したことで寿命が延びてきている。今まで50歳であった平均寿命がここ数年の平均だと20年は延びているのだった。
「平和にする事だけがいい事ではないのだな。」
「父上、どう考えるかですね。完全に平和にして作物を作らせるか。ある程度の争いの種をまいて適度に戦争を起こさせるかです。」
「アレク、本気で言っているのであるまいな。」
ハロルドの殺気がアレクに注がれる。
「もちろん冗談ですよ。戦争はない方がいいですよ。」
「このままならいつ食料危機が起きる。」
「そうですね、今の農耕のままならまずはアース大陸北部から食料危機が起きるでしょう。」
「やはりそうなるか。」
アース大陸北部はローエム帝国が支配する地域である。オリオン王国が兄弟になった今でも元はローエム王国の貴族である。いや今でもローエム帝国の貴族位はそのままである。
オリオン王国はアース大陸北部の干渉を極力避けている。ローエム帝国との摩擦を起こさないためである。
そのために北部への影響が少なく、農地改革が人口の割には進んでいない地域と言えた。
農地改革は進んでいないが、争いが減り若い男の死亡率が劇的に下がっている恩恵は受けている。それに医療の恩恵も受けている為に人口が増えているのである。
この世界ではまだ各国が正確に人口の把握が出来ていない。すぐ死ぬ赤子、戦争は身近であるこの世界では命の値段が安いのだ。
ハロルドは主要メンバーを集め協議する事にしたのだ。
アレクは主要メンバー?であった。「7公爵会議ではないのですか?」
「もう7公爵とは言っていられないだろう。」
アレクはそれもそうかと納得した。事が惑星アース全体の問題であるのだ。