274話
俺はタンドラ大陸機構に勤める、元貴族の平民だ。
元貴族、戦争で負けて国が滅んだ。まぁ元貴族と言っても3男の俺には関係ない。兄貴が爵位を継ぐことが出来たおかげで兄貴は貴族として残った。母上も兄貴が面倒を見ている。領地は減らされ、爵位も準男爵にされた。でも以前よりいい暮らしになっていると聞いた。
その理由は分かる、このタンドラ大陸機構のおかげだ。俺は大陸機構に勤めるようになって考えが変わった。ここは凄い。俺の以前いた国では貴族が特権階級として平民を支配していた。俺もそれが当たり前だと思っていた。だけどここにきて少し変わった。貴族は支配者であり、特別な存在だ、それは変わらない。特別な存在の意味が今までとは違っていた。貴族は平民を支配して税金を取るだけの者ではないと教えてもらった。
貴族が平民の為に働かなくてはいけないと教えられた。
今迄とは真逆の考えだった。俺は平民になったから関係ないが、貴族に残った者達は毎日遅くまで勉強させられていた。大勢の貴族がこの大陸機構内で学んでいる。あまりにひどい者達は、親族内で当主が変更になった者が何人も出ている。貴族当主たちは必死に勉強している。当主を交代させられるその恐怖が必死にさせているみたいだ。
大陸機構で貴族の評価が変わってきた。今までは権力の象徴、無駄に贅沢をする、浪費だけする者達と言われていたが。最近では、貴族の義務と言われる規則が出来た。これがまた厳しい。
俺は平民になってよかったと思う。
こんなこと俺には出来ない、息が詰まる。俺は知り合いの貴族に聞いた、勉強はつらくないかと聞いた。
その友人はつらいと答えた。やっぱりなと思い、俺は平民でよかったと思ったが。その友人は次に言葉を発した時に少し悔しかった。
その友人は勉強はつらいがやりがいが出てきたと言われた。自分は物事を知らなかった。物事を知ればやり方が分かるようになる。やり方が分かれば応用も出来るようになり、改善も出来る。
俺はこの友人の言葉に衝撃を受けた。俺は何を見てきたんだ、勉強する貴族達を自分がやらなくて済んだと思っていた。俺も勉強する機会がもしかするとあったのかもしれない。だけど俺はそれを放棄したんだ。兄貴にすべて押し付けて自分は自由に生きると言って家を出た。それは間違っていたのかもしれない。
結局俺は、タンドラ大陸機構という大きな組織で働いている。家を出て何をしていいのか分からなかったからだ。冒険者、商人、職人と色々と考えたがどれも無理だった。冒険者になれるほど強くない。商人になれるほど頭もよくない。職人になれるほど手先が器用でもない。
結局、貴族の子供として学んだ読み書きが出来るために職に就くことが出来た。
もし読み書きも出来なかったら俺はのたれ死でいたかもしれない。
今更実家にはもう帰れない。少し後悔している。貴族の一族として働いていれば違ったのかもしれない。
俺は貴族達が勉強している場所に行き職員として聞いている。今までは聞き流していたが、今は講師の話を真剣に聞いている。少しでも勉強するためだ。
俺は物覚えが悪い、貴族達が一回の説明で覚えていることを俺は出来ない。多分俺が貴族としてこの場にいたら即終了となっていただろう。だが俺は大陸機構の職員として今いる。同じ説明を何度でも聞ける。人が1,2回で理解する所を俺は5,6回聞かないとダメだ。俺は職員としてこの場所に入れる事を感謝していた。何度でも聞ける。
そして俺はやっと講師が言っている内容が理解できるようになった。一度理解できると、講師の話が分かるようになる。基本と応用だ。俺は基本が全く分からずに聞きかじりで応用ばかりをしていたようだ。だから何をやっても出来なかったのだ。基本が分からないのに出来るわけがない。今やっとわかった。
俺はこのタンドラ大陸機構で働けたことを感謝している。今は貴族達に勉強を教えている、教えると言っても初級コースだ。まだ難しい事は分からない勉強中だ。でも初級コ-スだけならだれよりも理解している。
俺は必死に教えて、俺と同じで物覚えの悪い者がいる。俺はその者たちに授業以外で補習を行い、勉強させている。貴族も必死にやっているが時間がない、初級コースはあくまで基本を教えていくだけだ。
今まで全く勉強してこなかった者にはつらい時間だ。全く分からない説明を毎日数時間じっとして聞かされるのだ。余計に勉強が嫌いになる。俺もそうだった。
講師も30人を一度に見る事は出来ない。俺は上司に提案してみる。出来ない者だけ俺に担当させてほしいと頼んだ。上司はすぐに許可をくれた。講師たちも喜んでいた。
俺は物覚えの悪い者達に何度も教える。同じことを何度も何度もだ。その者達が理解してくれた時が俺は一番うれしい。
その者達は一度理解できると、応用も理解出来るようになった。俺と同じだ、覚えるまで時間はかかるが覚えたら物覚えのいい者達と変わらない、いいやより理解が深くなっている。
俺は上司に呼び出された、何か失敗したのかと考えたが思い当たらない。
俺は異動になった。初級コ-スの講師から、中級コースの講師助手になった。降格だ少しショックだった頑張ったのに評価されなかった。でも考えても仕方がないやるしかない。俺は中級コースの助手をしていく傍ら中級コースの内容を勉強していった。中級と、専門コースの講師たちには助手は俺一人しかいない。俺は中級コースの助手なのに専門コースの助手までやらされた。忙しいが俺はすべての教科書を手に入れる事が出来た。ラッキーだった。俺は少しずつ勉強していった。物覚えの悪い俺は一度に覚えられない。1日1ページを何度も読む。それ以外をやらない。ひたすら読む。そして次の日は違うページをひたすら読む。2つは読んだら次の日はその2ページの復習をひたすらやる。何と効率の悪い覚え方だと言われるが俺にはそれがあっている、それしか出来ない。
俺は人の5倍やらないと覚えられない。でも覚える事が出来ると分かっている。5倍やれば覚える事が出来るのだ。時間はかかるが出来る。
そして俺は人が数か月で終える初級コース、中級コースを2年かけて覚えた。専門コ-スも少し覚えている。
俺は又上司に呼ばれた。また異動かと諦めていた。
でも今度は異動は異動でも少し違った。俺に領主をやれと言うのだ。大陸機構の人達はおかしい。平民に領主をやれなんてありえない。だが上司はこういった。初級コースと中級コースを完璧に覚えている俺に実験をしてみたいというのだ。要はここの勉強が間違っていないことを証明したいという事だ。
俺は領主を引き受けた。要はただの転勤だと思っていた。少し違った。俺は騎士爵を授かり、村を2つ任された。元俺の故郷の村だ、なんだか泣けてきた。
俺はこの村を発展させてみる。俺を育ててくれたこの村を必ず発展させる。
さて今日も一つだけ。勉強するか。
この村は堅実な村経営で模範的な村と言われるようになった。