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約束

 魔王の魔法なのか、それとも透明人間がいるのかわからないが、勝手にティーポットからカップに紅茶が注がれ魔王と魔女の前に置かれる。湯気の感じからすると魔王の紅茶はぬるめのようだ。魔法って便利だな、と魔女は思った。


 魔王は魔女の頭に頬を乗せて景色を見ている。時折魔女の手を愛おしそうに撫でている。


「新居の住み心地はどう? 足りない物はないか」

「大丈夫よ、何でもそろってて逆にびっくりしたわ」

「それは良かった」


 魔女もつられて魔王の視線の先を追った。先ほどの大きな鷹が消えて行った方向だ。もしかしてもう着いたのだろうか。

 魔王は今度は魔女の手をにぎにぎと握ったり、爪先を指で辿ったりしていて、非常にくすぐったい。


 魔王はお妃様とも、こうしていちゃついていたのかしら。


 座っている椅子も、このテーブルも、見れば見る程、魔王の趣味っぽくない。可愛らしすぎる。もしかしてお妃様が選んだテーブルセットなんじゃないか、と魔女は訝しむ。しかも、とっても魔女の好みだ。何かむかつく。


「それで、マイヤはひとりでこの部屋まで来たようだけど……僕の部屋の場所、よくわかったね」

「ん、何となく? 高級そうな家具が多い方に進んだら着いたっていうか?」

「へえ。道順を知らない者は迷うように作られているんだけどね」

「そうなんだー。良かった、無事来れて。何となくこっちかなって、勘……?」

「ふうん、そうか。そうかあ」


 魔王が魔女を抱きしめる腕の力を強めた。最近の魔王はとても嬉しそうだ。満足そうに目を細め、魔女を愛おしそうに抱きしめる。形のいい口が弓なりになるのを見るとどうも頬が熱くなってしまう。魔女は黙ってされるがままになっていた。


「魔王様、お時間ですが」


 部屋の中から宰相の声がした。バルコニーに顔を見せないあたり、魔女に気を使ってくれているようだ。


「……」

「魔王、宰相が呼んでるよ」

「……」

「宰相と約束があるんでしょう。私はもう用が済んだから帰るよ」

「……僕は済んでない……」


 魔王が魔女の肩に顔をうずめて駄々をこねる。魔女が魔王の頭をポンポンと叩いて軽く撫でてやる。


「お仕事、しなさいな」


 魔女をじとりと睨んだ後、魔王はため息をついて小さくうなずいた。





 夜中、魔女が寝ていると、薬屋の扉が叩かれた。急患かと、ねぼけて足をもつれさせながら店へ急ぐ。扉を開くと、大鬼が手のひら上に震える人間の女性と眠る子供を乗せていた。二人をそっと店先に下ろすと、大鬼はのっそりと帰って行った。


「魔女様、すみません。真夜中に。子供が熱を出してしまって……。本当に魔界に入っていいのか分からなくて、橋の上でためらっていたら、あの鬼様がここまで連れてきてくださって……」

「ああ、きっとぐったりした子供を見て放っておけなかったのね」


 魔女はソファベッドに寝かせた子供の熱を計った。かわいそうに、高熱だ。二人の様子を見るに、医者に行く金がないのだろう。そういえば、半魔界に店があった時に何度か来たことがあったかもしれない。


「昨日から咳が出ていたのですが、夜になって熱が出てしまって」

「風邪かしら。熱の割に汗をかいてないわね」


 魔女は真新しい百味箪笥を開け、薬草をいくつか取り出す。やかんで湯を沸かし薬湯を淹れ、カウンターに置いてある壺から滋味のある饅頭と共に母親に渡した。


「薬作っている間、それ食べて飲んで待ってて。心配であなたも食べてないんでしょう」

「……ありがとうございます」


 母親はふうふうと湯呑を冷まして口をつけた。饅頭を一口食べ、心配そうに子供の顔を見る。

 魔女はそんな母親の姿に目を細めながら、薬草を擦った。


 子供に薬を飲ませ、母親は折り畳みのソファベッドでしばらく休ませた。半魔界で親子二人きりで暮らしているらしい。子供の熱は下がっていないが少し容態が穏やかになったようなので、先ほどの大鬼を呼んで二人を家まで送らせた。半魔界ならそれほど騒ぎにはならないだろう。驚かれるだろうけど。薬代の代わりに、移転後の薬屋は人間も行けると宣伝してもらうことにした。実の所、距離で言えば半魔界の外れにあった時よりも街からは近くなったのだ。ただ、魔界であると言うだけで。




 早朝から魔女は裏の畑で薬草の収穫をしていた。魔女は朝に弱いのだが、朝露に効能がある花もあるので仕方がない。昨日の夜のうちにカラスに太陽が昇る直前に起こしに来てもらうように頼んでおいたので寝坊することなく、良い状態の薬草を刈ることができた。青々とした緑の匂いが朝もやの中にたちこめ、魔女はだんだんと目が覚めてきた。

 薬屋の周りを一つ目の大鬼たちがうろうろしている。交代で数人ずつ薬屋の警備とここより先の魔界への出入りを監視している。見た目はちょっとアレだが、大鬼は子供好きらしく、困っている子供が橋の上に居たら快く連れてきてくれる。最近では大鬼に会いに来る子供すらいる。


 人間と魔物が仲良く暮らす日もいつか来るかもしれないわね。


 魔女は背負子の籠に薬草を放り込み、朝露を詰めたびんを抱えた。今日は天気が良さそうなので、日陰で育てる薬草に覆いをかぶせ、水道のホースで長靴を洗って薬屋に戻った。

 この奇妙な家での生活にもすっかり慣れ、軽い足取りで螺旋階段を一気に3階まで駆け上がる。始めの頃は息切れしていた階段も、今では余裕でサンルームまで来れるようになった。

 テーブルの上に摘んできた薬草を広げ、いらない部分を捨て、葉・茎・根と分け、大きさを揃えて天日干しにする。第三王子にかなりの量の薬草をだめにされてしまったので、在庫がまだまだ少ない。魔女は家から出ずに毎日せっせと材料づくりに励んでいた。

 だから、現在世間で何が起きているかよく知らなかった。


 足の踏み場もないほどに薬草を並べたサンルームには、すでに魔女の大好きな薬臭いにおいが充満していた。もったいない、と思いながらも換気のために通気口を開けた。

 さて、次は朝露を煮込もう。蒸留させている間に朝食を食べたら、開店の時間になるだろう。

 1階の調剤部屋に向かい、鍋で朝露を蒸留する準備をしていたら、台所から何かが焼ける甘い匂いがしてきた。


「あれ? 魔王。早起きだね」

「魔界には朝も夜もない」


 エプロンをした魔王が厚焼き玉子を焼いていた。横にパンが置いてあるので、きっと挟むつもりなのだろう。魔女は手伝おうと手を洗ったが、薬草の汁で染まった指先がなかなかきれいにならず苦戦していた。


「その薬草臭さもマイヤっぽくて、僕は好きだよ」


 緑に染まった爪先をくんくん嗅いでいた魔女が固まった。好き、なんてはっきり言葉にされたのは、初めてかもしれない。


 いや、でも、好きなのは薬草の匂いであって、私というわけでは……。


 頬を赤く染めながらも、まだ爪先を嗅いでいる魔女を、魔王は麗しい笑顔でちらりと見た。いつの間にかバターの塗ってあるパンに玉子焼きをどさっと乗せて、パンで挟んで上からぎゅう、と押した。


「男の料理って感じ」

「つぶさないとマイヤは食べにくいだろう」

「魔王の方が口が小さい気がするけどね」

「そうだろうか」

「そうよ」


 卵サンドを半分に切り分けていると、また勝手にポットが動いてミルクティーを淹れていた。魔王のカップには山盛りの砂糖が入れられ、最後に冷たいミルクが少し注がれた。

 ダイニングテーブルのソファに腰掛けた魔王は、当然のように魔女を膝に乗せた。


「食べづらいんですけど」

「じゃあ食べさせてやろう」

「下ろせ」


 全く魔女を手放す気のない魔王は、大きい方の卵サンドを手に取り魔女の口に運ぶ。


「もぐ……、大きい方は、もぐ、普通魔王が食べるでしょう」

「なぜ?」

「食事の量は体の大きさに、もぐ、合わせて、もぐ……ちょっと、しゃべってる時は、もぐ、口に入れ、もぐ」

「なくなってしまった。僕の分も食べて」

「面白がって、んぐ、……でしょ、んがっ」


 さすがにのどの詰まった魔女が、あわててミルクティーを飲み干す。


「給餌って楽しいなあ」

「給仕じゃなくて給餌だったのは何となくニュアンスでわかってるのよ」


 魔王の腕が魔女の腰とひざを抱えて強く抱きしめる。これはまるで恋人同士のようではないか。魔女がじたばたするが、魔王の腕はびくともしない。


「奥さんともいつもこうしていたの?」


 ちょっと息苦しかった魔女は魔王の胸に頬を預け、息を吐いた勢いでつい聞いてしまった。はっとして顔を上げたら、きょとんとした表情の魔王が魔女を見下ろしていた。


「妻とはこういうことはしてないよ」

「え? そうなの?」


 妻なのに?

 じゃあ、何? 魔王とお妃様は政略結婚かなんかで、別に想いあってたわけではなかったのかな。


 魔女はできるだけ何も考えないようにしたが、それでもやっぱりホッとしている自分に嫌気がさした。涙池ができるほど、お妃様のことを想っているくせに。


「嘘ばっかり。魔界の王はやっぱり信用しちゃいけないんだわ」


 嘘じゃないんだけどな、とつぶやきながら、魔女の頭にあごを乗せてため息をつく魔王は、それでもやっぱり腕の力は全く緩めなかったので、魔女は息苦しいまま目を瞑った。


「ねえ、マイヤ。明日二人でどこかに出かけよう」

「え、どこに?」

「どこがいい」

「魔王は魔界以外出られないんじゃないの?」

「出ようと思えば」


 変装とかするんだろうか。この銀髪と彫刻のような美貌は、どう隠しても隠し切れないんじゃ……。


「魔界は魔王城にしか行ったことないから、魔界でいいわ」

「そうか。どこにしようかな」


 子供みたいな笑顔を見せて魔王が行先を考えているので、今更薬屋を空けるわけには、と言い出しにくくなってしまった。


「ああ、そうだ。遺跡があるよ。マイヤは行ったことないだろ。僕の前の前の魔王の時には、魔界の中に人間が治める地域があったんだ。すごく狭いけどね」

「へえ、仲の良い時代もあったのね」

「魔物と人間が仲が悪かったのなんて、前の魔王の時だけだよ」

「平和な時代に生まれてよかったわ」

「平和なのかな」

「穏やかな魔王様のおかげで」


 魔女が手を伸ばして頭を撫でてやると、魔王は猫みたいに目を細めた。

 太古の人間の文明のあった遺跡。魔物だらけのダンジョンだったらどうしよう。





> 魔物だらけのダンジョン


魔王的にはアトラクションのあるテーマパーク的な

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