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第七話 ~カリム~ ティオの行方

「そうじゃな……」


 盗賊のヤグじいさんが手帳をじっと見つめる。開かれているのは第一層〈礼拝堂〉のページだ。

 ティオが吸い込まれた壁。そこには俺たちも知らないシュートが仕込まれていた。俺たちが知らないということは、その先には未発見の部屋がある。

 それは一体どの層にあるのか。地図から推測しようというわけである。

 ティオがいるとすればそこしかない。



 まずは地下第一層。

 皆が見つめる中、老盗賊の指先が静かに地図を這い回る。

 だがすぐにページをめくってしまう。つまり第一層には隠し部屋がないと判断したということだ。

 ちっ! 俺の舌が忌々しげに鳴った。

 続いて第二層。

 実を言えばティオの生存はすでに半々くらいになっている。

 遺跡は民家の地下室とは違う。神殿としてふさわしい高さを供えた施設なのだ。第一層を抜け第二層の床までまっすぐ落ちたとすれば死ぬ可能性は高い。

 それでもまだ希望はある。生き残る可能性が残っている。第二層にいてくれと願う。

 だが、無情にもページをめくる音が響く。

 手の爪が掌にきつく食い込んだ。

 そして第三層。

 最後のチャンスだ。低い確率であっても生き残る場合がある、その限界の高さと言っていいだろう。

 ほぼ助からない。でも万に一つの可能性で生きている。まったくないわけではない。その限界点。

 皆がじいさんの血管の浮き出た手を見つめていた。

 勇者の生唾を飲む音が聞こえた。

 頼むからここであってくれ。

 しかし、皆の期待は裏切られる。

 じいさんのお手製の地図手帳は、紙の音を立ちのぼらせた。

 仲間から深いため息がこぼれた。

 ああ……ティオはもう……。

 そして第四層。

 勇者様が今にも過呼吸で倒れそうなほどの荒い息をついていた。


「ここじゃな」


 熟練の盗賊の指先が叩いたのは第四層の南端であった。


 うううっ。


 勇者様が口を押さえていた。だが抑えきれない感情は目から涙をあふれさせてしまう。


「あきらめろ」


 嗚咽でふるえる肩に手を置きながら言う。


「第四層まで落下して助かるわけがない」


 地下第一層は〈礼拝堂〉、大きな神像を置く高さを確保してある。この階ですら、天井から床に落下するだけでも人が死ぬ距離がある。

 その上でさらに第一層を支えるだけの岩盤の厚みがあって、下に第二層が広がる。

 第二層、第三層はそこまでの高さがないとはいえ、人間と化物が悠々と戦えるほどの大きさを持っている。

 これらの層をすべて抜け、第四層まで落ちたというのだ。地面に激突して痛みを感じる間もなく逝ったことだろう。

 ティオの死は疑いようがない。


「だが、隠し部屋のあてはついた」


 仲間に向き直る。

 死んじまったティオには悪いが、俺たちにも仕事がある。

 迷宮(ダンジョン)には未知の部屋が眠っている。そこにはお宝がある。燭台一つだって金になる。

 俺たちは冒険者と名乗っているが、その本性は盗掘だ。古代遺跡に眠る金銀財宝を掘り当てて山分けする。これこそが本分なのだ。

 ティオを見つけたら埋葬してやろう。あいつの洗ったシーツにはそれなりに世話になったからな。


「おい、勇者。さすがに遺骸は持って帰れないが、遺品くらいなら取ってこれるぞ。なにがいい? 服か、杖か、装飾品か」


 返事の代わりに聞こえたもの。それは無数の金属片がぶつかり合う音だった。

 勇者様が俺に向かって革袋を差し出しているではないか。

 顔を涙でぐしょぐしょに濡らしながら。


「なんだこりゃ?」


 ぶんどって中をのぞき見る。

 大銀貨がざくざく入ってやがる。ちょっとした財産じゃねーか。


「俺たちを雇うってのか」


 勇者様がうなずく。

 こいつは言うのだ。自分をティオのところまで連れて行って欲しいと。望みは捨てたくないと。

 俺は深く息を吸いながら天井を仰ぎ見た。


「どうせ行くのだから連れて行けばいいのではないですか?」


 そう、俺たちはどっちにせよ、ティオがいる部屋に向かう。


「彼には一切の分け前はなし。それでいいじゃろ」


 その通りだ。俺たちに損はない。むしろこの金の分だけ稼ぎが増える。

 だが、そういうことじゃない。


「今すぐに、だろ?」


 俺の言葉に、勇者は唇を噛みしめながらうなずいた。

 勇者様からすれば一刻でも早くティオのもとに駆けつけたいことだろう。ティオが出血でもしていたなら、今すぐ止血しなければならないのだから。

 だが、ヤグじいさんとオーモの表情は険しいものへと変じていた。

 俺たちは今すぐ迷宮(ダンジョン)に入れない理由がある。


「今、魔法使いのアトースが見つからない状態だ」


 そもそも俺たちには緊急招集といった習慣がない。冒険者は念入りに準備を進めてから迷宮(ダンジョン)に潜る稼業だ。

 旧知の仲であれば、住処や行きそうな店を把握している。すぐに呼ぶこともできよう。だがやつはこの町に流れてきたばかりの新入り。誰が居場所を知っていようか。

 だからこそ冒険者は特定の店に定期的に立ち寄る習慣がある。仲間が自分を必要としていないかチェックするために。だがアトースがそんな冒険者の流儀をどこまで把握しているか。

 早ければ今日の昼飯を食いに来るだろう。だが遅ければ、ずっと先になる可能性もある。

 やつがこの店に来るまで待つしかない。


「魔法使いなしというのはさすがに無理ですね」

「戦士の負担が大きすぎるからのう」


 魔法使いは戦闘時における後方支援の要だ。

 たとえば狼と戦うとする。爪と牙を剥きながら襲いかかってくる獰猛な狼だ。こいつをナイフ一本で仕留めるとなると、こちらも相応の傷を負うだろう。腕や腿をズタズタに引き裂かれて使い物にならなくなるかもしれない。たった一度の戦いで大きく傷つく。これが二匹三匹と続けば死は確実だ。

 だが、そこに火だの雷だのを出現させ、相手を燃やす力があるとしたらどうだろうか。圧倒的に優位になる。狼を火だるまにし、そこに刃を打ち立てればいい。ほぼ無傷で勝てるかもしれない。

 魔法とはそういうものだ。これがあるだけで死闘を繰り返さなくて済む。ナイフ一本でも確実な勝機が見えてくる。

 迷宮(ダンジョン)は魔物の巣。戦闘がただの一度きりで済む場所ではない。生きて帰りたければ魔法使いは絶対に必要な存在なのだ。


「無理だ。魔法使いがいないなら、俺たちは迷宮(ダンジョン)に入らない」


 だがそれでも勇者様は食い下がった。

 お願いしますと頭を下げて。


「だから!」


 俺は勇者様の胸ぐらをつかむ。


「魔法使いがいないんだ! おまえらがやってるごっこ遊びの魔法使いじゃない、本物の魔法使いが!」


 胸ぐらをつかんだまま、勇者の身体を壁に何度も打ち付ける。

 しかし、いつも目を合わすとスッと視線を逸らす情けない野郎が、涙を孕ませたままの眼差しを俺に向けてやがった。

 クソほど真剣な目で俺を見据えやがる。

 必死さが伝わってくる。


「ならせめて魔法使いを探してこい! 最低でも〈炎上塵〉を使えるやつだ!」


 勇者様が黙り込んだ。

 そして言いやがったんだ。

 なら僕が、と。


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