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第五話 ~カリム~ 消えたティオ

 永遠なんてものは存在しない。

 迷宮(ダンジョン)深くに潜っていた先輩方はみんな死んだ。だから今や俺が一番の使い手ってことになってる。俺自身も今日明日死んでもおかしくない。生き延びても仲間は死ぬかもしれない。

 だから子供の冒険者ごっこなんてものは腹が立ってしょうがない。死を茶化されてるみたいでな。

 脳裏にティオと勇者様が浮かぶ。

 あの勇者様ってのはどうやら西町の坑夫らしい。ガキと遊ぶのが大好きという変わり者らしく、娼館の洗濯娘と冒険者ごっこに明け暮れている。

 しかし、どうにも俺はうさんくささを感じてしまうのだ。

 そもそもこの町の生まれじゃなさそうだ。それがどうして鉱山街に流れ着いたか。

 常識的に考えるなら、農家の末っ子あたりだろうか。畑を継がせてもらえない末男は港で荷揚人足をやるか、鉱山に入るしか生きる術がない。大人になるまでのどこかで実家を出なくてはならない。

 ただあいつからは場末の人間の匂いがしない。どこぞの商人の小倅とか、貴族の末裔とか、上流中流の暮らしを知っている人間の所作が垣間見える。少なくとも離乳食代わりに木の根を齧って育ったような下賤の生まれじゃない。俺にはそれが分かる。

 なにか別の理由があって、この町に住み着いた。そんな気がする。

 そういう相手はとりあえず監視するのが俺のやり方だ。適宜、絡んで行動をうかがい、いつでも刺し殺せる隙は探っておく。このやり方で迷宮(ダンジョン)も生き抜いてきた。



 そんな得体の知れない勇者様が居酒屋に駆け込んできたのは、陽が暮れ始めた頃合いだった。


「ティオが消えた?」


 勇者様は遺跡から走ってきたらしく、全身汗まみれになってやがった。

 ったく、新入り魔法使いのアトースが言った通りだ。ガキ連れで遠出なんてすれば、事故に巻き込まれて当然だろうが。

 危険は迷宮(ダンジョン)だけじゃない。その辺の野原にだって獰猛な獣はいる。おおかた大型の野生動物にさらわれちまったんだろう。かわいそうに。

 だが勇者様はぶんぶんと首を横に振る。

 そして要領の得ないことを言い出した。

 壁の穴がどうとか、アミュレットがどうとか。


「どうしたんじゃ、カリム」


 声を掛けてきたのは仲間の盗賊ヤグじいさん。

 その後ろから騒ぎを聞きつけた冒険者たちが続々と寄ってきた。夕刻はだいたい皆ここで飯を食ってる。

 勇者様はそんな一人一人に事情を必死に説明するが、しかし皆、渋い表情を浮かべていた。



『壁が消えてティオが吸い込まれた』



 そんな話を誰が納得できようか。

 らちがあかないとばかりに、ならず者の冒険者たちは各々自分のテーブルに戻ってしまった。

 ただし俺は別だ。おっとヤグじいさんも感づいてるみたいだな。


「おい、勇者!」


 俺は勇者の胸ぐらをつかんだ。顔を引きつらせる間抜けを壁際へと追いたてると、乱暴に突き放す。


「どこだ?」


 壁には神殿の俯瞰図が貼られている。そいつに掌をたたきつける。


「ティオが消えた場所を指し示せ」



   *



 道すがら勇者から聞き出した話によるとこうだ。

 勇者とティオは東の滝近くで昼食を取った。酒を飲んでまったりしているところで、ティオが起き上がる。


「あ、ウサギです!」


 十歳のガキんちょからすればウサギの出現は心うれしいイベントだろう。


「チーズ、チーズ」


 溌剌とした笑顔を浮かべながら彼女は自分の麻袋を漁った。お昼のチーズの残りかすがないか探っているのだ。

 目的のものを見つけたティオは、動物の気を惹きながらウサギに近づいていった。

 しかし野生生物はそうそう気安く人から食べ物を恵んでもらったりはしない。小娘が近づくときびすを返して草むらに入ってしまった。

 それを追うティオ。

 戻ってきたとき、彼女は不思議なアミュレットを手にしていた。


「こんなものが落ちてたんですけど、なんでしょう?」


 それは黒い金属でできた古ぼけたお守りだった。見たこともない装飾が施され、宝石ではないが磨かれた石がいくつか埋め込まれていたという。

 裏側には『ワーディナ』を讃える詩が刻まれていた。

 ワーディナとはかつてこの土地を支配していた国、その最後の王だと伝えられている。災害によって王朝は滅びを迎え、国ごと消え去った。

 ティオはそのアミュレットの美しさに心惹かれた。青錆が浮いているものの、古代の装飾は独特の美を孕んでいた。


「ウサギがくれたんだね」


 などと甘ったるいことをささやきながら、勇者はアミュレットの穴に紐を通し、ティオの首にかけてやったという。

 ティオはいたく喜び、勇者と口付けを……。

 って、子供相手になにやってんだ!!

 俺とヤグじいさんが突っ込むと、勇者はほっぺだから! と言い直した。う、うん。そうだよな。まさか子供とガチのキスするわけねーよな。

 話を戻そう。

 つまりティオは謎のアミュレットをペンダントにした。これが重要なポイントだろう。

 そして二人は帰宅の途についた。昼下がり、オロドトーに向かっておよそ十キロの道のりを戻る。

 道中、蛇が出たらしいが、それは勇者が足で追っ払った。その後、二人は抱擁しながら熱いキスを……。

 だから、十歳とキスってどういうことだよ!!

 ツッコミが雷光の早さで飛ぶ。もちろんほっぺですと勇者。う、うそくせー……。

 はてさて、そんな矢先にティオが小便を催した。

 勇者はティオを壁際に立たせるとそのまま放尿をさせたという。

 うんうん、そうだよね。小便するときは壁で立ってするよね。

 って、しねーよ!! 迷宮(ダンジョン)の中ですら、安全確保してから物陰でやるわ!

 どうにもこの勇者、『子供好き』という触れ込みはなにか別の意味を含んでいるような気がしてならない。

 なんにせよ、子供好き勇者はティオを壁際に押しつけて放尿させていた。

 異変が起こったのはこのときだ。

 突然、ティオの首にかけられたアミュレットが妖しい光を放ち出した。


「なにこれ?」


 ティオがそれを手にしたときだ。


「きゃっ!」


 彼女が後ろ側に空足を踏んだ。

 背後にあったはずの壁が消失していたという。


「えっ」


 小さな身体がガクンと落ちた。下に、だ。

 ティオがたたらを踏んだ先には漆黒の闇へとつながる穴が開いていたのだ。


「きゃあああああああ……!」


 悲鳴をあげながらティオはその穴へと吸い込まれていった。

 慌てて駆け寄る勇者だったが、いつの間にか壁は元通りになっていて、穴は消えていたそうだ。


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