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第四話 ~ティオ~ 冒険

 古代遺跡ノキロウル神殿はとても大きな建造物です。

 おおよそ正方形の敷地が高さ三メートルの壁によってぐるりと囲まれており、その一片はなんと五キロにも及びます。

 つまり一周するだけでも二十キロを歩くことになるのです。だから外周を歩きたがる人はほとんどいません。

 壁の内側も独特で、敷地の内側にあるものは崩れた石礫の山。その中に丸石がいくつも落っこちています。そうただの丸い石ころ。ただその大きさときたら最大のもので直径十メートルにも達するんです。普通、神殿には塔とかお堂とか物々しい建物を作ると思うんですが、ここにあるものは巨大な石の塊。古代の人は石を拝んでたんですかね?

 また神殿は地下もあって、こちらは通称迷宮(ダンジョン)と呼ばれています。凶悪な化物がうごめきひしめきしているのもこちらです。

 とはいえ私たちはそちらには用がないので外周を歩きます。

 ただし地上であっても、もちろん危険は常に隣り合わせです。



   *



「戦闘警戒!」


 勇者様の鋭い声が飛んだのは、前進を開始してまもなくのことでした。

 冒険には戦いが付きもの。ついに敵との遭遇です。

 弾けるように身を翻し、杖を構えます。

 今日はどんな敵が来るのでしょう?

 勇者様が注視する方角に素早く視線を走らせます。

 一匹の野ウサギがいました。あらかわいい。チーズ食べるかしら?


「魔ウサギだ」


 凶悪なモンスター魔ウサギです。ニンジン畑を食い荒らし、つかまえようにも見る者を虜にしてしまう魔性のウサギさんです。

 杖を水平に構えると後方へとじりじりと下がります。

 私は魔法使い。その定石はまず距離を取ること。敵と戦士の戦闘フィールドを作る、これは戦いにおける最優先事項です。後方支援の魔法使いにぶつかって体勢が崩れたなんてあっちゃいけないのです。

 一方の勇者様はちょっと曲がった棍棒を引き抜くと上段に構えました。

 きょとんとした顔でこちらを見つめる魔ウサギとのにらみ合いが続きます。


「へいや!」


 刹那、勇者様の棍棒が一閃。虚空を縦に切り裂きます。ひゅんという風切り音とともに打ち付けられた鉄片が白く煌めきました。

 さすがです! かっこいい!

 魔ウサギもひるんでいるようです。


「とう! たあ! きてはぁ!」


 その隙を逃さぬとばかりに縦横無尽の軌道を描いて棍棒が踊ります。

 魔ウサギは頭をキョロキョロとさせ、その動きを完全に封じられてしまっています。

 戦っているときの勇者様はいかにも戦士といった感じで思わず見とれてしまいますが、私だって魔法使い。戦いに参加しなければ。

 すかさず魔法で援護です。

 目を閉じ、深呼吸を一つ。

 大気中のマナとかいうなにかを杖に集める意識を高めます。

 十分に溜まったと思ったところで、杖を振り上げ、目標を目視で最終確認。

 今だ! いけ!

 呪文を叫びながら一気に振り下ろす。


「ファイヤー!」


 杖の先から灼熱の炎がほとばしり、空を切って疾走する火球を想像します。

 それは敵にぶつかって大爆発を起こした、そんな気がしました。

 野ウサギの顔がこちらを向きました。

 いける!


「アイスストーム!」


 今度は杖から吹雪です。どんな生命も凍り付かせる冷た~い死の風をイメージします。

 カチコチに凍った敵の姿が思い浮かびます。

 野ウサギの耳がぴんっと逆立ちました。

 このままさらに!


「ダイアキュート!」


 増幅魔法です。

 先の吹雪がさらに威力を増した、そんな雰囲気を醸し出します。

 ウサギがぴょんと一度跳ねました。

 あと少し!

 私と勇者様はお昼前の太陽の下、凶悪なウサギとの死闘を繰り広げました。

 やがて雌雄を決するときがやってきます。


「はあッ!」


 勇者様が雄叫びと共に足を強めに踏みならします。それがトドメとなりました。

 ウサギはびくんっと身体を震わせると、お尻を見せながら走り去っていったのです。

 後にはのどかな初夏の陽気だけが残っていました。

 やりました! 我々の勝利です! 危険な魔ウサギを見事、撃退しました!

 さあ、ここからは勝利をたたえる場面です。

 勇者様の元に駆け寄ると、手を打ち鳴らします。

 それから抱擁。勇者様が膝を地面につけて両手を広げてくれました。私はそのお胸に飛び込むと、勇者様と抱きしめあいました。


「やりました勇者様」

「我々の勝利だ」


 抱きしめながら、お互いの健闘をたたえ合うんです。

 しかもこのとき勇者様は、私の小さな身体をんぎゅ~~~って強く抱きしめてくれるんです。

 このぎゅうは全身がぞくぞくってして思わず「あっ」って声が出ちゃいそうになるほど気持ちいいんです。

 戦闘後のお楽しみです。



   *



「わあ! すごいです!」


 東の滝。そこは神殿近くの谷間を通る小川に私の身長ほどの段差ができていて、その部分だけ水が空中を滑り落ちる、そんな場所でした。

 滝といえば滝かもしれませんが、小さすぎてそうとはなかなか認識できないかもしれません。実際、カリムと一緒に居たアトースさんは滝と言われても分からなかったみたいですし。

 ただ、すごいのはこの日、とっても綺麗な虹が架かっていたことです。

 なるほど。今日ここに来たのは私にこれを見せるためだったんですね。十キロを歩いたかいがありました。


「綺麗だね」


 勇者様が隣にしゃがみ込んでおっしゃいます。


「一緒に見られてよかった」

「はい……」


 とっても綺麗です! 私も一緒に見られて嬉しいです!

 そう言葉をね、続けようとしたんですよ。

 でもね、その言葉は出てきませんでした。

 だって、なんか泣けてきちゃったんだもん。

 私にこれを見せようと連れてきてくれたんですよ。半日かけて、てくてく歩いて。そんなのうれしいじゃないですか。

 でも涙は見せたくありません。楽しい空気にしたいから。

 私は川に駆け寄ると、お水で顔を洗います。浮かんだ涙を隠すためです。

 そしたらね、意外とお水が冷たくて気持ち良かったんです。だから水に濡らした手を掲げながら勇者様に近づきます。


「とっても冷たいですよ。ほら」


 勇者様のお顔をぺたって触ったら勇者様ってばすごくびっくりしたお顔してました。んふふ。



 それから私たちは滝の虹を見ながらお昼を取ることにします。

 お昼ご飯は、娼館の厨房からもらってきたパンと林檎、それとチーズ、そして勇者様が持ってきた蜂蜜酒と林檎酒です。


「かんぱーい!」


 グラスは持ってないので、お酒の入った瓶を打ち鳴らします。

 そしてお酒を一口。私は蜂蜜酒が好きです。といってもほとんど水なんですけどね。蜂蜜酒はもともと酒精が少ないそうで、私はそれをさらに薄めて飲んでます。

 幼いうちはお酒をあまり飲んじゃいけないよって勇者様は言うんですけど、やっぱり甘いものには目がなくて。ついついたくさん飲んでしまうんですよね。

 一方、林檎酒を飲んだ勇者様ですが、ものすご~~~くまずそ~~~な顔をしています。


「あの、蜂蜜酒、飲みます?」


 自分が飲んでいた酒瓶を差し出します。

 それをごくりと飲んだ勇者様。そこに浮かんだのは、さらにまずそうな表情!

 こんなにお酒をまずそうに飲む人はじめて見ました。蜂蜜酒、すごくおいしいのに。

 私、勇者様って本当はどこかの国のお貴族様だったんじゃないかと思ってます。

 お酒だけじゃなくて、どうも異様にお口が肥えてる節を感じるんです。たとえば以前、林檎を食べてて「なんで甘くないんだ」ってぽつりとつぶやいたことがあります。私びっくりしてしまったんです。だって甘い林檎なんてものがこの世に存在することすら知りませんでしたもの。きっと世界のどこかには甘い林檎のなる木があって、勇者様はそこで生活をしていた――そんな気がしてなりません。

 勇者様がどうしてこの国に来たのか、それはわかりません。

 そしてなぜ私をこうして冒険に連れて行ってくれるのかも。

 でもこの人と居ると楽しい。それは確かな事実です。



 これが私の週に一度のお楽しみ。

 大好きな勇者様との、ささいでちっぽけな冒険。

 こんな日が永遠に続いたらいいのに。そう思います。


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