第二話 ~ティオ~ 勇者様との出会い
広大なノキロウル神殿が廃墟となった理由。それは魔物のせいではないかといわれています。
冒険物語に出てくるような異形の怪物が遺跡の中に巣くっているのです。それも一匹や二匹といったものではなく大量に。それらがお互いを食ったり食われたりしているそうなので遺跡の中はさながら地獄なのだとか。虫たちが弱肉強食している石の下でももう少し平和というものでしょう。
当然そんな危険なものが身近にあればこれを排除しようという公的な力が働くわけですが、しかし数が多すぎてどうしようもなかったそうで。国が幾度か掃討作戦を実施したようですが、ことごとく失敗に終わったみたいです。
とうとう最後には、化物たちは神殿の外に出ないから放っておこう! という非常に前向きな決定が下されたとか。
しかし国は諦めても民草はしたたかでしぶといもの。一部の人たちは神殿のすぐそばに集落を作り、魔物たちの討伐を繰り返したのです。
まあ、実際は屍骸が売れるからなんですけどね。
それほどお金にはならないそうですが、山賊でもやって国に追い回されるよりはマシというわけで、定職を持たないならず者の定番職業となっています。
そんな彼らを人は『冒険者』と呼び――いや、これは彼らが自称しているだけ。
実際には『盗掘者』と呼ばれています。遺跡に入って取って来たものを売りさばくわけですから。
そんなわけで神殿のかたわらにはならず者の部落ができ、それがやがて村落となり町となり、いつしか西側の鉱山街とくっついた。これが鉱山と遺跡の町オロドトー。
そして私、ティオはそんなオロドトーの自称冒険者でもあるんです。
*
「お待たせしました」
はあはあと息をつきながらその人を見上げました。
腕組みをしながら神殿の壁に寄りかかっていた男性が私を見下ろします。その鋭い眼光に、私の心にもぴりっと芯が入る思いがします。
「ティオ。今日もよろしく」
その人が手を差し出しました。ゴツゴツとしていてとっても大きな大人の手です。幼い私の手などすっぽり包まれてしまいます。
彼は手をしっかりと握ったまま、しばらく離してくれません。握手にしてはちょっと長いかなとも思いますが、仲間への信頼をより高めるための儀式なのかもしれません。
「今日はどうします?」
「うん。今日は東側を目指そうと思う。神殿から少し外れた場所に、小さな滝があるのだとか」
彼の口から本日の目的地が告げられます。冒険の目標というやつです。
「神殿内部ではないとはいえ、周辺もまた気の抜けない要注意地域だ。周囲を警戒し、またお互いを常に監視し合いながら行動すること」
「はい!」
冒険は遊びじゃありません。危険と隣り合わせ。私は杖をぎゅっと胸に抱きます。
「よし行こう」
彼は先を歩き始めました。
その背中を追いかけます。
この人は勇者様。
冒険者としての私の、唯一のパーティメンバーです。
*
「俺と一緒に冒険に行かないか?」
そう誘われたのは、まだ九歳の頃。洗濯場でシーツを洗っていた時でした。
私は少しばかり静止して、それからあたりを見渡します。
おや、ここには彼と自分しか居ないようだ。
そのことに気づくまで羊が食んだ草を飲込むくらいの時間が必要でした。
「あの、私、洗濯婦ですけど?」
意図が分かりませんでした。
冒険に誘ったということは私を冒険者と見誤ったことになりますが、洗濯場で大量のシーツを踏みつけている女の子を見て、いったいなんの職業だと思ったのでしょうか。
はてなマークをぴこぴこと飛ばしていた私ですが、ふと別のことに思い当たり、頭の上のそれをびっくりマークに変化させます。
……はっ! まさかこの人、私を口説いてる!?
娼館の人々を見ていると、男性たちは常に気取った言葉や会話を意識しているように思います。単にベッドに行こうというだけのことに種々の表現を用いるのです。二晩ばかり詩を吟じて出入り禁止になった変人もいたくらいです。
そういった口説き文句の中には冒険に誘う言葉もあったと思います。だからこの人ももしやと思ったわけです。
しかし、この仮説には一つ重大な欠点があります。それは私が子供ということ。常識的に考えて胸のぺったんこのお子様をベッドに連れ込む大人などいるわけがありません。そんな人が世にいるなら私はとっくに華々しくデビューしていることでしょう。
となれば考えられることは、実年齢よりももっと年上の女性と見間違えた、そんなところでしょうか。
綺麗なお姉さんたちと一緒に働くうちに、私にも色香みたいなものが出て来たのかしら。ふふん。
「何歳?」
ほらやっぱり。今頃気づいて年齢を確認しているようですよ、このおっちょこちょいさん。
「九歳ですよ」
くすりと苦笑しながら答えます。
「俺と一緒に冒険に行こう!」
「あれっ???」
今の流れおかしくないですか?
私のこと大人と勘違いしていたんじゃないんですか?
しかしなぜか彼はものすごく真剣な眼差しをしていました。
って、なんで九歳と知ってますます本気の顔になるんですか!
「他を当たっては?」
「君がいい!」
「九歳ですよ?」
「九歳がいい!」
「だから子供ですって!」
そういうと彼は黙りました。
ふぅ、ようやく私が幼い子供だということに気づいてくれたみたいです。頑固な人でした。
そんな石頭さんはうつむいていました。その肩が小刻みに震えているようにも見えます。
少しかわいそうなことしちゃったかな。彼を見ながら思います。もう少しやんわりと言ってあげた方がよかったかも。
もし私がもっとお姉さんで、こんなに熱心に誘われたら冒険者になってもいいかな。なーんて。
そんなことを思っていたそのときでした。
「お、俺は……勇者だ!」
「はい?」
その人は諦めて去るどころか私に詰め寄ると、肩を両手でつかみながら断言するではありませんか。
「勇者と一緒に冒険に行こう!」
「ままま待ってください! 勇者って? なんの勇者ですか?」
「え……?」
なぜかその人は不思議そうな顔をします。不思議なのはこっちです。
勇者とはその字のとおり勇ましき者のこと。なにか特別な意味を持つものではありません。そういう言葉を使うなら、もっと具体的な形容句がないと。
たとえば、この国には『さまよえる塔の隠者』なんて噂が伝えられてたりします。蜃気楼に浮かぶ塔に住む伝説の魔法使いです。
しかし、それをただ『隠者』といっただけではただの引きこもりになってしまいます。『さまよえる塔の』という部分が重要なんです。
「なんかこう、ないんですか。勇者の前につく言葉が」
すると彼は少し考えた後にこう言ったのです。
「ロリコン勇者」
ロリ……コ……ン? 聞いたことのない単語です。異国の言葉でしょうか。
「あの、そのロリコンっていうのは……」
「ロリコンというのはその……子供と冒険を……そう、子供と様々な冒険をともに体験するための存在」
子供と一緒に冒険を?
「一夏の体験的な意味で」
この人はなにを言っているのでしょう?
「さあ、俺と一緒に冒険に行こう」
「え? え? それは私じゃないとダメなんでしょうか?」
私はただの洗濯婦。冒険として子供を連れて行きたいのなら、棒きれでチャンバラをしている男の子たちの方がよっぽど役に立つことでしょう。
でも彼は言うんです。
とても熱心に。
真剣に。
「君と行きたい。だから決めて欲しい」
――と。
彼の姿が揺れました。
目のあたりが熱くなるのを感じていました。
彼の言動はまったく意味がわかりません。
でも。
胸の奥がざわざわとするような、不思議な感覚があるんです。
それは今まで私が味わったことのない感覚でした。
そして、嫌な気持ちじゃなかったんです。
だから自然と言葉がこぼれました。
「はい」
そして彼は娼館と話を付けました。
週に一日だけ、私を連れ出す権利を得たのです。
その額はウユニ姉さんの一晩を買うよりも高額なのだそうです。
これが彼――ロリコン勇者様との出会いでした。