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第十二話 ~ティオ~ 終演

「ティオ……! ティオ……!」


 目を開けるとそこには泣き顔の勇者様がいらっしゃいました。

 どうしたんですか勇者様。いつもの凜々しいお顔が台無しじゃないですか。

 ああ、さっきアトースさんが来てたんですよ。

 私を死者にしてくれるって言うんです。

 でもお断りしました。

 食べなくても生きていけるってところには心惹かれたんですけどね。

 でも、あの人、肌がとっても冷たいんです。触られても気持ち良くないんですよ。

 私がそんな肌になったら。

 勇者様が悲しんじゃうなって思ったんです。


「無事で良かった」


 勇者様がおっしゃいます。

 そして涙でぐしょ濡れの顔で笑いながら言うんです。


「これでまた冒険に行けるね」


 ――って。

 ああ。

 私、やっぱりこの人がいい。

 この人のこと、好きだなって思いました。

 勇者様はね、子供を子供扱いしないんです。

 同じパーティメンバーとして扱ってくれるのです。

 勇者様に誘ってもらったとき、私は選びました。

 一緒に体験することを。

 そう、私は危険を承知で冒険をしているのです。

 誰が悪いということではないんですよ。

 だから私はこう答えるんです。


「もちろんです。勇者様」


 子供を冒険に誘い、一緒に体験する――それがロリコン。

 これからも一緒にたくさんの冒険をしましょう!

 ね、私のロリコン勇者様!



   *



 居酒屋に戻る頃にはすでに明け方になっていました。(もや)もなく強烈な朝焼けがまぶしいくらいです。

 ふふふ。今日は絶好のお洗濯日和になったようだな。お前たちの命もあとわずかだ、汚れどもめ。


「よし、俺は荷車と工具の手配に行ってくる。ヤグじいさんは商人のあてをつけといてくれ。オーモは聖堂の仕事をすませちまえ。夜にもう一度ここで落ち合おう」


 私がぼきぼきと指を鳴らしながらお仕事への情熱をたぎらせている裏で、カリムたちもまたお仕事の準備です。

 私が倒れていた石室――アトースさんは施療院と言っていましたが――その床や壁一面に貼られた石材、あれがどうやらお金になるということで、カリムたちはさっそく動き出したのです。


「横取りされたらたまらんからな」


 私としてはあのお部屋は思い出の場所となったので残していただきたいのですが、まあ、無理でしょうね。冒険者ですもの。

 お手てをつないでるお隣の勇者様と顔を見合わせながら苦笑しました。

 勇者様も今日は鉱山のお仕事です。一緒に西町まで帰りましょう。できればこのまま手をつないで。

 お互いの顔を見つめながら笑いあいます。

 ここからは二人きりの時間――


「さっきはよくもやってくれたわね」

「きゃあああ!」


 脇から聞こえて来た声に、私と勇者様は飛び上がるほど驚いてしまいました。

 アトースさん!?

 私を死者にしようとした吸血鬼が居酒屋のカウンターに寄りかかりながらこちらを睨んでいるではありませんか。

 彼女の出現に勇者様が私を守る体制を取ります。


「戦――!」

「あ・の・ね!」


 戦闘警戒を発令しようとした勇者様にぴしゃりと言い放ちました。


「言っとくけど、先にぶっ放してきたのはアンタだからね?」


 勇者様がピタリと静止します。

 言われてみればそうかもしれません。お部屋に入ってきた勇者様がいの一番に魔法を使ったのです。

 そこからは戦いとなったようですが、喧嘩の理屈でいえば先に手を出した方に非があるでしょう。


「そういえば。勇者様、なんでいきなり攻撃したんですか」

「ティオが勇者様って助けを呼ぶから……」


 おや?

 あ、そうです! そうですよ! だってアトースさんは私をむりやり死者にしようと――


「私はティオに取引を持ちかけただけよ」


 おやおや?

 言われてみれば、この人は私をむりやり吸血鬼にしようとはしていない気もします。

 ちょっと強引に迫ったところもあるとは思いますが、いきなり噛みついて吸血鬼にすることはしなかったのです。

 知り合いに商談を持ちかけただけと言えましょう。

 と、いうことは……。


「二人からなにか言うことはないの?」


 私は勇者様と顔を見合わせました。えへ。


「「もうしわけございませんでした」」


 二人で深々と頭を下げます。

 どうやら我々は友好的な吸血鬼さんに先制攻撃をしかけてしまったようです。


「すみませーん。葡萄酒とパンくださーい。あとチーズ盛り合わせと羊肉の燻製、カブのシチューとレンズ豆の煮物、川魚の干物、あとニシンも焼いちゃって! 支払はこの二人が持ちますから!」


 お、おおう。豪勢に行きなさる。

 しかし、やらかしてしまったことは事実なので、私と勇者様でお詫びしなければいけません。

 勇者様は今手持ちがないそうなので、私はお財布から中銀貨を九枚ほど取ると半泣きでカウンターに置きました。

 さようなら、私のかわいい坊やたち。元気でやっていくんだよ。ぐすん。

 ちなみにこの鉱山町で生まれ育った私は海魚のニシンを食べたことがありません。あるんだ、ニシン。ごくり。


「ま、これで流してあげるわ」

「「ははー! おありがとうございます!」」


 まあ、勘違いで知り合いを危うく丸焼けにするところだったのですから、お昼ご飯(ランチ)をおごっただけで許してもらえるなら儲けものかもしれません。


「とはいえ、ティオ。私の言うこと考えておいてね」

「え? 考えるって」

「死者になるって話よ」

「ええっ!? まだ諦めてないんですか?」


 私はびっくりしてしまいました。


「今すぐじゃなくていいのよ」


 しかし私の驚きをよそにアトースさんは葡萄酒をぐびっとあおりながら言うのです。


「だってあなたが死ぬまでに死者になってくれればいいんだもの。私は急いでないわ」


 なるほど。彼女からすれば百年後までに私を死者にすれば目的達成なのです。

 返事を遅らせるほど損するのは、むしろ私。

 死者としての人生を謳歌できる時間が減ってしまうわけですから。


「気が変わったら私のところに来て」


 アトースさんはにこやかに言いながら葡萄酒に浸したパンをほおばりました。

 まあ、そういうことであれば、ゆっくり考えましょう。

 死者というものも魅力がないわけではありません。

 実際、彼女はお綺麗な方です。この美貌を保てるなら死者でもいいという時がくるかもしれません。

 でも今は、ね。

 私は手を繋いでいる相手を見上げます。

 子供のままでいたいって思うんです。



「おう、アトース、いたのか! ずいぶんごちそうだな。急で悪いんだが明後日には迷宮(ダンジョン)に潜りたい。取り分は一割なんだが、おそらく大銀貨七枚くらいの上がりにはなるはずだ。どうだ?」


 カリムがにこやかに寄ってきました。

 ……あ! そうか。カリムたちはアトースさんがあの部屋にいたことを知らないんですね。


「部屋の話は今聞いたわ。私は発見者じゃないから、その条件でいいわよ」


 しれっとした顔でアトースさんが答えました。どうやら先ほどのことは隠す方向で行くみたいです。

 まあ、黙ってることにしましょう。これもお詫びの一環ということで。

 しかし――。

 カウンターに置かれたお料理の数々を見て私は思いました。

 アトースさんって飲み物も食べ物も要らないはずじゃ。


「みんなー! 今日はこの二人が奢ってくれるんだって!」


 その声に居酒屋の皆が一斉に駆け寄ってきます。


「マジかよ」

「ありがてえ」


 空腹の冒険者たちの無遠慮な手が料理へと伸びていきます。

 あっ、あっ、ニシンが、チーズが、シチューが、燻製が、焼いた干物が、ニシンが、あっという間になくなっていくではありませんか。

 それを見ていた私のお腹も負けじと彼らにエールを贈ります。

 ぐううううう。


「あはは」


 お料理のいい香りにぐーぐーと鳴ってしまう私のお腹を見て、彼女がけらけらと笑います。

 も、もしかして! 私たちに金銭的ダメージを負わせるためだけに注文したんですかそれ!!

 この人には気をつけようと思いました。

 がっつりやり返してくるタイプみたいです。



   *



 朝市が終わった頃合いの大通りを歩きます。

 もちろん、勇者様と一緒にお手てを繋いで!

 今回はいろいろありました。

 そういろいろと。

 私は石室での出来事に思いを馳せました。

 アトースさんが去って、カリムたちが目を覚ますまでの少しの時間。

 抱きしめ合う二人。

 その先の出来事。

 これは私と勇者様だけの秘密。


「じゃあ、来週また冒険に」

「はい。来週また冒険に」


 娼館の前に来たらお別れの時です。

 お別れはいつも次の冒険の約束。

 私たちは冒険者。その戦いに終わりはないのですから。




 冒険と言えば、先ほど勇者様がアトースさんとちょっと不思議なお話をしていました。


「あいつ、何者?」

「ジャグズメイニア。イオクスの王室に仕えてた魔法使いよ」


 イオクス? 確か神殿を建てた国だったと思います。昔話に出てくるような古い古い国。なんらかの理由で滅びてしまったのだとか。


「なにが、目的、だ?」

「じゃあ、あなたはなんの目的で降りてきたのよ」

「……言えない」

「なら私も言うわけないでしょ」


 たったそれだけの会話でしたが、まだまだなにか波乱が起こりそうな予感がします。

 そしてもう一つ。アトースさんが言っていたことを思い出します。

 私の霊が人の大きさではないという話。

 私の中になにかがいる。彼女はそう言っていました。私はどうなってしまうのでしょう。大人になるまで生きられるのでしょうか。

 できれば、勇者様とたくさん冒険に行けますように。

 今はそれを願うばかりです。



   *



「なんだい、いっちょまえに朝帰りかい。どこの馬の骨としけ込んでたんだい?」


 娼館に帰ると眠そうなウユニ姉さんが立っていました。これからお休みのようです。


「冒険です! あと馬の骨じゃありません、勇者様です!」


 相棒の杖を胸に抱きながら言います。

 まあ、勇者様と迷宮(ダンジョン)にしけ込んでいたと言えなくもないですけどね。


「なんだい勇者って。なんの勇者だよ」


 うん、まあ、そういう反応になりますよね。最初は私もそうでしたし。

 でも、今の私はもちろん胸を張って答えますとも。


「ロリコン勇者様です!」


 私がこの世で一番、信頼しているパートナーなんですから!


「ふぅん。なんでもいいけど、気をつけるんだよ。女は隙を見せたら酷い目に遭うからね」


 言いながらウユニ姉さんは私に向かって手を差し出すではありませんか。

 はて? クッキーでもくれるのかしらん?

 しかし掌を覗き込んだ私を待ち受けていたのは、ニヤニヤと笑うウユニ姉さんの意地悪なささやきでした。


「そんなにガニ股でいたら何をしてきたか丸わかりだよ」


 ガニ……股……?


「アタシら娼婦はみーんなその経験があるからねえ」


 経……験……?


「いやあ、アタシも早い方だと思ってたけど、アンタに負けるとは……。十歳はここでも最年少記録かもしれないねえ」


 最年少記録……。


「ド・ス・ケ・ベ」


 あああああああ――!!

 ババババレてます! なぜだか知らないけどウユニ姉さんにはあのことがバレています!!


「そういうことはするなって館主から釘刺されてるんじゃないのかい?」


 そ、そうなんです! そうなんですよ!

 実は勇者様との冒険は、エッチ禁止という条件が出されているのです。

 私を冒険に連れ出すために娼館と話を付けた勇者様ですが、その際さまざまな約束がなされました。

 その一つがエッチ禁止!

 私はあくまで一緒に冒険に行くだけなのです。

 彼が娼館に払うお金は、洗濯婦(ランドリーメイド)が一日抜けた穴の弁済費用であり、私自身を買っているわけではないのです。

 だからエッチは御法度!

 この条件を勇者様が出したからこそ娼館は私の冒険を許可したと言えましょう。


「も、もちろんしていませんことよ」


 声がうわずります。

 抱きしめることも、キスすることも、おしっこを見せることだって全部全部、冒険に必要な行動であって、決してエロいことなどしていないのです。

 ただ、最後のアレは……! アレだけは言い逃れが……できない!!


「まいどあり~」


 私はウユニ姉さんの手に小銀貨を一枚乗せます。

 女は隙を見せたら酷い目に遭う――姉さんは実地で教えてくれます。スパルタです。


「ほれ、顔洗ってきな。彼にはじめてを捧げた後の乙女みたいに顔が真っ赤だよ」

「声大きいですっ!」


 でも自分で触ってびっくりです! 本当にお顔が熱病にうなされているときのように熱く火照ってます!

 私、遺跡からずっとこの顔だったんでしょうか?

 いや~ん! これではみんなにもバレバレってやつではないですか!


「そういやあ、さっき言ってたロリコンってなんだい?」


 共同井戸に駆け込もうとする私にウユニ姉さんが声をかけます。

 あ、そうか。姉さんは知らなかったんですね。


「ロリコンというのはですね」


 私は胸を張って答えます。


「子供と様々な冒険を、ともに体験してくれる人のことです!」


 それが私の勇者様なんです!


「ああ、そりゃあ――」


 でもなぜかウユニ姉さんは苦笑するんです。


「一夏の体験的なやつだね」


 なにを言ってるんです?



   *



 明後日にはカリムたちがあの石室を解体していることでしょう。

 私がはじめて勇者様と結ばれた、あの思い出深い場所を。


~ 第一章 完 ~


読了ありがとうございます。

コミックマーケット98で出す予定だった第一巻の内容はここまでとなります。

ついつい筆が乗って続き物の体で書いてしまいました(苦笑) この後の予定は未定です。ごめんなさい。

コミックマーケットが再開されることを祈りつつ、この場は締めさせていただきたいと思います。

ありがとうございました。

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