表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

第十一話 ~*~ さまよえる塔の隠者

 それはこの国に伝わる伝説。

 霧がかった峰の向こうに、ごくまれに塔のようなものが見えるという。

 あるいは海原と空を隔てる地平線、その雲間の向こうに。あるいは砂漠のもやの向こう側に。

 さまよえる蜃気楼の塔。

 その塔には一人の隠者が住んでいる。

 彼はどんな魔法でも使うことのできる大魔法使いなのだという。

 子供なら誰もが知っているおとぎ話。




「それが、どうしたって……」

「さまよえる塔の隠者とは俺のことだ」


 吸血鬼の言葉を遮る。

 振り向いたアトースの赤い目が鋭くあなたを射貫く。


「蜃気楼の塔の大魔法使い? ……あはっ!」


 彼女が吹き出した。


「だからなによ? あなたはしょせん転生者! その人生の長さは私より……!」

「俺の転生は一度だけじゃない」


 あなたの第二の人生は塔の中で始まった。

 蜃気楼の中で生まれ、育てられた。

 そこにあるものは無数の書物のみ。外に出ることはできなかった。なにしろ霧の中に浮かんでいるのだから。

 前世で引きこもっていた罰なのかもしれないと思った。

 だが時間は無限にあった。

 仕方がないので本を読みあさった。

 古語の勉強を行い、呪文の研究を行った。

 そして塔の中で死んだ。

 一生涯を塔の中で過ごした。それがあなたの来世であった。

 そして再び転生した。

 その転生先は、またも塔だった。

 塔の中で幾度も繰り返される輪廻転生。

 それは魂の牢獄。

 気が狂うほどの歳月を塔で過ごした。


「俺の本当の年齢は」


 ゆえにその年月の総計たるや――


「九百八十歳」


 それは塔の中で魔法の研究を行ってきた年月でもある。


「なっ!」


 アトースの顔が引きつっていた。


「そ、そんな魔法使いが、どうして子供と冒険者ごっこなんてやってるのよ」

「ロリコンだからだ!」


 九百八十年にも及ぶ歳月だが、その時間をかけてもなお変わらないものがある。

 ロリコンの性癖だ。

 ティオと出会った時のことを思い出す。

 彼女を見た瞬間、すべてのものが静止した。

 かつて一目惚れしたCGの女の子、その子にそっくりだったからだ。

 正確に言うなら顔の造形は違うかもしれない。だが笑顔からあふれる魅力がまったく同種のものだった。否、それすらも違うかもしれない。ただ、すごくかわいかったのだ! 好みだったのだ!!

 気がつけば声を掛けていた。

 考えもなく。計画もなく。無手で。欲望の赴くままに。

 自室に引きこもっていた頃では考えられない行動だ。

 だが、そこには、CGの子に勇気をもらったときと同じ熱意があった。


「ティオは渡さない」


 九百八十年間こじらせたロリコン。

 そのあまりにも長い人生の中で、唯一、あなたに懐いてくれた女の子。

 だから、ただ、純粋に思うのだ。

 今度の人生は、ティオと添い遂げたいと。


「ティオは……、俺の……!」


 古語を紡ぐ。

 魔法の仕組み自体はそう難しくはない。古き神々へ祈りを捧げて、恩恵を受けるのだ。ただし請願の内容は具体性を帯びていなければならない。

 『炎を出せ』ではなにも起こらない。可燃性ガスと火花の発生原理を正確に言葉にできてはじめてそれが成就する。物理法則を言葉にしたものと言っていい。

 よって化学知識にとぼしいこの世界の人間は、それが足かせとなっていた。すべてが手探りとなってしまうからだ。

 だが、あなたは違う。聞きかじりとはいえ現代日本の化学知識を持つあなたは非常に優位にある。

 こちらの世界の人間がもやもやとしたイメージで試行錯誤するところを、最初から知り得ている。


「な、なにその呪文!? 言葉は分かるのに内容を理解できない!」


 ゆえにこの世の魔術師たちも至らなかった究極の魔法――オリジナル・スペルも可能となる。

 これこそあなたが大魔法使いと呼ばれる要因。


「ティオは俺の大切な女性なんだ!」


 呪文が完成する。

 九百八十年の引きこもり生活、そこで培われた独自(オリジナル)魔法(スペル)が――




 ――今、弾ける!




「〈イオナズン〉!!」


 イオナズン――ドラゴンクエストである。

 塔の中で暇にあかしてドラクエの魔法イオナズンを再現したのだ。

 その原理は核融合反応。

 大気中の水分から存在確率〇・〇一五パーセントという水素同位体である重水素とトリチウムを分離。この両者を高速で衝突させることで水素原子の核融合を引き起こし、ヘリウムと中性子を生成する。その際、質量が失われ、熱としてエネルギー変換が行われる。そのエネルギー量は一メガ電子ボルト。熱量はわずか一六〇フェムトジュール。その微々たる熱量はしかし一原子どうしの核融合から得られるものだ。この反応を一ミリの気体の中で連鎖させる。この点のような空間に含まれる原子の数はおよそ二千京個。発生する総熱量は四百万ジュールにも達する。それは一百万度という超高温の火球。このすさまじい熱が周辺の酸素を一瞬にして燃焼し、音速を超えて膨張させるのだ。いわゆる核爆発である。


「待っ……!」


 アトースの目の前に閃光が走った。

 空間にプラズマが発生する。

 エネルギーが熱に変換され、高圧の気体が急膨張する。

 すさまじい爆音(ソニックブーム)が石室に響いた。

 今度ばかりは死者であっても無事ではすまない――はずだった。




 台座の陰からアトースをうかがう。

 あなたは爆発の直前、ティオをかかえて台座の裏側に逃げ込んでいた。

 そこには吹き飛ばされた吸血鬼が倒れているはずであった。


「――!」


 だがあなたは己の目を疑った。

 アトースが宙に浮かんだまま、静止しているではないか。

 その背後に、なにかがいる!


「なるほど。異世界転生者の知識はすごいものだ」


 声があらゆる方向から響いた。

 思わずあたりに視線を走らせてしまうあなただったが、その容姿から目の前のそれが発したものだと理解する。


「声帯が腐り落ちているのだよ。魔法で大気を振動させないと会話もままならぬのでね」


 アトースが宙に浮かんでいるのも、声の主が魔法の力で支えているためなのだろう。なにしろ、そいつは自分の腕では支えることができないのだから。


「この子は預かろう。若いだけに少しばかり先走ってしまったようだ」


 二百歳のアトースを若いとのたまうその人物には目玉がなかった。筋肉も腱も脂肪もない。あるのは骨とそこにへばりついた朽ちた皮だけ。

 リッチー。

 死者の中でも霊性にこだわった存在。肉体が朽ちることをいとわず、高い霊性を保持することを最優先としたよみがえり(レヴナント)


「今日のところはここまでにしておこうか。さまよえる塔の使者よ」


 使者という言い方にぴくりと反応する。

 ――まさかこいつ、塔のことを知っている?


「それともう一つ」


 ガラスの砕けるような音とともに、あたりが暗闇に包まれた。


(しるし)は壊させてもらったよ。また迷い込まれてもこまるのでね」


 急ぎ魔法で(おう)リンを発生させ明かりを得ると、ティオの首から提げているアミュレット、そこに埋め込まれた石が一つ砕け散っていた。どうやら無力化されたようだ。


「だがアミュレットはその子を守るだろう。持っていて損はない。それを挨拶の代わりとさせてもらおう」


 死者が呪文を唱え始める。

 その内容を聞いて、ぎょっとしてしまう。


「あ、あんたの名は?」

「ふむ……ジャグズメイニア。前時代の老骨だよ」


 その言葉を最後にリッチーの身体が闇に消えた。アトースの姿もなかった。

 空間転移――あなたもなし得ていない大魔法だった。


「塔の目的と我々の目的が、相反しないことを願っている」


 後にはリッチーのその言葉だけが残された。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ