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第一話 ~ティオ~ 十歳の冒険者

 娼館の扉を開くと青々とした空が広がっていました。春が終わったばかりの初夏の陽射しがあたりを白く照らし出しています。

 実にいい天気です。こんな日はこう思います。



 ああ、洗濯したい! シーツを洗って片っ端から干してしまいたい!



 燃え上がる洗濯魂を心の宝箱にひっそりとしまい込んで、麻袋と杖を手にします。

 本当は洗濯を一日でもかかすべきではありません。しかし今日という日は私が自分で選んだものです。

 自分で決める。それがなにより大切なことだと思っています。


「ふぁああ。なんだい、そんな棒きれ持っちゃって。ああ、今日はおつとめの日かい」


 声の方を見上げると、あくびをしながら頭をぼりぼりとかく半裸姿の女性が階段を降りてきました。ウユニ姉さんです。


「おつとめじゃありません。冒険です!」


 冒険という言葉をことさら強調しつつ、杖を胸に抱きます。

 まあ確かにこの子はお洗濯に使ってる棒きれですけど。でもちゃんと油を塗って毎日布で磨いて手入れをしてるんですから。


「はっ。いっちょ前に冒険者のまねごとかい。そんなことしなくたって、あと五年もすりゃアンタも稼げるようになるさね」


 ウユニ姉さんはその豊満な乳房を持ち上げながらシナを作って見せました。

 うっ、セクシーさがすごい。まぶいぜごくり。

 男性を誘惑する悩殺ポーズに、さすがの同性の私でも生唾を飲込んでしまいます。

 あと五年もすればあんな胸になるのでしょうか。お姉さんたちは皆「アンタだっていずれ」って言います。でも今の胸は本当にぺったんこです。ちょっとした膨らみすらありません。このまま変わらなかったら稼ぐことなんて夢のまた夢です。だって男の子のような平らなおっぱいを好きな男性なんていないんですから。

 ただ一人を除いて。



 あ! いけない! こんなことしている場合じゃなかった。


「ほら、気をつけるんだよ。女は隙を見せたら酷い目に遭うからね」


 うなずきながら姉さんから麻袋を受け取ります。


「ん」


 しかし、なぜだか彼女はそのまま手を差し出しているではありませんか。

 はて? クッキーでもくれるのかしらん。


盗賊(シーフ)ってのは装備が杖でいいのかい?」


 私は魔法使いですけど? と言いかけてはっと息を呑みます。

 あっ、やられました!

 どうやら今の一瞬で何気なく麻袋を取ると、中を覗き見たようです。

 袋にはパンと林檎、それにチーズの切れ端が二つずつ入っています。お昼のお弁当です。ただそれはもともと厨房にあったものだったりするわけでして。この意地汚い袋にはお客様へお出しするお料理の材料をほんの少しばかり頂戴する呪いが掛けられているのです。

 うう、さすがは人気娼婦のウユニ姉さん。虚を突くのがうまい。


「アンタがぼうっとしてただけさ。なに考えてたんだい」

「な、なんでもないもん」


 口止め料の小銀貨を一枚、彼女の手に載せます。

 同時に顔がちょっとだけ熱くなるのを感じていました。



   *



 私の名前はティオといいます。先日十歳になりました。

 娼館の洗濯婦(ランドリーメイド)をしています。本当だったら今頃は洗濯場で大量のシーツをガシガシと足で踏みつけている時刻ですが、今日は別のお仕事です。



 朝の歓楽街を抜け大通りに出ると、人の流れがどっと増えました。露天商が連なり、野菜や肉などの食べ物から木彫りの玩具までさまざまな物品が売られています。

 鉱山と遺跡の町オロドトー。

 それがこの町の名です。ウラミーク国の山岳地域にありながら活気あふれる街として知られています。

 鉱山があればそこで働く坑夫が集まり、人がいれば商人が集まるというわけで、この町では坑道のある西側が大きく発展しています。私の働く娼館があるのもやっぱり西側です。

 そんな西の大通りを東に向かって歩いて行くと、露天商の数が少しずつまばらになり、やがては人家も少なくなって樹木が目立ち始めます。そろそろ町を抜けるかと思いきや、実はここら辺が中心部。オロドトーはとある事情からちょっと変わった構成になっているんです。

 さらに東へと歩いていくと今度はまた人家が増え、人の行き来が増えていきます。町の東側エリア。鉱山の街とは別の顔を持ったもう一つのオロドトー。西側と違い、露天商などといった活気ある風景は消え失せ、獣皮や肉の解体といった不気味な場面に出くわすことが多くなります。

 途中、やけに大きな居酒屋があって喧噪が響いていました。西側のお店と比べると粗雑な感じがすごいです。お店の床が土間、つまりはただの土で、その上にテーブルが並べられています。店の周囲は雑草がぼうぼうと生い茂り、壊れた椅子やテーブルが放置されていて、いかにもならず者たちの集う店といったたたずまいです。

 その先は人家が途切れ、羊が放牧されている草原が広がります。このあたりが町の東端でしょうか。

 そこから少し足を急がせます。なだらかな丘陵を越えると、不思議な光景が広がっていました。

 一面の草原の上に、まっすぐに伸びた長い壁。その向こう側に大きな丸石と崩れた砕石の山。

 鉱山と並ぶオロドトーの名物、ノキロウル神殿です。

 神殿といっても教師様や信徒さんがいるわけではありません。とてもとても昔、まだオロドトーという町もない時代、かつてここに存在した国によって建てられたものなのだそうです。つまり神殿の遺跡ですね。

 遺跡の手前にはちらほらと人影が見えます。待ち合わせをしている冒険者たちです。

 私の足取りがさらに速くなります。

 神殿入口の集団から、少し離れた場所。そのあたりにいるはずです。

 足がもっと速くなります。

 見つけました! 私の目がその人を捕らえます。

 もう我慢できません。


「勇者さま〜〜〜〜!!」


 私は全速力で駆け出していました。


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