1-5 遭遇
「またかよおおおおおおお」
「きゃあああああああああ」
二人と一匹はそのまま急降下を続けていた。
一度目の時は塔の上から落ちただけだと思っていたが、もしかするとこの落下は標準仕様なのだろうか。
すると急に体にかかっていた重力が和らぎ、気が付けば落下するというよりも空高く浮いているという状態だった。原因はわからないが、こうなれば下の景色を見る余裕も出てくる。
よく見ればここは、先程いた森の真上のようだった。
「あっ……あの城」
不意にアイリスが、森を超えた先にある町の城を指さして呟いた。
真っ白な装いをしたその城は遠目で見てもその大きさがわかる。周りを取り囲むよう町の建物は点にも見えるのに、その城だけは形がはっきりとわかる程に大きい。城の周りに広がる町もかなり巨大な規模だった。
こんな景色を見るたびに、やはりここは地球ではないのだろうという実感が段々と大きくなっていく。
「あの城がどうかしたんですか?」
暗くなりかけた思考を無理やり変え、アイリスが反応を示した城について聞いてみる。
「あの城が、というよりもあの町が、私が住んでいるイヴォーク王国の首都なんです」
こんな空に浮いた状況で普通に会話しているのも中々に変ではあるが、アイリスも当面の危機が去ったおかげか今の状況については一旦気にしていない様子だった。
「イヴォーク……」
やはりアイリスが言った国の名前というのは、自分の記憶の中では存在しないものだった。
これはいよいよ現実逃避を止めて受け入れないといけないかと思っていた時、急にウサギもどきが鳴き声を上げた。
「ピィ!」
いつの間にか頭の上にいたその動物が鳴いたと思ったその時、唐突に全身に衝撃を受けた。
「痛っ!?」
「きゃ!」
気が付けばそのまま地面に着陸していたらしい。体勢を整えていなかった為にうつ伏せになって地面で寝ていたが、視線を横に向ければアイリスも同じだった。
「ここは……どこだ?」
起き上がって辺りを見渡すが、先程の森の中とは全く違う光景が広がっていた。
「草原と……壁?」
視界一面には緑の景色が広がっていたが、目の前には人の何倍も高さがある壁がそびえ立っていた。
「そんな、ここってまさか……」
疑問だけが浮かんでいる俺とは違いアイリスは何かに気付いた様子だった。
考える材料すら持たなかったのでアイリスに聞こうとすると、遠くの方から誰かの透き通る様な声が聞こえた。
「お前達! そこで何をしている!」
その声が聞こえた方を見ると、馬に乗った何者かが十人程こちらへと向かって来ている。しかし近づくにつれて見えてくるその人達の恰好は、先程俺達に襲い掛かってきた騎士と同じ様な鎧姿だった。
「アイリスさん逃げましょう! あいつらこんな所まで……」
焦って声を掛けるが、しかしアイリスは何故か落ち着いた様子で少し笑いながら言った。
「たぶんあの人達は大丈夫です。ここは私に任せて」
そんなやり取りをしているうちに騎士達は接近し、俺達を取り囲む様にして止まる。
「『幻界の森』に近付く怪しい者達よ! お前達も魔王派の残党か!」
先程一番前を走ってきて声を掛けた騎士が、他よりも少しだけ前に出て言った。
その強い言葉とは裏腹に高く綺麗な声が響く。鎧に全身を覆われている為にはっきりとはわからないが、おそらく女性なのだろう。
するとアイリスは少し前に出て、顔を見せる様にして近付いた。
「ロゼ、私はアイリスよ。イヴォーク・ミア・アイリス、貴女がいつも仕えてくれていた第一王女を忘れた?」
少し安心したかの様に小さく笑う彼女はとても嬉しそうだった。その黄金の瞳で笑いかけられたら年頃の男子は一発で恋に落ちるだろうな、という呑気な考えが頭を通り抜ける。
というか、国の第一王女ってかなり偉いどころの話ですらないのでは? と、今までの自分の行動の失礼さを思い出して冷や汗をかく。
「……アイリスさま!? 申し訳ございません! ご無事でしたか!」
すると目の前のロゼと呼ばれた騎士は急いでその兜を取って馬を降り、片膝を地面につけて臣下の礼の様なものをしていた。
兜を外して出てきたのは薄紫色でアイリスよりももっと短い髪をした、少し鋭ささえ感じる美人だった。
他の騎士達も同様に馬を降り、兜を外してすばやくロゼと同じ行動をとった。見渡す限りでは年齢層も様々だったが、その全てが女性だったことにも驚く。
慌ててアイリスが頭を上げさせると、全員の表情はとても嬉しそうな色を含んでいた。
おそらく無事を確認できたことを喜んでいるのだろう。
「まさかこの私がアイリス様に気付けないとは……しかしベルト達『魔王派』にあのような勝手を許してしまい本当に申し訳ございませんでした。して、この御方は?」
するとロゼは俺の方を見て問いかけた。
ロゼはかなり身長があるのか、少しだけ見下ろされているような形になっている。
しかしその何者かという質問には、確かなことは何も言えないのが現状だった。
俺が返答に困っていると、アイリスが助け舟を出してくれる。
「この方はベルト達から助けてくれた私の命の恩人です、名前はハルカというそうですよ」
俺を見て笑いかけるアイリスに有難いと感謝しながら、その流れに便乗させてもらう。
「初めまして、遥と言います。助けたというよりは成り行きで……」
そのまま事の顛末をアイリスと共に話した。するとロゼリアは少し考える素振りを見せてから、なるほど……と納得した様子で頷く。
「であればベルト達を振り切ったものの、彼らは依然として健在という訳ですか……」
そして俺に向かって頭を下げた。
「アイリス様を助けて頂き、ありがとうございます。私はアイリス様専属の近衛騎士団長のロゼリアと申します」
ロゼというのは愛称のようで、実際の名前はロゼリアというらしい。
よく見ればつけているその鎧も、先程の者達とは少し違う様だ。
全てが赤になっているのではなく所々に金色の意匠が施されていて、その髪色と相まって騎士なのにとても華やかにも感じられた。
そして頭を上げたロゼリアは、アイリスと俺を交互に見て言った。
「直ぐにこちらの方へ迎えを呼んできます。国王も心配しておられることでしょうから。それと……ハルカ、貴方も一緒に来ていただいてもよろしいでしょうか?」