白昼夢
ゆらゆらしている。
夏の強い陽射しにアスファルトが照りつけられて。
逃げ水ってやつだろうか。
ボンヤリと浮かぶ何処か、違う世界。
立っている。倒れてないだけ。
ゆらゆら、ゆらゆら。
軽い目眩。
「まだ食べ終わってないの? もう……片付かないったら……秀はもう出たわよ」
母の些細な言葉にいちいち傷付いていたのに、今はもう不思議と何も感じない。
ただ、ボンヤリと時が過ぎる。
夏のせいだろうか。
私は特に目的もないまま進学することに決めた。母の望む、女子大。
進学するのだって相応にお金が掛かる。なんて有り難い話だろう。
そして私は何にも実感のないまま、ただなんとなく女子大生になって、そこそこの成績で卒業し、その辺の企業に就職をして、その辺の相手と適度な年齢で結婚するに違いなかった。
誰もが羨む普通の幸せを、可もなく不可もなく歩いていく。
何も実感のないまま。
急に思い出して母に尋ねた。
「……昔、近所に住んでたお姉さんって、今どうしてるかな」
ボンヤリと浮かぶ、柔らかな栗毛。半袖のセーラー服。
顔は覚えていない。
近所に同世代の友人のいなかった私の相手を、よくしてくれた人。
洗い物をしながら母は答えた。
「……そんな人、いたかしら」
9月。残暑と言うにはキツい暑さ。
これから夏が始まるんだと言われても納得するくらい、今年の梅雨は長かった。
蝉の声がわぁん、と反響するようにそこらじゅうを占める。
ゆらゆら、ゆらゆら。
歩いていく。進んでいるのかわからないまま。
不意に、ひとひらの蝶が舞った。
「──ここでは私が私でいられない気がして」
いつか、何処かで聞いたことがある言葉。
逃げ水と共に、蝶は消えていた。
あのひとは、確かにいた。
白。
セーラー服のシャツが、じっとりと貼り付く不快感に気が付く。
陽射しの強さに紗がかかったような世界だが、足下はその分色濃く影を落としていた。
あの日、あのひとは、消えた。
今の私の様に、セーラー服を着て。
今日のように、視界が白くなるほど陽射しの強い夏の日。
妄想じみた記憶。
夏は始まりではなく、もう終わりなのだと風が告げていた。
それから暫く後。
もう足下も視界も揺れなくなった秋。
「御馳走様」
「あら、早いのね」
母は私が先を読んで動けば、特に何も言うことはない。
「そういえばあなたが前に言ってた近所のお姉さんって、結婚して遠くに行ったあの子のことじゃない? ほら……」
母は私の知らない近所の家の名前を出してそう説明した。
……きっとそうなのだろう。
「そっか」
なんだか笑顔が溢れた。
どんな意味かは良くわからない。
ただ涙が溢れてきそうな、乾いているような……なんとも言えない気持ちに胸が苦しい。
どこまでも残酷に、日々は続いていく。
気が付けば秋も過ぎようとしてしていた。
誤字、直しました~