山賊の俺、受難の日々
俺は山賊、十数人の部下を従え弱者から略奪を働く生粋の悪党だ。
今日も今日とて辺境にある森に造ったアジトで日々を過ごしている。
俺自身まっとうに生きようとしたがまさか自分がこんな悪党になっちまうなんて思いもよらなかったもんだ……いやはや人生とは何が起こるかわからんもんだな。
そんな物思いにふけながらも俺は部下達と共に仕事道具、要するに武器の手入れを行う。
如何せんこの辺りは国の騎士団だとかがほとんど来ないが代わりと言わんばかりに魔物が頻繁に出没するのだ、つまり道具の手入れは日々をしのぐ糧を手に入れる為にも自分の身を守る為にも必須な最優先事項なのだ。
刃物の刃がこぼれていないか確認し防具は留め具が緩んでいないか、凹んだりしていないか等確認した後ピカピカに磨いておく、俺は綺麗好きなのだ。
満足いくまで手入れを済ませ俺が悦に浸っていると、部下の一人が飛び込んできて大声で言った。
「お頭! 街道を見張っていたら商人のキャラバンがやってきましたぜ! どうしやすか!?」
どうやら今日の獲物がやってきたらしい、哀れな商人達に心が痛みはするがこちらも自分と部下の生活が懸かっているのだ、躊躇することはできない。
「よぉし! 仕事の時間だ、行くぞてめぇら!」
「うおおおおお!!!」
俺の号令に部下は空気が震えるほどの声で応える、士気は良好、やる気に溢れた部下達に俺も満足する。
武器を手に取り軽鎧を身に着ける、最後に各々面が割れないようにフルフェイスの兜を被れば準備完了だ。
さぁ、狩りの時間だ……!
「お頭ぁ! アレを!」
まずいことになった。
いざ俺達が街道までやってきたらキャラバンが魔物の群れに襲われていた、向こうも多少の護衛は雇っていたようだが戦っている彼らの様子を見るにとてもしのぎ切ることは出来そうにない。
「ど、どうしやしょう!? お頭ぁ~」
部下に聞かれ俺は少し考える、正直ここは自分達の利益を考えるならとっとと引いて、魔物が荒らした後を漁るべきだろう。
だがしかし、俺、いや俺達は元はと言えばやむを得ず山賊になった連中の集まりなのだ、悪党なのは百も承知、だが心まで外道に落ちたつもりは毛頭ない。
つまり俺の行動はこうだ。
「目の前で襲われてる連中を見捨てるわけがねぇだろうが! 行くぞてめぇら!」
「うおおおおお!!!」
俺達は鬨の声を上げ魔物の群れへ斬り込んで行く、目に映る魔物をある者は切り捨て、ある者は叩き殺す。
こちとら日常的にこいつらと戦っているのだ、奇襲まで仕掛けておいて負ける道理はない。
あっという間に魔物を殲滅した俺達はもう用が済んだとばかりに後を去ろうとすると商人の一人に呼び止められた。
「おかげで命拾いしました、大変感謝しております! こちらは少ないかもしれませんが我々からの気持ちです。どうかお受け取りください!」
「お、おう」
そう言われ結構な価値があるだろう金品や商品を受け取る、颯爽と去るつもりだったため少し格好がつかないが……儲けは儲け、ある意味仕事は成功したともいえる。
「いや~やっぱり人助けはいいもんですね~お頭、今日は祝杯といきましょうや!」
アジトに戻ると部下達がそんなことを言っている、賊の癖してなってないと思われるかもしれないが根は善人な奴らなのだ。
そんな気のいいこいつらとの生活をなんだかんだで俺は気に入っていた。
「そうだな! てめぇら今日はとことん呑むぞ!」
「うおおおおお!!!」
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俺は山賊、強者には手を出さず弱者を踏みにじる紛れもないならず者だ。
今日も今日とて辺鄙な土地に造ったアジトで鍛錬を行う。
こういう日々の積み重ねが長生きする秘訣だ。
はっきり言って俺自身荒事に才能があるほうではないが努力を続ければ案外モノになるものだ、今は自分を鍛えつつ部下の様子を見てやるくらいの余裕はある。
「おいてめぇ! 寝てんのか!? もっとシャキっとしやがらねぇか!」
「ヘっ、へい! すいやせんお頭!」
あまり人を怒鳴りつけるのは得意ではない、俺はそこまで肝が太いタイプではないのだ。
だが部下達に甘えの空気が漂わないように、何よりそいつ自身の為に心を鬼にして叱る。
とはいえいつ何が起きてもおかしくないこの身の上、あまり根を詰めすぎていざというときに疲れて動けないでは困る、そろそろ休憩にすべきだろう。
そんなことを考えていると部下の一人が飛び込んできて大声で言った。
「お頭! 街道を見張っていたらなんだか見慣れない馬車が来ましたぜ! どうしやすか!?」
うぅむ、休憩しようとしたらタイミングが悪い、わざわざ見つけてくれた部下には悪いが無理をしても仕方がない、今回は見逃すということで……
「いやでも、その馬車なんですが特に護衛のようなものを連れてるようではないみたいで、多分ですが今回は楽に稼ぐことができそうですぜ」
またそんなことをいう、そこまで言うならしょうがない、確かに機会があるときに盗れるもんを盗っとかないと後で困りかねないため体に鞭を打って行くとしようか。
「よぉし! 仕事の時間だ、行くぞてめぇら!」
「うおおおおお~」
俺の号令に部下は形式ばったような声で応える、士気はよろしくない、まあ気持ちはわかるためそんな部下達に俺も妥協する。
いつものように準備をしこの後馬車が来るであろう場所で待ち伏せる、頼むから面倒ごとは勘弁してくれよな。
「お頭ぁ! 来ましたぜ! あの馬車でさぁ!」
件の馬車がやってきた、サイズはそれなり、だというのに辺りに見えるのは御者の男一人だけだ、駆け出しの商人で護衛をケチってるのだろうか。
これから俺達に襲われる不運に同情はするがこれも生活のためだ許してくれ。
心の中で謝罪した俺は部下を率いて馬車に向かっていく。
「行くぞぉ! 俺に続けー!」
「うおおおおお!!!」
敵を脅し己を鼓舞する怒号を上げ俺達はあっという間に馬車を取り囲む、見れば御者の男はかなり取り乱した様子だ。
だがそれも仕方がない、全身武装した屈強な男達に囲まれて冷静を保てるような奴は狂っているかそれを予見していた奴ぐらいなものだ、目の前の男はそのどちらにも見えない。
「おうおう! 俺たちゃ泣く子も黙る山賊よ! 命が欲しけりゃ……ってうおぉ!?」
精一杯考えた脅し文句を吐きながら近寄っていくと突然御者の男が刃物を持ち声を上げて突進してきた。
咄嗟のこととぶっちゃけ疲れていたせいで俺は手加減しきれず男は俺の突き出した剣によって絶命する。
「お、お頭! 大丈夫ですかい!?」
「あ、ああ……何とかな」
口ではそう言ったが俺の心中は大きく乱れていた、流石に人を殺して落ち着いていられるほど俺は悪に堕ちた覚えはない。
「お頭……今のは仕方ありませんよ、不可抗力ってやつですよ」
ありふれた慰めの言葉、それで目の前の男が生き返るわけでもないし俺が殺したという事実がなくなるわけでもないがそれでもかなり心は軽くなった。
だがなんだか疲れてしまったため部下に馬車を漁らせる、やれやれ今日は厄日だな。
「お、お頭ぁ! こ、こいつを見てください!」
今度はなんだよ……いちいちリアクションのデカい部下に多少のいら立ちを覚えながらも俺は馬車の中身を見に行く。
「こいつぁいったい……?」
馬車の中にいたのは子供だ、全員みすぼらしい格好で痩せている。
鎧姿の俺達に怯えて身を寄せ合って声も上げずに震えている姿が痛々しい。
まさかとは思うがこの子達は奴隷なのだろうか? 奴隷はこの国では違法とされているが……残念ながら事情を知っているはずの男は俺が殺してしまった。
「お頭、どうしやしょうか……?」
どうするもこうするも子供達をこんな所に放置するわけにもいかないだろう、それにこの子達がどういう経緯でここまで連れてこられたのか聞かなければいかない。
「こいつらはアジトまで連れて帰るぞ! 分かったな!」
「おうっ!」
そんなこんなで連れ帰った子供から事情を聴いたところやはり彼らは無理やり連れ去られあの馬車に押し込まれたらしい。
帰る場所はあるのかと聴いたが皆身寄りのない孤児で行く宛てがないらしく一旦はこのアジトに置いておくことになった。
まずいことになったな、正直余裕がないとは言わないがそれでも決して少なくない子供達を養うのは難しいものがある。
だがこちとらワルではあるが血も涙も失ったつもりはないつもりだ、何とかするしかないだろう。
やれやれ、忙しくなりそうだ。
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俺は山賊、正しい生き方を貫くことができなかったアウトローだ。
今日も今日とて食い扶持を得るために畑を耕し川で釣りをする。
子供っていうのは強いもんだ、俺のようなおっさんは世間に適応できずここまで落ちぶれたっていうのに、あいつらは既にここの生活に馴染み逞しく生きている。
彼らは教えれば学び、試せば結果を残す、大人げなく嫉妬する程度には要領がいい。
今では食料調達においては並の部下を凌駕する、将来の有望株だ。
だが俺はそんな現状をよく思ってはいない、俺はまっとうに生きていくことができず仕方なくこんな身分に身をやつしている、それは部下達も同じ、皆はみ出しもんだ。
しかしこいつらは今はともかく成長し一端の若者になれば普通に生きていくこともきっとできるのだろう。
今はまだ、ここに置いておく、だが一人でやっていけると判断すれば一番近くの町まで送り別れるつもりだ。
冷たい、ドライだと思うかもしれないが俺達のような悪人が子供達にやってやれる善行なんて精々こんなもの、部下達もわかってくれるだろう。
「お頭! いつも通り街道を見張っていたら随分と豪華な馬車がやってきましたぜ! どうしやすか!?」
物思いにふけっていると部下がやってきた、話しを聞く限り今回は大物のようだ、だが人数が増えたことで余裕がないのも確か、覚悟を決める必要がある。
部下を全員集め準備をする、普段とやることはなにも変わらない、それでいいのだ。
「よぉし! 仕事の時間だ、行くぞてめぇら!」
「うおおおおお!!!」
俺の号令に部下は空気が震えるほどの声で応える、士気はいつも以上に良好、やる気に溢れた部下達に俺も満足する。
さあ、明日を生きるために今日も命を懸けるとしようか。
「お頭、今回の獲物はあれです。手強そうですが俺達ならやってやれるはずですぜ」
部下の言った通り、今回はかなりの強敵だと思われる。護衛はそれなりの数がおり、武装はここらでは見ないものの統一されたものを使っている。
覚悟は決まっている、殺されることはそう怖くはない、あとは殺すことを恐れなければ勝てるはずだ。
「行くぞ野郎ども! 俺に遅れるんじゃねぇぞ!」
「うおおおおお!!!」
俺達は声を張り上げ今回の犠牲者に突撃する、ここまで来たらもうがむしゃらにやるだけだ。
両者ぶつかり合い怒号と血が飛び交う戦場となる、向こうも突然の襲撃に浮足立った様子だが訓練を受けているのかぎこちなくも反撃を仕掛けてきた。
部下が倒れ、俺も動くのに支障はないまでも攻撃を受ける。
だが被害は相手の方が甚大だ、こっちは毎日欠かさず鍛えて魔獣と命のやり取りをしているのだから負けるつもりは毛頭ない、攻撃は最大の防御、死をも恐れぬ猛攻に遂に馬車の護衛を全滅させることが出来た。
部下にけが人の手当てを任せ俺は積み荷の確認をする、金目のものならよし、要人でもまあなんとかなるだろう。
果たして、一体何があるのやら。
「ほうほう、可愛らしい嬢ちゃんが一人か」
きっとやんごとなき身分の人間なんだろう、彼女には酷かもしれないが身代金をがっぽりせしめさせていただくとするか。
「た、助けが来たのですか……?」
何やら聞き捨てならないことを言っている、面倒ごとの香りが漂ってくるが襲い掛かった時点でもう手遅れなのだ、突き進むしかない。
アジトに帰って嬢ちゃんの話を聞いたところ案の定だった、どうやら彼女は王の一人娘で敵対している国のスパイに誘拐されてきたらしい。
誘拐されている途中で山賊に拉致されるというややこしい状況に陥っている彼女だが、どうもこの王女様は俺達が山賊だと気づいていないらしい
まあ装備やらアジトは小綺麗だし大勢の子供を保護してるとなると勘違いしてもおかしくない、捕まりたくないからこのまま勘違いしてもらうことにするか。
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俺は元山賊、今は村長だ。
今日も今日とて村の発展をするために元アジト近くを開拓している。
俺自身一度は悪人として生きようとしたがまさか自分がこんな地位になっちまうなんて思いもよらなかったもんだ……
あの王女様を助けた後、しばらく俺達の元で新しい追手が来ないか警戒しつつ保護していたらこの国の騎士団が大勢でやってきた。
最初こそ心臓が止まりそうな感覚だったもののあの王女様が話をつけてくれたみたいで俺達はお咎めもないばかりか王都の城まで案内されることになった。
城では色々小難しい話を聞かされたりもしたもんだが、結論を言うと俺達の腕っぷしを見込んで領主の元であの地域一帯を開拓して欲しいと命れ……頼まれた。
実際あそこは魔獣が頻繁に出るわ、山賊が出るわで治安がよろしくないのは事実、まあ国からのお墨付きで住めるなら万々歳だったしウチで保護した子供達も然るべき教育を施してくれると言われれば断る理由もない、そういうわけで請け負ったのだ。
「お頭! せっかく育てた作物に虫共が! どうしやすか!?」
以前に比べ随分とサッパリとした土地を眺めていると部下……いや村民が大きな声で飛び込んできた、いい加減お頭はやめて欲しいのだが。
だがこいつらとはこの関係がしっくりくる。
「よぉし! 虫捕りの時間だ、やるぞてめぇら!」
「うおおおおお!!!」
俺の号令に村民は空気が震えるほどの声で応える、体調は良好、元気に溢れた村民達に俺も満足する。
しかしまあ、人生とは何が起こるかわからんもんだな。