ビショップの駒とポーンの駒
ビショップの勇者と王国兵士どもと俺たちは馬車で三日ほど移動し、お目当ての迷宮へたどり着いた。今は迷宮の前で野営の準備中である。
「ルウ、3時の方向ウサギ型2匹だ。」
「了解です。やぁっ」
この二人のパーティも中々回るようになってきた。俺が索敵し、位置を知らせ、誘い込み、ルウがとどめを刺すといった持ち回りだが迷宮の周りでもそれなりに機能している。
迷宮内ではこの立ち回りがどうなるのかそれが心配だ。
『レベルアップ。ステータスポイントを獲得。スキルポイントを獲得しました。』
レベルが上がれば1ポイントを残して振っていく。スキルは何にするか保留にした。パーティー画面を見てみればルウもレベルが上がっている。
「ふぅ、ユウ様、そろそろお昼にしましょうか。」
「あぁ。そうだな。」
ルウは手早くウサギっぽい魔物を血抜きすると魔石を取り出し、皮をはいで手際良く捌いていく。その肉に塩と胡椒をまぶし、香草とともに焼いて近くに群生していた野イチゴのソースをかけて完成だ。
「ウマッ」
「ありがとうございます。」
しばらく二人で食事をしていると間に入るように兵士の一人がやってきた。レフの部下でクリスといったはずである。
「お、ユウさんじゃないっすか~飯すか?いいっすねぇ。」
「お前の分はないぞ?」
「えぇ!ショックっす。」
「いや、逆になぜおまえの分があると思ったんだよ」
「いいじゃないすか~けちー」
「とっとと自軍の野営準備手伝えよ。」
「へいへい。そういやユウさんたちはいつもどこで寝てるんで?」
「見張り交代しながらの野宿だから基本たき火の周りだけど?」
「テント使わないんすね。」
「迷宮でもテント張ってる余裕があるなら考えてやるよ」
「あーそりゃ難しそうっすね~」
「侵入は明日だろ?」
「えぇまぁ。予定では明日から潜って7日後ここまで戻り王都へ出発し災厄に備える流れっすね。」
そう、移動まで考えるとなるとここで過ごすのは1週間なのだ。できる限りその期間内で仕上げなくては……。気分は既に大事なテストをひかえた受験生である。全く楽しめない。
「ユウ様?」
「ん?何だ?」
「その……ビショップの勇者様が……。」
「ポーンの勇者に話があるの。」
クリスとほぼ入れ違いになる形で身の丈ほどの杖を持った14歳くらいの女の子がやってきた。金髪碧眼の人形のような整った容姿を持つ女の子だった。
「……初めまして。何か用?」
「いえ、まずは顔合わせよ。暗い迷宮の中じゃ碌に顔合わせも出来ないでしょうし、今私暇なの」
「あそ。」
「貴方、吟遊詩人なんだって?酒場で歌でも歌うの?」
「生憎酒は静かに愉しみたい派なんだよな。」
「そう。まぁ、明日から数日同じ穴蔵にいるんだからよろしくね。私アリス・ウィンゲーツっていうの。歳は15よ。」
「こちらこそよろしくな。桜馬悠だ。桜馬が苗字で悠が名前な。歳は24。攻撃力は無いが索敵は任せろ。こっちは巫女の『ルウ』だ。」
「ルウと申します。」
「よろしく。」
アリスは軽く一礼すると自分の陣営に戻って行った。
パチパチと暗闇の中薪が爆ぜる。先に休ませたルウはすやすやと寝息を立てている。俺は笛を持つと静かめに一曲吹いてみた。確か有名なアニメ映画の主題歌である。悪い魔法使いに老婆にされてしまった少女の物語だったか……。
「いい曲ですね。ゆったりとしてて。」
「悪い。起こしたか?」
「いえ、そろそろ交代です。」
気づけば月のような星が天高く昇っていた。空気も静かになり、夜行性の魔物の声が遠くで響いている。
「そうか。」
「休んでください。お疲れでしょう?」
「……。あー、この砂時計が落ち切ったら起こしてくれ。」
少し変わった形だったがきっかり三時間分の砂時計をルウに渡し、少し眠る。
「分かりました」
暗い場所で声が響く。ひとつは泣くような声。
もうひとつは笑う声。何かが狂い、軋む歯車のような音……。
酷く不気味で、酷く恐ろしい。それでいてどこか他人事のような夢だった。