勇者の旅立ち
明け方領主を名乗る男と共に王都まで馬車に乗せられ、道程の半分程度引き返した頃俺はおもむろに催眠音波の旋律を奏でた。
「ふぁぁ。」
ルウには悪いがここは眠っておいてもらおう。馬も眠り御者も寝た。周りにいた衛兵達も眠った。敢えて標的から外したのは目の前にいる狐のようなつり目の男、ギルバートのみだった。
「おやおや?どうしたのかな?勇者殿?」
「いや、何少し聞きたいことがあってな。」
「皆に聞かれたくない話ということですかな?」
「お前、本当は何者なんだ?」
「私はこの地方の領主……」
「その領主とかいう肩書きの奴をつい先日追い出したんだよ。だから、お前が領主って名乗るのはおかしくないか?」
「……やれやれ、どうやら相当頭がきれる御方のようだ。」
「何者だ?」
「貴方が追い出した領主は先の村から西の森に逃げ込んだところで仕留めました。首、見ます?」
「あいつ死んだのかよ。笑える」
「いいご趣味をお持ちなようで。」
「褒め言葉として受け取ろう。それで?だからどうした?」
「この国の領主は大きく分かれていまして、地方一帯を管理下に置く地方領主という肩書きとその街を管理下に置く市街領主という肩書きがあります。あのゴブリン子爵は市街領主という肩書きなのでまぁ、言うなれば私の部下になりますかね。」
「なるほど。県知事と市長みたいなものか」
「ケンチジ?シチョウ?あぁ、異世界知識ですね。似たような制度が既にあるとは……恐れ入りますね」
「うっ、まぁそんなところだ。なるほど。あながち嘘では無いのか。」
「言っているでしょう?私は貴方達のサポーターです。全く。疑り深いですね。前の勇者はコロリと落ちたのに……」
「んあ?何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません。」
「そうか。なら眠らせた連中を起こすとしよう。」
どうにもこいつを信用してはいけないと俺の勘が訴えてくる。こうした胡散臭いサポーターに格安で仕事を受けさせられ、潰された同業者を知っているからだろうか?最初は優しく、手中に収めたら後は生殺与奪を握られ飼い殺される。うむ、考えていたらどんどんこいつが怪しくなる。取り敢えず充分警戒して利用できる所まで利用しよう。
そのまま馬車に揺られ、昼頃俺は再び王城へ戻ってきていた。あのうざい王様が俺の顔を見るなりにやけ、部下に何か指示を出す。すると、じわりじわりと兵士の数が増えていく。どうやら問答無用で拘束する気満々のようだ。
「でかしたぞギルバート。」
「王よ。おやめ下さい。」
「何?どういう事だ?」
「こちらをご覧頂いてから勇者『桜馬』殿の捕縛を検討ください。」
ギルバートが恭しく水晶のようなものを掲げると中に封じられていたであろう映像が壁に映し出される。それは俺とルウがゴブリン相手に戦ってるシーンだった。まさかあのシーンを録画されていたとは……非常にまずい。
「このように勇者殿は街を救い民を癒しました。この功績に我らは誠意を見せるべきです。さらに彼は巫女に選ばれ正真正銘の勇者となりました。」
「……。確かに……。クソっ忌々しいポーン風情が……。大人しく異世界に帰れば良いものを……。」
「じゃあ帰してくれよ。」
「何!?」
「帰せるものなら元の世界に帰らせろって言ってんの。耳遠くなったか?王様。」
「き、貴様!」
「ま、出来たら苦労はしないよな。」
こいつ煽り耐性低いなー。
「こちらとしてもお前みたいな勇者の面汚しはとっとと送還したいのだが全ての魔王が討伐されなくては出来ぬと伝承にあるのでな」
「なんなら幽閉するか?全部の魔王倒れるまで」
「貴様ァ!」
「んな事で怒んなよ。」
「もう良い。下がれ。」
「はっ」
誰もいなくなった謁見の間に王は近衛を呼びつけると薄ら笑みを浮かべながら次なる指示を出した。
「勇者の手配書を回収しろ。そして『勇者殿』に例の迷宮に挑ませろ。」
「りょ、了解であります。」
王城を出た時点でギルバートとはお別れである。まぁ、宿の場所を教えて貰ったので向こうが会いたければ来るだろう。
「やれやれ……まるで水と油だな。」
「油は油でもあっちは脂だな」
「?」
文化の違いとは悲しいものだ。
「と、とにかく。君らは今後どうする気だ?」
「武器を見繕って、どこかでレベリングして災厄とやらに備えなくてはいけないんだろ?後18日しかないし」
「そうですね。敵の具体的な情報もありませんし」
「取り敢えず武器屋行って武器を見繕うとしようか」
「分かりました。」
「こっちでなにか掴んだら連絡するよ。」
「?どうやって?」
「私の私兵が伝えに行く。」
「そうかい。んじゃ」
一昨日通った道を通り、おやっさんの城にたどり着くと静かに扉を開けた。
「いらっしゃい。」
相変わらず無愛想な声音だが俺の顔を見るなり劇的に変わる。
「おう、ユウじゃねぇかどうした?」
「おっす。連れが増えたんでそいつの防具と武器をね。予算は銀貨1500でお願いできるか?」
「おうよ。で、その連れってのは?」
「あぁ、おじさん!」
「やっぱ親類か」
「お、お、お、お、は?どうしてルウが!?勇者と?」
「落ち着け。」
どうもそんな気はしていた。まぁ、根拠はあるが。
「やはりとはおじさんの事ご存知だったので?」
「あぁ、耳の形が似ていたからな血の近いものなんだろうとは思っていた。」
「へぇ。ユウ様は博識ですね。」
「あくまで俺の世界ではってやつだ。こっちで同じとは限らない。」
「ルウ……が……巫女に……。」
「おーい。帰ってこいよ。」
「はっすまねぇ。だが、任せておきなきっちり仕事してやる。」
「そりゃよかった。時間はどのくらいかかる?」
「今からなら明日の昼には出来るぜ。」
「手早い事で。じゃあその間俺は試したいことをするか。」
「おう。じゃあな。」
武器屋を出ると直ぐに異変が起きた。いや、音界の効果で既にわかってはいたがあのクソ王またなんか差し向けたみたいだった。
「ポーンの勇者、桜馬殿とお見受けする。」
「あぁ?何だよ。」
統一された武装、後ろには王国の旗を掲げた兵士の姿……。この国の軍隊組織か?
「私は第三騎士団団長レフ・ラノイールである。この度は王より直々の命令が下ったのでその伝達に来た。」
「あぁ、そうかよ。まぁ、ここじゃなんだし昼飯でもどうだ?」
「わ、我々は…。」
「知ってるよ。どうせまたろくでもないことなんだろう?」
「いや、今回はビショップのアリス殿も共同で挑んでもらう。」
「へぇ?」
終始警戒の面持ちでルウはレフという男をにらみつける。レフはやれやれと肩をすくめると歩き出した。
「こちらにうまい飯屋がある。話はそちらで。」
どうやらあちらが折れたようである。
「あぁ。助かる。」
実際この城下町の地理なんてわからないに等しい。相変わらず音界による索敵はしているが特に変わった動きはない。
俺たちは『おものき亭』という名の食堂で昼食をとりながらあちらの話を聞く。内容は近所の迷宮に他の勇者と合同で潜り災厄までレベルを上げてきてくれとのことである。確かに強くはなれるのであろう。ただ、今の状況で迷宮とやらに挑戦するのもリスクが高い。
「危険すぎます。私やユウ様はまだLv.10代ですよ?」
「だからこその勇者同士の共同戦線だ。最近災厄の影響か迷宮内の魔物も強化されつつある。」
「というかどうせ行きたくねぇって言ったって『王様の命である』とかいって強制的にぶち込むんだろ?」
「出来ればそんな真似したくはないがな」
「はっどうだか。まぁ俺は別にいいができれば明後日まで待ってくれ。武装を整えたい。」
「?あぁ、なるほど。確かにそうですな、では明後日城壁の北門にてお待ちしております。」
「あぁ。分かった。」
レフは恭しく礼をするとそのまま城下の喧騒に消えていった。
「ユウ様!?あんな話蹴ってしまえばよかったのに」
「どうせ強くならなきゃ災厄を越えられないだろう?なら相手の話に乗るのもまた一興さ。」
「確かにそうですが……。」
俺だって不安だ。未知の場所で未知の迷宮に適正レベルも分からないまま突入するなんて恐怖でしかない。だからこそ、準備をしなくてはいけない。絶対に負けない生きるための準備を……。
「明日、おやっさんから受け取った後、少し慣らして明後日に備えるとしよう」
「分かりました。」
翌々日の朝、北門には物々しい装備をした国の軍隊と杖を持った活発そうな少女と笛を持った勇者、少し細身の剣を持った巫女が一堂に会し旅立った。その様子を見た町の人はきっとすごく強いに違いないと期待のまなざしを向けていた。
これが悪夢の行軍とわかるのはだいぶ先の話である。