吟遊詩人異世界に降り立つ
唐突ながら初めて見ました。
力不足ではありますがご容赦くださいませ~
2020年6月。世はオリンピックに燃えているが引きこもりの俺には関係ない。寧ろ自分の育てたキャラクターでゲーム世界を渡り歩いていた。
『ユウさんはどうして吟遊詩人なんて職についてるんです?』
「攻撃手段は少ないが支援攻撃や索敵に使えるスキルがあるのさ。」
『それ他のジョブでよくないですか?www』
「まぁ、一番は楽しいからだな。」
『そうですか。あ、ララさんだー』
世界は今日も平和である。両親を幼いころ失い、祖父母と暮らしたがその後その祖父母も他界。そんな中、俺はフリーのゲームシステムデザイナーとして身を立て、こうして生きている。今は一仕事終え、しばしの休憩といったところだ。昨日までは納期に追われ、死にかけたというのに……。ゲームのログイン時間だけは確保していたが。
憂鬱な天気、この平和期間を使って溜まった洗濯物も処理したいがそうもさせてはもらえないだろう。俺は諦めて簡単な飯を作るとゲーム世界に入っていった。
『一件のメッセージがあります』
いつもの様に確認するととあるギルド長らしき人からの救援メッセージだった。こういったプレイヤー同士の助け合いもたまには悪くない。普段の様に座標データをクリックし、転送するとすぐに違和感をかんじた。反射的に飛びのくが既に遅く、視界が真っ暗になった。
「うわっ」
急激に暗転した視界に驚いたが頭は冷静に周りを見渡す。そこは暗闇だった。上も…下も分からない。沈んでいるかもしれないし、浮かんでいっているかもしれない。ここは一体……?どこなんだ?まさか俺死んだ?やべぇHDの処理をしなくては……。あぁ、あさってから始まるクラン戦……副マスターで大丈夫かな?あいつ割と自分勝手だからな……。
あまりに理解を超えた出来事に現実逃避を始めたころ、俺は外に放り出された。冷たい床がひんやりとして気持ちがいい。ここはどこだ?近い感覚で言うなら自宅の廊下なんだが……。
「こほん。勇者様、そろそろ起きてください。」
流石に天涯孤独の俺の家に誰かがいることはない。友人を呼んだ覚えもないしな。
「……。えっと…。ハロー?」
渋々と顔を上げればそこは大きな神殿のような建物だった。目の前には神官らしき人が立っており、周囲にはまだ人が居る。
「?どうも。さて、貴方が最後の勇者のようですね?」
「勇者?」
俺の困惑をよそに位の高そうな神官が懇願を始めた。
「勇者様。どうかわれらの世界をお救いください!」
は?どういうことだ?何があった?夢の中か?それにしちゃ質感とかリアルだな。
ゲームシステムデザイナーとして納期に追われているときに似たような夢を見ることがあるがここまでリアルで王道な話はない。どうせこの後は国の上層部と話してワールドクエストに進ませるのであろう?
「勇者?俺が?」
「そうですとも。我らが勇者様。この世界は滅亡の危機に瀕しております。ですから、神が与えし力を存分に発揮し、どうかこの世界をお救い下さい。」
なんだ?この王道ストーリー……。
「勇者様、国王陛下がお待ちです。こちらへ。」
俺の視界には様々なアイコンが出ている。まるで一人称視点のゲームのようだ。昨日まで納期に追われていたのは携帯ゲームのアプリだし…こういった一人称システムは搭載していない。しかも、なぜか俺は銀色に輝く高そうな笛を所持している。
「うお、なんだこれ」
案内されるままついていくといかにも王様です。と自己主張の激しいおっさんが玉座でふんぞり返っていた。
「よくぞ召喚に応じられましたな。えっと…。ポーンの勇者どの。儂はエルバード・K・ソルバート。一応この国の王じゃ。」
人を上から下へ値踏みするような目で見る王様。正直印象が悪いがそこは日本で育て上げた仮面でそつなく流す。しかし、疑問は尽きなかった。
「はい?」
「陛下、勇者様も困惑しておいでです。少々この世界を説明して差し上げませんか?」
「うむ、そうだな。して勇者よどこから聞きたい?」
「?とりあえず、全てお願いできますか?如何せん今までの流れなど知りもしない若輩でして。困惑しております故」
「はっはっは。面白い勇者じゃ。」
凄まじくめんどくさそうな顔をした王様は嫌々ながら説明してくれた。実際面倒くさいのだろう。なんだこいつ……。普通にむかつく。
「この世界には古代より世界を滅ぼす災厄が定期的に訪れる。そういった災厄に異世界から勇者を召喚しておるのだ。星読みの話では近々第一の災厄が訪れる。」
「そんな世界規模の災厄に俺一人で行けってか?」
王道すぎる展開にしびれを切らし、敬語を使うのを止めた途端後ろの方で『不敬な!』とか『ポーンのくせに!』とか聞こえてきた。何?『ポーン』?チェスか?
ここはどうやら異世界だ。ソレは理解できる。色々な世界をデザインしていた関係で抵抗もなくすんなり受け入れることができる。それに、視界にあるアイコンの操作は手を使う必要もなさそうなのでおっさんの話半分に聞き流しながら操作方法に慣れていく。どうせ勇者として召喚したのだから災厄に立ち向かえとかこの世界を救ってほしいとかいう気なのだろうからな。どうでもいい。俺は早くも帰りたくなっている。
確かに、ライトノベルやゲーム、アニメ等で夢見た異世界ファンタジーの王道である。しかし、呼ばれて早々値踏みされ、やれやれと説明されればカチンとくる。それに周囲の声も耳障りだ。
『ステータス
名前 桜馬 悠
称号 歩兵勇者 異世界人
職業 吟遊詩人 Lv.1
HP 1300/1300 MP 1000/1000
スキル
『音界』『奏術』『付与術』』
ふむ、本当にゲームのようだ。それで?この後俺はどうすればいいんだ?この腹立つ王様の話を聞いて、さらにムカつく臣下どもの声も聞いた方がいいか?
「一人ではない。既にこの国に一人、他国に複数の勇者が召喚されておる。寧ろ貴殿が最後の勇者じゃ。」
「ほう?実際何人いるんだ?」
「貴殿は知らなくてもよい。貴殿の視界に何か時間的なものはあるか?」
知らなくてもいい?何言ってんだこいつ…。
そういわれつつ、改めて視界を確認するとそこにはデジタル時計のような数字が描かれており、あと20日と書かれている。
「20日とあるが?」
途端に騒めく後ろの役人たち。皆一様に「20日だと?」とか「あまりにも短すぎる」等とつぶやいている。正直煩い。
「静かにせい!して勇者、それは真か?」
「ウソを吐いて俺に何かメリットがあるのか?」
「う…。ないな。」
「その第一の災厄とやらが20日後に起こるのか?」
「うむ。そう考えて間違いない。」
「ますます気になるな。俺以外の勇者ってのはどんな役職なんだ?」
「……。貴殿は知らずともよい。それよりも早く災厄に備え自身を強化した方がよいのではないか
?」
「あぁ、それもそうだが…一日くれ。」
自分でも驚くほど態度がでかい。普段の俺なら間違いなく委縮しているだろうが先ほどの『ポーンのくせに!』という言葉に軽くカチンと来たのであろう。別に今日初めて会う人間が死のうが俺には関係ない話なのにポーンのくせにとはどういう意味なのだろうか?そもそもこいつらの態度も気に入らないが……。
早くもこの世界に苛立ちを覚えながら王城にある一室でスキル内容を確認する。
スキル『音界』
索敵スキル。笛の音が届く範囲での地形、位置等を理解する。
スキル『奏術』
現在使用可能技『睡魔の囁き』……旋律を聞いた者を深い眠りへと誘う。
スキル『付与術』
状態異常耐性上昇(小)防御上昇(小)
ふむ……攻撃スキルが…まるでないな。まぁ、吟遊詩人は昔から攻撃職には向いていない。精々パーティーの支援回復キャラだ。災厄とやらと戦うにしてもレベル上げをしなくては始まらないだろう。
明日はそういうところも含め、あのクソみたいな王様とやらに話をしなくては……。
そこまで考えた時、不意にこの世界に早くも馴染みすぎではないか?まるで…常にそういった想定をしていたかのように……。いや、クリエイターとして常にそういった夢想はしていたが、流石にこの状況は想定の範疇を超えている。
俺は手に持つ銀色の笛を見ながらどうしたものかと途方に暮れる。前の世界でゲーム内の吟遊詩人は遊びでしかなかった。というのも単体での攻撃手段が皆無で尚且つ攻撃力がないのだ。そういう意味で盾職と双璧を成すほど人気はなかった。この世界でも同じ法則が適応されるかは謎だが、早いところ仲間を率いて育てるべきだろう。
翌朝、俺は王様の前でそのあたりの話をした。
「ふむ、攻撃力のない勇者か…。」
「あぁ、だから他の武器で戦うか、仲間を連れて行かなくちゃいけない。」
「ふむ……。予想以上に使えんな貴殿。」
「何?」
確かに『吟遊詩人』は使い勝手のいい職ではない。だからと言って使えないとは……。こいつ何のために勇者を呼んだんだ?
「聞こえなかったのか?貴殿……。いや、お前は使えないと言っているのだ。これならばビショップのアリスがいれば災厄に対応できよう。おい、この使えない男を外に追い出せ。クソが……外れにもほどがあるぞ?」
「は?おい…。どういう意味だそりゃ…。」
「はぁ……。おい、早くこいつを追い出せ。」
最早うんざりとした様子で王様は俺をゴミの様に城から追い出し、俺の異世界生活は始まった。
……。意味が分からない。
前の世界にも理不尽な顧客は一定数いた。納期を守ったにもかかわらず「遅い」と報酬を減額したり、契約を急に打ち切り、その分の報酬を踏み倒したり……。そういう理不尽に対する耐性は獲得していたつもりだったが…流石にこれはひどすぎる。レベル1の勇者を放り出してもその辺で野たれ死ぬ。ましてやこの世界の金も持っていない。
しばらく放心していると扉が開き、革袋とローブが投げ渡される。見れば初めてこの世界で会った神官であった。
「勇者様、申し訳ありません。ですが、あんなお方でもこの国を統べるもの。ご容赦ください。一応銀貨1000枚になります。旅の支度には十分かと思いますのでどうかお納めください。」
「あ、あぁ。ありがとう。じゃあ一つだけ教えてくれ。ほかの勇者はどんな役職なんだ?」
「え?あぁ、えっと……。キング、クイーン、ビショップ、ナイト、ルーク、ポーンでございます。その……」
「あぁ、なるほど。その中でもポーンの立場は弱く、この国的にも引きたくなかった最弱の勇者ってことか?」
「……。」
図星か……。
「いいことを教えてやるよ。王様に直接伝えるといい。『歩兵をなめるんじゃねぇ』ってな駒ってのは使い様なんだ。」
「……。伝えておきます。」
「あぁ、それじゃあな。」
とても短い滞在であったが俺は既にこの国が嫌いになった。しかし、自分を強化しなくてはこの先生き残ることも叶うまい。ちょうど銀貨1000枚とおそらく大金を渡されたのだ。これを活用しない手はない。俺は銀の笛を手に持つとまずは武器屋に向かうことにした。
さて、武器屋ではどういうことが起きるのか……。