第1章 旅を始めよう。
思い出話と本格的に旅に出る為のお話。退屈なのはしょうがないと思う…。
次の日の朝。少年は自分の家の物をあらかた片付けて旅の準備を始めた。まずは旅の定番、地図とコンパス、日記帳に小さなインク壺と羽ペン。そして日持ちのする食糧、水を入れる革袋、大して入っていない財布、そしてベルトに付けるタイプの革製のバッグに簡単なバックパック。後はこの世を生き抜くために必要な武器だ。彼は部屋に置いてあった装備箱から彼の冒険用の装備を取り出した。
子供用のレザーアーマーに簡素な鎖帷子。鉄製の籠手とブーツとマントと革製のタクティカルベルト、そして武器の数々。これらは全て彼の父が用意してくれたものだ。
「僕がまだ小さかった頃か…。幼児用の冒険譚に影響されて近くの森に出向こうとしたけど、オオカミが出るって噂で父さんは許してくれなかったな。」
それでも行こうとした彼に根負けした父は、藁人形を使って戦闘の技術を彼に教え、町の鍛冶屋と裁縫屋に出向いてわざわざ子供用の装備をオーダーメイドしたのだった。一端の冒険者の様に勇んで森に向かったは良いものの、オオカミの遠吠えを聞いてすぐに逃げ帰ってきたり、父と森へ狩りに行った時にウサギと間違えてオオカミを撃ち、また木に生っている大きな実をボウガンで撃ち落としたら父の頭にクリーンヒットした事は未だに記憶している。彼が成長するにつれてサイズも大きくなってきたこれらの装備にはそんな思い出が詰まっている。
少年はまず防具を身に纏い、おかしなところが無いか姿見を見て確認した。流石町の裁縫屋と言ったところか、全くのほつれも歪みもない。次に彼は武器の確認をした。近接戦闘用のショートソード、狩りなどで止めを刺すための厚刃のナイフ、投擲武器の投げナイフ、そして遠距離攻撃の小型クロスボルトと矢にボルトに取り付け可能なフック付きの鎖。本格的には見えるが、全部子供用で大した威力は期待できない。けれど、使いようによってはこれも立派な殺傷武器だ。出来るだけ動きの邪魔にならないように鞘や矢筒を防具に装着し、すぐに使わない者はバックパックや腰のバッグに入れておいた。
「これでよし…でもないか。すっかりアレを忘れてたけど。アレは何処だったかな?」
アレというのは武器を扱うモノなら忘れてはいけない砥石と防具を修理するための裁縫道具だ。家中を探し回って台所から砥石を、物置小屋から裁縫道具を見つけ出し、準備はほぼ整った。
「まぁ、こんなところか。さてまずは何処へ行こうか?」
一息ついて彼はテーブルにつき、二つ地図を広げた。まず彼は自分のいるこの家が何処にあるのかを確認するため、ベーレンス共和国の地図を広げ、自宅近くの町「アンデンスリーブ」を探した。そして世界地図を開き、自分がいるベーレンスを探す。見比べると、ベーレンスは比較的南の方にあるようだ。多分今現在戦争をしているのはそこから南にあるサヴァン帝国か、北方のオーファン首長国連邦だろうか?それとも西の玄城公国?ここらは考えても良く分からない。
少年のいるアンデンスリーブ、つまり、ベーレンス南地区は他の地区と比べてほぼ放っておかれている状態だ。何せ本国からの特使の席が永らく空いたままなのだ。そのため戦争に関する情報はほぼ届いていないと言ってもいい。特使をやるほどの余裕が無いほど本国が追い込まれているのか、すでに見捨てているのか。どちらにせよ、ここはもう落ちた。ベーレンスが何も手を打たなかった結果だ。
「さて、まずはサヴァン帝国へ向かおう。ベーレンスの敵だろうが構うもんか。僕は国を捨てるんだから関係あるまいよ。」
そう言って大きなマントを羽織り、少年はドアへと向かおうとしたが何か思い出したようにバックパックを探り始めた。そして日記帳を取り出した。
「せっかくだ。旅の始まりを記念して日記でもつけておこう…あれ?これって新品か?」
1ページ目を開くとそこには何も書かれていない真っ新な白い紙があった。少年は不思議そうに首を傾げた。そこからいくらめくっても白いままで何も書かれていない。
「おかしいな。この日記帳昔からあったはずだ…。見覚えがあるのに使ったことがないなんてことあるか普通?」
使ったことが無いのなら名前を記入していないはずであると少年は考え、裏表紙の端を見てみた。しかし、そこには少年を更に混乱させる事実だけがあった。名前がしっかり記入されていたのだ。どう見ても自分の字で明確に。
「アーヴェン・クラウス…。僕の字で書いてあるけど一体いつ書いたんだろう??」
いくら考えてもこの日記帳の事をいつ使ったのか思い出せない。日記を書いていたことはあるが、最近は全く書いていなかった。しかし以前使っていた日記帳と同じものがここにあるのに何故まっさらなのか?落丁があるわけでもない。新品を頼んだことは一切ない。しまい込んでいた場所も間違いがない。
「…考えていてもしょうがないか。まずは旅の始まりを記しておこう。」
~119X年 秋の月 1日目~
今日は記念すべき旅の始まりの日だ。旅の準備や計画を立てている内に色々と分からない事があって混乱してしまったが、いくら考えても答えは出そうにない。であれば、考えるのは後回しにしてさっさと旅にでてしまおう。今日は旅の始まりを祝福するかのような晴天だが、地に目を向ければ全く以て焦げ臭そうな町が見える。いささか気分が悪い始まりだが、ここから僕の冒険が始まっていくのだ。まずは南のサヴァン帝国へ行こう。そこから船に乗って玄城公国へ行き、ベーレンスには寄らずにべレス高原を抜けてオーファン首長国連邦へ。そして北方の山脈を越えるというのが今の所の予定だ。しかし、今は戦争中という事もあって進路を変更せざるを得ないかもしれない。だがいくらかずれても問題は無い。経路は決めていても目的地は無い旅なのだから。
アーヴェン・クラウス(15)
アーヴェンは羽ペンを置き、日記帳を閉じてバックパックにしまい込んだ。椅子から立ち上がり、荷物を背負って家の戸を開けた。閉めるときに少し家の中を見渡したが、何も無かったように戸を閉めた。家の裏側へと周り、丘を下っていく。しばらく、草原を歩いていけば「暗い森」に到達する。そう、あのオオカミが出る恐ろしい森だ。しかし、彼にはもうあの森に恐怖心は無かった。むしろ希望に満ちた足取りで彼は前へと進んで行く。
主人公の名前は全然考えてなかったんです。ノーネームで考えてましたから。次はベーレンス共和国圏を抜けてサヴァン帝国へと向かいます。そのために彼の故郷を取り囲むようにある暗い森を抜けていかなければならないのですが…。