オプローグ
暖かい木漏れ日が差し込む朝。
外から流れる心地よい風を感じながら、私は食卓につく。
今日はとてもいい天気で、世界中が私を励ましているような、理屈のない幸福感を得られる。
「お母さん、今日はいい天気だね!」
私は笑顔で語りかける。
厨房にいる母は一旦手を止め、
「そうね、今日はきっといいことがあるわ」
そう、優しい笑顔で答えてくれるのだった。
なんでもない、ごくありふれた日常。
ほんの些細なことだけど、それだけで私は生きていてよかったな、幸せだなと思う。
私の家にはお父さんはいない。
昔はいたらしいけど、私が物心つく前に死んでしまったらしい。
母が言うには、『とても優しくて勇敢で、世界で一番私とあなたを愛してくれた人』だそう。
正直知らない人の話をされるのは退屈だったけど、父の話をする母は、いつも幸せそうで優しい笑顔をしていたから、父の話を聞くのは嫌いじゃなかった。
「お待たせ、朝ごはんできたよ!」
厨房から戻った母が手にしていたのは、焼きたてのパンにサラダやベーコンが挟んであるものを乗せたお皿。
そんなに難しい料理ではないと思うけど、母の愛を感じられる料理で、私は大好きだった。
「わー!美味しそう!いただきまーす!」
お皿が食卓に並んだ途端、口一杯にパンを頬張る。
母は「そんなにがっついて、お行儀悪いわよ」なんて口では叱りながら、なんだかとても気分が良さそうだった。
私が食事に夢中になっているのをしばらく眺めた後、母は少し小さな声で、
「あのね、」
と言った。
「なあに、お母さん?」
「…うん、あのね、お母さん、今日は村の人たちに本当のことを話してみようと思うの。」
「…そっか、話しちゃって大丈夫?」
そう問い返すと、少し母は真面目な顔で私を見つめ、
「うん、きっと大丈夫よ。」
すぐに柔らかい笑顔を見せてくれた。
「村の人たちはみんないい人だし、これからもっと仲良くなるには、必要なことだと思うの。」
「…そっか、みんな、優しい人たちだといいね!」
不安な気持ちを抑えながら、私も精一杯の笑顔で返す。
まあきっと、私が思っているより母はみんなから信用されているんだろうし、この不安はただの杞憂で終わるんだろうな、
そう自分に言い聞かせて、私たちは食事を終えたお皿を片付ける。
「それじゃあ、お母さん村に行ってくるね。お昼には戻るから、いい子でお留守番してるのよ?」
身支度を終え、ドアの前で私に振り返る母は、いつもと何も変わらなかった。
そんな母を見ると、きっと明日も、その次の日も、今日みたいな日が続いてくれるんだな…そんな気持ちになった。
だから私もいつも通り、元気に返事をする。
「うん、いってらっしゃい!待ってるね!」
私に軽く手を振ると、母はドアを閉めて歩いていった。
母が帰ってきたらなにして遊んで貰おうかな。
あ、その前に美味しいご飯でも食べに行きたいな。
夜寝る前には本でも読んでもらおう。
こっそり掃除終わらせておいたら、喜んでくれるかな。
いろんなことを考える。
私は母が大好きだ。
母の子供でよかったし、母と一緒の毎日が幸せだ。
こんな幸せが、ずっと続いてくれると信じてる。
だから、いい子にして帰りを待っていよう。
きっと、笑顔で帰ってきてくれるんだから。
その時は私も、
とびきりの笑顔で「おかえりなさい」を言おう。
このありふれた日常が、ずっと変わらないように願いながら。