第4話
「先輩、今悩んでいること、私に話してもらえませんか?」
瑞樹が今まで見せたことのない、怒気を含んだ真剣な表情で迫って来た。
「話しても、解決するわけじゃないから意味がない」
「話せば気が楽になるかもしれないじゃないですか。先輩、頭のそれ、どうしたんですか? 」
「だから、吉原さんに関係ないだろ? 」
「私はそうは思ってないです。成瀬先輩は裁縫や勉強を教えてくれるし、お昼も一緒に食べてくれるじゃないですか。私にとって先輩は他人じゃないです」
瑞樹の思いを込めた言葉にも、陽の心は拒絶反応を示すばかりだった。
「自分の見られたくないところを見られて、冷静でいられると思うか?」
「話が堂々巡りですよ先輩。このまま放置しておいたら、どんどん事態だけ悪い方向に進んで行きます。それを防ぐきっかけとして、私に話して見ませんか? 」
「......どうして、吉原さんは俺にここまでこだわるんだ? 」
「さっき言った通りです。私にとって先輩は他人じゃありません。大事なお友達です」
瑞樹が言ったように、このままでは話が進まない。陽は己の中にある恐怖心を無理やり抑え込む。
「......最初は、1年の2学期になった時くらいからだったと思う。朝起きて顔を洗おうとしたときにたまたま頭を触ったんだよ。それで違和感があったから鏡でよく見たら10円くらいの大きさになってた」
「そうなんですか。病院には行きましたか?」
「行ってない。行ったところで治るわけでもないだろうから」
「まあそう投げやりにならずに。自分で思い当たる事とかありますか?」
「......部活で周りの同級生や先輩がみんな女子ばっかりというのはあるかもしれない」
「それで、皆さんは先輩の事情を知ってるんですか?」
「恐らく。それでいて知らないふりをしてくれているんだろうな。なんか態度がよそよそしい事がある」
「だったら、多分バカにしたり、茶化したりしようとしてる訳ではないと思います。皆さん心配されているんですよ」
「わかった。確かにそうかもしれない。だから今日はもうこのくらいにしてくれ」
「......はい。でもこれだけは聞いてください。先輩が考えているよりも、周りは先輩のことを心配してくれているかもしれませんよ」
「......ああ」
「はい。じゃあ先輩、これからも勉強教えてくださいね」
「これからもか......」
翌日、陽が坂道を登り、校門が見えて来ると、そこに昨日腹を割って話をした瑞樹の姿が見えた。彼女は陽を見つけると、昨日のことなど忘れてしまっているかのような、満面の笑みで彼を迎えた。
「先輩、おはようございます! 」
「......おはよう」
「何ですか今にも地球が滅亡しそうな顔して」
「それは君だろ......テストの点数を見て滅亡するのは」
軽口を言いながら2人は校門を抜け、校舎に入る。
「先輩、テスト勉強は順調ですか?」
「問題ない」
「問題ない......だって、カッコいいな、先輩は! 」
「日頃から勉強していれば問題になりようがない」
「つまり問題ないということは、私に勉強を教えてもらっても大丈夫ってことですよね? 」
「はあ......分かったよ。吉原さんの頭にささっとテスト範囲をぶち込んで、俺は作品を作らせてもらおう」
「言い方はともかく、ありがとうございます。やっぱり先輩は頼りになりますね! 」
その後、陽はいつものように授業を聞き勉強に精を出し、昼休みになれば黙々と昼食を食べる。そして気がつけば放課後になっていた。カバンに教科書を詰め込み、図書室へ向かう。すると陽を見つけば瑞樹が手をぶんぶんと振って駆け寄って来た。
「吉原さん、頼むからそういう目立つ行動は控えてくれないか......」
「まあまあそんなことは置いておいてですね、先輩」
「めちゃくちゃ大事なことを置かないでくれよ......」
瑞樹は陽に近づくと、少しだけ背伸びをして耳元で囁いた。
「先輩、私の家に来ませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、陽の思考が一切合切停止した。
「何を企んでる? 」
「そんな顔しないでくださいよ。私の家の方が、落ち着いて勉強できそうかなと思いまして」
「......本当にそれだけなんだな?何か後ろめたいこと考えてないよな?」
「先輩、さすがに傷つきますよ? もちろん無理強いはしませんが、学校だと外の目もありますから。それで先輩、どうしますか?」
「......分かった。お邪魔するよ。本当に勉強を教えるだけだからな?」
「はい! これで成績上昇間違いなし!」
こうして2人は瑞樹の家で勉強をすることになった。