第1話
「1年理系コースの吉原瑞稀です、よろしくお願いします!」
その声は、他のどの新入部員よりも透き通っていた。あの時と同じ。陽はこの吉原瑞稀という後輩になる生徒が気になっていた。
1年生部員を交えて初の活動日。部室には他に、陽を含めた2年、3年の部員も欠席はなく全員が勢揃いしていた。
陽の在籍する手芸部は地域内でも有名で、他校からも一目置かれていた。部員が作り出す作品は完成度が高く、一目で見て美しいという分かりやすい特徴も人気を高める要因となっていた。
部長が1年生に今後の活動予定などを説明していく。
「みんなの目標は、夏休み前に私たちの部単独でやる展示祭に向けて、一つ作品を作ること。まずは自分が何を作りたいのか、そこから考えましょう」
新入部員は、手芸が作品として販売できるレベルに達している者もいれば、針を授業以外で持ったことがない者まで様々だった。それを2年、3年生が聞き取り、丁度の難易度になるように1年生と相談する。
「あの先輩、お聞きしたいことがあります」
声を上げた生徒がいた。陽が振り向くと、瑞樹が部長に向けて言葉を投げていた。
「部長 あちらにいる先輩はどんなものを作るのが得意ですか?」
そう言って陽に視線を向ける。瑞樹は光を反射するビー玉のように目を輝かせていた。
「うーん、成瀬くんは基本なんでもできるけど、特にコースターやハンカチとか、小物を作るのが得意かな」
「だったら部長、私もハンカチ作って見たいので、成瀬先輩に教えてもらいたいです。ダメですか?」
瑞樹の突然のお願いに部室全体が一瞬静寂に包まれた後、ざわめきが広がって行く。
「えっと、基本それを決めるのは私たちなんだけど、成瀬くんが良いなら構わないわよ。どう?」
部長から話を振られ、陽はひどく困惑した。小物を作れる部員は他にもいる。何かの理由で最初から自分を指名しようと決めたいたとしか考えられない。本来なら迷うことなくゴミ箱に投げる勢いでお断りするのだが、瑞樹からの目線が直球で自分に教えて欲しいというメッセージを乗せて来るため、もう退路は断たれたのだろうなと悟り口を開く。
「......分かりました、構いません」
「ほんとですか!? ありがとうございます! 」
「えぇ......。それじゃあ吉原さんは成瀬くんと一緒に、あっちの机でこれからの予定を決めてちょうだい」
瑞樹はウサギのように軽く跳びながら指定された場所へ向かう。それを見て呆気にとられながらも陽が後を追う。
「さあ成瀬先輩、ここどうぞ! 」
椅子を引き出し、ポンポンと手を乗せ陽へ早く座るように催促する。苦笑しながら陽が椅子に座り、瑞樹も対面に腰掛ける。
「先輩、まずは自己紹介お願いします! 」
「......それはまず俺が言う台詞なんだけど」
「あっそうですよね。じゃあ私から自己紹介します。吉原瑞樹です。趣味はスマホで友達とメールしたりとかです。手芸はものすごく簡単な裁縫ができます。成瀬先輩、よろしくお願いしますね! 」
「はあ......それよりさ」
「はい先輩、なんですか?何でも聞いてください」
「吉原さんは、何で俺を選んだの?」
「瑞樹で良いですよ」
「いや、良くないだろ......吉原さんそれで、俺を選んだ理由は?」
「だって、手芸をやる男の子って多くないでしょ?この学校でも先輩以外はみんな女の子ばっかりだし。その中で頑張ってる先輩ってどんな人なんだろうなーって思って」
全く意味が分からない。そんなどうでもいい理由でわざわざ自分を指名したのか。陽は肩を落とし、がっくりとうなだれた。
「それで、吉原さんは何を作りたいの?」
「まずはハンカチを作ってみたいんですけど、私でもできそうですか?」
「それ用の生地から作ればそんなに難しくはないけど、刺繍を入れるとなると時間もかかるし練習が必要になる」
「そうなんですね。じゃあ簡単なやつから作ってみたいです。先輩、手取り足取り教えてくださいね! じゃないと怒りますよ?」
「分かった分かった、ちゃんと教えるからがっつかないで......」
とんでもない大物が入ってきた。思わずこれからのことを想像してしまったが、ため息を必死に作り笑いへと変換してごまかした。
だがこれもきっと何かの縁だ。慣れないことばかりだが、今はこの新しい後輩と向き合おう。陽は決意を新たにした。