どんな世界だって構わない
___斬る
右から斬りかかってきた人間の刀を己のそれでなぞるように受け流しながら、相手に足払いをかける。
同時に、背後から奇襲をしてきた人間の刀をその流れのままに弾き飛ばし、返す刀で斬り捨てる。
そして、己の足元で立ち上がりかけている人間の丸見えの項に一閃。
___斬り殺す
少し離れた位置にいる残りの人間共が、一歩踏み出すのを躊躇するのがみえる。
少し前までは、あんなにも血気盛んで、それでいて良く統率の取れていたその軍団には似つかわしくない愚鈍さが伺える。
一瞬、何故かと思考し、そのまた一瞬、なるほどと得心がいく。
己の周りの赤を一瞥して、然もありなんと肩をすくめてみせた。
___全てを斬り殺す
人間共は、思ってもいなかったのだろう。
まさか、たった1人に五百人の半分を、それも一刻も経たずに切り捨てられるなんて……。
___この世界の全ての××を斬り殺す
残りの人間共に、紅く染まった刀の切っ先を向ける。
その顔に浮かぶ色に覚えがあったが、己の心には小さな波紋すら浮かばない。
「さぁ、来るといい。殺し合いを再開しよう」
刀を持ったまま、両手を広げて歓迎の意を示す。
声も弾み、顔もきっと笑みを浮かべているのだろう。
だって己は、心からそれを望んでいるのだから。
「なに、簡単な話だろう?己は1人、対するは人間共全て。生き残るか死に絶えるかのたったの二択だ」
ほら、簡単な話だろう?
___全部全部殺してやろう
___だってお前達が言ったんだ
___異端を、自分たちと違う種族を殺すことの何が悪いのかと
___私は人なんかでは無いのだと
だから……
「己がそうすることの何が悪いの」
_________________
「ひぃっ……た、たすけっ……ぐぁっ」
斬。
刀を一閃。
今までで一番呆気ない終わり。
この世界で一番偉く、尊いのだと、声高らかに宣っていた人間。
この世界の最後の人間だったもの。
長かった。
それでいて短かった。
もうこの世界に言葉を話す生き物は己だけ。
人は絶えた。
己が絶やした。
あぁ、でも、それは違う
「まだ居るじゃないか、人間が」
くるりと器用に、刀を逆手に持ち直す。
血を吸い続け、いつの間にか真っ赤に染まりきったその刀身を眺める。
例え色を変えても、変わらず光沢を放つその滑らかな刀身に己の姿が映る。
同じだ。
何も変わらない。
今まで散々斬り捨てて、その全てを絶やした人間共と何一つ違いなどない。
そこには、確かに1人の人間の少女が写し出されていた。
___誓ったから
逆手に持った刀に両手を添える。
___今は亡き家族達に誓ったから
切っ先を己の腹に向け、狙いを定める。
___この世界の全ての人間を斬り殺す
「だから、人間である私も斬り殺さなくちゃいけないよね」
貫く。
少しの迷いも恐怖もなく、己の腹を紅い刀で刺し貫く。
肉を抉り、骨を削り、血が溢れる。
___あぁ、これで、やっと終わりだ
_________________
覚醒は唐突だった。
己の瞼を持ち上げ、視界に光を差し込む。
己の耳には、自然を生きる音が聞こえる。
そんな当たり前な動作にすら疑問が浮かぶ。
___何故、己は生きているのか
右手に違和感を感じ持ち上げてみれば、その手には紅い刀がある。
左手で己の腹に触れる。
そこにあるのは裂けた着物があるのみ。
己の腹には傷一つ無い。
己は確かに刺し貫いたはずだ。
その証拠に着物にはその時の跡がある。
___では、何故?
「これはすごい。こんな短期間で超越してしまうなんて」
唐突に聞こえてきた声に飛び起きる。
転がるように前方へ飛び込み、声の発生源から距離をとる。
振り返ると同時に刀を構え、声の主を確認する。
馴染んだ動きを半ば反射的に行使しながらも、己の内面は酷く波立っていた。
だって、そんなはずはない。
人間は全て切り殺したはずだ。
ただの1人も残さずに、絶やしたはずだ。
己には分かる。
だって、己は私を殺せたんだから。
だから、人間が生き残っているはずがない。
では、この目の前にいる男は、
「いったい、なんなのだろうか?」
「っ!?」
読まれた。
内面はともかく、外面には何の反応も示していない。
だと言うのに、一字一句違わず、そして少しのズレもなく、己の疑問を言葉にされた。
刀を持つ手に力がこもる。
人間ではない、人間ではないのは確かなのだ。
だが、どう見ても人間だ。
少なくともその見目は……。
「そんなに睨まないでよ。僕は、君の誕生を心底待ち望んでいたんだよ。だからこそ、すぐに迎えに来れたんだから」
声の主を観察する。
見た目は己と変わらぬ年の少年だ。
その容姿がひどく整っていることと、人間ではないのに人間の姿をしていること以外は普通の少年に見える。
そんな己の知覚外の少年が、己の知覚外のことを話している。
「お前は、何を言っている。己の誕生?迎え?いったい何の話だ」
___そもそもお前は何なんだ
「あれ?まさか君無自覚なの?」
さも意外だというように、その大きな瞳を丸くして、軽く首をかしげながら問われる。
「無自覚?いったい何のはな、し……」
待て。
おかしい。
この少年が人間ではないのは確かだ。
もうこの世界に人間がいないのも確かだ。
己にはそれが視える。
ならば、それならば、
「己は一体何になったのか?」
いつの間にか俯いていた顔を上げ、少年を観る。
少年は微笑んでいる。
朝の陽射しの柔らかな光を溶かし込んだような淡い金色の髪が、風に誘われてサラサラと揺れている。
目尻を緩く下げ、微笑みに少し細められたその瞳は、森の青さのような綺麗な翠色。
そこには今、覚えのある色が浮んでいる。
何故か、それは己の心に波紋をたてた。
「君は、この世に産まれた時は唯の人間だった。ほんの少し他とは違う特徴を持って産まれただけの、唯の人間。君の家族達は、そんな君を受け入れ、慈しみ、愛した。そして、君自身も家族達を愛していた」
あの日、誓いを立てて以来、己の心に波紋がたつことなど、ただの一度も有り得なかったというのに。
「しかし、周りの者達はそうでは無かった。人間は、他と違うことに恐怖する生き物だからね。君の、他と少し違う特徴を異端として、まるで君が人間でないかのように扱い、そして排除しようとした。そんな君を庇う家族達も同じように」
少年が、己に向けて一歩ずつ歩みを進める。
己はそれをただ見つめるのみ。
「君の家族達は殺された。君の目の前で、まるで君が悪いと言わんばかりの言葉と共に殺された。君の見せしめに殺された。随分惨たらしい殺され方で殺された」
少年が私の目の前で歩みを止める。
手を伸ばせば触れられるほどの距離に誰かが居るというのに、己はただそれを見つめ続けるのみ。
「君の家族達は最後まで君に逃げてと言っていたね。君は悪くない、何も悪くは無いのだと、そう言いながら」
少年が両手を伸ばす。
少年よりも幾分か低い位置にある己の頬にそっと触れてくる。
その手が温かいことに、己の心の波紋がさらに大きくなったのを感じた。
「だから、君は殺した。斬り殺した。誓いを立て、それを力に代えて、ただひたすらに斬り殺した」
少年の姿がぼやけている。
視界を取り戻そうと何度瞬きをしても、すぐにぼやけてしまう。
何故だろうか。
『誓いをたてよう。己は、己のすべてを賭けて、この世界の全ての人間を斬り殺す。ただの一人の例外もなく、ただの一度の迷いもなく、必ずや人間を絶やし尽くすだろう。私を含めた全ての人間を、絶対に、斬り殺し尽くすことを誓おう』
己の目が、驚愕に見開かれているのを自覚する。
そんな己の目尻を、少年の指が優しく撫でる。
「君はそう誓いをたてた。君に元々あった多彩な才能、その全てをたった一つの誓いのために捧げ、終いには自身の終焉までも誓いに含め、そして、君は莫大な力を得た」
___そう、私は、その特異さを除いたならば、とても多くのものに恵まれていた。だから、誓ったのだ
___必ずや成しえてみせるという強い意思と、そのために自身が捧げるものの対価の重さに比例して、必要な力を得ることができる、この世界の誓い
「誓いによって、君はとても強い視る力と壊す力の両方を手に入れた。そして、斬り殺して斬り殺して、ずっと斬り殺し続けて、やっと人間を絶やし尽くした。君も含めて」
そうだ、己は私を殺したはずだ。
誓いを果たしたはずだ。
それなのに、何故己は生きている……?
「それは簡単な話しさ。君が殺したのは人間の君であって、君自身ではないんだから」
「な、に……?」
この少年は何を言っているのだろうか。
その言い方ではまるで、己が人間ではない何かだと言っているようじゃないか。
「そうだよ、その通りだよ。君はもう人間ではない。そんな事は君が一番よくわかっているだろう?その目で視て、全てを識れる君がわからないはずが無い。分からないふりをしているだけ」
だから言っただろう、無自覚なの?って。
「君は、もう人間ではない。いや、正確に言うならば、途中から人間ではなくなり始めた。誓いによって得た莫大な力は、君が人間から逸脱するきっかけとなり、同族を斬り捨て続ける内に完全に僕らと同じ域に達した。そして、君の中の人間の君を殺すことで完全に人間を超越した存在へと昇華された」
「超越……?」
「そう、人間の言葉で表すならば、神や概念というものに近いかな」
神や概念……。
あまりの唐突さに唖然とすると同時に、ひどく納得している己がいる。
少年を視る。
少年の瞳に映る己を視る。
この少年が言っていたように、己はそれを視て識っていた……。
「貴方は、再生と耳をもつのか……」
視て、識る。
___この少年は、まるで己の対のような存在だ。
「まるで、ではなく、僕らは正しく対だよ。破壊と目を持つ僕の対。ずっと待っていた僕の対」
己の存在を確かめる様に、噛み締めるように、己の額と自身のそれとを合わせながら、囁くような小さな声で繰り返される言葉。
「僕らは対を持つ存在だ。皆それぞれ唯一の対を持つ。理由も過程も知らないけれど、それでも僕らには対が存在する。でも、他の皆と違い力が二つである僕には、長いこと対が現れなかった。僕はずっとずっと対が現れるのを待ち望んでいた。だから、君の声が聞こえてきた時、すぐにこの世界に飛んできたんだ」
君が生まれ直した時、すぐにでも君を迎えに行けるように。
はにかみながら、その瞳に愛おしさをのせながら、そんなことを言う貴方を見る。
己の内面に波紋がうまれた時点で、己は理解していたのだろう。
「……あぁ、貴方は確かに、己の対だ」
視界がぼやける。
否、涙が零れる。
泣くのは、あの日以来だ。
「うん、じゃぁたくさん泣くといい。泣いて泣いて、泣き尽くしてしまおう。そして、涙が止まったなら、僕と共に行こうか」
「っ……どこ、へ」
「どこへでも、君がいるのなら、どんな世界だって構わないよ」
彼の指が己の止まらぬ涙を拭う。
もう片方の手で、優しく頭を撫でられる。
優しく優しく、昔失ってしまった温もりを思い出すほどに優しく撫でられる。
家族以外の誰もが気味悪がったこの色の髪を……
「気味悪くなど無いさ。むしろ僕はとても綺麗だと思うよ。君のアメジストの瞳も、月の輝きを閉じ込めたかのような白銀の髪も、とても綺麗だ」
_________________
己は泣き続けた。
涙が枯れるまで泣き続けた。
もうきっと、こんなにも涙を流すことは無いだろうというほど泣き続けた。
泣いて泣いて、そして___
「次はどんな世界へ行きたい?」
慈しむような瞳の貴方に手を差し伸ばされ、己はその手を取る。
きっと、己の瞳もそう変わらないのだろう。
そう思ったら、自然と言葉が零れていた。
「貴方が居るのなら、どんな世界だって構わない」
色が他と違いすぎるからって理由で人外扱いの末に一家郎党皆殺しにする人間共も、自分に非があるわけじゃないのに次々に家族が惨殺されていってるのにその原因に少しも負の感情を向けない家族達も、理不尽すぎる理由で最も愛する者達を惨殺されたからって自分も含む人間滅亡を誓って有言実行しちゃう主人公も、そんな主人公の全てを見てきたけどそんな事は些事だよねってようやく現れた対に盲信的な愛を贈る神様(仮)も、きっとみんなみんな狂ってるよね。