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魔法学園の特異学生  作者: 二一京日
第1部 千変万化編
8/29

7話 無力な王女

 アリサは特に情報もなく出てきたため、どこへ行けばいいかわからず、内心後悔していた。

 せめてもう少し待って、逃げてきた人から話を聞いて、それから出てきてもよかったと今更ながら思う。

 しかも、逃げてくる人とは反対方向へ向かっているので、どうにも進むのが一苦労だ。


「姫、これからどこへ行きますか?この人ごみの中では、まともに動けませんよ」


「そんなのわかってるわよ!くそ、こんな時、あの女の能力なら一瞬なのよね。なんかムカつくわね」


「そんなことを言ってもしょうがないかと。とりあえず、被害が一番ひどそうな所へ向かいましょう」


「そうね。それが手っ取り早いし」


 そう決めた時、アリサたちからあまり離れていない場所で爆発が起きた。

 二人は顔を見合わせて、人ごみの脇に外れて、その場所へ向かった。

 二人が走っている最中、人ごみの中に何人かのけが人が見えた。

 当然のことながら、全員知らない人だが、それで割り切れる性格を持ち合わせていなかったアリサは、今回の襲撃に憤りを感じていた。

 現状、生徒の中で一番強いのはアリサか雪野であろうから、まず自分が行かなくては、という使命感でアリサは走っていた。


「姫、少し落ち着いてください。そうしなくては、本来の実力を発揮できませんよ」


 ユリアの言葉で沸騰しそうだった頭が少し冷えたアリサは、若干の熱さは残しつつも、自分の目的をはっきりとさせた。


「そうね。忘れるところだったわ。私たちはただ敵を撃退するだけ。それ以上でも以下でもないわ」


 いつも通りの調子に戻ったアリサを見て、ユリアはそっと笑みを浮かべた。

 この状態のアリサならば、相手が同格以上でもない限り、負けることはまずないだろうと思えた。


「見えたわ!」


 はっと気が付いたユリアは、前方を見ると、そこには黒いローブを着た男が一人立っていた。

 向こうもこちらに気付いたのか、体の向きを変え、アリサたちを迎え撃つ姿勢になった。


「一撃で決める!」


 アリサはデバイスを出し、その大剣を軽々と片手で持ち上げると、炎をまとわせて、その炎を男へ飛ばした。


「<炎帝の顎(ドラゴン・ファング)>!」


 その炎はの形となり、獰猛な顎が男へと迫っていく。

 そこに、ダメ押しのようにユリアも攻撃を加える。

 自身のデバイス<ファングソード>を出し、周囲の空気を集める。

 それらは風となって、辺りに吹き荒れる。


「<風霊の舞(シルフ・テンペスト)>!」


 風は一転に集中し、そして放たれる。

 その風は、前と飛ぶ炎の竜を後押しするように火力を上げ、飛翔速度を上げた。

 炎と風の連携魔法。

 二人が初手で打てる、最前手だった。

 そのはずだった。


「<変換(エクスチェンジ)・空気>」


 男も何か魔法を発動させ、何かが起きた。

 そのことに、アリサもユリアも驚きに目を見開いた。

 現象は単純だった。

 男が魔法を使った瞬間、アリサとユリアの攻撃はかき消された。

 炎の竜が、消えた。


「何、今の?」


「わかりません……」


 予想外の事態に、先ほどの気力に満ちた様子とは一転して、驚きで思考が働かなくなってい

た。

 そんな様子の二人を見て、ローブを着た男は高笑いした。


「何度見ても、その表情はいいなぁ!どいつもこいつも、初めて俺の能力を見たときは、そんな顔をするんだぜ!」


 こちらを馬鹿にでもするような高笑いに、雪野の時とは別の意味で頭にきた。

 雪野は散々アリサのことを馬鹿にしていたが、それでも気に食わないまでも、礼仁のための行為だとわかっていたため、納得できなくても理解はしていた。


 それに対して、この男は誰かのためとかそんなことではなく、ただ相手を馬鹿にしたいから馬鹿にしているだけにしか思えない。

 アリサも誰かのためという理由はなかったが、それでも王女としてのプライドがあり、自分の信念を貫く意志があった。


「こんな奴に……」


 負けたくない。

 それが今浮かんだ、一つの感情だった。


「ユリア、今度は別々にいくわよ!」


「了解です!」


 アリサは先ほどの<炎帝の顎(ドラゴンファング)>ではまた防がれてしまうと思い、次は一撃の重さではなく手数で攻めようとして、雪野に対して使ったのと同じ魔法を使う。

 一体どんな方法で防いだのかはわからないが、手数で押せば、何かしら出てくるかもしれないと思ったのだ。


「<炎の天雨(カラミティ・フレイム)>!」


 アリサの背後に出現した無数の炎の矢が、男めがけて飛んでいく。

 一方、ユリアの方も同じ考えだったらしく、手数で攻める魔法を使う。


「<ウィンドカッター>!」


 ユリアは風の刃を作り出し、それらをアリサと同様に男へ放った。

 男へ迫るは数十にもなる炎の矢と風の刃。

 しかも、それらが一斉に、広範囲から飛んできていた。


 しかし、男は慌てる様子もなく、魔法を発動させる。


「<変換(エクスチェンジ)・空気>」


 その発動とともに、またしても炎の矢は消され、風の刃は何かに阻まれた。

 その結果に、二人は苦い顔をした。


「その顔もいいなぁ。どっちも美人だから、虐め甲斐があるなぁ、おい」


「この、ゲスが」


 ユリアが不快感をあらわにして口にすると、男はさらに盛り上がった。


「そっちの黒髪もいいけどよぉ、やっぱり今回のメインは銀髪のお前だろ。サルイ王国第一王女、アリサ・コルフォルン」


 極上の獲物とでも言いたげな口ぶりに、二人とも不快感が増した。


「あんた、そんなんでよくまともに生きていけるわね」


 二度も攻撃を防がれたことに対する苛立ちを込めて、アリサは男に強く言った。

 ユリアもアリサと同じ意見なのか、その後ろで頷いていた。


「あぁ?お前らおかしなことを言うんだな。今どきのガキは、知識がねぇのか?」


「どういう意味よ?」


 問い返すアリサを見て、男は笑いが抑えられないのか、再び笑い出した。


「何がおかしいのかしら?」


「おかしいに決まってんだろ。仮にも一国の王女であるお前が、俺のことを知らないなんてな。いや、あんな小国にいるように奴らは、みんなお前みたいにアホばっかってことか?」


 その言葉に、二人はカチンときた。


「馬鹿にするのも大概にしなさいよ。教える気がないんだったら早くそう言いなさい。お前なんかに時間を使いたくないのよ」


「はぁ?お前、本当に状況がわかってねぇのか?今有利なのは、どう考えても俺だぜ」


「それはどうかしらね?」


 突如、アリサの周囲の温度が上昇し、ユリアは咄嗟に距離をとった。

 離れたところにいる男にも、その熱気は伝わってきていた。


「受けてみなさい。受けられるものならね!」


 アリサは右手の大剣を頭上に掲げる。

 そして、空中には一つの炎の球ができ、少しずつ大きくなっている。

 その熱量は先ほどまでとは比較にならず、足元の地面が赤熱して溶けている。

 まるで小型の太陽のような球体は、直径およそ三メートルというところで膨張を止めた。


「灰燼と化せ、<炎帝の憤激(カラミティ・サン)>!」


 炎の球体は放たれ、先ほどよりも強い圧力を持って男へ迫る。

 その火力は、進みながら地面を溶かし削っていく様を見れば、相当なものであることがわかる。

 アリサにとっても、これが今出せる最高の威力を誇る魔法。防がれるはずがない。


 だが、男は一歩も動かず、ただ単純に魔法を発動した。


「<変換(エクスチェンジ)・空気>」


 その瞬間、男の目の前で、小型の太陽は消滅した。

 呆気なく。

 何も劇的な攻防はなく、あらゆる攻撃が正体不明の魔法で防がれる。

 本当に、呆気なく。


 アリサはその場に崩れ落ちた。


「姫!!」


 ユリアが駆け寄って肩を支えると、その呼吸は荒く、顔色も良くはなかった。意識は失っていないようだが、力が入らないのか立ち上がることができずにいた。

 明らかに魔力が不足している状態だ。

 雪野とずっと魔法を打ち合った後、休む暇もなく男と戦っていたのだ。

 大技で大量の魔力を消耗し、さらにそれが防がれるという事態へのショックもあるだろう。

 もう、アリサに戦う力は残っていなかった。


「まったく、自信満々に偉そうに言った挙句これかよ。期待外れもいい所だな。この程度で俺に挑んでくるなんて、身の程知らずってやつだな」


「くっ……」


 何も言い返せない自分が情けなくなり、顔を伏せてしまうアリサ。


「姫……」


 ユリアも何とかしたいと思ったが、アリサが敵わない敵とどう戦えばいいかわからず、ただアリサの肩を支えていた。


「Aランクってのも大したことないんだな。Bランクの俺に負けるなんて。こりゃ、もう一人のAランクもあまり期待できないな。所詮はまだ学生。ガキってことか。ランクですべての強さが決まるわけじゃねっての」


 言いたい放題に言っている男だが、二人はもう何もできずにいた。


「まぁ、ガキとはいえ、Aランクに変わりはねぇからな。邪魔な奴は消しておくに限るぜ」


 そう言うと、男は縮こまる二人に近づいていき、デバイスを出現させた。


『!?』


 今まで、この男はデバイスを使わずに、魔法を使っていたのだ。使う方が、より強くより簡単に魔法を発動させられたというのに。


「俺がデバイスを使わなかったのに、強力な魔法を使えたのが不思議らしいな。まぁ、学生には分かんねぇよな、ランクだけが強さじゃねぇってことが」


 男が一歩一歩近づいてくることが、死の前兆のように思えた。


「それはな、経験だ!たとえ、ランクがそっちの方が上だとしても、俺にはここまで生きてきた経験がある。場数が違うってことさ」


 男の持つ剣が少し揺れながら男とともに近づいてくるのは、相当な恐怖を与える。


「学生は学生。お前には重すぎたんだ。Aランクという力も、王女という地位も。そのすべてが重すぎたんだ。結局、器じゃなかったってことだ」


 その言葉で、アリサはハッとする。

 雪野との言い合いで、自分は覚悟があると言ったが、今の自分にはそんなものがあるだろうか。

 アリサが持っていた覚悟とは一体。


 そんなものは最初からなく、ただ強がっていただけなのだろうか。

 Aランクという強さや、王女という地位に甘えていただけなのではないだろうか。

 最初からAランクでも王女でもなかったら、こんな覚悟を持っていなかったのだろうか。


 男の言葉で、様々な考えが頭の中を駆け巡る。

 考えた。

 考えに考えた。

 しかし、答えは出なかった。


「お前は強くなんかねぇんだよ。弱い弱い、ガキだ」


 自分の弱さに気付いてしまったアリサは、もはや気力すら出なかった。

 男は少しづつ近づいて行き、アリサたちは座り込んだまま後ずさっていく。


 しかし、そんなものは抵抗にすらなっていない。

 すぐに男は追いつき、二人の前で立ち止まると、男は剣を振り上げた。

 男は銘を言わなかったためよくはわからないが、その剣の黒光りする刃は光も飲み込んでしまいそうで、二人とも身が竦んで動けなくなってしまった。

 ディバイン・フィールドが展開されていない今は、ダメージは軽減されることはない。このままでは、死が確定してしまう。


 だが、二人とも動けない。ここまで恐怖を感じたことは、今までなかったのだ。

 そんな二人に、男は躊躇なく剣を振り下ろした。

 そして、鮮血が散った。


              ☆


「まさか、あの二人が迎撃するとは思ってませんでしたよ」


 雪野の能力でアリーナの屋根の上に移動した礼仁たちは、そこから全体を俯瞰して、アリサとユリアを見つけた。

 二人はちょうど襲撃者と戦い始めるところのようだった。

 先に仕掛けたのはアリサたちの方で、アリサが炎の竜を出し、ユリアがその火力を風の魔法で強化していた。


「レイさん、あれって……」


「<魔力共鳴>じゃないね。ただの合体魔法だ。炎と風は相性がいいから、それでできたんだろう」


 礼仁は戦闘の様子を詳しく探るため、魔法を使った。


「<解析眼(アナライシス)>」


 すると、礼仁の視界から色が消えた。

 その白黒の世界で、礼仁は戦っているアリサとユリア、そして襲撃者を『視た』。

 見るだけで、その視界の中では魔法がすべてわかる。先覚者が使用する魔力の波形や能力の種類など、様々なことが。

 そしてわかった。

 襲撃者の能力が。

 しかし、礼仁を驚愕させたのはそんな小さなことではなかった。


「なるほどね。そういうことか」


「どうかしましたか?」


「あぁ、まぁ、そうだね。うん、いずれわかることかな」


 その礼仁の返答に、雪野は少なからず落ち込む。


「つまり、教える気はないということですね」


「そうだね」


 しかし、礼仁は落ち込む雪野に対して、でも、と続けた。


「このことは知らない方が面白いと思うんだよね」


「レイさんの趣味に巻き込まれる身にもなってください」


 宥めるような言い方をした礼仁だったが、それでも口をとがらせて文句を言う雪野に、困った表情で続けた。


「そう言うなって。これで楽しめるのは、お前の方かもしれないんだぞ」


「どういうことですか?」


「言葉通りの意味」


「その意味が分からないんですが」


 意図が全く読み取れず疑問符を浮かべる雪野に、礼仁はやはり教えることはなく、笑みを向けた。


「じゃあ、その時になったらね」


 礼仁はよく他人には理解できない意味深な言葉言うが、いつもは雪野だけはその意味を理解できていた。今回のように、雪野でも理解できないようなことを言うのは本当に珍しいことで、余計に気になった。


「……やっぱり、レイさんの趣味も入ってませんか?」


「まぁ、ちょっとだけ……」


 そう言って、指先でジェスチャーも入れる。

 それがなんかおかしく思えて、雪野は笑ってしまった。


「ふふふふっ」


「突然どうした?頭でも狂った?」


「レイさんほどではないです」


 礼仁が冗談交じりで聞くと、予想外に辛辣な答えが返ってきた。

 まぁ、それでも雪野が言っているという事実があるだけで、だいぶ心に刺さるかどうかが違うのだが。

 もちろんそれは、雪野の言葉が軽いからというわけではなく、むしろ逆で、重いからこそ気が楽になることがあるし、冗談だと受け止めることもできる。

 ただ。


「突然重すぎるのはやめてくれないか?」


 笑い過ぎて目の端に浮かぶ涙を指先で拭いながら、雪野は笑顔で答えた。


「はい、ごめんなさい」


 そして、今度は二人合わせて、クスリと笑った。

 そんな二人だったが、突如、予想外の熱量に視線を向けた。

 それは、戦いを続けるアリサだった。


「これが、Aランクの力、ね」


 そうつぶやく礼仁の顔には、驚きもなく、淡々としている感じだった。


「レイさんにとっては、想定内の力ですか?」


「そうだね。これぐらいはやってもらわないとね。お前も、大して驚いてないでしょ?」


「それは当然じゃないですか。こんなので驚いていたら、あの人たちには死ぬほど驚かされますね」


 雪野の大袈裟ともとれる言い様に、礼仁は笑った。


「はははっ、それもそうか」


 この程度の魔法で驚いていたら、礼仁たちはここにはいないだろう。

 その経験があるからこそ、そして相手の能力がわかっているからこそ、礼仁にはわかってしまう。

 アリサたちは、あの男には勝てないと。


「どうします、レイさん?」


 雪野も同じ意見なのか、礼仁に判断を仰いできた。


「そうだね、あの二人の負けは確定だろうけど、本当に、どうしようか?」


 そう言っている間に、アリサの攻撃が防がれ、その場に崩れ落ちてしまう。


「あまり、時間はありませんね。決めるなら早めにした方がいいですよ」


「面倒なことに、そうなんだよね。まぁ、理事長に知らせて、あの人に事態を収拾してもらうのが簡単だね」


「やっぱり、そうですか」


 雪野はポケットから携帯を出すと、操作し始めた。


「あれ、理事長の番号でも入ってるの?」


「はい、一応念のためということで」


「僕は何も聞いてない」


「レイさんに言っても、意味がないと判断されたんじゃないですか?」


「あぁ、それはあり得るね」


「自分で納得しちゃうんですか」


 相変わらずの鈍感マイペースっぷりに、雪野は毎度のごとく感心というか、呆れさせられる。

 あくまで、雪野にとってはいい意味で、だが。


 雪野はようやく目的のアドレスを見つけ、そこをタッチして携帯を耳に当てる。

 数回のコール音がして、目的の人が出た。


「もしもし、理事長、揚羽雪野です。前置きを差し引いて、本題だけ言わせてもらいます」


 雪野が電話している横で、礼仁は迫ってくる男におびえるアリサたちが見えた。


(まぁ、学園内ならすぐに治療できるし、さすがに死にはしないか)


 そして、礼仁はその場から視線を切った。

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