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魔法学園の特異学生  作者: 二一京日
第1部 千変万化編
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6話 方舟と竜

 礼仁が観客席へと上がり、空いている席を探していると、こちらを手招きする手が見えたので、そちらへ向かった。

 礼仁が歩くと、その先にいる人たちは皆避けているようだった。それも無理ないことではあるが。


「お疲れ様でした」


 礼仁が手招きをしていた人を確認すると、それはユリアだった。

 ユリアは礼仁をねぎらいながら、空いている隣の席へ座るように促した。

 特に断る理由もなかったので座ると、礼仁は気になったことを聞いた。


「ねぇ、雪野たちはどこに行ったの?」


 たしか、この場所には雪野とアリサが座っていたはずだ。その二人がいないのは妙だった。


「あちらです」


 ユリアは苦笑しながら、リング上を指差した。

 そこには、相対する雪野とアリサがいた。

 その状況に、礼仁は頭を抱えてうめいた。


「なんで、こうなっちゃうかな?」


 礼仁の言ったことに対して、ユリアは微妙な顔をした。


「非常に申し上げにくいのですが、原因はあなたにあるんです」


「え?」


 ユリアはこのような事態になった経緯を、事細かに説明した。

 礼仁が一方的に、しかも残忍な勝ち方をしたため、そもそもの模擬戦を中止にしようという考えがあったらしい。


「まぁ、自分で言うのもなんだけど、それも仕方ないんじゃ」


「本当に、ご自分で言うことではないですね」


 礼仁の戦いが綺麗なものではなかったのは事実だ。

 そして、それはアリサも同じように思っていた。

 そのアリサが、礼仁に失望した、というような内容のことを言ったらしい。

 礼仁には返す言葉もないことだが、当然のように雪野が反論し、二人の間で激しい言い争いが始まったのだそうだ。


「それでこうなったのか」


「はい。理事長も、思う存分やらせた方が気が済むだろうと言って、これを最後の模擬戦にしたんです」


「最後って言っても、これは二回目だよね」


「誰のせいですか」


「はい、僕のせいです」


 さすがに反省している礼仁は、もうそれ以上は言わず、リング上の二人に注目した。

 どちらも相手を睨んでいて、辺りには緊張感が漂っている。これが自分のせいで起きたことだと思うと、礼仁は心が痛んだ。


「それでは、今回もお互い名前とランクを言ってくれ」


 翠が言うと、先に雪野が口を開いた。


「揚羽雪野、Aランク、世界ランキングは三十位、二つ名は<方舟の女帝>」


 雪野の情報を聞いても驚く様子がないアリサが、今度は言う。


「アリサ・コルフォルン、Aランク、世界ランキング二十七位、<竜炎まといし姫君クリムゾン・プリンセス>」


 計十万人ほどの先覚者の中で、上位百位以内というのは、現役最高クラスの証である。

 そんな二人が戦うとあって、先ほどの空気を吹き飛ばすような熱気があった。


「あなたがどう考えているかはどうでもいいけど、レイさんのことを悪く言うのは許さない」


 アリサを睨みつけて、雪野は言った。しかし、アリサはその目には屈しない。


「あんな試合をしたら、悪く言われても仕方ないでしょ。むしろ、あなたが彼を擁護する理由を聞きたいわね」


 戦っている最中に七宮が礼仁に言ったことは、客席にいた生徒たちには聞こえていなかった。言えば理解してもらえるとまではいかないが、ある程度はこの状況も変わっていただろう。

 緊張感が漂う中、雪野とアリサは身構える。


「それでは、試合開始!」


 合図があると、雪野は手元に魔力を集め、自身が持つデバイスを出現させる。


「来い、<トワイライト>」


 雪野が出現させたデバイスは、紫色に輝く、水晶のように透き通った、細長い剣だった。


「<炎帝の神剣(ジ・インフェルノ)>」


 アリサは手元に炎を出現させ、その炎は次第に形を成していき、一本の大剣となった。

 その大剣を地面に突き刺すと、観客席にまで振動が伝わってきた。


「あれは、まともに打ち合えないね」


 礼仁は、剣を構えている雪野の方を見る。

 雪野には悪いが、礼仁はこの試合の勝ち負けはどうでもいいと思っている。

 それゆえに、どちらを応援するということもなく、ただ静かに観ている。


 両者とも、すぐには動かなかった。相手の出方をうかがっているのだろう。

 こういう高レベルで実力差があまりない者同士の戦いでは、一つのミスが勝敗に響きかねないので、下手な手は打ちたくないのだ。

 時間が少しずつ過ぎていく中、緊張に静まり返ったリング上で、アリサが先に動いた。


 地面に突き刺していた大剣を片手で持ち上げ、目の前の空間を払う。

 すると、大剣が炎をまとい、その炎が雪野に向かって放たれた。


 しかし、雪野は慌てることなく、空間転移で攻撃をかわした。

 その転移先は、アリサの真後ろ。

 雪野はすでに剣を振りかぶり、無防備になっているアリサの背中めがけて、剣を振り下ろした。


 アリサも当然それには気付くが、大剣では振り返って払うには余裕がない。

 そこで、アリサは一瞬の判断で、周囲へ魔力を放出した。

 それは炎の波となり、アリサを中心として全方向へ襲い掛かった。

 リングと観客席の間には、安全確保のために障壁が張られていて、万に一つも生徒たちに被害が出ることはないが、アリサのすぐ後ろにいた雪野はただでは済まない。

 さらに、空間転移は短い間に連続で行うことができないため、この攻撃をかわすために転移することもできない。

 雪野は攻撃を中断し、防御姿勢に入り、魔力で体を覆うことで炎から身を守る。


「これはすごいな」


 思わず、礼仁はアリサのこの攻撃に感心していた。

 これほどまでの攻撃を成すためには、どれだけの魔力を必要とするのか。

 しかも、溜めの時間もなく、ほとんど咄嗟に出した炎であるはずなのに、雪野に防御姿勢をとらせるほどの高火力。


「今の僕では、相性が悪い相手かな」


 少し、自虐的なニュアンスを込めて笑みを浮かべた礼仁の視線の先では、ちょうど炎の波が消えたところだ。

 アリサはリングのほとんど中央に位置し、雪野は橋の観客席の下まで押しやられていた。


「ふうん、いくら魔力を張って防御したからって、無傷とはやるじゃない」


 予想外に耐えた雪野に、アリサはショックを受けるどころか、むしろうれしく思っているようだった。


「私が相手だからって、すぐにやられるような人とは、語り合う気にはならないもの」


 アリサの言葉にカチンときたのか、雪野は立ち上がって、ゆっくりとアリサの方へ歩いた。


「別に、大したことじゃないわ。見た目は派手だったけど、火力はそれほどじゃなかったわね。さすがに、空間を越えるほどじゃない」


 開始と同じところまで戻ると、雪野は自信ありげな顔でアリサを見た。

 完全に売り言葉に買い言葉の構図になっている雪野とアリサは、お互いが気に入らないのか、強引に魔法のぶつけ合いへと発展していく。


「<炎の天雨(カラミティ・フレイム)>!」


 アリサの背後に炎の矢が無数に展開され、それらすべての照準が雪野へ向く。


「<空間式(スペースアーク)・剣製>!」


 雪野もアリサに負けじと魔法を使う。

 しかし、それは見た目の変化は乏しいもので、アリサと比べると派手さには欠けていた。

 実際、目を凝らしても空間にちょっとした歪みがあるようにしか見えないのだ。


「それは……」


 この魔法を知っている礼仁を除いて、観客席にいる生徒たちにはよく見えないかもしれない。

 ただ、相対しているアリサには分かった。今、目の前にある脅威が。

 今回は、お互い様子を見ることもなく、雪野が魔法を使ったすぐ後、打ち合いが始まった。

 アリサが炎の矢を放つと、雪野も何かを放つ動作をする。


 そして、二人の攻撃は空中で激突し、霧散する。

 しかし、二人ともそんなことは気にも留めず、新たに生成し、放ち続ける。


「いったい何が起こっているんですか?」


 雪野が何をしているのかがわからないユリアは、おそらく知っているであろう礼仁に問いかける。

 礼仁はユリアを一瞥すると、面倒くさそうにしながらも答える。


「あれは、空間の一部を切り取って剣の形に構成しているんだ」


「切り取って?それって大丈夫なんですか?」


 空間を切り取るということが想像できないユリアだったが、そんなことをして大丈夫なのか不安になった。もしかしたら、空間に消えない傷を付けてしまうかも、という考えがあった。


「問題ないよ。世界の修正力っていうのは、人が思っている以上にすごいんだ。いくら雪野が空間を切り取ったとしても、周囲に影響は出ないさ。それに、雪野が切り取っている量は微々たるものだし、剣となっている切り取られた空間は、しばらくすれば元に戻るんだ。自己修復機能って感じで」


「そういうものなんですか」


 今の礼仁の答えで、ユリアは礼仁と雪野が特殊な人間であることが分かった。

 少なくとも、この二人は普通の人間にはできないことをやっている。

 そのことに警戒を覚えつつも、今リング上で戦っているアリサのことが心配になり、そちらの方へ視線を戻した。


 リング上ではお互い、一歩も引かない戦いをしていた。

 アリサは炎の矢が撃ち落とされても、すぐさま矢を生成し、雪野は飛んでくる矢をことごとく撃ち落とす。


「いくら彼がすごいと言っても、人道から外れた行為をしていいわけないでしょ!」


 アリサが怒声を浴びせると、雪野も怒鳴り返した。


「人道から外れてるかどうかなんてわからないじゃないの!それに、レイさんは理由もなくあんなことをしない!」


「理由があればいいって言うつもり!?」


「そうよ!あれもきっと、レイさんじゃなくてあの男が悪いのよ!」


「見苦しいほどの責任転嫁ね!そんなの彼が悪くない証明にはならないじゃないの!あなたがそんな風に甘やかすから、彼もあんな風になったんじゃないの?」


「はぁ!?あんた何様のつもりよ!あんたごときがレイさんの悪口を言ってるんじゃないわよ!レイさんはあのままでいいのよ!あんたが口をはさむことじゃない!」


「なんですって!?」


 二人とも、言い合いながらも攻撃の手は緩めず、相手を倒さんと二人の頭上を剣と矢が通過し続ける。


「あなた、私に対してなんて口の利き方をするの?初めて見た時から気に食わないと思っていたけど、ますます気に入らない!」


「あなたこそ何様のつもりよ!自分が一番だ、とでも言いたいの?昨日も自分が一番強い発言していたけど、自惚れも甚だしいわね!」


「自惚れだなんて失礼ね!私はちゃんと自分を等身大に評価しているわよ!」


「等身大なわけがないじゃない!過大評価もいいところよ!その程度の力でよくもまぁ、恥ずかしげもなくいられるものだわね!」


 ここまでの言い合いとなると、礼仁は疑問に思うことがあった。


「ねぇ、一つ聞いていいかな?」


「何でしょう?」


「ここまでになっているのも、僕のせいなのかな?」


「………………相性が悪いんでしょうね」


 その返答に、礼仁とユリアは揃ってため息をついた。

 そんな二人のことなど一切気にしない様子の雪野とアリサは、礼仁たちの心配をよそに、白熱した戦いを続けていた。口論という意味でも。


「だいたい、なんで日本に来る必要があったのよ!他にも、いい所はたくさんあったでしょうに!」


「あなたみたいに感じの悪い人がいるとわかっていたら、日本になんて来なかったわよ!」


「あなたにそこまで悪く言われる謂れはないんだけど!」


「あるに決まっているじゃない!あんな凶暴な人を尊敬しているなんて、頭がおかしいんじゃないかしら!」


「私をなんて言おうと勝手だけど、レイさんの悪口は決して許さない!頭の中を開いて、そのねじれた性格をどうにかしてやるわ!」


「頭がおかしいのは、どう考えてもあなたよ!あの人のどこに尊敬するところがあるって言うのよ!」


「また、悪口を言ったわね!死ぬ覚悟はできてるんでしょうね!」


 もはや、お互い具体的に何を言いたいのかはっきりしない言い合いであり、それを見ている生徒たちも辟易としていたが、礼仁はアリサに、ユリアは雪野に感心していた。


「まさか、ここまで魔力が保つなんて。魔力量では、完全に雪野より上だな」


「そういう雪野さんも、大したものですね。姫とここまで打ち合える人を、私は初めて見ました」


「そりゃそうだよ。魔力の変換効率は、僕がちょくちょく教えているから、同世代の中ではトップクラスの技量のはずだよ」


「そうなんですか」


 感心するユリアだったが、心の中では別のことを思っていた。

 DランクがAランクに指導するという構図は、本来起こりえないことだ。

 しかし、この短い時間でこの男の異端性が身に染みたユリアは、特に何も言うことはしなかった。何を言おうと、また異端性を見せつけられてしまうからである。

 こういう心の中はともかくとして、礼仁とユリアは穏やかに話しているが、それとは正反対と言える話し方をしている二人は、魔力が尽きる気配がないまま、激しさをどんどん増していた。


「そんなに彼がすごい人間だと言うのなら、私に証明してみなさいよ!!」


「さっきの試合で、レイさんのすごさがわかったでしょ!!」


「何度も言うけど、あんなのはすごいとは言わない!あんな力を誇示するみたいなやり方は、私の好みじゃない!」


「じゃあ、こっちももう一度言うけど、あなただって力を誇示するような発言をしてたじゃない!」


「あれは無効よ!」


「だったら、レイさんのだって無効よ!」


「そんな無茶苦茶が通ると本気で思っているの!?」


「それはこっちのセリフよ!自分を棚に上げた発言は、自分を反省してからしなさい!」


「そんなの、あんたに言われることじゃない!」


「なら、あんたにレイさんのことをとやかく言う権利なんてないじゃない!」


「私はAランクで王女だから、他人を評価する権利はあるのよ!」


「そんな遊びは、あんたの国で好きなだけやればいいじゃない!」


 もともとは礼仁の戦い方について意見が割れたということらしいが、どう考えても脱線して、お互いに非難しあっているだけで、話し合いなんて穏やかなものではなくなっていた。

 魔法戦は白熱しているというのに、言い合いの激しさが勝って、盛り上がるべきところで、生徒たちは困惑して盛り上がれずにいた。

 そんな空気をものともせず、というより気付いていない様子の雪野とアリサは。


「遊び!?遊びだなんて失礼ね!これは王族として必要なスキルなのよ!」


「だったら、あんたのそのスキルは、能無しも同然ね!」


「何ですって!?」


「だってそうでしょ!実際に戦っているのを見た人の実力に気付けないなんて、能無しもいいとこじゃない!」


「だから、さっきも言ったでしょ!彼がすごいというなら、私にわかるように証明してみなさい!」


「私もさっき言ったわよ!さっきの試合が、その証明だって!何度言えばわかるの!?」


「それはこっちのセリフよ!あんな風な勝ち方は、私は強さの証明とは思わない!」


「何を言っているの、この無能王女は!!その目は節穴か!眼球の代わりに、何かが詰まっているんじゃないの!?」


「何かって何よ!それに、あなたに無能だなんて言われる筋合いはないわよ!」


「無能に無能と言って何が悪いのよ!人を見る目がないなら、王女として無能に決まってんでしょうが!」


「私は王女として、努力を重ねてきたのよ!その努力を馬鹿にするのは許さないわ!」


「私だって、レイさんの悪口を言う人を許すつもりはないわよ!」


「あれは、悪口なんかじゃなくて、正当な評価よ!この場にいる誰もがそう思ってる!」


「じゃあ、ここにいる奴らは全員馬鹿ばっかりってことでしょ!」


「人を悪く言うのも大概にしなさい!」


「レイさんを悪く言うあんたには、言われたくない言葉ね!」


「さっきも言ったけど、これは正当な評価よ!」


「そんな風に人の実力を見抜く力がないから、無能と言われるのよ!」


「そんなことを言うのは、あなただけよ!」


「そうかしら?案外多くの人が、そう思ってたりするんじゃないの!?」


「そんなことないわよ!それに、私を無能と言っているけど、あなたの方はどうなのよ!本当に人の実力が見抜けているのかしら?無能という方が、無能だったりするものね!」


「子どもの言い分じゃない、そんなの!私が無能じゃないってことは、レイさんが証明してくれるもの!」


「自分で証明できない時点で、自分が無能だと言っているようなものよ!」


「だったら、あなたは自分で証明できるのかしら?あなたの言い分で、無能じゃないというなら自分で証明できるんでしょね!」


「当然よ!この試合に勝ったら、私は有能ってことになるわよ!」


「へぇ、あなたは自分が無能だといった相手に勝てば、有能だという証明になるというのね?そんなおかしな話が成立するわけないじゃないの!」


 二人がまったく止める気配を見せないので、礼仁は見るのも疲れてきた。


「ていうか、長すぎでしょ。いつまでやってんだか」


 そう言ってもう一度ため息をつくと、礼仁は奇妙な気配に気づいた。

 気配がしたのはアリーナの外。出入り口のドアの方へ意識を集中させると、一人の先生が慌ててアリーナに入ってきた。


「理事長、大変です!」


 その焦り様に、理事長は振り向き、リング上の二人も戦いを中断した。


「一体、どうした?」


 翠が尋ねると、その先生は上がった息のまま、早口に答えた。


「この学園が何者かの襲撃を受けています!」


 その言葉に、会場全体がどよめき、不安そうな声が所々で挙がった。

 このままではパニックになってしまうように見えた。

 いや、外では実際にパニックになっているかもしれない。


「静まれ!!」


 たった一言。

 しかし、その翠の一言で、会場全体に静けさが満ち、落ち着きを取り戻していった。


「私が状況を確認してくる!それまで、諸君はここにいろ!先生たちは学内の生徒たちをこのアリーナまで誘導してくれ!」


 翠の迅速な指示で、ひとまず方向性が見えたが、ひとつ翠も予想していなかったことが起きた。


「ユリア、行くわよ!」


 アリサがリング上から観客席に上がり、そのまま出入り口の方へ走っていき、ユリアもそれに続く。


「おい、待て!」


 アリサたちは翠の制止を振り切り、そのままアリーナを出て行ってしまっていた。

 仕事を増やしてくれた生徒に翠は頭を抱えたが、すぐに判断して、動いた。


「先生たちは他の生徒たちのフォロー、私はこのまま行く!」


 そう言って、翠もアリーナから出て行った。


「なんか、嫌な感じになってきましたね」


 いつの間にか礼仁の横に来ていた雪野は、辺りを見渡しながら言った。

 翠や他の先生たちの対応でパニックにまで至っておらず、皆おとなしく席に座っているが、再び不安の声があちらこちらでしていた。


「そうだね。これは昨日のメールとは無関係、なんてことは言えないかな」


「そうですね。おそらくはその通りかと」


「だとしたら、アリサたちが危険かな。理事長は大丈夫だと思うけど」


「そんなにあの女が心配ですか?」


 雪野が不満そうな表情で、礼仁を睨みつけながら言うものだから、礼仁は思わず苦笑してしまった。


「いや、別にそういうわけじゃないよ。ただ単に、事実としてそう思っただけだ」


「そうですか。まぁ、初めからわかってましたけど」


「わかってたなら聞かないでくれ」


 周囲の空気とは反対に、二人はかなり穏やかに話をしていたが、アリーナの外から避難してきた人たちが入ってくると、中はさらに荒れ、さすがに無視し続けられる状況でもなくなっていた。


「行きますか?」


「そうだね。今のうちに、敵さんの手の内を見ておくのも、悪くない作戦だと思うし」


 礼仁は座ったまま雪野へ手を差し出し、雪野はその手を優しく握った。

 そして、二人はその場から消えた。

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