28話 やる気
大分更新が遅れて申し訳ありませんでした。
いくら雪野の空間転移でも、瞬時に目的の場所まで飛べるわけではなく、一度に転移できる距離にも限度がある。そのため、敵に追い付くためにはその場所まで何度も転移していかなくてはならないのだが、礼仁はその途中で見知った気配を感じた。
「雪野、ストップ」
その言葉に雪野は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに空中から近くの建物の屋上へと転移して止まった。
「何かありましたか?」
「あったというか、あってほしくなかったというか、居てほしくなかったというか……」
「居てほしくない?」
礼仁が苦笑いしてそう言うため、雪野は向かっている場所の付近の空間を調べると、すぐに礼仁がどういう意味で言ったのかがわかった。
「どうして、あんなところに二人がいるんでしょうか?」
雪野はもう目的地のすぐ目の前にいるアリサとユリアのことを、不機嫌そうに言った。
これでどこかのベテランの先覚者が先を越しているようなら大したことは思わないのだが、それがアリサとユリア、特にアリサにはあまり良い気はしない。
礼仁も雪野ほどではないにしても、二人のことは少なからず苦手にしていたために、こんな状況で鉢合わせることにはなりたくなかったのだ。
まだ実際には礼仁たちの方が一方的に見つけただけだが、目的地が同じである以上このまま行けば会うのは必然だった。
「う~ん、会いたくないんだけど……どうしたもんかな……」
礼仁は自分でもわからないうちにアリサに苦手意識を持っていて、それが今礼仁を迷わせている。
とは言え、攫われた波城桃花の方を優先しなければならないというのも頭の中ではわかっている。
ならば、悩んでいるようには思えるが答え自体はすでに礼仁の中で出ていた。
「……まぁ、仕方ないことはあるよね。優先順位があるんだし」
「では、すぐに向かいますか?」
「うん、お願い。ただし、奇襲はかけないで正面から行く」
礼仁がそう言ったことに、雪野は不思議そうに小首を傾げた。
「レイさんなら、むしろ奇襲をかけそうですけど……何か理由でも?」
雪野にそう尋ねられて、礼仁は一度考えた。
今回のように誰かを攫われた状況では、一番いい手はいきなり雪野に攫われた人を転移させることだ。それだけで後は人質の心配をすることなく戦うことができる。
戦わないまでも、人質の安全を確保して後は逃げるだけ、という状況にもなる。
礼仁は今雪野の力が活かせるということを分かっているものの、その手段をとることは気に入らなかった。
「……どう言ったものかな。まぁ、はっきり言ってしまえば、今回の依頼に興味がなくなったってことなんだけど……」
「え!?」
雪野は驚愕と言っていいほど驚き、礼仁の顔を凝視した。
しかし、どれだけ見てもその顔は嘘も冗談も言っているようには見えなかった。
「あの、わかってはいると思いますけど、一応今回は連盟から正式に出ている依頼なんですが」
「わかってるよ。だから、たとえ興味がなかったとしてもやらないといけないし、やめるつもりもないよ。依頼自体に興味がなくなっただけで、やられた分を返すのはやっておきたいからね」
礼仁は自分のことを倒した樹に対して、リベンジしたいと思っている。
日常ではあまり戦いたいと思うような相手ではないが、一度やられてやられっぱなしというのはいい気分はしない。
「でも、基本的にはそれだけかな。波城桃花の救出はついでみたいなものだね」
「レイさんが本心からそう思っているのであれば、私からは反対する気はありませんが……できるならその理由を聞かせていただいても?」
「理由と言っても、大したことはないんだよ。ファンを目の前にしたら言うのは少し怖いけど、波城桃花の救出に必要性を感じない。別にやらなくてもいいんじゃないかなぁ、とすら思ってる」
今回やるべきことの中で、一番大事な対象者の救出を必要ないと言うのが雪野は納得できなかったが、元からそこまで詳しい理由を聞くつもりがなかったため、疑問は押し殺した。
「ついでで助ける分には良いんだけど、それを本命にするのが気に入らない、かな。その理由は本当に個人的なことで、他の人からしたら大したことはないんだろうけどね。ただ、そうなったら掌の上で踊るのは嫌だから」
雪野は礼仁の言った言葉に反応して、顔をしかめた。
「掌の上で踊る、ということは、誰かに誘導されていると考えているんですか?そうなら、一体どこからでしょうか?」
「きっと、最初から最後まで」
「最後?まだ終わってませんが……」
「もう終わりみたいなものだよ。あと一つピーズが嵌まれば終わることだしね。ただ、そのピースに含まれるのが嫌だな~と思ったら、救出するのを本命にしたくなくなっただけなんだよね」
「ですが、結局は助けなければいけないのでは?いくらこちらに事情があっても、それは個人的なことにすぎませんので、人の命には代えられないかと」
「その命というのが、僕がやる気をなくす理由の一つなんだけど……」
礼仁は不機嫌なまま、目的地の方へと目を向ける。
アリサとユリアはもうすぐについてもおかしくない頃合いだ。
個人的な考えでは、礼仁は助けに行きたくはない。しかし、周りのことを考えたら助けに行かないわけにはいかない。礼仁が名前も知らないそこら辺の人のことを気にすることはないが、連盟からの直接の依頼であるため、無下にすればどんな罰則があるかわからない。
(整理してみたら、このまま行って掌の上で踊らされた方が楽のような気がするなぁ。それに、この間のことで結構自分勝手に動いた自覚はあるから、ここらで清算しておいた方が良いか)
学園襲撃の時に連盟とは関係なく個人で少し動いたことを引き合いに出されるのも嫌なので、もう自分から清算してしまえば、大したダメージにはならないだろうと礼仁は自分に言い聞かせた。
「よし、じゃあ、行こうかな」
口ではそう言っているが、表情は明らかにやる気はなさそうな礼仁に、雪野は苦笑いする。
「もう着いてしまったら、やっぱやめたではすみませんよ」
「わかってるよ。そうやって自分を追い込まないと今回はやる気が出そうにないからね。それに、リベンジはちゃんとやるよ。結果として助けるだけだから、あまり波城桃花のことは気にしないけど」
「わかりました。では、すぐに行きましょうか。せっかくの決心が無駄にならないうちに」
「頼むよ」
礼仁は雪野が空間転移の力を持っていて助かった、と心から思った。
歩いて向かった場合、それまでの間少なからず時間ができる。その間に迷った末に決めた心が揺らいで、そこから引き返すようなことにならないとは限らない。
空間転移なら一瞬で着いてしまうため、考えを改める時間がない。自分を追い込んでしまえば、考えも一直線になるというものだ。
(とはいえ、こんなことで雪野の力を便利と思うのは、少し雪野に失礼な気がするから、絶対に言わないけどさ)
礼仁がそうして心の中で思っている間に、元の場所から目的地まで一気に移動して着いてしまっていた。