27話 変化する状況
樹と和樹が現場から去ってしばらく経った頃、礼仁はようやく目を覚ました。ちょっとした仮眠のつもりだったので、元からあまり長い時間眠るつもりはなかった。
幸いなことに、今ではもう体の痺れもとれて、体調は悪くはなかった。
「お目覚めですか?」
そう言う声が聞こえ、礼仁は寝ころんだまま顔を横に向けると、そこには雪野が正座して待機していた。
同時に礼仁は周囲の状況も確認するために体を起こし、辺りを見渡すと、礼仁たちのいる屋上には人がいないものの、下ではあわただしく人が動き回っているようだった。
「大分ぐっすりと寝ていましたね。あそこで頑張っている人たちからしたら、レイさんの行動は頭に来るんじゃないですか?」
「そうかもしれないね。僕は気にしないけど」
「はい。私もあんなどうでもいい人たちの言うことは一切気にしません。気にする必要すら感じません」
「僕は別にそこまで言うつもりはないけど……別にいいか」
礼仁も雪野ほどではないにしても、少なくとも赤の他人の言葉にはあまり耳を傾けない人間だ。人のことは言えない。
それに今はこんな言い合いをしている時ではない。時間がないというわけではないが、早いに越したことはない。礼仁の体も万全となったので、これ以上待つ必要もない。
「レイさん、一応今回襲撃してきた二人については調べておきました。レイさんが起きるまで少しだけ時間があったので」
「そう。それで、調べてみてどうだった?」
「そうですね。そこまで詳しくは調べられなかったのですが、過去に起こした事件やその規模から察するに、さすがはAランク、と一般的には言われるレベルでしょうか」
「じゃあ、雪野個人としては?」
「たかだか元Aランク、かと。私もそうそう後れを取ることはないでしょうし、レイさんでも問題はないかと。現にレイさんも一人の実力は実際に測りましたよね?」
「そうだね。まぁ、あれくらいなら何とかなりそうかな。でも、奥の手とか隠してたりしたらその都度対応していかなくちゃならないかな。さすがに無視できるほど弱くはないし」
礼仁は立ち上がって服を払うと、腕を上に伸ばして伸びをした。
「さて、ひとまずあいつらのとこに行かなくちゃいけないわけだけど、雪野は居場所は把握してる?」
「はい。ずっとあの二人の存在は空間越しに追っていたので、居場所はわかっています。レイさんもわかっていますよね?おそらく同じ場所だと思うのですが」
雪野は空間を操作できるので、空間内を移動するものを追い続けることができるため、一度雪野に見つかれば相当距離を離さない限り居場所はすぐに見つかってしまう。
一方礼仁は樹と戦っていた時に、樹の魔力を覚えていたため、ある程度遠くに離れていても居場所は感覚でわかるのだ。最も魔力の隠蔽が上手い相手には感覚だけで追うのは難しいのだが、今回の相手は隠蔽はあまり上手くないようだった。
「どうやら二人で合流してそのままみたいだね。他に仲間も良そうにないし、叩くなら今かな。二人同時にできるし」
「そうですね。では、私は特に何もしなくても大丈夫ですか?波城桃花の保護だけしていれば?」
「そうだね。危なくなったらフォローしてくれればいいかな。そうならないようにはしたいけど」
「そうですね」
雪野はそう礼仁の言うことに納得しながらも、今の状況では危なくなることなどないのだろうなと思っている。あるかどうかはわからないが、奥の手でも出してくるとき警戒しておこうと決めた。
「それじゃ、手早く済ませようか。もし他の人が先にやってしまっていても、それはそれでいいけど、ここまで来たら自分たちで終わらせたいからね」
「レイさんはせっかくわざわざ負けてまで下準備しましたしね。では、私が最短距離で向かってみせます。他の誰かが辿り着く前に、全部終わらせてしまいましょう」
礼仁は雪野へと手を差し出し、雪野はその手を丁寧にとると、即座に瞬間移動し、その場から二人とも消え失せた。
☆
礼仁と雪野が屋上から消え、樹と和樹の元へと向かっているのを確認すると、<神格詩人>は笑みを浮かべた。
その笑みは、ここまでほとんどが彼女の思惑通りに事が進んでいることへの笑みだった。もっとも、礼仁が樹に負けたことは予想外だったのだが、そんなことは些細なことだった。
<神格詩人>が最も見たいのは結果だ。たとえそこまで至る過程が良くても、結果が悪ければ意味がない。しかし、このまま行けばその結果は必ず訪れるだろうことは予想できた。
いくら結果が良ければいいとはいえ、このままスムーズに礼仁の思惑通りに事が進んでしまうのは癪だった。
元々今回のことを仕掛けたのは<神格詩人>であるから、完全に礼仁の思惑通りかとなると疑問が出るが、それでも自分のシナリオの中でやりたいように動かれるのもあまりいい気分はしない。それが例え予想通りだとしても、少しは苦労してもらった方が面白い。
(そういうことなら、少しだけ手を出させてもらおうかしら。この茶番がもう少しだけ私にとって面白くなるようにしたいからね)
<神格詩人>は今からやることがどう考えても理不尽だということが理解できていながらも、それを止めることはできなかった。止めてしまえば、面白くなくなる。
(ごめんね、レイ君。少しだけ……もう少しだけ私の自己満足という茶番に付き合ってもらうわよ)
そうして<神格詩人>は礼仁と雪野へと手を出した。とは言え、何か二人に大けがをさせるようなことはなく、ただ単に雪野の転移を妨害して、途中から瞬間移動ができないようにしただけだ。しかし、それでも十分に時間稼ぎになる。
そして、<神格詩人>はこの状況を少しでも面白く出来そうなものを近場から探していくと、ある二人が目についた。
(この二人は確か……。そう、良い偶然。私にとっては良い偶然ね。この二人を利用すれば、もう少し面白くできるかもしれない。それに、こういう弱そうな人はやられ役には使えるしね。そうすれば、波城桃花へ与えられるショックも大きいということになるわよね。せっかく助けに来てくれた人たちがやられるなんて、上げて落とすようなものだからね。うん、多少のシナリオの変更もこれならいい方向に向かいそうね。早速やってしまおうかしら)
そうして、<神格詩人>は目を付けた二人へと働きかけた。
(やっぱりこういう時、万能の力というものは便利よね。どんな状況にも対応できるのだから、面白いわね。それに、理論上何でもできるのだから、逆にできないことでも探して見るのも面白そうね。あくまで万能であって、全能ではないのだからできないことくらいあるでしょ。次に事を起こすまでにそういうのを探して見ましょうか)
<神格詩人>はもう状況を面白くするだけ面白くして、あとは流れに任せ、完全に観客へと戻っていた。