26話 誘拐後、その時まで
樹が礼仁と接触したのとほぼ同時に、九条和希も今回の誘拐対象である波城桃花の元にいた。すでに周囲には戦闘不能に陥っている先覚者が多くいて、護衛部隊の半数以上が和希一人に削られていた。
そして、残っている中にはアリサとユリアもいた。しかし、それを二人は自分たちに残れるだけの力があるからだと思っていない。二人は基本的に桃花のすぐ近くにいて迎撃は倒されていった人たちがしていたので被害がないだけだ。実力で言えば、まだまだだと思っている。
多くの先覚者を前にしてもまったくひるむことなく進んでくる和希を見て、二人は以前苦汁をなめさせられた男のことを思い出した。学園が襲われたときに何もできず、その後リベンジした時も何とか倒すことができた程度だ。
その男と同じ空気を、二人は和希に感じていた。
和希の力で周囲が爆破され、桃花は身動きが取れなくなっている。つまり、このまま増援が来るまで耐えなくてはならないのだが、今この時、樹がその増援を断っていることをアリサたちは知らない。
「姫様、このままでは……」
「わかっているわよ、そんなこと。でも、これはちょっと……」
アリサはついこの間、自分のAランクという強さの基準が揺らいできていた。本当にAランクは強いのだろうか。自分自身は本当に、誰かに認められるような力を持っているのだろうか。そんな不安があるアリサは、今目の前で先覚者を次々と倒している和希に、どう立ち向かえばいいのかがわからなくなってきていた。
そんなアリサの心境を相手が考えてくれることなどなく、和希は真っ直ぐに桃花へと近づいて行く。その間にアリサたちを含めた多くの先覚者たちがいるのだが、まるでその人たちがいないかのように、それらをすり抜けて桃花へと視線を向けている。
「まったく、今回の仕事は楽なようで面倒だな。とっとと、片付けて報酬でも貰うか」
その言葉を言うと、和希の目がすっと細められ、そこから気合を入れたようだと察した先覚者は身構えて、和希を迎撃しようとする。
「邪魔だ!」
しかし、そう言って和希が両手を振るうと、先覚者たちを数々の爆発が襲い、吹き飛ばされる。それによって、和希と桃花の間に一本の道ができた。それを狙ってやったようで、すぐに和希はその道を駆け抜けていき、桃花の元へとたどり着いた。
「させるかっ……」
和希を何として桃花から離そうと、何人かが意識を何とか保ちながら和希に攻撃をしようとした。
だが、それすらも無意味となる。
「だから、邪魔だと言っただろうが」
『うわぁぁ!』
和希に攻撃しようとした先覚者たちへと和希は再び爆発を与えて、今度こそその意識を刈り取った。
「さてと、お前には少し眠っていてもらおうか」
和希は即座に手刀で桃花の意識を奪うと肩に担ぎあげて、その場を後にする。その際に倒れている先覚者たちを少し見遣ったが、すぐに興味をなくしたように背を向けて、そのまま走り去って行った。
アリサは和希に意識を奪われることはなかったが、それはすなわち和希に立ち向かうことができなかったということ。最後まで渡すまいとしていた先覚者たちは和希にしっかりと意識を奪われ、今すぐには動けない。今動ける者はあまり多くはない。
「姫、どうしますか?」
ユリアがそうアリサに尋ねると、アリサは少し嫌な気分になった。
(ユリアはたぶん、この状況で何をするかは決めている。結局私が決めてしまえば、それに従って、それがユリアの望んでいた物だとしても従う、かもしれない。私次第なんだ。今はユリアに対して答えることが、私自身の一つの指針になっているんだ)
アリサはここまで考えていた、自分の力不足に関してはひとまず置いておくことにした。力不足と思うなら、今後どうにかしていくしかない。どうにかするために、何かをし続けるしかない。今すぐにどうにかなることではないのだから、今は不要なことだ。
今必要なのは、何をすべきか、自分がどうしたいのか、どうありたいのかを決めるという、ただそれだけの事。周りとの比較ではないのだ。
「……ユリア、ひとまずは追いかける。どんな相手でも、転移能力があるわけじゃないから移動は一瞬じゃない。人一人を背負っているわけだから、もしかしたら追いつけるかもしれない」
「追いついたら、どうしますか?」
「今の私たちじゃ、追いついたところでどうにもならない。とりあえず相手に見つからないように追跡。誰かに連絡して応援を呼ぶ、といったところかな」
「賛成です」
ユリアはアリサの考えに即答した。いくら従うと言っても、ユリアなら自分と違う考えなら少し考える。ならば、即答したわけはアリサの考えがユリアの思った通りのことで、期待した答えだったのだろうとアリサは思った。
「よし、じゃあ、すぐに出よう。見失わないうちに」
「はい」
アリサたちと同じような考えをした他の先覚者もいたようで、それぞれがそれぞれの方向へと向かって行き、結果として手分けをする形となった。
☆
和希と樹は途中で合流してから、追手を振り切るためにさらにスピードを上げていき、そのまま取引場所へとたどり着いた。その場所に桃花を連れてきて、今回の依頼主と会って報酬と交換する手筈となっている。
しかし、辿り着いた時間が早すぎたようで、約束の時間まではまだしばらく時間があった。
ひとまず和希は意識を失ったままの桃花を下ろし、両手両足を縄で縛り、口も布でふさいだ。
「やれやれ、今回の依頼はだいぶ楽で逆に怖いな。そう思わないか、倉木?」
「…………」
「倉木?」
和希が問いかけても、樹は全く反応を示さず、難しい顔をして考えこんでいた。
「おい、どうした、倉木?」
「……あ?あぁ、悪い。聞いてなかった」
「いや、ただどうしたって聞いただけなんだが……本当にどうした?何も聞こえないくらいに考えこむなんて、本当に久しぶりだぞ。何かあったのか?」
和希の知る限りでは、樹がそこまで考え込むか集中している時と言うのは、基本的にまずい時だ。それを見過ごして危機に陥ったこともある位で、なかなか馬鹿にできなことを和希はわかっている。
「……何か、か。本当に何だったんだろうな……」
「は?それを俺に聞かれても困るんだが」
「そうだな。だが、俺にもよくわからないんだ。なにせ、今まで見たことのないタイプの相手だったからな」
「もしかして、お前が負けたのか!?」
焦ってそう聞いた和希だったが、それは早とちりだった。
「いや、勝った、か。負けはしなかった。生憎とどめを刺すことはできなかったが、あれではしばらくは動けないはずだ。なにせ、<タケミカヅチ>を打ち込んだからな」
「何!?お前、その技を使ったのか。しかも、相手はそれをくらって死ななかったのか?」
「あぁ、体の自由は奪っていたが、致命傷には程遠いだろう」
「……それ、同じ人間かよ。そうなると、お前が考え込むのもわかるな。そんな奴がいたら、危険で仕方ない。一応、動けなくなっているんだよな?」
「それは確認した。だが、どれくらいで動けるようになるのかがわからない以上、時間の問題だな。この場所を突き止められるかどうかも、こうなってくると不安だ」
和希は樹の使った言葉に対して、驚きを隠せなかった。
「まさか、お前が不安なんて言葉を使うとはな。こうなると、本格的にヤバいか。こっちもそれなりに準備をしておかないとダメか」
「準備のし過ぎ、ということはないだろうからな」
そう言う樹だったが、樹には和希に入っていないことがあった。樹の話しか聞いていない和希からすれば、樹と戦った礼仁はとてつもなく強い存在と理解するが実際の所は、樹はそこまで手こずらなかった。ただ単に不気味なところがあったというだけだ。
しかし、事前に弱いと伝えられるよりも、強いと伝えられる方が想定外のことが起きても対処しやすい。だからこそ、樹は言わなかった。
実際、樹は礼仁のことを直接戦った以上に感じ取るものが何かあった。その何かが樹にはわからないままだった。