21話 誘拐の日へ
礼仁と雪野が連盟前で合流した時は、会議が始まる二十分ほど前のことだった。
先に来ていた雪野に、礼仁が声をかけた。
「用事はもういいの?」
「はい。問題ありません」
「そう。なら入ろうか」
今回の会議では護衛と迎撃に当たる先覚者が集められている。その全員がBランク以上だ。それが十人以上いるとなれば、今この場にはかなりの戦力が集められていることになる。
そして、その中にはアリサとユリアの姿もあった。
会議場に入って真っ先に二人を見つけた礼仁は、今すぐにここから立ち去りたい気分になってしまった。
とはいえ、それもできないので、仕方なく二人にばれないように部屋の隅っこの席に腰を下ろした。一番前に座っている二人からしたら、あまり見えないだろう。
「Bランク以上となると、やはりあの二人も来るんですね。私たちと同じ迎撃組でしょうか」
アリサはこの中では数少ないAランク先覚者。普通なら迎撃に回ることになるだろうし、彼女の能力からしても護衛よりは攻めの方が合っている。
しかし、礼仁の考えは違った。
「僕はそうは思わないけどね。迎撃の方にだけAランクを入れるなんて、偏り過ぎだと思うけどね。。さすがに護衛組の方にもAランクは入るでしょ。そうなると、経験の浅さから言ってアリサが入るのが妥当でしょ。まぁ、その次になるのは雪野の可能性も高かっただろうけど、そうなると厳さんの言う僕のストッパーと離れさせるわけにもいかないから、僕も護衛ということになる。でも、僕は集団行動が苦手だから、他の人と合同での護衛が苦手。だから、比較的合同とは言えない迎撃の方になるわけだ」
「そうですよね。レイさんだと幾らか面倒なことがありますよね。コミュニケーション能力とか」
「そういうことだね」
その後しばらく話をしていたら、会議の時間となった。
その会議では、波城桃花の当日のスケジュールに合わせて、護衛組の行動の確認、そして、迎撃組の配置の割り当ての確認だった。
人によっては、波城桃花の動きに合わせて移動する場合もあるらしい。
礼仁と雪野は、最初から最後までずっとコンサート会場での警戒だった。
「普通は、そうなりますよね」
「そうだね。お前の能力の欠点からしたら、移動しない方が良いから」
雪野の空間操作の能力は転移が可能だが、それにも利点と欠点がある。
利点は当然、目的地へ他の何よりも早く辿り着くことができる。目的地を定めてしまえば、転移能力はとても強力な能力だ。
しかし、一方で目的地を定めない場合には欠点がある。
今回の場合も、最初波城桃花と行動を共にし、その後会場へと移動する場合、転移能力は絶対に使ってはならない。
なぜなら、転移すれば、前にいた地点から移動した地点の間への注意がおろそかになる。移動の際に、周囲をくまなく警戒する必要がある以上、どこかを抜かしてしまうわけにはいかないのだ。
だから、雪野は移動させない方がいい。
「まぁ、でも、追いかけるなら雪野の転移は便利だからね。そこは期待しようかな」
「私の転移に対策をされている場合はどうしましょうか?」
「転移ができないのなら、他のやり方で追いかける。転移はできるが捕まえられないとなれば……その場合は難しいね。どうして、という所に起因するからね。まぁ、その辺のことは後で考えるかな。時間はまだあるし」
礼仁は進められている会議の様子を見ていて、気になることがあった。
「そう言えば、何で僕らが護衛や迎撃なんだっけ?」
「危険な相手かもしれないからじゃないんですか?だから、警察に協力する形なんでしょうし」
「そうだね。でも、じゃあ、何でそれを伝えないんだろう?」
「え?あれ?言われてみれば……」
今はもう会議の終了に差し掛かっている。相手が一体どれほどの相手なのか、それは真っ先に伝えるべきことだ。
危険な相手だということを礼仁たちは今朝言われていたために、気付くのが遅れた。
しかし、そのことを見逃しているということは、厳太郎や妃奈子に限ってはあり得ないと礼仁は考える。二人ともがミスをするというのは、礼仁には予想できない。
「となると、意図的に言わない、のかな?」
「私たちのように、事前にそれとなく言われていたのでしょうか?」
「だったら、ここで改めて説明ってことになるはず。やっぱり、説明されないのは変だ」
「一体、どういうことなんでしょうか。聞いてみますか?」
「いや、それは別に……」
そこで、誰かが雪野が言ったことを質問した。
護衛や迎撃する側としては、相手が一体どういう相手なのかは知りたいものだ。その危険度も含めて。
だが返答は、調査中、の一言だった。
「まぁ、そう返すよね。普通はそうだ」
「それなら、厳さんや妃奈子さんが隠しているということですか?」
「そうなるのかな。一体どういうことなのやら。最低限のことはやると言ったけど、これはそれだけで済むのかな」
礼仁は呼び出されたときに支部長が言っていたことを思い出す。
「確か、僕に死なれては困る、とか言ってたかな?」
「そうでしたね。珍しかったですね、あの言い方は」
「うん。あんな風に言われたのは初めてだった。今回がそれだけ特別ってことかな」
厳太郎がなぜわざわざ今回に限って、そんなことを言ったのか。
それだけ危険ということなのかもしれない、と礼仁は気を引き締めることにした。
☆
厳太郎と妃奈子、琴音は<神格詩人>と向かい合って座っていた。
礼仁に言っていた用事だ。場所は都心の高級レストランの個室。そこなら外に会話が漏れることはない。
三人の体面に座る女の顔に、不自然さを感じる妃奈子は眉を顰める。
「そんな顔しないでよ、妃奈子さん」
「思うのだけれど、会うたびに顔を変えるのはどうなのかしら。こちらとしては、その顔であなただということが、しっくりこないのだけど」
「仕方ないでしょ、それは。どこの誰に見られているのかわからないんだから、それくらいは用心しないとね」
「まぁ、用心は必要でしょうけど……」
「その話は今は良いだろう。別にこちらに不自由があるというわけではないんだ。そこは彼女に任せれば」
厳太郎は早速本題に入ることにした。
「今回の波城桃花の襲撃計画に、見直しの点はないのか?」
「えぇ、そこの所は問題なく。ちゃんと排除しておきたい先覚者を襲撃者に選んで置いたわ。そちらとしても、そいつらを捕まえることができるチャンスね」
「あぁ、そうだな」
<神格詩人>が渡してきた資料に目を通すと、そこには確かに指名手配中の先覚者二名の名前があった。
一人は倉木樹。年は五十二歳。元Aランク先覚者で、十年前に連続殺人を犯したために指名手配され、ランクを剥奪された。それから現在までもいくつか倉木が殺したと思われる事件もおり、捜索は続けられていたものの、足取りを掴むことが困難とされていた男だ。
もう一人は九条和希。年は二十九歳。こちらは五年前に倉木に協力して数名殺し、さらに市街地で爆発物を設置して大混乱を引き起こしたことでランクを剥奪された、同じく元Aランク。
その時の爆発物は、世界ランキング一位のSランク先覚者が処理したことで事なきを得たものの、止められなければ何十、何百という死者が出たと思われる。
厳太郎は資料を確認して、重く息を吐いた。
「この二人か。久々に名前を見た。そうか、もう十年にもなるのか」
「そうね。私は全然知らないのだけど、当時はかなり話題になったんでしょ?まぁ、九条の方は第一位さんが何とかしちゃったみたいだけど。確か、世界中を放浪しているのよね。今どのあたりにいるのかしら」
「さあな。あの人のことは深く考えても無駄だ。神出鬼没な奴だから、会えたら奇跡みたいなものだ」
「できれば会いたくないわね。面倒なことになりそう」
「まぁ、そうだろうな」
厳太郎は話を戻して、今度の襲撃について話す。
「こちらの方で、護衛と迎撃を分けた。護衛にはサルイ王国の王女を入れているが、全体的な戦力として見れば、大したことはないはずだ」
「まぁ、倉木と九条なら大抵の相手が大したことないってことになると思うけど……それでいいわよ。結局のところ、波城桃花を誘拐さえできればいいんだから」
<神格詩人>が何が目的で波城桃花を誘拐したいのかを知っている厳太郎としては、苦笑いするしかなかった。
「君も手の込んだことをするな。わざわざ誘拐なんてことにするとは」
「私としては消えてもらえればそれでいいわけよ。そこについでで迷惑な奴らを排除するだけ」
「君の協力には本当に感謝しているよ」
「別にいいわよ。私のシナリオに狂いが生じない範囲では、そういう犯罪者たちは自由に捕まえてもらって。それに、これであなたたちの協力を取り付けられたんだからね。そのおかげで今回の誘拐事件の筋書きも思い通りにできるのよね」
<神格詩人>は本当に嬉しそうにそう言う。
厳太郎や妃奈子は、最初は本当に彼女の筋書き通りに物事が進められるのだろか、と不安に思っていた。
しかし、実際に相対していると、そんな不安など必要ないと思えるほどに彼女は用意周到に計画し、虎視眈々と機会を窺う人なのだとわかる。
「波城桃花がいなくなることで、私たちもようやく動けるようになる。彼女がいては、私が自由に動けないからね。そういう不安要素がなくせて、あなたたちとも手を組めたのだから、今回の計画では、望んでいた以上のものが手に入ったわ」
「……この後の計画に関しては、我々は特に何もしなくていいんだな?」
「えぇ。連盟としての通常の対応だけで十分。こちらに理があるような行動は、そちらの首を絞めるだけでしょ。だからしなくていいわ。あとは全部こちらでやるから」
<神格詩人>が自信ありげに言う。
その姿からは自分たちよりも年下だとは、厳太郎にも妃奈子にも思わせなかった。
「あ、そう言えば、言い忘れていたことがあったわ」
ふと、思い出して<神格詩人>は大事なことを口にする。
「当然だけど、私たちのことは彼には悟られないようにしてね」
厳太郎は<神格詩人>の言いたいことにすぐにピンときた。
「彼、というのは礼仁のことか」
「そうそう。別に繫がりに関しては後々知られることになるから仕方ないけど、私の目的に関しては知られたくないのよね。だから、お願いね」
「言えば理解してもらえると思うけれど……」
妃奈子は礼仁に対する印象として、利があることに関しては協力的なスタンスをとるように思える。
<神格詩人>の目的は、確実に礼仁の利があることだ。
だから、そう言ってみるのだが。
「そこは、ほら。サプライズ、みたいな」
「サプライズ、ね。あなたがそう言うのなら、まぁ、いいわ。言い出しっぺはあなただしね」
「私も構わないぞ。元より、そのつもりだったからな」
「二人ともありがとうね。じゃあ、それぞれの目的のために乾杯、ということで」
そして、三人はそれぞれのグラスを上げて乾杯した。
琴音はそんなことは気にせず、ただ黙々と料理を食べ続けていた。