20話 自分嫌い
どこかの一室で数人の男女が話をしていた。
「ふむ、前回の学園襲撃は失敗だな。警備が頑丈な状態で突っ込むのは愚策だった。それだけ精神が侵食されていたということか」
「王女にやられる前に完全に呑まれたらしい。つまりは、その程度の男だったということだろう。あの程度のデバイスも使いこなせないとは」
「そんなことよりも、王女たちの<魔力共鳴>の方が重要だろう。あの二人に使えるはずがない。となれば、間違いなく<水聖>が何かをしたのだろうな」
「そこの所はどう思う、<神格詩人>」
一人の女が問いかけられ、その回答を他の者は待つ。
女は口元に笑みを浮かべると、楽し気に話す。
「いくら彼でも、そう簡単に<魔力共鳴>させることはできないわよ。あれはほとんど偶然できたと言えるでしょうね。どちらかと言うと、<水聖>ではなく、それを発動させた王女たちの方に注目すべきだと思うわ」
「確かに王女の方はAランクだったか。だが、それほどか?我々の誰にも敵わないと思うのだが」
「そこは重要ではないわよ、<死神>。勝てないからといって、邪魔できないわけではないから。むしろそういう方が厄介なのよね」
<死神>と呼ばれた男は肩を竦める。
この場にいるものはその全てが相当な実力者だ。勝てなくとも邪魔はできるという意見には、些か不本意なところがあるのだ。
「その辺の所は、別に今すぐにやらなくてはならないということはない。直前にでも、本当に邪魔になるのなら消せばいいだけだ」
「そうね。まだ時間はあるのだしね」
二人の言葉に、他の者たちも頷く。
それを確認すると、<神格詩人>は立ち上がる。
「それでは私は行くわね。いろいろと準備があるし」
「あぁ、今回のアイドル誘拐のことか。本来なら必要がないはずなんだがな」
「私としては絶対に必要なことよ。しばらくの間、波城桃花には消えていてほしいもの」
「それはお前個人のことなのだがな。一応、人員はお前の要望通りに送っておいたが……本当にあれでいいのか?役立たずばかりだぞ」
「それでいいのよ。波城桃花と一緒に、その役立たずも処分してしまおうということよ。効率がいいでしょ?」
「……まぁ、いい。お前の個人的なことだ。お前に任せる。こちらに不自由がないようにしろ」
「わかっているわよ。そんなミスはしないわ」
そう言うと、<神格詩人>は出て行ってしまった。
そうすると、その場の空気が少しだけ緩んだ。
「相変わらず、あいつが話す時には気を付けないといけないのが面倒だ」
「本当に不気味だ」
「できればあまり話してほしくはないのだけどね。いつ牙を向けられるかわかったものではないわ」
辺りから不満の声が漏れる。
<神格詩人>はここにいる人たちからは信頼されていないのだ。その力を信用しているだけだ。
ただ、その力に仲間の方が気を使う必要があるのだ。
「ま、あいつの場合、催眠術とかはお手の物だろうからな。今回のこともそれを使って立ちまわっているんだろう」
「だからと言って、こっちが迷惑をこうむりたくはないんだよ」
「俺たちの目的が果たされれば、この関係もそこまでだ。それまでの我慢だ」
<死神>がフォローするものの、彼女に対する批判はおそらく止むことはない。
このことは幾らか時間がかかるだろうな、と<死神>はそう思った。
☆
今は放課後で、教室内にはまばらに人がいる程度。その中に礼仁が含まれる。雪野は少し用事があるとかで、珍しくそばにいない。合流は日本支部の会議室ということになる。
支部長からの呼び出しで受けた依頼の詳細な説明は、放課後にまた行うということだった。そのため、大して時間をとられることもなく遅刻せずに済んだ礼仁と雪野。
厳太郎は妃奈子と一緒に仕事で午後はいないらしいので、朝のうちに直接依頼するしかなかったという。
それが早朝の呼び出しの理由なら、仕方がないと納得できるところもあった。
(今週の土曜、か。コンサートとなると警備の方も大変だろうから、それはこっちでカバーしなくちゃいけないのか。僕以外にも迎撃チームはいるとはいえ、少しを気を張るなぁ、今回は)
礼仁は他者と接するのが得意ではないため、誰かと一緒に仕事をするというのが苦手だ。出来れば本当に一人でやりたいところなのだが、それを厳太郎や雪野が許さない。
それがとても面倒なのだ。
礼仁は別にさぼろうと思っているわけではなく、むしろ仕事はするつもりだ。自分で自分に課したことなのだから、それを違えるようなことをする人でなしには、できるだけなりたくない。
だからと言って、モチベーションは上がらない。
こういう大人数の仕事も厳太郎は礼仁のことをちゃんと考えているのかもしれないが、それを積極的にこなそうとする礼仁の意志がない以上は、あまり意味がないだろう。
何かの偶然で得ることもあるかもしれないが、確率としては積極的でなければそれはガクリと下がる。
それでもひとまずの仕事をこれまでやり遂げているがゆえに、厳太郎もそこまで強く言うこともないのだが。
実際、本当に他者と関わることができない人もいるのだから、そういう人なら言っても仕方がない。だが、それでもまだ十代という若さで諦めるのは、厳太郎は礼仁の後見人として認められないのだろう。
(そこまでされるのが、本当に申し訳ないんだけど……まぁ、いいか。仕方ないと割り切るか)
礼仁はそろそろ頃合いだと思い、席から立ち上がる。
雪野がいないために歩いて行くことになるが、頼りすぎるのもいかがなものかと思い、いい機会だった。
道のりは頭に入っているため、迷う心配もない。
学園を出てそのまま歩いていると、雪野がいないだけで随分と違う感覚になった。
一人というのが気が休まると思ってはいるが、実際に一人になるとそれが実感できてしまう。
そして、実感できてしまうことが悲しくもあった。
「前はこんなんじゃなかったと思うだけどなぁ。どうしてこうなったのか」
礼仁は自分のことを考えていると、とても嫌な気分になる。
自分自身がとても嫌になる。性格も良くないとわかっているし、行動も積極的ではない。
何かに対して、好意か悪意を見せるのだとしても、それで礼仁は好意を選びたくない。人に接するのには、悪意か透明でなくては息苦しい。
だから一人になりたいと思う。
一人になってそして息苦しくなくなって、そんなことで気分が良くなり、そして嫌な気分になる。
本当に面倒だ。矛盾してしまう。
息苦しくないようにしても、結局また息苦しくなってしまう。いくつもの輪が重なって、また同じところに戻って行く。
繰り返しだということを自覚しているのに、そこに戻るしかないと感じる。
そんなのが嫌だ。
そして、嫌だ嫌だと思うことで、心がすっきりする。
礼仁は自分という人間を最も嫌っていたい。そうすることでしか、息苦しさはなくならない。息苦しくなくなって、その後はまた繰り返しで何か起こるたびに、何かが原因で息苦しくなる。
そうなると、礼仁はまた自分を嫌うことで息苦しさから解放される。
それを何度繰り返してきたことか。
人に向ける感情も、嘘も真実も、自分への感情も、自分への刃も、全て礼仁が自分を嫌いになるためのものでしかないように思える。
だから、礼仁は心から前向きに世界と接することがない。何かあるたびに嫌いな自分を意識してしまうから、最初から接しないと決めた。
決めてしまえば、苦しくなることは減るから。
それが今の状況だ。
自分を嫌いになって、周りとの接触を避けて、そんな自分をまた嫌いになる。
それが正しいことだとは、礼仁には思えない。
矛盾して、ループする中で、積極性を放棄したのだ。ただそれだけのことで、嫌いになるには十分すぎた。
まだ十五年。
大して長い時を生きたわけではない。むしろ短いくらいだ。
そんな人生で自分を嫌いになるのは、とてももったいなく、悲しいこと。何度も礼仁は言われてきている。
それは理解できているが、それを改善できるかは別問題だ。改善できていれば、とっくに改善していることだ。
改善しようとすることはあっても、そこから何かをしようとするわけでもなく、自分の意志を反映させることもない。
そもそも、自分の意志なんてものがあるのかすら疑問だ。
だから、礼仁は決まり切った判断基準を持って、融通の利かない生き方をしてしまっている。