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魔法学園の特異学生  作者: 二一京日
第1部 千変万化編
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16話 呼び出しと忠告

 連盟の日本支部に呼び出されてから、一週間が経過した。

 その日、なぜか礼仁と雪野は放課後に理事長室に呼び出されていた。


「お前たち、学園に入学してから、一度たりとも模擬試合を行っていないそうだな?」


 翠から重たい声が二人に投げかけられ、礼仁は緊張した。

 とはいえ、雪野の方は大してそんなことはなく、翠に意識を割くことはしていないからなのだろうが。


「えっと、説明の時のあれはカウントしないということですね、それは」


 礼仁が七宮と、雪野がアリサと戦ったことを入れなければ、確かに二人はまだ戦っていないが。


「そうだ。新入生の中では、お前たちくらいのものだ、戦っていないのは」


「それが何か問題ですか?」


「問題も何も、そうなれば順位が付けられないだろうが。まったく、二人ともランキング外ということで、評価ができん。お前たちのことだ、この後もずっとこうして戦わないつもりだろうからな。一応、釘を刺しておこうと思った」


「ランキング外にいることで、何かしらの不利益はあるんですか?」


「私は別に気にしないが、ある先生から、意欲が足りないとか、やる気がないとか判断される恐れがある。それで最悪、留年とかもあり得るかもしれないぞ」


「うわー、入学そうそう留年のことを考えないといけないなんて、それはそれで大変ですね」


「大変なのはお前たちなのだがな……。はぁ~」


 翠は礼仁の他人事のような言い方に、どっと疲れを感じた。

 実際、礼仁が学園生活にそこまで興味を持っているのかどうかというのは、激しく疑問の余地があるところだった。


 翠が聞いた話によると、どうやら礼仁と雪野が学園に通うことになったのは、連盟の日本支部の支部長、天童厳太郎の計らいらしい。

 そんなことが知られれば、当然裏口入学と騒がれること間違いないため、このことを知っているのは学園内では翠だけだ。


 そして、そのことを教えられている理由は、礼仁と雪野の事情にある程度通じているためである。

 だからこそ、個人的に呼び出して注意をしているのだが、それが全く意味を成していないような雰囲気に、翠は頭を抱えた。


「とにかく、神部はともかく、揚羽は普通に対戦を申し込まれるはずだろう?」


 さりげなく礼仁への攻撃だが、礼仁はそれには気にしない。

 雪野も特に何も言うことはなく、素直に翠に答える。

 普通、雪野が礼仁に関する悪口やいじりなどを聞いた場合、黙っていることはないのだが、今回は相手が知り合いという枠に入る翠であるがために、雪野は抑えた。


「それはどうでしょうか?めっきりそんな人はいませんが……」


「普通なら、せっかくのAランクと戦える機会は作るものだが……なるほど、神部がそばにいるからか」


「僕にとっては、そんなのどうでもいいですけどね」


「私も、別に他の人のことはどうでもいいです」


「こいつら、人の心配をよそに……」


 もはや問題児だということを、翠はここになって改めて認識した。

 もともと、他者と足並みを揃えるなどということがこの二人にできるとは思っておらず、学園生活もまともに遅れるかは不安だった。


 だが、それでも翠はある程度は期待していたのだ。

 もしかしたら、これを機にまともな学生生活を送ってくれるのではないか、と。

 それなのに、こんな風になるとは、予想していたとはいえ、現実にはなってほしくはなかったのだ。


「あぁ、何だか疲れてきた。そう言えば、コルフォルンとは、最近どうだ?」


「どうだ、と言われましても……僕らは特に接触はしていませんが」


「それはお前がろくに動かないからだろう?もう少し、関係の構築をしたらどうだ?」


「それを言っても無駄なことは、理事長もよくわかってると思いますけど」


「確かにわかっているが、それを当の本人から言われるのは、ムカつくな」


 ついに、翠は苛立ちで魔力を放出し始めて、雪野は表情を硬くした。

 しかし、一方の礼仁はいつも通り、興味なさそうな無表情だ。


「理事長、少し重いんですが」


「普通は重いで済まないんだがな。揚羽を見てみろ。あれが普通だ」


 翠が顎でしゃくるので、礼仁は雪野の様子を確認する。


「レイさん、大丈夫ですよ」


 そう言って笑顔を向けるが、その顔は隠しきれないくらいには辛そうだった。

 これが戦いであれば、ある程度のアドレナリンでも出て問題なかったのかもしれないが、こんな普通の状態で翠の威圧的な魔力をくらい、精神的にダメージを受けているのだ。


「なるほど、これはなかなか」


「私としては、少し重い程度で済んでいるお前の方が異常だ、神部」


 そこで翠は放出していた魔力をしまい、先ほどまでの威圧感を解除した。

 その瞬間、緊張の糸が切れたのか、雪野が息を荒くしていた。


「雪野、そこのソファーにでも座っていなよ」


「い、いえ、大丈夫です。このままで」


「良いから座ってて。ここから帰る時にそんな状態じゃ、まともに歩くのも大変でしょ」


「……わかりました」


 雪野がとんでもないくらい疲れている状態なのは見て取れる。

 それを言い訳するのはさすがに見苦しいとわかったのか、雪野はおとなしく礼仁の言うことに従った。


「一応、私が呼び出している最中なのだがな」


「理事長のせいでこうなったんですから、それくらい良いでしょう?」


「まぁ、そのくらいはな」


 雪野は礼仁にソファーで休むように言われても、座ってぐったりすることはなく、姿勢よくしっかりと礼仁たちの会話に耳を傾けている様子だった。

 そこまで気を張るのも疲れるだろうとは思っているのだが、礼仁はこれ以上言うのが些か面倒になってきて、もう雪野のやりたいようにやらせようと思った。


 どうあっても、礼仁の提示した、帰る時に大変でないように、というのは守るだろう。それさえ守ればそれ以上言うつもりはなかった。


「そう言えば、コルフォルンのことだが、昨日かな?学内序列で一位になったぞ」


「…………は?」


 礼仁は翠の言葉に、耳を疑った。

 入学からまだたったの一週間と少ししか経っていないというのに、それでもう序列一位にまで上り詰めてしまったというのは、まったく予想できるものではなかった。

 入学式の時に、頂点に立つとか言っていたのは、全くの世迷言というわけでもなかったようだ。


 この学園のシステム上、一位になるには、ただ単に序列一位の人に勝ってしまえばそれでいい。しかし、誰でも彼でも簡単に対戦を申し込めるわけでもなく、最低でも序列が何位以上という制限があった。

 それを礼仁は覚えていないのだが、そこら辺は礼仁にとってはどうでもいい。


「まさか、ね。あの程度の実力で一位になれるなんて……相手が手加減でもしたんですか?」


「なかなか失礼な言い方だな。コルフォルンに対しても、元一位に対しても、だ」


「かもしれないですね。でも、事実です。この前のテロリストの案件も、個人で解決できなかったじゃないですか」


「それを掘り返すか。また、面倒なことを。あれにはお前も介入して、連盟からはお叱りを受けたんだろう?」


 一週間前に連盟に呼び出されたことに関しては、翠が事前に知っていた。

 呼び出された理由も、翠の方で事前に予想はしていたようだった。


「まぁ、そうですけどね」


「あの事件から、コルフォルンとセリステンは非常によく頑張っているぞ。放課後にはよく特訓もしているようだしな。今もやってるんじゃないか?」


「そうですか。僕にとっては別にどうでも良いことですよ」


「お前は特訓はしないのか?」


「してますよ、ちゃんと。今この瞬間も、ね」


 そう言うと、礼仁は右手をかざして見せた。

 翠が身を乗り出してそれを見ると、その手元に何やら揺らぎがあるのが見えた。


「僕が水使いなのは理事長もご存知でしょう?僕は常日頃から、こうして手元で水を操っているんですよ」


「それを常日頃、か」


「似たようなことは雪野もよくやってますよ。こうすれば、能力に関しては効率よく特訓ができますからね。ただ、僕の場合、もう一段階上のことをやってるんですけどね」


「一段階、上だと?」


 翠は礼仁の言う一段階上というのが、不気味に聞こえた。

 何やら、おかしなことのような気がして、身構えた。


「僕はただ水を操っているわけではありませんよ。僕は水を分子レベルで操っているんです。つまり、僕が今操っているのは、手元にある水ではなく、手元にある水分子全てを操っているんです。その数は一体、どれほどになるんでしょうか?数えるのが面倒です」


「いや、数とか、私も知らん……。だが、それほどのことができるのか。まぁ、当然と言えば当然だろうが」


「水の操作は、普通は水しか操れませんからね。火のようにその場で火を起こすことはできませんし、風のように常に周りにある空気を操るということも難しい。それが常識で、水使いは、周囲に水がなければ意味を成さず、水が使えれば汎用性はあるが、どの場でも適応できるわけではないんですよ。でも、こうして分子レベルで操れれば……」


「操れれば、何だというんだ?」


 勿体付ける礼仁に、翠は興味津々で尋ねる。

 しかし、礼仁は笑顔でこう告げた。


「秘密です」


「よし、殴らせろ」


「やめてください」


「勿体付けてそれを言うか、この馬鹿が」


「どうでもいいですよ。それで、そう言えば、呼び出した件はもう終わりですか?」


 学内序列と模擬戦について、だった。

 実際、最悪礼仁は雪野と戦えばそれで解決だった。それがわかっているから、翠も大して強く言うことはないのだろう。


 とは言え、それでは雪野が全く本気を出そうとはしないだろうから、八百長ということになるため、それはそれで問題になり兼ねない。

 だからこそ、最終手段だ。


「あぁ、そうだな。終わり、だな。そう言えば一つ、教えておこうと思ったことがあった」


「何ですか、今度は?」


「そう嫌そうな顔をするな。教えることと言うのは、この学園には、Dランクは二人しかいない。一人はお前だ」


 話を進める翠に、礼仁は訝しげに首を傾げる。

 全く話がわからない。

 ただ、自分で言ってくれるだろうことはわかっているので、黙って聞いている。


「そして、もう一人の名前は、天童夜月(よづき)だ」


 その名前を聞いた瞬間、礼仁と雪野は驚きに目を見開いた。

 それを見て、翠がにやにやと笑みを浮かべているのが、礼仁にはちょっとイラッときた。


「久々にそんな顔を見るな。その様子じゃ、知らなかったらしいな」


「……それをわかってて、言ったんじゃないんですか?」


「まぁ、それもある」


 礼仁は深呼吸をすることで動揺を落ち着け、そして、頭を冷静にした。

 慌てている状況では、何を考えても大して意味を成さない。


「天童、ですか。支部長の関係者ですか?年齢的に、孫、というのが妥当なところですか」


「当たりだ。その孫が、Dランクだ」


「それを僕に教えて、どうするんですか?」


「いや、どうもしない。しばらくはお前たちのやりたいように学園生活を満喫するといいさ。だが、一つ、支部長から伝言を預かっていてね」


「伝言?わざわざ理事長を通じてですか?」


 何でそんな面倒なことを、と思ったが、それでも事実そうなのだから受け入れようと礼仁は切り替える。


「伝言はこうだ。『天童夜月は危険だ。くれぐれも気を付けろ』と」


「危険て……。自分の孫でしょうが。何でそんなことを」


「そこまでは知らん。だが、それを伝えろと言われた。それだけだ」


 そう言い切る様子から、礼仁は本当にそうなのだろうとわかった。


(はぁ、面倒だなぁ~。琴音の『天使と竜』の意味だって全くわからないのに、そこにさらに支部長の孫とか、しかもその人が危険人物とまで言われる。面倒なことこの上ない。テロリストの件だって、解決したとは言い難いしなぁ……)


 礼仁はそこまで考えて、後回しにすることに決めた。

 今は情報の整理だけで、後は帰ってからにでもしようと。


「それでは、それで全部ですか?」


「あぁ、そうだ。わざわざ呼び出して悪かったな。揚羽も大変だったろ」


「それを当の本人が言いますか……。雪野、行こう」


「はい。それでは失礼します」


 雪野はすぐにソファーから立ち上がり、礼仁に続いて理事長室を出て行った。


 そして、再び静かになる理事長室で、翠は一人静かにつぶやく。


「『水聖』、か……。言い得て妙だな、あれは」


 翠は礼仁の水に関する操作技術を思い出していた。


              ☆


 帰り際になって、礼仁はそのまま外に出ようと思ったところで、不意に足を止めた。

 後ろから付いて来ている雪野が訝しげに尋ねる。


「どうかしましたか?」


「ん?あぁ、まぁ、そうだね。ちょっと、寄ってみようかな?」


「どちらにですか?」


「アリーナ」


「っ!?」


 礼仁が場所を告げたことで、雪野はその目的を察した。

 その瞬間には嫌そうな顔をしたが、すぐにそれを引っ込めて、平静を装った。


「うん。やっぱり行こうかな」


「わかりました……」


 雪野は内心不満ではあったのだが、それでも礼仁が言うのなら、という気持ちで押しとどめる。

 そして、アリーナへと足を進める礼仁へとついて行った。

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