15話 日本支部にて
世界先覚者連盟。
世界中に約十万人いると言われる先覚者を管理する機関の、その日本支部へと礼仁は呼び出されていた。
服装は、昨日と同じで制服にブレザーではなくパーカー。なんだかんだ言って、礼仁はこのスタイルが気に入っているのだ。
学園側も、バッジさえつけていれば何でもいいという所があるので、これでも許されていた。
今日は平日で、普通に授業がある日だ。しかし、こちらの方が優先ということで、学校には遅刻することになり、礼仁の付いてくる雪野も必然的に遅刻となった。
礼仁は別についてこなくても問題はないと思っていた。
そもそも、呼び出されたのは礼仁だけなのだから、そこに雪野が付いて来ても何かがあるわけでもない。
実際のところ、雪野は会議室の外で待っている状態だ。
そのことは雪野には言ったのだが、それでもついてくると聞かず、しかもその姿に逆らうのが面倒だった。
どうせ、こういう時は雪野は礼仁の言うことなど一切聞かないということは、会ってから二年が経過する今ではもうわかっている。
そうして、礼仁は会議室で、連盟の日本支部のお偉いさんたちに聴取を受けていた。
その際には礼仁は立っていなければならないというのが、精神的にも肉体的にも体力を削る構図になっているのが、礼仁としては嫌になる所だった。
それでも、おとなしくしていなければならないことがわかっているために、礼仁は微動だにしない。
もともと、今回呼び出された件に関しては、礼仁は自分の非はわかっていたし、こうなることも予想はしていた。理不尽なことでもないとわかっているのだ。
『さて、先日のアリサ王女とそのお付きの人が、テロリストを倒したということに関してだ。彼女たちはどうやら、事前にある程度の情報を入手していたようだ。そのことに関しては?』
「敵がどのような先覚者であるか、そしてどう対処すればいいのかは、僕個人の見解を伝えました。ですが、ハッキングの件に関しては、僕は関わっていません」
『そこまで言えとは言っていない!自分が何をしたのか、ということだけ言えばそれでいい!』
『まぁ、話が速いのは助かるがな。それで、本当にハッキングには関わっていないのだな?』
礼仁はむけられた質問に的確に答えることに努力する。
実際、今回のことに関しては、礼仁の方で隠すことはないため気が楽だった。
「はい。関与するどころか、妃奈子さんからそのことを知らされるまで、全く知りませんでした」
『貴様が気付かないとはな。にわかには信じにくいことだな』
「僕はただの学生です。そう周りに気を使うこともないでしょう?それに、僕にとっては、彼女たちが何をしているのかは興味がないので、注意は向けていなかったんですよ。とはいえ、向けていたとしても、ハッキングを予想できたかどうかは微妙なところではありますが」
『お前には、王女の護衛という任務もあるはずだが?』
今はここにはいないが、日本支部の支部長に、礼仁は入学前に気を使っておくようにとは言われていた。
それでも、結局その王女のことをかなり忘れていたのだが。
「それは正式に通達されたことではなく、それとなく言われただけにすぎません。必ずしもこなさなければならない、ということはないはずです」
『それで一国の姫を危険にさらし、命まで落とすことになれば、日本支部の失態ということになるのだが、そのことはどう考えている?』
「どうも思いません。別に日本支部がどうなってもいいということではないのですが、ある程度の危険なら気にする必要もないのでは?一応、今回のことも、かなり危険なことにでもなれば直接介入しようとは思っていました。そこはご安心ください。目の前で見殺しにするようなことはしません」
『貴様のその言い方は少し信用にかけるが……まぁ、良い。仮にも守ると言っている以上、それは果たしてもらおう。正式なものではないのは確かだが、一国の姫を守ることの重要性は、よく理解しているだろう』
「不本意ながら」
そう言う礼仁に対して、会議場にどよめきが走るが、慣れている人はわざわざ気にかけるようなことはしない。本音を容赦なく言うところがあるのは、よく知っていたからだ。
そんな慣れている人が、どよめく人たちを置いて、会議を先に進める。
『そう言えば、先ほど危険なことになれば直接介入する、と言っていたが、今回はどうだったのだ?報告では、王女たちが<魔力共鳴>を行ったとあるが』
礼仁はその報告があることは想定していたが、改めてそれを言われると、自分でやったことながらがっくりと来た。
実験的なものだったとはいえ、試した結果がこれなのだ。仕方がないと割り切ることもできなくはない。
『<魔力共鳴>は、君のように<千変万化>を持つ者にしか扱えない。そして、<千変万化>を持つのは、この世界で君を含めて二人しかいない。それは王女たちではない。なら、君が何かをしたのだろう。一体、何をしたのだ?』
「……二人の体内に僕の魔力を少し紛れ込ませることで、遠隔で二人の魔力を操作し、<魔力共鳴>を引き起こしました。元々、二人の魔力の親和性が高かったこともあり、成功しました」
『それはつまり、君は本来<魔力共鳴>を起こせない人に、それを起こさせた、ということだね?』
「そうなります」
『そんなもの、許されるわけがないだろう!』
『しかも、王女の身を危険にさらすとは!大体、最初から貴様が本気で戦って、そのテロリストを捕らえてしまえば、何も問題は起きなかっただろうが!』
礼仁に対して、あらゆる方向から罵詈雑言が飛び出す。
大人からすると、礼仁のように特殊な学生が目障りなのだろう。しかし、それでも礼仁には力があったがために、手出しができず、その生い立ちからも刺激することが躊躇われる。
だからこそ、こういう場があるならば、この機に乗じて言いたいことを言ってしまおうというものなのだろう、と礼仁は分析する。
結局のところ、この場がそういうことになるのは仕方ないと思っているため、文句はない。ストレスをここで発散して、後々何か起きるようなことがなければ、それはそれでいいと礼仁は思っている。
だから、ここは耐える。
いや、耐えるまでもない。聞き流すわけではないが、噛みしめるわけでもない。ただ聞く。それだけで十分で、何を言われても大して気にならなかった。
たとえ、それが禁句と言われていることだとしても。
『大体、人形のくせにやりたいように自由にやるなどー』
『それ以上口にすることは禁止されている!口を慎め!』
人形。
解釈として、主の言いなりになるものということだ。この場合は連盟の日本支部ということになるのだろう。
それ以外にも、人間ではない者、という意味で使われることもある。
しかし、たとえそう言われても礼仁にはどうでもいい。
結局のところ、何を言われても礼仁自身が何で、礼仁が自分のことをどう思っているかで、自分自身に関することは決まっていくのだ。気にした方が負けというものだ。
禁句について出てしまったことで、場が静かになってしまった。
不完全燃焼ではあるだろうが、それでもこの場でこれ以上言うことのできる人が一人もいないということに、礼仁は人間らしいと思え、少なからず心の中でホッとしていた。
それを表に出すと、馬鹿にしていると言われることは想像できるために、決してバレないようにするが。
『それでは、そもそもの事の経緯について、事実確認と行こうか』
やっと誰かがそう口にしたことで、会議という場が復活した。
そのことに誰もが安堵しているのが手に取るようにわかった。しかし、それは別に意識しない。
礼仁はただ、会議に呼び出された身であるのだから、意識しても仕方がないことだった。
☆
会議場から出ると、すぐそこには雪野が待っていた。
礼仁は体が疲れて伸びをしてから近づくと、雪野は軽くお辞儀をした。
「お疲れ様でした」
「うん、そうだね。少し疲れた」
「大丈夫ですか?」
「問題ないよ。さて、僕らはもういいみたいだ。中ではまだ会議をやってるけど、僕らの、というか僕の役目は終わり」
「そうですか。それでは学園へと参りましょうか」
そう言い、雪野は礼仁に自らの手を差し出す。
この場から、雪野の能力で一気に神坂学園に飛んでしまおうということだ。そうしたところで遅刻は確定なのだが、それでも数十分の短縮にはなる。
礼仁が差し出されている手を取ろうと、手を伸ばそうとした時、覚えのある気配がした。その手を止め、そちらの方を向く。
雪野も礼仁の動作から、同じ方向を向いて、その理由に思い至り、差し出していた手を引っ込める。
わざわざこの場で会うということは、少し話があるということなのだろうと雪野は察した。
礼仁としては面倒なのだが、それでも礼だけは言っておかなくてはならないことがあったのだ。
「直接顔を合わせるのは二週間ぶりですね。お久しぶりです、妃奈子さん。それに、琴音も」
礼仁たちの方へ歩いてくる女性と、その隣を歩く少女。
女性の方が七宮妃奈子。本人の柔らかい印象と同じで、服装も同じように大人しい色になっている。
世界に十六人、日本に三人しかいないと言われるSランクの先覚者。二つ名は『静かなる破壊者』。世界ランキングは五位。
そして、少女は法月琴音。こちらはかなり目立つ格好をしていて、何とゴスロリである。年は礼仁たちよりも下で、十歳だ。
しかし、その見た目に反して、Sランクの妃奈子の付き人をやっているAランクの先覚者だ。二つ名は『信託の巫女』。世界ランキングは四十八位だ。能力が非戦闘系であるがために、その力は絶大であっても、ランキングがAランクの内では後半だ。
そんな二人に声をかけた礼仁に、妃奈子はにっこりと笑みを返し、そして琴音は無表情だ。その無表情はいつものことなので、礼仁も雪野も気にしない。
「礼仁君、お疲れさま。だいぶ大変だったでしょ?」
「まぁ、そこそこ、ですね。大変といっても、それが別に理不尽でなければ、大して疲れるということもありませんよ」
「大人な発言ね。あの中で騒ぎ立てている人たちにも聞かせてあげたいものだわ」
そう言いながら妃奈子は、礼仁がさっき出てきた会議場へと目を向ける。
その中では今なお会議は行われているが、礼仁にも妃奈子の言う通り、あの中で騒ぎ立てているところが想像できてしまった。
完全防音であるため、中の音は聞こえないが。
「ははっ、そうでもないですよ。ある意味、僕は諦めているところがあるので、大人というわけでもないですよ」
「そう。でも、落ち着いているのは良いことよ。後先考えずに無茶をするなんていうのは、あまり褒められたことではないわ」
「それ、軽くアリサたちを非難してますね」
「さて、どうかしら」
おどけてみせる妃奈子だったが、その様子から礼仁の言ったことに間違いはないようだと確信できた。
もっとも、それ以上何かを言っても、仕方のないことなので、礼仁は肩を竦めるにとどめる。
「あ、あと聞いたわよ、雪野ちゃん。王女様と喧嘩したんだって?すごいことやるのね?初め聞いた時はビックリしたわ」
「レイさんから聞いたんですか?」
「ううん、私が独自で調べたのよ。なかなか面白い戦いだったみたいね」
「どうしてわざわざ知っているのか気になる所ですが、まぁ、いいです。日本支部としては、アリサに監視は付けておきたいんですよね?」
「私はその管轄ではないわ。そもそも、それは支部長が礼仁君に個人的に頼んだことだし」
「頼まれても僕はやりませんよ。そんな面倒なことは」
そういう礼仁に、妃奈子は意味深な笑みを向けてきた。
「そう言っても、面倒ごとには巻き込まれるんじゃないかな?今回のことだって、いくらか関係してたでしょ?」
「自分から関わりに行ったという方が正しいですけどね」
実際、礼仁は静観していれば、何一つ関わることなんてなかった。
結局は自らの行いによって巻き込まれに行ったということだ。
少なくとも、礼仁はそう思っている。
「そうね。今回に限ってはそうかもしれないけど、それはこういう言い方もできるのよ。巻き込まれざるを得なかった、と」
「……それ、言い換えることに意味あります?」
「さてね。人それぞれじゃないかしら。つまるところ、どう思うかはその人次第。もっとも、このくらいのことは礼仁君ならわかっていることだと思うけど」
「どうでしょうね。僕個人のことなんて、僕自身ですら把握しきれていないんですよ」
「それはまた大変ね。でも、これだけは覚えておくこと。大きな力というものは、否応なく大ごとに巻き込まれていく。そういう宿命なの。特にあなたは、あの<千変万化>を持っているんだからね。あの子とのつながりが、そこにあるんでしょ?」
「…………そうですね。肝に銘じておきます」
礼仁は不意に、服のすそを引っ張られる力を感じて、そちらに視線を向けた。
「琴音か。どうしたの?」
ゴスロリの少女が礼仁を見上げていた。
そして、背中のリュックからおもむろにスケッチブックとペンを取り出して、何か書き始めた。
実は、琴音は言葉を話すことができないのだ。
それは身体的なことが原因ではなく、精神的なことが主な原因らしい。
今は妃奈子が預かっている形になるのだが、それ以前にあったことが、琴音から声を奪ったのだ、と礼仁たちは知っている。
だから、琴音は会話のためにスケッチブックを使う。
言葉は理解できるので、それに対してしっかりと返答してくれる。大人の会話にもついていけるのだから、琴音はかなり頭が良いのだ。
「……ん」
書き終わったスケッチブックを、琴音は礼仁に見せる。
礼仁は屈んでそれを見ると、訝しげな表情をした。
『天使と竜』。
スケッチブックにはそう書かれていた。
こういうあまり意味がわからないとき、どんなことが起きているのかを、この場にいる全員が理解していた。
「琴音ちゃん、何か見えたのね?」
妃奈子の言葉に、琴音はコクリと頷く。
琴音の能力は未来視なのだ。それは意識的に未来を覗くこともできれば、突然訳のわからない未来が見えることがある。
その見える未来は、具体的なものではなく、抽象的なもの。今回の『天使と竜』も抽象的なもので、琴音自身もそれが何を意味しているのか、理解していないのだろう。
礼仁もまったく意味がわからない。
しかし、だからと言って無視するわけにもいかない。
琴音の突発的に起きる未来視の的中率は、今の所百パーセントらしい。少なくとも、礼仁は外れた所を見たことがない。
「これは、一体どういうことでしょうかね。何かの暗示、物事、あるいは人、組織……いろいろと考えられますね」
「そうね。でも、それを礼仁君に伝えたということは、それはおそらく礼仁君に関わることは間違いないわ」
「そうですね。本当にこれは、厄介事の匂いしかしないですね」
「だから言ったでしょ?巻き込まれるって」
「そうでしたね」
礼仁はそっとため息を吐くと、その後に琴音の頭を撫でた。
そのことに、琴音は一瞬ピクリと動いたが、すぐに動かなくなった。
「教えてくれてありがとう。僕の方でも考えてみるよ」
礼仁の手元で、琴音が頷いた。
その表情はいつもの無表情から、どことなく嬉しそうな雰囲気が感じ取れた。
「相変わらず、こういうことになるのよね。雪野ちゃんはどう思う?」
「さて、どうでしょうか?琴音ちゃんがそうなら、別にいいと思いますけど」
「お、大人だね~」
「当然の対応です。年下相手に張り合っても仕方ないですし」
「何の話?」
礼仁には雪野と妃奈子が何の話をしているのかが全くわからなかった。
しかし、二人は顔を見合わせて、その後にっこりとするとこう言った。
「「何でもない(ですよ)」」
「??」
礼仁は訳がわからないままだった。