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魔法学園の特異学生  作者: 二一京日
第1部 千変万化編
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13話 水使い

 人という生き物は、意志の力で限界に挑むことのできる生き物だ。

 そういうことを言う人は多いと思う。

 そもそもの大前提として、意志がなければ人はどんなに強かろうがその人の力は半減すると言っていい。

 また、困難が立ちはだかった時、その足に力を入れ、体を奮い立たせ、心に火を灯すのもまた意志。それは多くが頷く答えだろう。


 ただそれを実行できているかとなると、人それぞれと言える。

 困難を前にして、立ち尽くしてしまう人はいるだろう。

 何もできないとあきらめて、逃げ出してしまう人もいるだろう。

 あるいは、その場で抜け道を探して、正面から向き合うことができない人もいるだろう。

 それらの全てが、逃げているということなのだが、礼仁はそれ自体を責めることなどできはしなかっし、責めようとも思わない。


 ただ、立ち向かう人にはそれなりの敬意を払うだけだ。

 礼仁にとって、その行いこそが目指すことであり、乗り越えなければいけないと、自分に課していることなのだから。


 だからこそ思う。

 己のプライドといった、自分本位な考えで向かって行ったとはいえ、その行いが正当化されるわけではないが、礼仁は敬意は払おうと思っていた。あくまで、心の中での話だが。


 どれだけの月日がたっても、過去は過去でしかなく、変えられないことに変わりはない。事実は変わらず、どこまでもその人について行く。

 そんな過去に絶望し、過去を変えたいと思い、それでも過去は変わらず、その絶望は増していく。


 ならば、どうすればいいのか。

 過去に蝕まれる現実を抜け出すには、どうすればいいのか。

 それはもう、立ち向かうしかないのである。


 しかし、それは過去を変えるという意味ではなく、過去の捉え方を変えるのだ。過去をどう思うかによって、それを乗り越えられるかは決まる。

 だが、それは逃げであってはならず、立ち向かわなければならない。

 やはり、あらゆることは立ち向かわなければ道は開かれず、待っているだけでは救いは来ないのだ。そして、そういう行いはやはり、礼仁にとって敬意の払えるものだ。


 結局のところ、礼仁はただ乗り越えるために困難に挑戦できる人を、羨ましく思ってしまうのだ。

 そういう過去なのだ。


「何か考え事してます?」


 思考が巡っていた礼仁の意識は、礼仁にとって数少ない信頼を置ける少女によって引き戻される。

 礼仁は顔を上げ、壁に寄り掛かって立つ雪野に目を向けた。


「その顔は何か考えてる顔ですよ」


「こんな静かなところで、病人の横でできることと言ったら、それぐらいしかないと思うんだけど」


「病人の横で何を考えてたんですか?」


「……別に」


 少し間が開いた答えになったが、それゆえに雪野は何かしらを察し、それ以上そのことは言わなかった。


 今はもう、高校生活四日目の夕方。休みをはさんでいるから三日目という考え方もできるが、どちらにしろアリサとユリアが襲撃者に挑んだ日の夕方だ。時間も時間なので、校内に残っている生徒はあまりいないだろう。


 場所は医務室。あの戦いの後、救出された二人は病院ではなく、神坂学園の医務室へと運ばれた。

 理由としては、こちらの方が近かったことと、病院よりも早急に専門的な治療が受けられると判断されたからである。

 こうなると病院の面目が丸潰れのように思えるが、そうではない。専門が違うのだ。

 病院ではあくまで外傷に関してで、魔法的なことはむしろ学園の方が専門的なのだ。まぁ、当然と言えば当然かもしれないが。


 その二人はそれぞれベッドで眠っていて、礼仁は椅子に座って二人が目覚めるのを待ち、雪野はその礼仁を待っているという状況だ。

 雪野が礼仁待ち、二人のことはどうでもいいと思っているのはらしい行動ではあるが、礼仁が二人の目覚めを待つのはなぜか。

 それは、ある意味での責任感からだった。


「それにしても、いくら手助けしてあげたからって、ここまで面倒見る必要あるんですかね」


 明らかに不満そうにする雪野だが、それでも返ってくる答えはわかりきっていた。


「医務室の先生が会議中なんだから仕方ないでしょ。誰かが見てなきゃ。それに、これは僕なりの敬意を表しているんだよ」


「見守ることが敬意、ですか」


「そう。まぁ、客観的に見てこの行為に敬意が込められているかはわからないけど、ていうか、対象外のような気がするけど、それでも」


 そこでいったん区切ってから見せた表情は、雪野もあまり見ない優しげな表情だった。


「このまま帰るのはちょっと違う気がするからね」


「そう、ですか……」


 礼仁にこんな表情をさせた二人を恨めし気に思いながらも、雪野は礼仁に行いの意味を問い質すことはしなかった。

 雪野には二人のことはどうでもいいという考えがあるように、礼仁にも礼仁なりの二人に対する考えがあるのだろう。

 そう思うと、さらに二人を恨めし気に思う雪野だったが。


「レイさん、待つのは構いませんが、この二人が今日目覚めるという保証はないわけですし、どこかで切り上げないといけませんよ」


「そうだね。まぁ、保証という面では先生が言ってたでしょ。ただの疲労だから、今日か明日には目を覚ますって」


「それ、今日目覚める保証になってませんよね?」


「そういえば、そうだね」


 このまま帰るのは正しくないと言った直後に悩ませられる展開になった礼仁は、腕を組んで首を交互に傾けて考えた。


 考えに考え抜いて、仕方なく帰る決断をしたとき、その考えが無駄になった。

 アリサとユリアが少しばかり身じろぎをして、瞼が少し揺れた。

 それを見て、礼仁は呆れたように笑みを浮かべた。


「二人して同じタイミングって、どんだけ仲良しなんだか」


 もしくは、<魔力共鳴>によって感覚が共有されたことによる影響、という考えも礼仁にはあった。

 どちらにしろ二人同時に起きそうなのだが、見守ってた人が自分たちだとわかった瞬間、どんな顔をするのだろうか、と礼仁は面倒を予感した。


              ☆


 最初に映ったのはオレンジ色の天井。寝起きにしてはすぐに、それが夕日に照らされた白い天井であることに気付いた。

 そして、横を見ると同じく横を見ていたユリアと視線が重なる。

 そのことに安堵を覚え、アリサとユリアはそれぞれ笑みを浮かべた。


 勝った。

 その実感が湧いてきて、感慨深い気分になろうとしていたところ、ユリアとは反対側から声が掛かった。


「二人ともお早いお目覚めでよかったよ」


 唐突な声にどきりとした二人は、その声を確かめるべく重たい体を起こして、それをした当人を見た。


「神部礼仁……」


 アリサが警戒に満ちた目で礼仁を見た。ユリアはそこまで鋭い目はしなかったが、驚いているのは見てわかった。

 そんな二人の反応を見て、礼仁は未来の面倒のために苦笑いし、壁の方を指差した。


「雪野もいるけどね……」


 その名を聞いた瞬間、アリサは礼仁の時以上に反応し、雪野の方を見た。

 ユリアはだいぶ落ち着いてきたのか、アリサのような反応はせず、雪野に軽く会釈した。

 敵意と挨拶という、相異なるものをぶつけられる雪野は、ユリアに対しては会釈で返し、アリサにおいてはそっぽを向いた。

 その対応に、アリサは寝起きで早くも苛立ちが募ってきたらしかった。


 そんな様子を見ていた礼仁とユリアの視線が重なり、お互い苦笑いをしていた。


「何であなたたちがここにいるのよ?」


 アリサが怖いくらいの声音で、そっぽを向く雪野から目を逸らして、ベッドの横の椅子に座っている礼仁に問いかけた。


「医務室の先生が今会議中でね。戻ってくるまで僕たちが君たちを見ているようにって頼まれたんだよ」


「どうして?」


「どうしてって、どういう意味で聞きたいの?」


「そうね、何であなたに先生が頼んだのかってのが気になるわね」


「僕だけじゃないんだけど、まぁいいか」


 おそらく意図的に雪野を外したのはスルーして、礼仁は言葉を選びながら言った。今のアリサは、雪野を前にしてかなり気が立っているようだし、余計なことを言うと疲れも重なってさらに機嫌が悪くなるような気がしたのだ。

 もっとも、自分が良い印象でないのも自覚してはいたが、雪野よりはましだろうという打算があった。


「君たちがここに運ばれてくるときに、一応僕たちも一緒だったからね。治療の間も少し足止めされて、結局こういうことになった」


「なんで、あなたが一緒にいたのよ」


 頑なに雪野を認めようとしない姿勢に、礼仁は逆に面白みを感じていた。


「君たちが建物の瓦礫に埋もれそうだった所を、僕たちが助けたから。一応、簡単な応急処置もしといたよ」


「ふーん、それは助かったわ。一応、礼を言っておく」


 案外素直に頭を下げるアリサにびっくりする礼仁の視界の向こうで、ユリアも礼仁に頭を下げていた。ただ、雪野の方にも礼をしたのはユリアだけだったが。


「それにしても、あなたは何で私たちを助けられるところにいたの?」


「あぁ、それは僕たちが君たちの戦いを見ていたからなんだよ」


 この言葉には驚いていて、アリサでも雪野の方を向いて確認を取るほどだった。

 もちろん、礼仁の言ったことは正しかったので、雪野は黙って頷いた。


「そう、なの」


 それに対して、ユリアはさほど驚いている様子はなかった。


「やはり、戦いの最後の方で傷が治ったのは、礼仁さんの仕業だったんですね」


「仕業って、言い方他にどうにかならないかな?」


 予想外のコメントに、礼仁は困ったような声を出すが、驚きの連続であるアリサはそれどころではなかった。


「ユリア、知ってたの?」


「いえ、あの時も言いましたが、もしかしたらぐらいにしか思っていませんでした」


「そう。じゃあ、私たちの傷を治したのはあなたで間違いないのね?」


「まぁ、そうだね」


 特に勿体付けることなく、礼仁はすぐに答えた。アリサの機嫌を損ねないようにすることに、かなり神経を使っていた。


「あれ?それじゃあ、あの魔法って?」


 と、何か疑問が出てきた様子のアリサにユリアが尋ねた。


「どうかしました?」


「まぁね。傷を治しったってことは、まさか……」


「たぶん、その君の予想通りだと思うよ」


「じゃぁ……」


「そう。治癒魔法<水聖の加護(アクアエンブレイス)>。簡単に傷を塞ぐくらいしかできないけど、治癒魔法で間違いはないよ」


 少し微笑みかけながら、さも当然のように言う礼仁だったが、アリサにとっては衝撃でしかなかった。


「治癒魔法って、そんなのが存在するなんて。ユリアは知っていたの?」


 あまり驚きを見せないユリアにアリサは尋ねると、ユリアは首を横に振った。


「いえ、予想していただけで、知っていたわけでは。ただ、この人ならあり得るのではないか、とそう思っただけです」


「それはさすがに買い被りかな」


 ユリアの言葉に、礼仁はこそばゆい感じになり、やんわりと否定した。

 そんなゆったりとした態度をする礼仁に、ユリアが問いかけた。


「ですが、実際のところ、どういうことなんですか?あなたの能力は確か、水の操作、でしたよね?だったら、なぜ治癒魔法など使えるのですか?」


「え?水使いなの?」


 礼仁の能力を知らなかったアリサは改めて驚いた。いや、正確には以前礼仁は造形対決の時に見せたのだが、アリサが覚えていないだけだ。


 アリサの質問はもっともなのである。

 先覚者の能力はそこまで汎用性があるわけではなく、ただそのことしか操れないのだ。

 具体的に言えば、水の操作は水という物体しか操れず、火の操作は火そのものしか操れない。

 つまり、水使いである礼仁が水以外のもの操るなどはできず、治癒魔法も扱えるわけがないのだ。


「じゃあ、一体どうして、私たちの傷を治せたの?」


 論理的に考えて当然出る疑問に、礼仁は言葉に詰まった。

 そもそも礼仁にはその質問に答える気はないのだが、はぐらかそうにも手段が思いつかない。中途半端にやっても余計に気にさせてしまう。

 とは言え、このような状況になってしまった以上、気にするなと言う方が無理な話ではあるが。


 <水聖の加護(アクアエンブレイス)>を使わなければ危なかった二人であるから、使わなければ良かったとまでは思わないが、もう少し工夫した方が良かったと反省して、悔やんでいる礼仁だった。


「あら、やっと起きたのね」


 礼仁が答えに悩んでいた時、突如医務室のドアが開き、若い先生が入ってきた。その先生は間違いなく、礼仁たちに看病を任せた人物だった。

 それに驚いた礼仁は考えを中断してしまった。


 しかし、すぐに気が付くとこれを良いタイミングだと思い、雪野に目配せをしてその場を後にしようとした。


「ちょっ……何も言わないで行くつもり!?」


 突然のことに呆気に取られていたアリサだったが、礼仁の行動に激しく反対をした。

 それを予想していたとは言え、やはり面倒に思った礼仁だったが、それでも最後までやり切ると決め、だるい体に活を入れた。


「じゃあ、自分で考えてみれば?幸い、そこまで焦ることでもないだろうからね。僕が何かの気まぐれで言うときまでに、そっちで考えておきなよ」


 アリサたちの方を向くことはなく、少しだけ視線をくれている礼仁の口元が、うっすらと笑みを浮かべていることに雪野は気付いた。

 当の本人はそのことに気付くことはなく、ただ、と続けた。


「普通の考え方では、いくら時間があっても答えには辿り着けないと思うけどね」


 それで終わりだとでも言うように、礼仁は完全にアリサたちから視線を外し、入り口ですれ違う先生に会釈をして、雪野と一緒に出て行った。

 そんな二人の様子を見た先生は呆気に取られながらも、一言だけアリサとユリアに言った。


「もしかして私、邪魔しちゃった?」


 その言葉に二人は咄嗟に首を横に振ったが、内心では全く別で、今入り口に立っている先生のせいで中断されたと思っていた。

 もちろん、それを言うのは理不尽だとわかっているので、決して口に出すことはないが、雰囲気でそれを察したその先生は内心で失敗したと思っていた。

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