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魔法学園の特異学生  作者: 二一京日
第1部 千変万化編
13/29

12話 この手を握り

 ユリアが気付いたのは、偶然だった。

 いや、気付いたというよりも、その可能性があると思っただけだった。しかし、それを頭に入れて考えれば、いろいろなことに説明がついた。

 もちろん、男が手加減をしていて、手の内を隠している可能性もなくはないが、そうなったらその時また考えれば良いと思った。


 ただ、アリサに考えを伝えようにも時間がなかった。

 両者とも剣を構えて、辺りに沈黙が漂っていたときだ。

 ユリアは咄嗟に、アリサに視線を向ける。

 アリサはユリアの視線を感じたらしく、目線だけユリアによこした。

 交錯は一瞬。

 それですべてが通じたわけではなかった。わかったわけではなかった。

 だが、感じるものはあった。

 それは幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた、アリサとユリアだからできたこと。


 男が動く前に、アリサは熱で陽炎を生み、アリサとユリアの姿を幻影で隠す。

 そして、二人して静かに、かつ素早く男の背後へと移動した。

 その直後、男が魔法を発動し、アリサたちがさっきまでいた空間が爆発し、アリサはそのタイミングで幻影を消した。


 そして、ここからが本番。

 魔法使用直後で、アリサたちをやったと思っている今、最も隙をさらしている男に斬りかかる。

 そのようなやり方は剣士としては恥、と一応剣士である二人の師は言っていたが、今は師に悪いと思いながらもどうでもよかった。そんなことにこだわっては、勝てるものも勝てない。


 二人は掛け声や目配せをすることなく、完璧に同じタイミングで動き出し、二人同時に、アリサたちの生死を確認する男の背後に斬りかかった。

 攻撃に全神経を注ぐため、アリサは陽炎を解除して、自分たちの姿をあらわにする。


 これだけ近ければ、空気を爆発物に変換したところで、巻き添えになってしまう。

 では、アリサたちの肉体を変換するのか。

 ユリアは、それはないと思っている。それができるなら、おそらく初めからやっている。

 ユリアにとっては癪なことだが、ユリアはこの男の非情なところだけは信用しているのだ。敵をいたぶることがあっても、ピンチになって手の内を隠すような人間ではないはずだ。


(まぁ、あの人ならやりかねないですかね)


 浮かんだのは、胡散臭い雰囲気を放ち、そして自分と似ているところを持つ男だ。

 彼ならば、絶体絶命のピンチでも手の内を隠し、最後の最後で大逆転を起こして楽しみそうだ、という意見があった。


 しかし、そんな人はそうはいない。

 ぎりぎりまで手を隠そうとしても、ピンチになれば使ってしまう。それが普通だ。

 この男も、そこは変わらないだろう。

 ならば、ユリアの考えはかなり確度が高いと言える。


 それに人体だけではなく、男は魔法に対しても、それ自体を物質変換することはなかった。

 それは、人体と同じように、できないからと考えられる。


 ここまで条件がそろえば、やることは一つ。

 今アリサとユリアがやろうとしている、超至近距離での攻撃。

 さらに、不意を突いたことで、咄嗟の魔法発動も間に合わないだろう。

 これはもはや、期待ではなく確信だ。能力の欠点を突き、思考し、力を合わせて実行する。これによってもたらされる結果が確信でなくて何とする。


 アリサはユリアの考えを理解して行動しているわけではないが、それでも信じて、疑うことなく、その考えに従っている。

 完全に通じたわけではないが、それでも二人の息は合う。

 二人の剣は男を切り伏せるべく、同時に振るわれる。

 アリサは力任せに右手を切り飛ばし、ユリアは器用な剣捌きで左手の腱を切る。


「ぐあぁぁああぁ!」


 突然の痛みに、男が叫ぶ。

 それはどちらかというと、アリサの攻撃によってだろう。

 右手と左手、その両方が使用不能になっているが、明らかに右手の方が重症に見え、痛みもそこから来ていることが、想像に難くない。


 アリサたちが耳をふさぎたくなるほどに男は叫ぶと、そのまま倒れてしまった。

 ユリアは急いで駆け付け、嫌々脈を確認すると、幸い死んではいなかった。

 このまま目覚めないとなっては、さすがにアリサとユリアは目覚めが悪いものだ。

 ひとまず、脈を確認した後は、これ以上出血して死んでしまわないように、ユリアは持って来ていた包帯で簡単に止血する。


「あなた、そんなもの持ってたのね」


「はい。万が一、ということもありますし。本当はこんな奴に使いたくないんですが」


「それでもお願いね。死なせたら、さすがにまずいから」


「ですね」


 ユリアはアリサの方を見ないまでも、苦笑いしているのがわかった。

 正直、ユリアも同じ気分だった。


「よし、これでしばらくはいいでしょう」


「ありがとう」


「いえ、それほどでも。それで、これからどうしましょう?」


「うーん」


 アリサはこの場でどうするべきか考える。

 二人とも戦いが終わったことで、疲れてはいるが、安心した様子だった。

 安心した様子だった。


 その矢先。

 二人の背後で、何か音がした。

 その音に驚き、二人が勢いよく振り向くと、そこにはさらに予想していなかった光景があった。


 男が、そこに立っていた。

 二人ともデバイスはまだ出したままだったので、驚きながらもすぐに行動に出ようとしたが、一歩近づいた瞬間、二人を強力な魔力の波が襲い、十メートル後方に押しやられた。


「さすがに、これは予想できないでしょ」


「無理ですね」


 そう言いながら、二人はある種の確信を得た。

 今のこの姿が、ずっと前から感じていた違和感の正体なのだ、と。


 二人が状況を見守る中で、男が奇妙な動きを見せた。

 手をだらんと下げたまま、猫背になっていた状態から、急に体を反らせたり、左右にふらふらと動いたり、頭を振り回したり、笑ったり、意味のわからない言葉を叫んだり。


「ううyvぶえrねcかyヴえfcn!!」


 二人は予想外に次ぐ予想外の事態に困惑するしかなく、慄くしかなかった。

 そして、それは停滞を生み、決定的な隙となる。


「えうywf!」


 狂人のようになった男が指さした先、ユリアの体を殺意が駆け抜け、咄嗟に体を引いた。

 その判断は間違っていなかった。


「くぁあっ!」


 しかし、それはもう遅かった。

 左の脇腹を痛みが走り、予期せぬ攻撃に足がぐらつき、思わず膝をついた。

 左手で押さえるその傷口からは、相当量の血が出て、今にも倒れてしまいそうだった。


「ユリア!」


「姫!」


 怪我をしたユリアを心配して、すぐそばまで来ようとしたアリサを、ユリアは剣を持った右手と名前を呼ぶことで制した。

 アリサもすぐにその意図を察し、堪えながらも男に視線を戻し、警戒を強めた。

 今はこの男から気を逸らしてはいけない。

 それが、二人が共有する認識だった。


「このっ!」


 アリサは手に持つ大剣を振り上げ、空中に炎の矢を出現させて一斉に射出させた。それと同時に、大剣に炎をまとわせ、その炎で一閃する。

 男の周囲からは矢が降り注ぎ、正面からは、炎の刃が迫る。

 それでもなお男は凶行を止めず、その歪さを一層あらわにする。


「ねwcwぬうぇcwn!!」


 耳をつんざくような奇声を上げたと思うと、炎の矢は一瞬でその全てが消え失せた。

 しかし、アリサもそれは想定済み。だからこそ、次に放った炎の一閃が意味を持つ。ただの炎の塊をぶつけるだけで、魔法と呼べるものではないが、それでもAランクの彼女のその攻撃は破格の威力を持っていた。


 連続で空気を変換できないうえに、この威力。

 いくらなんでも防ぎきれまい、そう思った。


「wくうふぇhc」


 言葉とも言えない歪な声で、男は自身に迫る炎の刃を指差した。

 その直後、何枚にもわたる岩壁が地面より突き出した。

 そして、炎の刃はそれらを何枚も砕くも、全てを砕くことはできずに途中で霧散する。


「そんなっ!?」


 またもや予想外の事態が起こり、アリサは驚愕を隠すことすらできなかった。

 今、男は建物の床を元として、炎を防ぐ手立てとした。しかも、変換するだけでなく、それを操ってみせた。

 想像していた以上のスペックで、これがBランクとは決して思えなかった。

 直前に狂ったようになったのも、ランクに合わない強さと相まって一層不気味だった。


「くそっ!」


 王女らしからぬ口調をするアリサは、大剣を持って接近戦を仕掛ける。

 体がふらついていて、目の焦点も合っていないような相手。普通なら簡単に倒せてもいいはずなのだが。


「くっ……このっ……はぁ!」


 アリサの剣は難なく弾かれ、躱され、そのたびにアリサはまるで恐れを払うかのように大剣を強く振るう。

 しかし、その全てが当たらない。

 使えないはずの両手のうち、なぜか左手に不気味な黒い剣を持ち、それでアリサの攻撃に対処している。


 アリサが大剣を片手で振る様は、普段なら勇ましく、力強い印象を与えただろう。

 ただ、今は幼い子どもが大剣に振り回されているようにしか見えず、それがユリアには心苦しかった。


 アリサだけに任せておくわけにはいかない。

 そう思って立ち上がろうとするも、先ほど受けた傷が思った以上に深く、流れる血が一向に収まる気配がない。そのせいで、ユリアの足腰には力が入らず、膝をついた状態を維持するのが精一杯だった。


 だが、それでも、とユリアは思う。

 たとえ立ち上がるのが難しくとも、今目の前で戦っているアリサを一人にしてはならない。

 一人で戦わせてはならない。

 守るべき人に、守られてばかりではならない。

 己の存在価値は、そこにあるのだと。

 自らに誓い、彼女に誓った剣は、このようなところで折れるほど柔ではない、と。


「く……ぁっ!」


 歯を食いしばり、体を動かすたびに走る痛みをこらえる。この場で動かずにいては、今の痛み以上の苦しみを背負うことになる。

 そんな予感が、ユリアにはあった。


 右手に持つ剣を床に突き刺し、左手は手を突く。そのまま、出血と痛みで震える足に力を入れていく。

 足が震えることで体も揺らぎ、突き立てる剣も、突いた手も震えるが、根性で押さえる。

 今は立ち上がることだけを考え、ただそのために、不必要なものは排除する。

 震える足も、それで揺らぐ体も、安定に欠ける剣も手も、今は障害となるものでしかなく、己の意思を邪魔するものでしかない。


 そうであるならば、自分の体であるそれらは、強い意志でねじ伏せる。

 ここで立ち上がるのだと、自分に言い聞かせ、ここにいる意味を自分に問い質し、在るべき場所に立つために。


「はぁあぁあああっ!!」


 自分を奮い立たせる声とともに、ユリアはふらつく体を起こし、立ち上がった。

 そのことにアリサは一瞬振り向き、驚きの表情を浮かべるが、すぐに笑みを浮かべた。

 そのくらいのことは当然なのだ。

 そのくらいのことができてこそなのだ。

 そうでなくてはならない。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 しかし、ユリアは目に見えて疲労があった。元々出血がひどかったこともあり、立ち上がるために踏ん張ったことも併せて、相当負担が掛かっていた。


「姫!」


 だが、そんなユリアにも見えた。

 一瞬だけ男から視線を逸らしたがゆえに、男の素早い動きに追い付けなかったことが。


 男はアリサにできた隙を見逃さず、すぐさま懐に入ると、剣のガードも回避も間に合わない速度で胴体を剣で払った。


「かはっ!」


 衝撃にアリサは肺の空気を吐き出し、後方へと吹き飛ばされる。

 その体をユリアが何とか受け止めるが、踏ん張ることもできず、そのまま壁に叩きつけられた。

 意地で床に倒れることはなかったが、アリサをを抱える腕には、普段の彼女とは思えない重さが掛かっていた。


「ユリ、ア……」


 かすかに動く口が、親友の名を呼ぶ。

 意識は失っていないようだが、体に力は入らず、全てをユリアに任せている状態だ。腹部の出血はユリアよりひどく、下手したらこのまま、ということもあり得る。


 もう引くべきか、戦うべきか。

 しかし、戦うにしても、何ができるのか。

 ユリアは目の前の大事な人を見る視界の端に狂人を見て、焦る気持ちを抑えられない。


 動悸は激しくなり、息苦しく、出血でぼうっとしていた頭が、さらに働きを鈍くする。

 そのまましばらく、男が迫ってくるのを黙って見ているだけだったが、不意に、魔力の輝きが見えた。


 その青い魔力は、荒々しいようなアリサの魔力とは違って綺麗で繊細で、新鮮な気分で自分たちを包む。

 その魔力に反応したのか、男は足を止め、しばし、その場の誰もがアリサとユリアを起点にして渦巻く青い光を見ていた。

 しかし、その光を見ていた時、ユリアは違和感に気づいた。

 そして、その違和感はすぐにわかった。


「え?」


 目線を下げると、アリサの腹部の傷、ユリアの脇腹の傷、それ以外の様々な擦り傷や切り傷、その全てがゆっくりと塞がっていく。

 意識が朦朧としていたアリサも、痛みが消えて意識をはっきりとさせる。


「ありがとう」


「いえ」


 ひとまず、支えてもらっていたユリアにお礼を言ったアリサだったが、返ってくるのは気持ちがこもらない返答。

 だが、それも無理のないことだろう。

 二人とも、これがどういう状況なのか理解できていなかった。

 この渦巻く魔力のおかげで傷が塞がったのは事実だが、一体どうしてこんなことになったのかわからない。


 二人の治癒が終わり、魔力も消え失せると、その場には奇妙な静けさが残った。

 先ほどまで意味のない言葉とも呼べないことを言っていた男も、呆然とした様子で黙っていた。


「ねぇ、ユリア、じゃないよね、これ?」


「当然です。私に治癒魔法は使えません」


「そうよね。じゃあ、いったい誰が……」


「予想はできますけどね」


 ユリアには確証はないが、確信はあった。

 彼ならば、こんな常識外れなことができてもおかしくはないと思った。


「誰なの?」


 何やら勘付いているらしいユリアにアリサは尋ねるが、ユリアはすぐには答えることはなく、気持ちを切り替えた。


「今は後回しにしましょう。私にも理解はできないんで」


「そう。わかったわ」


 優先順位を理解したアリサは頷き、目の前の男に意識を集中させた。

 それに気付いたのか、男の方も先ほどと同じように狂人へと戻った。


「んcwねcんfksんw」


 その相変わらずっぷりに、アリサはため息をついた。


「さて、誰かさんのおかげで傷が治ったはいいけど、やっぱり状況はあまりよろしくないわね、どう考えても」


「そうですね。実際、魔力の方の問題もありますし」


 そう。ここまで戦ってきて、二人の魔力が底をつき始めてきたのだ。

 魔力量においては自信のあるアリサでも、先ほどからアリサを主軸とし、ユリアはサポートとして戦ってきたので、アリサの方が消費量は多かったのだ。


「まさか、この前と同じような展開になってるのかな?」


「いえ、もしかしたら、この前よりまずいかもしれません」


 ゆっくりとふらふらと歩いてくる男を目の前にして、ユリアは一層警戒を強める。


「わかってるわよ。言われたら、現実が見えてきちゃったじゃないの」


「現実逃避は良くありませんね。特に、こういう戦いの最中では」


「それもわかってる。わかってるけど……正直言って手がないんだけど」


「正直に言い過ぎです。もう少し自重してください」


「自重って言っても、それこそ現実逃避しちゃいけないことでしょ」


 二人はそう言い合いながら、歩いてくる男に対して、少しずつ距離をとっていく。


 とん


 その最中、二人の距離が近づきアリサとユリアの手が触れた瞬間、二人は自らの内に流れる魔力の変化に気づいた。

 二人は突然のことに驚き、男から視線を外し、お互い自分の手を見た。

 触れたのは一瞬。

 しかし、その一瞬でわかるほど、明確な変化を、魔力の高まりを感じた。


「ユリア、今のって……」


「はい、姫も?」


 二人は男のことすら忘れ、恐る恐る確認するようにお互いの手を近付ける。

 男は歩いてくるが、速度を上げる様子も魔法を使う様子もなく、両者の間にある距離は十分にあった。

 その間、二人は立ち止まったまま、お互いゆっくりと近づける手に集中した。

 先ほどの強力な高まりを感じた直後では、慎重になってしまうのもやむを得ないが、それでも二人は確実に手を近づけていく。

 二人はこれが何なのかはわからなかったが、この状況を打開できる手段かもしれないという期待を込め、近づけていく手を見て、お互いの目を見て、二人の手の間の距離を見て、二人は息を吞んだ。


 そして、確かに触れた。

 その瞬間、二人とも体がビクンと反応し、体の内側を駆け巡る魔力を感じ、それははっきりとした形となる。


              ☆


 アリサたちが戦っている建物から少し離れた建物の屋上の上で、縁に腰かけた少年とその隣に立つ少女の姿があった。


「へぇ、できるんだね」


 雪野と一緒に戦いを見ていた礼仁は、突如高まる魔力を感じ、その直後、見ている建物から魔力が吹き上がるのを確認した。

 それは虹色に輝く光で、薄暗い一帯を照らしていた。


 その迫力は凄まじいものだったが、それを知っている礼仁は思う。

 迫力が一番あるのは、この<魔力共鳴>を発動させている当人たちだろう、と。

 この光を一番間近で見るだけでなく、それに呼応するように体中を駆け巡る魔力を感じるのだから、初めての時は狼狽えるばかりだ。


「期待通りの結果にはなりましたね」


 隣で魔力の輝きに目を細める雪野が言った。


「随分と淡々と言うものだね」


「そうですね。予想通りというのもありますけど、それ以外に、なんかもやもやするんですよね、あの二人が成功したことに。いくらレイさんのアシストがあったからって」


「僕をここに連れ出す口実を作った人が、よくもまぁそんなこと言えたもんだね」


「責めてますか?」


 礼仁の物言いに、少しだけ不安になった雪野が問いかけると、礼仁は肩を竦めて何でもないように言った。


「別に。僕としてはどうでもいいことだしね。お前が不機嫌になろうとも、結果が出たのは事実なわけだし。今のところは、それだけでいいかなって思ってる」


「そうですか」


 礼仁のいっそ冷たいとも思える発言に、雪野はいつも通りの安心感を感じ、笑みを浮かべるという奇異な対応を取った。

 二人にとってはそれが普通で、他の人から見たらおかしな当たり前な光景であった。


「それにしても、レイさんはあの男の異常さには心当たりがありますか?」


「どうだろう?直接相対しているわけじゃないから何とも言えないね」


 礼仁は足をぶらぶらさせて興味なさげな態度だが、その表情には喜悦が見えた。


「ただ、お前も感じてると思うけど、あのデバイスが関係してそうだね」


「やはり、レイさんもそう思いますか」


 膨大な魔力が吹き上げるその向こう、男の持つ黒い剣に礼仁と雪野の意識は集約される。


「まぁ、今ここで考えてもしょうがない。あともう少ししたら連盟の人たちが来るんだし、その時に回収されて、いろいろと調べるでしょ。ここで憶測を並べ立ててもしょうがないと思うよ」


「そうですね。これ以上私たちがどうこうすることでもないですもんね」


「その通り。ただでさえ時間外労働みたいなものなんだ。これ以上面倒ごとを積み重ねる必要もないしね」


 男の持つでデバイスには少し興味があるようだったが、それでも自分でどうにかしようとはせずに傍観する。

 そういった割り切ったスタイルは雪野にとっては清々しいものではあるのだが、それと同時に不安もあった。


 礼仁は興味のないものには何もしようとはしないが、興味が出たものには犠牲を顧みずに突き詰めてしまうところがある。礼仁自身は、犠牲と言っても限度がある、と言っていたが、それでも雪野の不安は拭えない。

 時々ある興味のあるものとないものへの態度の落差。

 それを感じるたびに、雪野は思ってしまう。

 いつか、自分の興味のためだけに、ただ好奇心を満たすためだけに、自分の命を使ってしまうのではないか、と。

 それが心配でならなかった。


「どうかした?」


 そんなことを思っていた雪野のちょっとした変化を感じてか、礼仁は戦いの場から目をそらして、雪野の方を向いた。


「大丈夫です。何でもありません」


「そう……」


 礼仁は特にその返答に残念がるようなことも、心配するようなこともなく視線を元の場所へと戻した。

 こういうあっさりとした態度に救われる部分もないわけではないため、雪野は礼仁の姿勢に対してあまり多くを言うことはできない。


(それは、在り方としてはどうなんでしょうかね)


 少しばかり苦笑して、雪野はそう思った。

 その苦笑に対して今度は何も言うことはなく、一瞥をくれただけで、礼仁は興味のあるような態度はとらなかった。

 思ったのはそのこととは何の関係もないことだった。


(腕輪、慣れてきてもやっぱり邪魔だな)


 手首の動きを若干阻害するそれを揺らし、そう思った。


              ☆


 あふれる魔力。

 言葉はそれだけだった。

 初めての感覚に、他に言葉が思い当たらなかった。

 しかし、わかる。これがあれば勝てる、と。今わかるのは、ただそれだけでいいのだと。わかる。


「ユリア!」


「はい、姫!」


 その呼びかけは合図。

 何をするのか、どうするのか、それを感じる。


 二人は共有される感覚の中でお互いを強く感じ、まるで一つの意思のように思いが重なり合っていく。

 それは決して、嫌な感じがするものではなかった。危険な感じもしなかった。感じるのは相手の存在と、相手と重なり合う自分自身。そして、ありえないほどの膨大な魔力。


 アリサもユリアも、これが<魔力共鳴>であることはわからなかった。

 <魔力共鳴>に関する知識は持っていても、実際に見たことも体感したこともない二人にはわかるはずもなかった。

 ましてや、こういうことに頭が回るユリアでも、その存在を知ったのはつい最近のことだったのだから、理解できないのは仕方がない。


 しかし、二人にはこの現象が何なのか、という疑問は浮かんでこなかった。

 余裕がない、という理由もあるが、それ以前に最も近くに感じる存在を心地よく思い、心強く思えたからだった。

 だから、これにも不安はなく、疑問も起こりはしなかった。


 二人は手に持つデバイスを粒子に戻して消滅させ、迷いなくその空いた手を天に向ける。

 アリサは繋いだ左手とは逆の右手を、ユリアは繋いだ右手とは逆の左手をそれぞれかざした。

 何か考えたのではなく、そうすべきだと思ったのだ。


 そして、その行動をすると、魔力は一気に二人の手元に集まってくる。

 その、今まで感じたことのない量に驚きながらも、二人は必死に魔力を制御する。

 荒れ狂う魔力の渦の中で、一つの光点に魔力が集まっていく様は、見ている側も吸い寄せるような引力を持っていた。


『くぅうううう』


 予想を超える魔力量に、二人は呻く。

 同時に、制御している魔力が徐々に集まり、二人は一発逆転の手立てが手元にあることを確信した。

 ただ、これに失敗すればもう動けないことも、体の疲労からわかっていた。

 だから。


「ユリア、これで決めるわよ!」


 アリサが隣を見ると、同じ考えなのかユリアもアリサの方を向いて大きく頷いた。


「はい、姫!」


 二人の意気に反応するように、魔力が魔法としての形を成していく。

 そんな二人を前にして、狂人となった男はゆっくりと歩いてきていた。しかし、その足も少し離れた地点で止まった。

 そして、ゆらりと剣の切っ先を向けると、何度聞いても耳障りな声を叫んだ。


「fんwwんdjdcんf!!」


 何が起こるかは予想ができなかった。

 しかし、二人にはどうすることもできない。

 二人は今、あふれ出る魔力の制御に全神経を使っているので、対処するだけの余力がないのだ。避けることも当然できない。

 ならばどうするか。

 二人の答えは同じだった。

 このまま続行する。

 こんなところで止めては、せっかくの覚悟も努力も戦いも、その全てが水の泡となってしまうのだ。それだけは認めることができない。

 そうしないためにも、今ここで次の一撃に全力を注ぐ。


 そう思っていると、男の使った魔法の効果が目に見えた。

 アリサたちの周囲の瓦礫が急に変形して二人に襲い掛かった。これは先ほどアリサの攻撃を防いだ時に使ったもので、その強度は折り紙付きだった。


 しかし、二人は恐れることなく魔力の制御に力を注ぎ、その魔力は次第に剣の形へと変化していった。

 それは、敵を討つ、その思いだけで形作られたもので、単純、それゆえに強固な存在だった。

 完成までもう少し。

 そういうところまで来ていたが、周囲から瓦礫が槍となっていくつも二人のところへ飛んできた。

 対処することはできない。

 でも、どうにかしなければ。

 二人の顔を、緊張で汗が伝った時、その考えは杞憂となった。


 男の飛ばす槍は、二人の元へ届く前に粉々に砕け散った。

 その理由は、すぐにわかった。

 男が学園を襲撃してアリサたちが迎撃しようとしたとき、ユリアの<ウィンドカッター>を密度の高い魔力を作り出すことで霧散させた。それと同じ原理なのだ。

 二人の周囲に満ちる魔力濃度は、そのとき男が作り出したそれの比ではない。

 そんなところに攻撃したところで、それらはすべて無効となるのはわかりきっていることなのだ。


 遅まきながらもそれに気づいた二人は、今度こそ集中して魔力の制御をする。


「くぅcbhd!」


 攻撃が通らないとわかっても男は攻撃を続ける。それが悪足掻きなのか、ただ人形のように同じことをやり続けているのかはわからなかったが、アリサたちは気にすることなく続ける。

 多大な集中力、そして体力を伴って、ようやく完成する。

 虹色に輝く、天に伸びる一振りの剣が。


 そうなってようやく男は攻撃の手を止め、そこに突っ立っていた。

 それはまるで、その剣に見入っているようにも見えた。

 しかし、そんな感傷はどうでもよく、二人がするべきことは一つだった。

 膨大な魔力の塊である虹色の剣を少し後ろに引き、上体を少し反らす。

 そして、二人とも呼吸を合わせて一歩前に踏み込んで、手に持つ剣を振り下ろした


『はぁぁぁあああああ!!』


 魔法名はなかった。

 その振り絞る声が力となり、イメージとなり、勇気となる。

 踏み込む足とともに振るわれた腕と一緒に落ちてくる刃に対して、男は何もする素振りは見せず、むしろ、両手を広げて迎え入れていた。

 その行動を理解はできなかったが、二人はそれで停滞することはなく、躊躇なく振り下ろした。


 剣は轟音を上げ、手に持つ重さは迫力を伝え、目の前の敵に威力を語る。

 それがもたらしたのは、二人が想像するよりもはるかに高威力の一撃だった。


「うわっ」


「くっ」


 剣が男に衝突した瞬間に放たれた閃光に、二人は呻き声をあげて、目の前に腕をかざす。

 その手はつい先ほどまで剣を持っていた手で、まだ確かに感じていた重量教えていた。


 閃光が収まり、辺りの土煙も晴れてくると、目に映ったのは大の字に倒れる男の姿だった。


「どうなったのでしょうか?」


「さぁ?」


 確かめようと、アリサは倒れる男の元へ一歩を踏み出した。


 ミシッ


 アリサの動きも止まり、ゆっくりと足元を見る。

 その足元からは、ひび割れが伝い、周囲へと広がっていった。

 その惨状に、アリサもユリアも血の気が引き、その先を予想した。

 すなわち。


『ああああああぁぁぁぁぁぁ!!』


 建物全体が崩れるという被害で、アリサとユリアは砕けて抜けた床から真っ逆さまに落ちていった。

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