9話 情報提供
最初の洋服屋の次は、花屋だの、アクセサリーショップだの、雪野の希望のところを回っていった。
雪野のというのは、礼仁には特に希望がなかったためだ。
礼仁は自分のことながら、雪野も大変だなと他人事のように思った。
その報いなのか、今度は礼仁が面倒なことになりそうだった。
礼仁たちが雪野の予定通り、買い物を中断して昼食を取ろうと思って、ファミレスに入っていた時。
礼仁と雪野はどちらもオムライスを頼み、そのとろけるような卵と、それに包まれたチキンライスを味わっていた。
今日は楽しいだとか、街の散策になってよかったとか、いろいろと話していた時、少し離れたテーブルに見覚えのある目立つ色が見えた。
礼仁がそちらの方を向き、雪野が目に入れた瞬間に嫌そうな顔をしたのと同時に、向こうもこちらに気付いた。
間にあるテーブルに何人か人がいたら、もしかしたら気づく可能性は下がったかもしれないが、離れているとはいえ、間に障害がなければ丸見えなわけで。
『あー!』
雪野とアリサはお互いを指差して叫んだ。
そんな二人とは違って、礼仁は一応ユリアに会釈をし、ユリアも礼仁に会釈をした。
「レイさん、ちょっと待っていてもらえないですか?」
雪野は食べかけのオムライスをそのままにして、席から立ち上がり、アリサに促した。
表に出ろ、と。
アリサの方もそれに乗っかり、やる気満々になる。
「ユリア、ちょっとここで待ってて」
席に案内していたウェイトレスが困ったような表情をしたため、ユリアは頭を下げていた。
雪野とアリサが出ていくと、ユリアは困ったような表情でさっきまで雪野が座っていた席に座った。
それをウェイトレスが止めようとしたが、礼仁は構わなかったため、そのままユリアに座らせた。
ウェイトレスは仕方なくといった様子で、渋々と下がっていった。
「君もなかなか遠慮がないね」
正面に座ったユリアに、礼仁は苦笑を交えて言った。
「姫ほどではないですよ。それより、お二人はどこへ行ったのでしょう?」
「あぁ、さすがに店のすぐ外でやるほど馬鹿じゃないと思うから、たぶん近くの公園に行ったんじゃないの?」
「公園、ですか」
「そう。確かこの辺りに、先覚者の学生同士が戦える場所があったはずだから。お姫さんはともかく、雪野は知っているだろうから」
二人が戦うことで、一般人に被害が出ないことが分かったユリアは、ひとまず胸を撫で下ろした。
そして、何かに気づいたように、不意に顔を上げた。
「そういえば、昨日言った自己紹介がまだでしたね」
礼仁も記憶を辿ってみるが、確かにそうであることを思い出した。
「そうだね、僕もすっかり忘れていた」
そう言いながらも、話を進めずに、残り半分となったオムライスに手を付けた。
「自己紹介の流れで、普通食事を進めますか?」
「おいしいものは、早めに食べるのがいいと思うけどね。何だったら、そこの雪野のやつも、君が食べちゃっていいよ」
「私以上に遠慮がないですね」
「残して出ていく方が悪い」
「それもそうですね。では一口」
最初は反対しつつも、結局は食べるというその行動に、礼仁は少し感心した。
「勧めた僕が言うのもなんだけど、よく食べたね」
「言っておきますが、私は悪くありませんので」
そして、気を取り直すようにユリアが先に言った。
「私、ユリア・セリステンと申します。先ほど出て行かれた、アリサ・コルフォルン様の世話係をさせていただいております。どうぞ、よろしくお願いいたします」
座りながらではあったが、綺麗なまでの礼だった。さすがに、第一王女に仕えているだけのことはある。
「僕は、神部礼仁。えっと……ごめん、紹介できることが何にも思いつかない。あぁ、一応、さっきの僕の連れが揚羽雪野だってことは知ってるんだっけ?」
「はい、存じ上げていますよ」
「だよね。他になんかあるかな?」
オムライスをすくっていたスプーンを置いて、両腕を組んで考えるが、どうにも出てこなかった。
ここまでやっても出てこないのは悲しい人間だな。
と思っていた時、ふと思い出したことがあった。
昨日、礼仁が魔法で『視た』こと、そして、一昨日送られてきたメールの本文に書いてあったことが頭の中に出てきて、それらを繋ぎ合わせた。
「説明できること、一つあった」
「何ですか?」
特に身構えるでもない聞く態勢をしていたユリアの表情は、次の言葉で一変した。
「昨日の襲撃者のこと」
それは驚きなどという生易しい状態ではなく、もはや驚愕の域を越えそうなショックがユリアを襲い、信じられないとでも言いたそうな顔をしていた。
しかし、礼仁はユリアにしっかりと頷いた。
「昨日の男、名前まではわからないけど、どういう人間かはわかる。ていうか、君たちも予想できてるんじゃないの?」
「裏の人間、ですか?」
「そう。あの様子では、まず間違いがない。最近ここら辺に出るっていう情報もあったし、信憑性はあるよね」
「情報って、どこからですか?」
「それは秘密」
礼仁は話しながらも、残りのオムライスを片付けていく。
「まぁ、そんなことは学生にとっては些細なこと。そういう面倒なことは、大人に任せればいい。むしろ、僕らみたいな子どもにとって重要なのは、あいつがどういう能力を持っているかどうかということ」
「わかるんですか!?」
こちらに身を乗り出してくる勢いで聞いてきたユリアを、礼仁は手ぶりで、落ち着くように
伝えた。
「わかるよ。僕の魔法<解析眼>は、『視た』魔法の特性や、先覚者の能力を理解するものなんだ」
「能力を、理解。ということは、あなたの能力は、何かの情報を読み取るというものなんですか?あれだ
けの戦闘スキルがありながら、戦闘向きじゃないなんて」
「いや、一概にそうとも言えないさ。正確に多くの情報を読み取るというのは、戦闘においては重要なスキルだ。完全に戦闘向きではないわけじゃない」
「そう、ですね」
「まぁ、<解析眼>はどっちかって言うと、戦闘というより、事務職に向いてそうだね」
「しかし、自分で戦闘に向いていないと言っても、よくあれだけ動けますね。私の方が戦闘に向いているのに、何だかショックです」
礼仁は、ずっと言わないのも面倒だったので、ユリアにならいいかと思って言った。
「一つ、君は勘違いをしてる」
「何をですか?」
「僕の能力が、情報を読み取ることだと思っていること」
「え!?しかし、さっき理解する魔法だと……」
「<解析眼>はね。ただ、それは僕の能力の応用の幅がちょっと広くて、そんなことまでできるってだけ。実際には違う」
「じゃあ、一体……」
ユリアは情報を読み取ることがあくまで応用とする能力を知らなかった。
そのため、いったいどんな未知の能力なのかと身構えた。
そして、礼仁は言った。
「僕は能力は、水の操作だよ」
その答えに、ユリアは唖然とした。
「そりゃ、驚くよね」
「当然です。水を操ることを、どう応用したら情報を読み取るなんてことになるんですか?」
確かに、水の操作は応用範囲が広い能力とされてる。
実体を持ち、さらに変幻自在であるため、他の能力にはできない形態変化を行う。
ただ、水の操作はあくまで水で、どれだけ卓越していても氷などは扱えない。
しかも、風や炎のようにいつでも起こせるわけではなく、水そのものが近くにないと使えないし、そこにある水の容量以上は使えない。
つまり、だ。
いくら能力でも、無から有を作ることはできないという原則。
これが働いてしまうのだ。
ゆえに、水使いは常に一定量の水を持ち歩いて、いつでも能力を使えるようにしていなくてはならない。
一般的に火には水と言われるが、先覚者の間では、空気があれば起こせる火の方が圧倒的に有利なのだ。
「汎用性は高いが、使える場面が少ないと言われる水使いが、どうしたらそういうことになるんですか?」
「それには、とてつもなく複雑な事情というものがあるんですよねぇ」
「何ですか、そのおどけたような言い方は?」
礼仁は苦笑して、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね。ここまで言っておきながら申し訳ないんだけど、これ以上は言えないんだ」
「本当に、そこまで言っといて、よく言えますね」
一瞬こんがらがりそうな言い方だったが、頭をフル回転させて、礼仁は何とか一秒とかからずに理解した。
「そんなに怒らないでほしいんだけど。あと、本題からかなりずれてる」
「そう言えば、そうですね。では、続けてください」
「切り替え早くない?」
礼仁はもう一度頭の中を整理し直して、話し始めた。
「えっと、確か、あの男がどんなやつかってことだっけ?」
「正確には、あの最低最悪うじ虫人生の敵野郎の能力についてです」
「さすがにそこまで嫌われる謂れはないと思うんだけど」
「どう感じるかは人それぞれです」
「そうだけど。ていうか、人生の敵って何?」
「間違えました。世界の敵です」
「わかりやすいけど、スケールデカい」
またまた本題からずれかかっていたので、礼仁が軌道修正をする。
「それで、あの男の能力だけど、まずは君の意見を聞いておきたいかな」
「意見、ですか?」
礼仁は、そう、と答えながら頷いた。
「君があいつと戦って、何を感じたか。それもお互いにとって参考になると思うんだよね」
「それもそうですね」
改めて話すためか、一度座りなおしてから、ユリアは口を開いた。
「あの男は、最低最悪のーー」
「そういうのは別にいいから」
その先がわかるユリアの内容を、礼仁は食い気味に止めた。
「そういう感情論は、できれば抑えてもらいたいんだけど」
「私にとっては、この感情が最優先事項です」
「そこまで言うか。いや、わからなくもないけど、少し落ち着こう。話し合いにならん」
「私はできます」
「そんな罵倒の連続を聞いていたら、こっちの気が滅入る。そういうのは本人に言って」
「言うつもりですよ。本音を」
「まるでさっきまで抑えてましたって言い方だけど?」
「実際、抑えてます」
「それで抑えてるんだ!?」
「まだ言い足りないくらいです」
「よし、わかった。その分も含めて本人に言って。いちいちこんなのやってたら、話が進まない」
「私の話を止めたのは神部さんですが」
「……」
ユリアの言葉で、礼仁は一瞬固まった。
「どうかしました?」
「……いや、僕、同級生っていうか、同世代の人に、そんな自然に呼ばれたことがなかったから、その、何かびっくりして」
「何ですか、その理由?」
何気なく出した言葉への予想外の反応に、ユリアはクスリと笑った。
「私、あまりあなたのことは知りませんが、普段はそんな姿ではないんじゃありませんか?」
「何でそう思うの?」
「だって、昔の姫にそっくりですから」
「あいつに?」
「えぇ。そんな風に人に名前を呼ばれるのに慣れていなくてですね、そんな姿が面白くて、虐めぬいてやりましたよ」
「おい」
爆弾発言と言っても遜色ない発言に、礼仁は咄嗟に突っ込んだ。
「名前で呼ぶのに慣れてないのに、若干嬉しそうにしてたんですよ。ですから、逆に姫って呼んでやりました」
「えげつない。よくそんなんで付き人ができたね」
「時間が経てば、それなりにいいこともあるんですよ。ですから、この機会にどうですか?今なら無料でしてあげますけど」
「そんなんで金取れるわけないでしょ。そもそも、僕が進んでそんな死地に踏み込む人に見える?」
「えぇ。そして、そんな死地にいる自分を客観的に見てそうです」
「………………結局、話が進んでないから、戻してもいいかな、ユリア?」
「えぇ、構いませんよ、礼仁さん」
礼仁がユリアのことを名前で呼んだのは、せめてもの抵抗だった。
礼仁としてはため息をつきたかったが、ここはユリアの性格に拍手でもしておく方がいいと思い、心の中でそっと拍手しておいた。
「私が話すんでしたよね。前置きは省くとして、あの男が先覚者としてどうなのか、ということですよね?」
「そう」
「なら、それは一言で言えます」
「へぇ」
「自分の力に酔っている」
自分が負けた相手のことをはっきりとそこまで言えるのは、相当にすごいことだと礼仁は思えた。
「なんでそう思った?」
「まぁ、一つ目は、デバイスを展開していなかったこと。二つ目は、自分から攻撃をしなかったこと。三つ目は、最初から最後まで上から目線だったこと。四つ目は、自分のランクを明かしたこと。咄嗟に思いつくのはそんなとこですかね」
「うーん……」
礼仁はユリアが言ったことを一つずつ整理していった。
「まず、一つ目、デバイスを展開してなかったってのが、自分の能力に酔ってるなんてのに繋がるかな?」
「私たち先覚者は、デバイスを持つことで、戦いやすいスタイルにするんですよ。そうすることで、集中しやすくなったりもしますし」
「でも、相手がオールラウンダーみたいになんでもできる人って可能性は?」
「あの男がそんなに器用に見えます?」
考えるまでもなく即答だった。
「見えない」
「当然です」
一つ目が片付いたことで、話を進めた。
「じゃ、次。と言っても、それ以降の三つはわかるけど」
「でしょうね。では、こちらの見解は述べたので、そちらの情報をください」
「わかった。まず、君の意見に対してだけど、あいつが自分に酔ってるのは概ね同意。僕も、あいつは調
子に乗ってると思う。まぁ、あいつの能力からしたら、納得できなくもないんだけど」
「それほどなんですか?」
「そう。使い方を間違えなければ、その能力の強さは、雪野やお姫さんに匹敵する」
ユリアは、礼仁の言葉の中のおかしなところに気付いた。
「その言い方では、まるであの男が使い方を間違えてると言っているような……」
「そうだね。能力の使い方は人それぞれだし、その人のスタイルに合ったやり方というのもあるけど、それでもあいつは自分の力を使いこなせていない。おそらく、自分の能力の本質に気付いていないんだろうね。そして、あらゆる魔法に適用される原則も、それを利用した戦略にも。それに気づけば、少なくとも今の君たちで勝てる相手じゃない」
礼仁の言葉に、ユリアはむっとした。
確かに負けたのは事実だが、そこまで言われる筋合いはないのではないかと思った。
「あくまで、気付けば、だけどね」
「え?それはつまり、あの男には気付けないと?」
「気付くだけならできると思うけど、気付いたからって、そんなすぐに実用できるほど簡単じゃない」
「ですが、それはあまりにも楽観的過ぎるかと」
「さっき、君も言ったでしょ。あいつはそこまで器用じゃない。それに、それは気付いたらの話で、僕の予想では、たぶん気付かないよ。気付こうとすらしない。なぜなら、自分の能力に酔っているんだから」
「…………そう言えば、さっきから気付く気付かないと言っていましたが、肝心のその内容を聞いてませんでした。一体、何に気付けば、何ですか?それに、あの男の能力は?」
「そうだね。それを教えるついでに、不躾ながら、君たちにアドバイスでもしようかな」
☆
礼仁は残りのオムライスを口の中に入れ、本来なら雪野と食べるはずだった昼食を完食した。
ただ、雪野と一緒でなかったのが不満というわけでも、嬉しかったわけでもなく、雪野とは関係なく有意義に過ごせた昼食だった。
「僕から言えるのはこんなところ。たぶん、少しは参考になったと思うんだけど」
先ほど礼仁に聞いた話を整理していたユリアは、礼仁の問いかけに答えた。
「はい。少しどころか、かなり役に立ちます」
「それは僥倖というものだね」
「日常会話でそんな言葉を使いますか?」
「たまになら、使うんじゃない?」
「そういうものですか」
礼仁は、もう話も終わりだと思い、レシートを持って席を立とうとした。
しかし、そこをユリアに引き留められた。
「礼仁さん、一つ聞いてもいいですか?」
浮かせかけていた腰を下ろして、礼仁は座り直した。
「何?」
「なんで、こんなことを私に、私たちに教えてくれたんですか?あの男のことは、もう連盟に任せてしまえばいいのに」
本当に不思議そうな顔をするユリアを見て、思わず礼仁は吹き出してしまった。
「何がおかしいんですか?」
「おかしいに決まってるよ。自分のことすらわかってない、なんてことはないよね?」
礼仁がそう言うと、ユリアは自分の内側の感情に気づかれていたことを知った。
そのことに驚きながらも、すぐに切り替えた。
この人なら、それぐらいできてもおかしくない。
そう思えてしまうのだ。
「そうですね。ご厚意、感謝します」
ユリアが頭を下げると、礼仁は照れ臭そうにして、席を立った。
「まぁ、これでお姫さんに対するお礼をチャラってことにしてくれると、僕としてもうれしいんだけど」
「正直、もったいないですが……わかりました。姫には話しておきます」
「ありがとう」
そこで、ユリアが思い出したように、笑顔で言った。
「そういえば、このまま店を出て行かれるんでしたら、ついでにあのお二人のけんかを止めて、姫をここに連れてきてください」
「……あの二人を止めろって、さすがに無茶あるよ」
「ここまで騒ぎが届いていないのなら、魔法戦ということはないはずです。乱闘になることはないと思いますが?」
「ねぇ、そういう問題じゃないのはわかってるよね?」
礼仁がユリアをにらみつけると、ユリアは笑顔を崩さずに、ゆっくりと九十度横に向いた。
「はぁ、まぁ、別にいいけどさ、成功するかしないかは保証しないよ」
「成功しますよ、礼仁さんなら」
横を向いたままではあったが、その言葉は棒読みには聞こえなかった。
この短い時間の間に、礼仁にはこのユリア・セリステンという人間に、ある程度の興味を持つようになっていた。
それは好意などという浮ついた感情ではなく、先ほどのようなユリアの様子に対する、純粋な好奇心だった。
「ユリア、僕は君のことが結構気に入った」
「実は私もですよ、礼仁さん」
顔の向きを戻して、にっこりと微笑むユリアに、礼仁は一種の高揚感を感じ、口元に笑みがこぼれた。