表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

04



 乾いた鼻血を、今頃になってウェットティッシュで落とした。

 使い捨てのウェットティッシュは、ゴミ箱にひらりと落ちる。

 こんな感じで、終わってくのかもしれない。色々な痛みに耐えた私も。


 父親の登山ザックの中に、着替えと、食べ物と、お金を詰めた。新しいノートとペンも一緒に入れた。

 それから、長年私が涙を流してきた、そこしか知らなかった空間に別れを告げて、私は家を出た。

 Gray-manに言われたとおり、電車に乗って延々とシャロンノース州を目指す。

 次第と外は暗くなりだし、これで誰も泊めてくれなかったら間違いなく野宿だというのは一目瞭然だった。

 不安に思わないわけではない。もう決めたんだと思っても。

 私は売春してだって生きてやるんだ。


 右肩に誰かの手が乗った気がした。

 Gray-manが私に触れたのかと思った。ふと見上げると、私と同じくらいの年齡の男の子がにっこり笑う。

「隣座ってもいいかな」

 初めてのナンパに戸惑っていると、男の子はお向かいに座った。

「俺はリチャード」

 聞いてもいないのに男の子は名乗った。リチャードという名前が似合いそうな、ちょっと押しの強そうな男の子だ。

 顔はむしろ少し好印象。濃いめのアクが強い顔だけど、悪い人ではなさそうだ。でも少し、恋愛慣れしてそうな雰囲気だった。

「君の名前は?」

「メアリーだよ」

「素敵な名前だね。歴代の美女もメアリーって人たくさんいる」

「そうね」

 いたっけ? 歴史の授業は好きじゃないからうろ覚えだ。肖像画が美人だったか覚えてない。

「どこへ行くつもりなのかな。もしかして目的地一緒? シャロンノース州なんだ」

 私は答えなかった。答えたらめちゃくちゃ食いついてきそうな気がしたから。

「俺のホームタウンだよ。いいところだ、一緒に美味しいところに……ああ、神父さんに怒られちゃうか。可愛い女の子と食事したなんて言ったら」

「神父さん?」

 思わず私は聞き返してしまった。

 リチャードは軽くウインクをして、「そうだよ」と言った。

「信じてもらえないかもだけど、俺、エクソシストの卵なんだ。興味ある?」

「ある」

 がっつくように私は大きく頷いた。

 むしろリチャードがびっくりしたような顔をする。

「映画のエクソシストとは違うよ? ところでメアリー、今日泊まるところはどこかにあるの?」

「ない」

「ないの!?」

 思わず声を大きくしてしまったという顔で、リチャードは声をひそめて言った。

「シャロンノース州は比較的治安がいいって言っても危ないよ。うちの修道院泊まりにおいで。数日だったら、面倒見れると思う」

 そこまで言って、リチャードは言いづらそうに言った。

「家出してきたんだよね? きっと」

「うん。わかるの? エクソシストの魔法?」

「そんな青あざ作ってたら気づくよ」

「ナンパだと思ってた」

「ナンパはできない。俺は顔は軽薄につくられてるけど、いちおう神父候補だから。結婚も許されないし、姦通も、許されない。今は性欲と戦うべき時期かな、18歳だ。つらい」

「安心させたいの? 怯えさせたいの?」

「安心させたいよ。だって俺のこと、ただのナンパ男だと思ってるんでしょ」

 思ってたよ、さっきまで。今はエクソシストの、神父候補ってわかってるけど。

「メアリー、どこから来たか知らないけど、遠くから移動してきただろ? どうしてシャロンノースなんだ。どこへ向かおうとしてたんだよ」

「エクソシスト修道院を目指せって、漫画のキャラに言われたの。探したらあったから」

 絶対に馬鹿にされると思いながら私は正直に話した。

 隠すほうがきっとまずいことになると、直感が告げていた。

「天使の声が聞こえるの?」

 馬鹿にせずに、リチャードはそう言った。

「日本の漫画だよ。エクソシストが出て来る、ダークファンタジー。そこの主人公とお話できたらいいなって思って、話しかけたの。そしたら、返事がかえってきた。家を出ろ、シャロンノース州の最初にある駅にある、エクソシスト修道院を目指せって言われて、調べたら本当にあったから……迷って、出た。家にいてもいつか死ぬと思ったから」

「そう」

 リチャードは気まずそうな顔をして、頷いた。

「ということは君は僕と同じ、エクソシスト候補だと思っていいのかな。シスター・メアリーと呼ぶ日が来るかもね」

「あなたは?」

「そのうち、リチャード・キング神父なんて呼ばれるかもしれないけど、まだそこまでじゃないな」

 リチャードは伸びをして電車の座席の背もたれにもたれかかった。

「あと三駅だね。しかし……あと数年後にメアリーが来たら誘惑に勝てるかもしれないのに、よりによって18歳のときに女の子と禁欲的な同居生活とか。本当に悪魔のさしがねか、神の試練かわかったもんじゃないね」

 言われて私の手に汗がじわっとたまった。

 リチャードがにっこりと笑う。

「俺、紳士的だよ。何もしないと誓おう。聖書に賭けて」

 けっこう好みの男の子と何もしないまま暮らす同居と修道生活。

 そういうドキドキはまったく求めていない。

 神様、Gray-man、なんてことしてくれる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ